手作りの夕食と魔具(マグ)
「うわー、美味そう!」
「えへへ♪ 沢山食べてくださいね!」
改めて作った黒石の光の呪文をナツミが魔術ギルドに買ってもらった所、予定より多くのお金になった。
というわけで、今夜はご馳走である。
メニューはニワトリの丸焼きだ。
この世界にはガスコンロやオーブンレンジなんて便利な物はない。
鉄製の大きな四角い釜があって、下の方で木に火を付けて熱する。
そして、釜の中で物を温めるか、釜の上で物を温める。ちょっとIHっぽい。
ナツミはニワトリを一羽買って来て、羽根を全部むしってから中身を抜き取り、そこに切ったニンジンやトウモロコシの実などの野菜を詰め込んだ。
そしてキャベツの葉を敷いた鉄の皿の上に載せて、釜で蒸し焼きにした。
野菜のエキスはニワトリの肉が吸い、ニワトリの肉汁はキャベツが吸う。
釜の中から漂ってくる匂いをかぐだけでお腹がなりそうだった。
「いっただきまーす!」
ナツミが切り分けてくれた肉を、野菜と一緒にほおばる。
「ん~~! 美味い!!!」
心に浮かんだままの言葉を口にすると、ナツミがぱああと花が咲いたように笑った。
「ありがとうございます! 料理は得意なので、嬉しいです! それに……」
「それに?」
ナツミは視線を逸らし、少し恥ずかしそうに言った。
「誰かのために料理を作るのって、楽しいなって思って……」
かわいいことを言ってくれるじゃんか。
「これからも美味い料理を作ってくれよ。世界を救うんだろ?」
「手伝ってくれるんですか!?」
「俺はこの世界でナツミしか頼れる人がいないんだ。ナツミが俺を世話してくれるなら、その間、ナツミの望みが叶うように頑張るよ」
「ありがとうございます!」
ナツミは衝動的にテーブルを回って駆け寄り、俺にがばっと抱きついた。柔らかな胸の感触がむにゅうと伝わってきて焦る。
「ちょ、ちょっと待て! 抱きつくな!」
「えっ!? あ!! ごごご、ごめんなさい! つい……」
ナツミは距離感が女子っぽくないな……。しばらくこの家で二人っきりで過ごすのだから、理性を失わないように気をつけないと。
「あ、そうだ。一個聞こうと思ってたんだ」
「なんでしょう?」
「スキルスキャナーだっけ。あれは魔術なの?」
言われて、ナツミはポケットから四角い鉄の箱を取り出す。
「そうです。こういう何度も呪文を使える道具を魔具って言います」
「魔具?」
「呪文は魔晶石という物に刻んで、この箱の中に入ってます。魔晶石に刻んだ呪文は、何度も使えるんです。まあ、いずれは消えちゃうんですけど」
「それは、赤石とか黒石とかを入れなくても動いてるよな? エネルギーがなくても発動する呪文があるのか?」
「いいえ。これもエネルギーを使ってます。マナと言って、人間が持っている根源の力を消費しているんです」
「マナ、ねえ。それは誰でも持ってる物?」
「はい。日々身体の中から生まれて、空気に触れて消えています。感情が高ぶると沢山放出されます」
「なるほど。魔具はその放出されているマナを使って呪文を発動しているわけか」
「そうです」
「覚えなければならないことが沢山あるみたいだな」
「一つ一つ、丁寧にお教えしますよ。世界を救ってもらうために」
「ああ、そういえば肝心なことを聞いて無かったな。世界を救うって、なにをすればいいんだ? 魔術ギルドも商店街も、平和そのものって感じだったけど」
「それはですね――」
その時、入り口のドアが乱暴に叩かれた。
ドンドンドン! ドンドンドン!
そして、家の外から芯の強そうな女性の声が聞こえた。
『軍警察だ! 不審者を匿っているという通報を受けた! ここを開けろ!』
どうやら、一つ一つ丁寧に教わっている余裕はないようだ。