3‐2
放課後になると、途端に一年生棟の周辺は賑やかになった。今日から一年生の部活動への参加が本格的に始まるのだ。
ここ成蘭高校は、運動系、文化系ともに部活動がとても盛んな学校である。自主的に入部する者は勿論だが、部員獲得の為の必死な勧誘も激化するのが、この時期の特徴でもあった。
それは、この学校の風物詩的なモノになりつつある、ある種のイベント。
「キミが野崎くん!だねっ?」
「あっ!お前っ抜け駆けすんなっ!!」
「野崎くん、陸上部来ないっ?」
「馬鹿!サッカー部だよっ!!」
「………」
冬樹は無表情で固まっていた。
HRが終わると同時に、見る間に上級生が一年生の教室内を満たしていた。それぞれマークされていた一年生達が、勧誘にやって来た上級生達に囲まれている。冬樹も気付いたら、座っている机の周りを数人の上級生達に囲まれていた。
「野崎くん、100メートルのタイム見たよ!!是非陸上部においでよっ!!」
「その足を生かしてサッカー部に!!」
「いや、その身の軽さと跳躍力を生かせるのはバスケ部だと思うよっ!!」
ぎゅうぎゅうと押し合って好き勝手言っている上級生に冬樹はゲンナリした。
(だいたい、何でスポーツテストの個人データが出回ってるんだ…。先生達もグルなのか??)
そう、これは学校側も公認しているイベントなのだ。能力の秀でている生徒を部活に引き込み、学校を更に盛り上げて行く為の。
勝手に盛り上がっている上級生達の壁の隙間から周囲を見ると、涼しい顔をして友人と話している雅耶が見えた。
(何で雅耶の周りには上級生達がいないんだっ?アイツの方が、確かオレよりタイム早かった筈だろ…?)
良く見れば、やはりスポーツ万能な他のクラスメイト達でも、勧誘を受けている者とそうでない者がいることに気が付いた。
(この違いは何なんだろう…?)
周囲を気にしている冬樹をそっちのけで、上級生達は人の周りで勝手に熱くなって、もう一触即発状態だ。だが、それこそ知ったことではない冬樹は、周囲の様子を伺っていた。
「聞いてはいたけど、スゴイ熱気だにゃー。俺…つくづく希望出しといて良かったよん♪」
よく雅耶と一緒にいる長瀬という男が言った。
「お前、結局何部にしたんだ?最後まで迷ってたじゃん?」
「へへ♪新聞部」
(そんな部もあるんだな…。シブいな…)
そう思っていた所に、
「新聞部かー。…シブいな…」
雅耶も同じことを呟いた。
「だって俺、ジャーナリスト志望だもん♪」
「そうだったな…」
「雅耶は空手一筋!だもんなっ」
「うん、高校で空手部ある所少ないし…この学校選んだのもそれが大きいんだよな」
(雅耶…まだ空手続けてたんだな…)
冬樹は遠い目になった。
すると今度は、横を過ぎていくクラスメイト達の話し声が聞こえてきた。
「…これって明日も続くんだろ?」
「うん、今日明日の二日間だけらしいけどね。今日は放課後からだけど、明日は丸一日勧誘期間だから朝から激戦ってカンジ?」
「うわー…俺、決めといて良かったー」
「うん、この二日間で入りたくなかった部活入っちゃったり、トラウマになっちゃう奴がいるとか聞いたぜ?」
そんな物騒なことを話しながら、笑って教室を出て行くクラスメイト達を横目で見送って。
(冗談じゃない!!)
と、冬樹は思った。
つまりこれは、部活の希望を出していない者に入部を促す為の勧誘イベントという訳だ。
冬樹は、部活に入るつもりは更々なかった。どうしたって自分の性質上文化系は論外なのだが、運動部に入れば、もれなく男臭い部室が待っているのだ。
この学校の場合は、私立だけあってとても施設が充実していて、それぞれの部室も広く取られ、一人一人のロッカーは完全完備されている。そして、運動部室が入っている棟には、各部共同の広いシャワー室までが併設されていて、部活男子にとっては至れり尽くせりなのだが。
(そんな危険な場所に、自分から入って行けるかっての…)
それこそシャワーなど論外、着替えの場でさえ出来れば避けたい所なのだから。ある意味閉鎖された空間である部室などには、近寄りたくもない…というのが本音だった。
(なんとか、この連中から抜け出せないかな…?)
未だに自分の周りでヒートアップしている上級生をよそに、冬樹は機会を窺っていた。
すると、一人のクラスメイトがやはりその勧誘に耐えきれず、逃走を図った。
「逃がさんっ!」
「待てーっ!!」
だが、あっという間に上級生が反応して追い掛ける。ガタガタッと机にぶつかりながらも、廊下へと向かうが、教室の出口で待ち構えていた他の上級生に結局捕まってしまった。
(あんな所にも足止めがいたんだ…)
冬樹は、どうしたものか…と考える。
と、その時。
先程の生徒が捕まった出口とは逆の扉近くに、雅耶と長瀬が立っているのが見えた。
(今だ!!)
冬樹はこのチャンスを逃すまいと、取り囲んでいる上級生の隙間をくぐって逃走を図った。
「あっ!!また逃走者だぞっ!!」
「逃がすかっ!!」
「野崎くん!!」
上級生が口々に大声を上げて追い掛けてくる。猛ダッシュで出口へと向かう冬樹に、雅耶も長瀬も驚きの表情でこちらを振り返っていた。
冬樹は、
「悪いっ!!」
手短にそう言って、雅耶の背中に回り込むと今度は雅耶を盾にして廊下へ出た。その際に、長瀬の向きもくるりと変えて、追っ手からの盾にしたのは言うまでもない。
長身の雅耶の陰に隠れて廊下に飛び出した冬樹に、待機していた足止めの上級生が飛び掛かるが、冬樹はそれを馬跳びのように飛び越して、走り去って行った。
冬樹が教室を無事脱出して走り去った後、1年A組周辺では大変な騒ぎとなった。
「何だ…あの身の軽さはっ」
「くそっ!あの瞬発力、欲しいぜっ!!」
「野崎…絶対GETしてみせる!」
「まだ、間に合う!!追い掛けろっ!!」
逆に、スカウトの上級生達に火を付けてしまったようだ。
それだけではない。
「逃走に成功した奴がいるって?」
「今年はそんなイキのいい奴がいるのかっ!?よしっ!ウチの部になんとかして引き込め!!」
更に、冬樹を狙っていなかった部の者にさえ名前は知れ渡り、獲得に乗り出すという大きな事態になってしまったのだった。
冬樹が走り去った後をバタバタと追い掛ける上級生達を見送って、雅耶は廊下に立ち尽くしていた。
あまりにもあっという間の出来事で、思わず呆然としてしまった。
「すげーな…冬樹チャン。俺らを盾に使うとは、やってくれるねェ」
長瀬が楽しそうに笑って言った。
「ホントだよな…」
人を壁に使うなんて、ヒドイ奴だ。
「でも、ちょっと面白くなってきたんじゃん?冬樹チャン争奪戦みたいになってきちゃって♪いったい何処の部がGETするか見物だよ~」
「想像以上にスゴイな…。でも、追われてる方はシャレになんないよな…」
そんな事を話しているうちにも、他のクラスで揉めてる声や、逃走を図ろうと暴れてる声が廊下まで聞こえてきて、雅耶は苦笑いを浮かべた。
「さて!じゃあ俺、もう部活行くわ」
長瀬が鞄を肩に掛け直して言った。
「おう。俺も行かないとなっ。じゃあなっ」
挨拶を交わして長瀬とはその場で別れ、雅耶は空手部の部室へと足を向けた。
(ありえない…)
冬樹は校舎を出て、門まで続く並木道の手前の植え込みの陰に身を潜めていた。校門を抜けるまでにも、スカウトの上級生達がウロウロしている。その中を全てかわして抜けて行くのは難しそうだ。様々なジャージやユニフォームを着ているが、どの部が自分を追っているかさえ分からない以上は、迂闊に出ては行けない気がした。
教室に来ていた上級生を撒けば、後は澄まして抜けられると思っていたのだが、何故だか顔を知られているような感じがする。
(上級生達が手にしている書類。あれが怪しいな…)
ここまで来る途中にも何度か上級生達に名前を聞かれ、囲まれそうになってしまった。
(もしかして、写真まで出回ってるとか無いよな…?でも、確実にスポーツテストの情報は洩れてる。いったいこの学校のプライバシーはどうなってんだ?)
学校がウリの一つにしている『部活動での素晴らしい成績結果』が、こんな強引な勧誘から来るとは思いたくない冬樹だった。
(何にしても、オレは絶対部活には入らないぞ…)
どんな強引な手だって押し退けてみせる。
そう、心に決めた時。
「あれ?野崎じゃないか。そんな所で何やってんだ?」
突然後ろから声が掛かり、内心ドキリ…としながらも振り返ると、そこには昼休みに出会った教師…溝呂木が立っていた。
「はははははっ。それは大変だったなー」
人の苦労も知らず、思いきり笑い飛ばす溝呂木の斜め後ろを冬樹は不満げに歩いていた。スカウト集団がいることで帰れないと話した冬樹に「この学校には裏門もあるぞ」と教えてくれて、一緒にそこまで案内してくれるというのでお言葉に甘え、現在に至るのである。
「この学校は部活動が盛んだからな。優秀な人材は是非ともその能力を生かして学校の為に貢献してくれってことなんだろうな。それだけモテモテなのは、お前が必要とされてるってことなんだぞー」
(そんなことを言われても、あまり嬉しくない…)
校舎の裏庭を抜けて歩いて行く。裏庭には緑が多く植えられていて、風が吹くと木々が揺れてザアザアと音を立てた。風に煽られて顔にかかる前髪を、鬱陶し気にかき上げたその時、前を歩いていた溝呂木が突如足を止めた。
「………?」
冬樹もつられて足を止める。
すると、溝呂木が前を向いたまま口を開いた。
「昼休みの時も言ったけど、野崎…お前柔道部に入らないか?」
「オレはどこの部にも入らないって、さっきも…」
そう冬樹が言葉にすると同時に、溝呂木はくるりと振り返ると「…じゃあ仕方ないな」と、意味深に笑って言った。そして突然、手をパチンッと大きく打ち鳴らした。
「……えっ?」
何の合図だ?と、いぶかしげに冬樹が思った瞬間、周囲から沢山の上級生達が出てきた。皆が柔道着に身を包んでいる。
(…もしかして、ハメられた!?)
瞬時に警戒を見せる冬樹に、溝呂木は笑みを深くして言った。
「お前みたいな子が柔道部来てくれたら嬉しいんだけどなー。意志が固そうだから強硬手段に出させてもらうよ」
「………っ」
周囲をガッチリと隙間なく囲まれてしまう。
教師までグルだとは流石に思っていなかった冬樹は、不機嫌一杯で溝呂木に向かって言った。
「生徒を騙してまで勧誘だなんて、随分いい性格してますね」
「裏門があるのは本当だよ。この先に行けばすぐ出られる筈だ。でも、その前に寄ってって欲しい所があるんだよね」
そう嬉しそうに笑って、指で示したのはすぐ真横の建物だった。
「まだ校内を把握していないみたいだから教えてあげるけど、ここが道場棟だよ。柔道場をはじめ、剣道場や空手道場なんかもここに入っているんだ」
「オレはそんな所に用はない」
強気で反発する冬樹を、溝呂木は楽しそうに眺めると、
「でも、こちらは用があるんだな」
そう言って腕を組んだ。そして、どこか考える素振りを見せると、
「うーん…無理やり強引に入部届書かせちゃうのが本当は手っ取り早いんだけど…」
と、物騒なことをぶつぶつ呟いている。
(おいおい。そんなことがまかり通ってるのか…?この学校は…)
まだ始まったばかりだというのに、この学校を選んでしまったことを後悔してしまいそうになる。
「でも野崎の場合、元気が良すぎるみたいだからね。後々騒ぎ起こされても困るし…譲歩してあげようかな」
溝呂木が笑って言った。
「………」
(…見逃してくれるのか?)
確かに、無理やり入部届なんか書かされて入部させられた日には、暴れまくって部を潰してやる位の覚悟はあるが…。
だが、溝呂木は楽しそうに言った。
「この先輩達を相手にして、勝ったら諦めてあげるよ」
不敵な笑みを浮かべながら。