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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
ドラッグ&トラップ
56/72

19‐1

「…力様。お帰りなさいませ」

別荘の母屋へ戻ると、運転手の男がすぐに入口で力を出迎えた。


視線でこちらを伺ってくる男に、力は忌々しげに目を逸らすと、

「…冬樹は資料倉庫に置いて来た」

そう言い放ち、つかつかと広いリビングに入って行くと、大きなソファにドッカリと腰掛けた。

「何をイラついているのですか?此処まで来て、まだ乗り気ではないなどとおっしゃる訳ではありませんよね?」

うやうやしく聞いて来るその男の態度が、今程煩わしく思った事はない。

「乗り気じゃないのなんて当然だろうっ!こんな騙すような真似、誰だって気分悪いに決まっているっ!」

力は声を荒げると、目の前のローテーブルに拳をドンッ…と打ち付けた。

「…何故です?彼に近づいた当初の目的を忘れた訳ではないでしょう?今こそ実行する時なのではないですか?…貴方はお父様を見返したいのでしょう?」

語尾の言葉に鋭さを含めて男が言った。

「………」

「強引な手が嫌だというなら、彼を説得なさいませ。彼だって真実を知りたい気持ちがあったからこそ、此処までついて来たのでしょう?そこに全てが隠されているのですから、協力を仰ぐべきです」

口調は丁寧だが、どこか冷たく言い放つ男に。

力は無言で睨み返すのだった。





資料倉庫。

冬樹は黙々と資料に目を通していた。


専門的な書物に関しては、どれを見てみても当然のことだが難しく、理解出来ない物ばかりだったので、研究日誌のような物だけをひたすら読み漁っていた。かなり昔の物しか残されていないようだったが、開発を始めた当初のことは詳しく書かれていて、父達が何を目標に開発を進めていたのかを理解することが出来た。


(やっぱり…。力のお母さんは、随分前から心臓を患っていたんだな…)


力の母も二人と同じ大学の薬学部に所属していた後輩だったようで、力の両親が結婚をする前から父とも顔見知りだったようだ。病に苦しんでいる者が身近にいることで、余計に新薬開発に向けて二人は意気込んで研究を進めてきたことが見て取れた。


(会社に入社してからも、都合の付くときは此処に来て研究を重ねていたなんて…。オレ、父さんのこと…全然知らなかった…)


ちっぽけな理由で此処に来ることが嫌だと駄々をこねていた自分。


(でも、お父さんは…。こんな願いや希望を胸に秘めて…開発に力を注いでいたんだ…)


日誌を見詰める冬樹の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。




「冬樹、どうだ?…何か収穫はあったか?」


軽くノックの音がした後、力が扉を開けて入って来た。手には、先程はなかった大きめの手提げ袋を抱えている。

冬樹は手にしていたファイルを元の棚へと戻すと、力を振り返った。

「ああ…。日誌は一通り読ませて貰った。でも、やっぱり出来上がった薬については何も書かれていないみたいだ…」

「…そうか。ところで、喉渇いたんじゃないか?少し休憩しろよ」

そう言うと、力は手提げの中からペットボトルを取り出した。

その内の一つを手渡される。

よく冷えた、ごく普通のペットボトルのお茶だ。


「…ありがと…」


冬樹は受け取りながら、さり気なくペットボトルのキャップ部分をチェックする。

(フタは…開栓されてない…。なら、大丈夫かな…)

力を疑って掛かるのは心苦しいが、念の為…だ。

これが、直に入れてくれた飲み物等だったら口にしない所だった。

目の前で自分の分のお茶を開けて飲んでいる力を見て、冬樹も小さく「…いただきます」というと、その栓をひねって開けた。

遠慮がちにペットボトルに口を付ける冬樹を、力は静かに眺めていたが、冬樹が一息ついた所で思い立ったように言った。

「なぁ冬樹、日誌を見たのなら気付いたと思うんだが、ここにある資料って結構古いものばかりじゃなかったか?」

「ああ…確かにそうだった、けど…」


そう冬樹が答えている間に、力は抱えて来た袋の中から何かを取り出そうとしていた。

「実は、それ以降のデータは全てパソコン上に保存されていたらしいんだ」

そう言って、袋から出て来たのは小さめのノートパソコンだった。


「………」


嫌な予感が頭を過ぎる。

思わず固まっている冬樹を他所に、力はデスク上にパソコン以外のケーブル等の機材も袋の中から次々と取り出して並べていく。

そして、最後に力が袋から取り出した一つの機械を見て、冬樹は瞳を大きく見開いた。


「それ…って…」


力が手にしていたのは、少し型は違うが最近目にした、見覚えのある機械だった。

それを凝視して硬直している冬樹に、力は平然と答える。

「これが何だか分かるのか?お前、結構物知りなんだな」

そう言って、目の前のパソコンに取り付けた。

「これは、静脈認証装置。パソコンデータのセキュリティ解除に必要なんだ」

力は意味ありげに冬樹を振り返る。


「力…それ…。誰の静脈認証をするつもり…なんだ…?それに、そのデータって…」


冬樹は、まさかと思いながらも恐る恐る聞いてみる。

すると、全てのケーブルを繋いで設置をし終えた力が、ゆっくりとこちらを振り返った。

「…この状況で誰のも何もないだろ?俺の手で解除出来るものなら、とっくにもっと簡単な…こんな大掛かりな装置なんかいらないパスワードとかに変更してるさ」

「…力…。お前…」

冬樹は僅かに後ずさる。

「野崎のおじさんのファイルには、厳重なロックが施されていてどうやっても開けないんだ。調べてみた所、お前の掌の静脈認証で開くらしいじゃないか。…これ、解除してみてくれないか?」

僅かににじり寄って来る力に、冬樹は睨みつけて低い声を出した。

「お…まえっ、やっぱりそれが目的だったんだな」

強い視線で牽制(けんせい)するも、力には効いていないようだった。

平然と、無表情を張り付けたまま言葉を続ける。

「人聞きの悪い言い方をするなよ。お前だって、おじさんのことを知りたいんだろう?だから此処へ来たんだろう?このデータにそれが全て隠されているんだ。お前の知りたいこともこの中にあるんだよ」

その言葉に、冬樹の瞳が僅かに揺らいだ。


「…知りたいんだろう?おじさんが何を作ったのか」

「……っ…」


冬樹は力から視線を逸らすと、俯いた。

何かを考え迷っているようにも見える。

そんな冬樹を前に、力は僅かに眉を下げると続けた。


「俺も…知りたいんだ。そのデータが何なのか…」


その言葉に冬樹がピクリ…と動く。


「俺は、親父が欲しがってるそのデータを誰よりも先に手に入れて、親父を思い知らせてやりたいんだ」

「………」

「親父は変わった…。昔は優しかったけどある時を境に、仕事一筋になって…。儲ける為には手段を選ばない…そんな最低な奴に成り下がっていったんだ。母さんの病状が悪化した時も、ろくに見舞いにも来ないで、結局最後も看取ることが出来なかった。俺は、そんな親父を許さない。あいつを…見返してやりたいんだっ」


今まで静かに独り言のように語っていた力が、語尾を強くした。

その声に、冬樹は僅かに顔を上げる。


「だから頼むっ。冬樹っ!データのセキュリティを解除してくれっ。お前だけが頼りなんだっ」


力はそう言うと、戸惑っている冬樹に深々と頭を下げた。




知らなかった。力がそんな想いを抱えていたなんて。


今の話、全てを信じる訳じゃない。

実際…データの解除が目当てで誘ってきたのは一目瞭然だし、どこかハメられた感はある。

もしかしたら、オレを説得する為の演技なのかも…とさえ思える。

でも、父親への気持ちは以前雅耶と屋上で話した時にも聞いているし、何より母親を失った傷が深いということだけは、本当だと分かった。

(それは、オレも同じだから…)


だが、どちらにしても、オレにはどうすることも出来ない。

オレだって父さんのことは知りたい。

狙われているデータが、いったい何なのかも。


(だけど、その認証は…。ふゆちゃんの手でなきゃ反応しないんだ…)



目の前で深々と頭を下げている力に。

「…ごめん…力…。オレには解除出来ない…」

冬樹は小さく呟いた。

その言葉に、力は驚いたように顔を上げる。

「何故だっ?お前だって知りたいんだろっ?このデータを開けば全てを知ることが出来るんだぞっ?」

力は、冬樹に詰め寄った。


「無理だよ…。オレには無理、なんだ…」


視線を逸らして答える冬樹に、力は最初呆然としていたが、頑なに拒み続ける様子に次第に声を大きく荒くしていった。だが…。


「…何を言われても、どんなに罵られようとも…オレにはそれを解除することは出来ない」


冬樹がキッパリと言い切った、その時だった。




「おやおや、交渉決裂…してしまったようですね」



突然扉が開かれ、声が掛かると二人は驚いてそちらに注目した。

そこに立っていたのは不敵な笑みを浮かべた運転手の男だった。


「……っ?」

「は…萩原…?」


突然の乱入者に冬樹は瞬時に警戒の色を見せ、力は予想外の出来事に、ただ茫然と驚き固まっていた。

だが、

「やはり、力様はまだまだ甘い…」

そう言って、主人である筈の自分を嘲笑するような素振りを見せる運転手の男・萩原(はぎわら)に、堪らず声を上げた。

「お前っ…何しに来たっ。勝手な行動は慎めっ」

だが、萩原はそんな力の言葉には耳を貸さずに、ツカツカと二人に歩み寄って来る。

「こんなものは…。無理矢理、奪ってしまえばいいんですよっ」

そう言うと、有無を言わさず冬樹の右手首をガッシリと掴んだ。

「……つッ!」



本来なら、こんな簡単に捕らえられるようなことはしない。

だが…。


(な…に…?)


冬樹は突然、くらり…と眩暈がして、一瞬反応するのが遅れてしまったのだ。


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