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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
ドラッグ&トラップ
57/72

19‐2

(力が…入ら、ない…?)


妙な痺れを全身に感じて、冬樹は右手首を掴まれたまま、その場にガックリ…と膝をついた。

「そろそろ薬が回って来た頃ですかね」

萩原が余裕の笑みで、冬樹を見下ろしている。

「…くそっ。やっぱり、あのお茶に…何かっ…」

(栓が開いてないと思って油断したっ…)


僅かに息を乱しながら苦しげにこちらを見上げてくる冬樹に、萩原は満足気に笑みを浮かべた。

「君はなかなか賢いですね。ペットボトルを警戒してはいたみたいですが、流石に注射器の小さな穴にまでは気付かなかったようで。…残念でしたね」

言外に『薬を盛った』と認めるその男を、力もまた冬樹同様床に膝をつきながら愕然と見上げていた。

「お前っ…まさかっ…俺の分にもっ?」

「申し訳ありません、力様。でも、貴方がどちらをお飲みになり、どちらを彼に渡すか分からないので、やむを得なかったのです。大丈夫、これは一時的な物なので特に問題ありませんよ」

萩原は悪びれる様子もなく、そう説明をすると。

冬樹の腕を無理やり引き、パソコンの置いてあるテーブルの傍までズルズルと引きずって連れて行く。

そうして、傍で動けないでいるのを確認した上で、その手首をようやく離すと、素早くパソコンを立ち上げ、カタカタと何かを打ち込み始めた。


普段仕えている力のことは放置したまま、平然と作業に取り掛かるその男を、冬樹は忌々しげに見上げる。

ペットボトルのお茶を何の躊躇もなく飲んでいた力の方が、当然薬も多く摂取してしまった訳で。冬樹よりも数段苦しげに呼吸を荒くし、既に座っている体勢すら保てず、床に寝転んで(うずくま)ってしまっていた。


「………」


それを横目に冬樹は複雑な思いを抱きながらも、痺れる身体を何とか動かそうと試みる。

だが…。


「よし。後は、このスキャナーで…」

パソコンのディスプレイを見ながら萩原はそう呟くと、無理矢理冬樹の身体を引き上げ、再びその右手首を掴み上げた。

「…っ…やめろっ…はなせっ…」

抵抗を試みるも、やはり思うように身体は動かせず、弱弱しい抵抗は簡単に封じられてしまう。

「悪あがきは止めて、大人しくしろっ!」

今までの丁寧な言葉使いから一変し、萩原は荒っぽい怒声を上げると、力づくでその細い腕を押さえ込んだ。

そして、とうとうその静脈認証装置の上に強引に掌を押さえ付けられてしまった。


「…くっ……」

「とうとうだっ。とうとう鍵が開く…。これで…」


ピピピ…という読み込みの電子音が、妙に大きく耳に聞こえた気がした。



だが、萩原はディスプレイに表示された『エラー』の文字に目を丸くした。


「何故だっ?上手く読み込めなかったのかっ?」

そう言うと、もう一度冬樹の右掌を認証装置に掛けた。

だが、エラーが出る事に変わりはない。

「…そうかっ、左手なんだなっ?」

再び、必死に冬樹の左掌を読み込む為に押さえ付けている萩原に。

冬樹は、そっと目を閉じた。


(いくらやったって開くワケない…。オレは冬樹じゃないんだから…)


結局、左右共に何度やってもエラーが出るばかりで、そのデータファイルが開かれることはなかった。


「何故だ…。何故開かない…?確かに野崎冬樹の掌の静脈認証で開く筈なのに、どうして…」

動揺を隠せないでいる萩原は、ディスプレイを睨みつけながら爪を噛んで何やらブツブツ呟いていたが、既に抵抗も見せず静かに俯いている冬樹を見下ろすと掴み掛った。

「お前っ何か知ってるんだろうっ?どうしてデータは開かないんだっ?他に何か秘密でもあるのかっ?」

その細い身体を強く揺さぶると、冬樹がゆっくりと視線を上げた。

「…オレは何も知らない。…言っただろ?『オレ』には…それを解除することは出来ないって…」


だが、その言葉の意味を萩原が読み取れる筈もなく。

「くそっ、役立たずめっ!」

そう言うと、冬樹を床に突き倒した。


「……くっ…!」


(うずくま)っている力から少し離れた場所に、冬樹も倒れ込む。

床に身体を打ち付ける痛みに小さく呻くも、冬樹はいい気味だと思っていた。

(お父さんの大切なデータをお前なんかに渡してたまるか。どうやったって開ける筈がないんだ。散々悩み苦しめばいい…)




痺れに苦しみながらも様子を伺っていた力は、何処か違和感を感じていた。


『オレには無理なんだ』

『オレにはそれを解除することは出来ない』


そう、(かたく)なに言い続けていた冬樹。

(もしかして、冬樹は最初から分かっていたのか?自分ではファイルを開けないことを…。でも、この情報は確かな筈だ。野崎のおじさんは、長男の冬樹に鍵を託した、と。でも、何だろう…何かが引っ掛かる…)

そう思っていた所で、イラついた萩原が冬樹を突き倒すのが見えた。

視線の先、力と少し離れた場所に冬樹が倒れ込んでくる。

だが、倒れ込んだ冬樹が不意にクスッ…と小さく笑うのが見えた。


(冬樹…?やはり、お前は何か知っているんだな…)





「チッ、こうなったら…」

どういじってみても出続けるエラーに萩原は舌打ちをすると、パソコンはそのままに立ち上がり、今度は冬樹を無理やり立ち上がらせようと、再び腕を掴み上げた。


「…いた…っ…」

「ほらっ立つんだっ!」


薬のせいで身体が痺れて立ち上がる力がないというのに、勝手なものだ。

それでも、無理矢理冬樹の腕を肩に掛け、引き摺りながら連れ出そうとする萩原に。

「…くそっ!離せっ!…触るなっ…」

(身体さえ自由に動けばこんな奴、速攻のしてやるのに…)

冬樹は歯痒い思いを抱いていた。


その時、床に転がったまま今まで放置されていた力が萩原に向かって怒鳴った。

「お前っ…何処へ行くつもりだッ?」

だが、萩原はチラリと力を見やると言った。

「この子を本社まで連れて行かなくてはいけないので、力様…申し訳ありませんが少々お待ちいただけますか?」

その冷たい言葉に、力は目を剥いた。



萩原の言う『本社』は、この別荘から優に片道一時間は掛かる所にある。単純に計算しても、再び戻って来るまでには二時間は掛かるということになる。

(それだけの時間、俺を此処に放置する気なのか…?)

それに、冬樹を本社へ連れて行く…ということは…。


「お前っ、結局は親父の駒だったのかっ?」


(ずっと、お前だけは俺の味方だと思っていたのに…)

信じていた男に裏切られ、力は悔しげに奥歯を噛んだ。

「申し訳ありません、力様。基本的に私の雇い主は、あなたのお父様ですから。主人の命令は絶対なのですよ」

「…親父、の…?」

「ええ。今迄は貴方のご希望を第一に優先して行動し、お守りするようにとの(めい)を受けておりました。ですが、先日少々変更がありまして…。貴方を利用してでも、この少年の確保を優先するようにと仰せつかったものですから」

そう、何でもないことのように話す萩原に、力はそれ以上何も言えず視線を逸らすしかなかった。

そうして床に蹲ったまま、力の入らない拳を悔しげに握りしめた。



萩原は、脱力している冬樹をやっとのことで引き摺ってドアの前まで来ると。

「チッ、薬を使ったのが逆に(あだ)となったかっ…」

イラつきながら、片手で勢いよくその扉を開けた。

だが、次の瞬間。


「…うっ!」


ドア横に潜んでいた人物の手刀が素早く萩原の首後ろに決まって、萩原はあっけなくその場に崩れ落ちてしまった。


「あっ…」

冬樹が、萩原に抱えられたまま共に地に倒れ込むのを覚悟した瞬間…。

横から伸びて来た人物の腕の中へと引き込まれると、優しく抱き留められた。



(だ…れ…?)


倒れ込む冬樹を屈んで胸で抱き止めると、その人物はすぐさま立ち上がり、荷物を背負うように冬樹の身体を軽々と肩に担ぎ上げた。

痺れで力も入らず、半ば朦朧としている冬樹を抱き上げるには、確かに効率の良い抱え方ではあるが、その為冬樹はその人物の背で逆さにぶら下がっている状態だった。

そんな体勢でいる為、当然のことながら相手の顔を確認する事が出来ない。でも、その広い背を見る限りでは、しっかり大人な感じの逞しい体つきをしている。


(助けてくれた…ってことは、悪い人じゃ…ないのかな…)


その人物の歩みに合わせて、その背で揺られながら冬樹は思った。

敵であれ味方であれ、今の自分には抵抗する力さえないけれど。

僅かに顔を動かして逆さに流れてゆく景色を見てみれば、別荘の母屋の方へ向かってゆっくり歩いているようだった。


「あなたは…だ、れ…?」


冬樹は朦朧としながらも、辛うじて小さく呟いた。

覇気のない小さな声だったが、その人物はそれを聞き取ったようで、明るく返答してきた。

「安心しなよ、俺は敵じゃない。俺は、ある人物にキミを助けて欲しいと頼まれたんだよ」

「たの…まれた…?」

その声にはどこか聞き覚えがあった。


知らない人だけれど、前に一度聞いたことがある声…。


「その…声…。警備員、の…?」

以前、大倉に捕まった時に助けてくれた警備員の男の声に似ている気がする。

あの時も視界を遮られていた為、声だけが印象に残っていたのだ。

すると、

「おっ鋭いな。よく分かったな」

その人物は、明るく冬樹の言葉をあっさりと肯定した。


(あの時の警備員さんなら…安…心…かな…)


途端に、冬樹の中では安心感が膨らんでくる。


本当は、聞きたいことが沢山あった。

貴方達はいったい何者なのか?

何を目的に動いているのか?

そして…。


『あの時一緒にいた、もう一人は誰?』

『今日、オレのことを助けるように頼んだという、その人物の名は…?』


けれど、その言葉を発することは叶わず、冬樹はそのまま意識を失ってしまった。


「ふゆ…ちゃ…ん…」




「………?…気を失っちゃったのか?」

男は意識をなくした冬樹に気付くと、その最後の呟きにフッ…と小さく笑みを零した。


(しっかり、この子には分かってるみたいだぞ。良かったな…『お兄ちゃん』)



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