第一話 ニューオーダー
この物語は少年「平野 優一」にとっては思い出したくも無い。恥ずかしい話であろう。
物語が始まる時、優一は人の気持ちが解らないヤツだった。
自分がイジメられない為なら平気で人を見捨てるような。
そのくせ学校の成績は良く、周りから「クール」だとか「器用なヤツ」などと言われていた。
表には出さないが、それは少年のプライドが関係していたと思う。
「かっこ悪い」奴等になりたく無いと、内心ビクビクしていたのだ。
それも仕方の無い事だろう。少年はまだやっと両手で年を表せなくなったばかり。
平たく言えば十一歳。小学六年生だった。
早熟した知性を持っていると自負していた。
世の中には退屈な事しかない。
言葉ではなく、心にそんな概念が溢れていた。
しかし、そんな少年も恋に目覚める。
神長真美という女は不思議な少女だった。
中学二年生という青春の只中で、一人ノストラダムスが世界を終わらしてくれる。などと、まぁ
ある意味では夢見がちとも言える思考を持っていた。
どこか地に足がついていないというか、今の時代ならばソッコーで引きこもりやニートなんかのお仲間いりを果たしそうである。
優一は別に年上で美人だからといって惚れてしまうような子供では無かった。
なんというか、似ていたのである。二人は。
しかし悲しい事に、真美は恋愛感情など抱いていなかった。
なにしろ「逃げ場所」の一つとして優一を選んだのだ。
自分にとって居心地のいい、敵が居ない場所として。
早い話、誰でも良かったのだと思う。
それは、二人のどうしようもない、悲しい相違点だった。
それでも、夏が来ると優一は思い出す。
ノストラダムスのこと。
駄菓子屋の奥にある黒い扉。
暖かい彼女の手。
1999年の夏は、彼にとって忘れられない夏になったのだ。
街は関東の地方都市にあった。
まだ人の手が行き届いてない土手や、田、畑。その中に細々とした道路や、店なんかがある。
河なんか澄みきっており、放課後の少年が遊んでいる姿を見ることができる。
家出をして、彼女と出会った優一はそれからもちょくちょく彼女と会うようになっていた。
別段約束なんかしなくても、公園に行けば彼女は居た。
そこで二人は今自分の中で流行っている事だったり、新しく出たゲームの話なんかをした。
ブランコに揺れながらお互いの事を少しずつ喋り、二人は打ち解けていった。
思えば、優一はこの時気づくべきだったのだ。
真美が学校の話をしない事に。
優一が楽しそうに学校の話をすると、少し表情が曇る事に。
小学六年生には酷な願いかもしれないが、そうすれば違う未来もあったはずである
その日---。
真美は相変わらず不思議な感じだった。
二人とも学校の帰りで、真美は制服のままでブランコをこいでいた。
放課後 というのは変な時間である。
学校という呪縛から開放されたモラトリアムの囚人達が、一番自分らしく生きる時間。
そこには大人達の目は無い。よって少年少女は好き勝手に自分らしく生きる。
そして家に帰り、また大人の監視下に置かれる。
少年や少女達にはもっと放課後が必要だと思う。
そこには、成長するはずの何かがあるから。
はっきり言って放課後を宿題で埋め尽くすのはいかがなものか。
そんな感じの事を考えながら、優一はせっせと漢字を書いていた。
セミが鳴き始める公園で、そんな優一を見て真美はたずねる。
「ゆーくん、なんで家でやんないの?」
ちなみに優一はこの呼び方が気にいらなかった。
いかにも子供扱いな感じだからだ。
「怒られると、かっこ悪いから。」
少し嫌な言い方になってしまったと思った。
「いやいやでやっても頭に入らないよ。
だからアタシは宿題はやんないんだ。」
彼女は気にした様子も無くホッとする。
「真美はオキラクだね。そんなんじゃほーとうむすめになっちゃうよ。」
「放蕩娘かぁ。ゆーくんは難しい言葉知ってるね。」
言ってから、優一は放蕩娘ってのがどんな娘か知らないのが解った。
「ゆーくんは勉強が好き? アタシよりも?」
遊ばれている事に気づいて、少し腹がたった。
「どっちも嫌いだよ!」
優一は家で勉強するのが苦手だった。
母はいわゆる教育が好きで、成績優秀な優一を誇りに思っていた。
平野さんの坊ちゃんは噂通り優秀ですね。
そんな事を近所のおばさんが言うのを聞くと吐き気がした。
だから、家で勉強してまた母が調子に乗るのが嫌だった。
「オマエ、なんでいつも此処にくるんだよ。」
心の中で考えている事と違うことを喋る。
少年にはありがちなことである。
「好きだから。」
優一はどきりとした心と、顔を隠すことができない。
まぁここで澄ました顔で通せる十一歳はいないだろう。
「す、好きって何がだよ?」
一拍の後、返って来た言葉は、優一が望んだものでは無かった。
「ここがだよ。アタシは此処が好き。
人に忘れられたみたいなブランコも
すべりたくてもすべれない滑り台も
雑草が生えてきている芝生も。」
真美というのはこういう女の子だった。
優一の気持ちに気づいても、自分のペースで生きる。
優一をまるで公園の付属品みたいに扱う。
そう、逃げ場所は期待してはいけないのだ。
彼女の本当の場所は違う所にあるのだから。
しかし、優一の期待を見透かしている真美は、その後そっと手を握りながら言うのだ。
「遊ぼうか。」
それだけで、優一は宿題を放り投げてしまう。
心も真美の暖かい手に掴まれたみたいに。
逆の手に握っていた鉛筆は漢字の海に転がる。
しょうがないなぁなんて心で言い訳をしながら、嬉しかった。
「手なんか握るなよ。恥ずかしい。」
少し照れくさくて、優一は手を振り解こうとする。
しかし思ったよりも強く握られており、優一はあきらめる。
少し痛いと感じるほど、真美は力強く優一の手を握っていた。
「アタシね、こういう風に握らないと不安なんだ。
優一君が苦しいって解っても、こんなふうにしか握れないんだ。
変かな?」優一君と呼ばれた事に驚きながら、少年は謎を追及しなかった。
なんで?と聞いた瞬間に、この放課後が終わってしまう、そんな予感があった。
そんなことよりも握った手の感触の方が優一にとっては一大事だったのだ。
ひとしきり遊んだ後、優一と真美はよく駄菓子屋に足を運んだ。
「万年堂」という名前で少しカビ臭い匂いがする。
いったいいつからあるのか解らないプラモデルやらベーゴマなんかが溢れていた。
ソコにある「チェリオ」というラムネが優一のお気に入りだった。
おばさんに二本渡すと、気さくな笑顔で言うのだ。
「彼女の分もかい?やさしいねぇ。」
まるでヒッヒッヒと語尾についてもいいような気さくな・・・いや失礼、邪悪な笑みだ。
この駄菓子屋の店番をしているばーさんはよく解らん人だった。
優一は小学三年生の時から通っているのだが、いまだにこのおばさんが何を考えているのか解らない。
昔、優一のクラスメイトがここで万引きをした事があるのだが、優一がその時の事を聞こうとするとそのクラスメイトは決まって俺は何も見てないし、聞いてない!!!!!と、首を力の限り振り回しながら答えるのだ。
触らぬ神に祟り無し。
そんな訳で、二人は今日も表のベンチでのんびりとチェリオを飲んでいた。
優一がチラリと横目で真美の事を見ると、真美はビンを傾けて飲み干す寸前だった。
白い首筋にするりと水滴が落ちる。
夏に入りたての日差しがぼろぼろの軒下に落ちる。
目のはしには白い雲が流れていき、ゆるい風で彼女の髪がなびく
ちょうど一枚の絵画を見ているような感じだ。優一はそう思った。
こんな時間が続けばいい。
そんな時だった。
遠くから、歌が聞こえてくる。
調子が外れていて、そのくせイヤにノリノリな感じで、歌は近づいてくる。
「ああーたぁらすぃーーいあっさがきたぁーーー!!
きぃぼぉうのあっささーーぁーー!!」
ラジオ体操の歌を歌いながらソイツはやってきた。
恐ろしいスピードでチャリンコを漕ぎながら、ヘルメットを目深にかぶり、
制服を着ているので中学生以上だろう。
そして優一達の座っているベンチの前で後輪でドリフトをかます。
ずさぁぁぁぁぁ。なんて音がしてソイツは盛大にコケた。
コケるだけなら良かった。
しかし、慣性の法則はソイツの身体を吹っ飛ばした。
吹っ飛んだ身体は真っ直ぐに優一に向かっている。
「うわぁぁぁぁっ!!??」
優一は全く動けなかった。今自分の目の前で起きてることに反応ができない。
叫んだと同時にソイツの膝がミゾオチにささり、優一は気を失う。
「ゆーくん!?しっかりしてぇえぇー」
真美は駆け寄るとガタガタと優一の首を揺さぶる。
「ふぅ。フィールドのおかげで助かったぜ。」
ソイツは何事も無かったかのように立ち上がると、ヘルメットを脱ぎ捨てる。
中から出てきたのは少女だった。
猫を思わせる釣り眼、ふっくらとした唇、暴れている髪の毛。
色々と問題はあるが、まぁ美少女と言えるだろう。
「あなたなんなんですか?いきなり飛び出してきて。」
真美は少し語気を荒くしていた。
まるで大切なオモチャを壊された子供のように。
「おっかしーなぁ?やっぱりここのギアの比率が・・・」
ぶつぶつと言いながら自転車をいじる女を見て真美は思った。
コイツには日本語が通じない。
しかし、真美は直感的に気づいてしまった。
この女は只者ではないと。
女の目は非常に貪欲的なものや、強い意志をもっており、
コイツは何者にも束縛されない力を持っている。
ちょっとカッコイイかもと思った。
真美は深いレベルでは自分は道徳や規律、規則とは無縁だと感じていたが、目の前の女はレベルが違いすぎる。枠を飛び越えて一周したような女だった。
ため息を吐く真美
気絶している優一
ノリノリな女
ここから、物語は回り始める。
世界は少年の気持ちを巻き込んで、どっかに飛んでいく。
オキラクなセミがみーんと鳴いて、夏の到来を感じる
1999年の夏は始まってしまった。
ノストラダムスは、まだこない。
始めまして、彩彦といいます。
やっとこはじまった1999!
遅筆なので二週間に一度程の更新となります。
コメントして頂くとやる気が出て少し更新が早くなるやもしれません。