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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
罪と願いと…
55/72

18‐3

そのまた翌日。


土曜日の朝。

雅耶は朝食後、いつも通り新聞を広げ目ぼしい記事だけをざっと読み流していた。

今朝の朝刊のトップ記事は、ある大物政治家の訃報が大きく報じられている。

現在の国会において、なくてはならない存在になりつつあったその未だ若い政治家の突然の訃報に、政界をはじめ多くの業界から悲しみのコメントが発表されたと書かれていた。

(死因は心疾患…。心臓発作、か…)

記事には『突然死』という文字が大きく書かれている。

(何か、最近やたらと耳にする気がするな。いわゆる生活習慣病ってヤツだよな…)

そんなことを考えながらも、特別興味もなく他の記事へとページを捲った。

そんな時だった。

「雅耶ー?あんた、そんな呑気に新聞なんか読んでて大丈夫なのっ?今日部活の試合なんでしょう?時間ちゃんと見てるのっ?」

母親が口煩くそんなことを聞いて来る。

「大丈夫だよっ。もうすぐ準備しようとしてた所だよ」

実際に出掛ける自分よりも落ち着かないでいる母に、雅耶は溜め息を吐くと渋々席を立った。




時を同じくして、その隣の家では。

薄暗い部屋の中、床に直接座り込み黙々と父の書物に目を走らせている冬樹がいた。


手にしていた書類の最後のページまでを読み終えると、冬樹はパタリ…とファイルを閉じた。

「ふぅ…」

(…周囲が暗いからか、目がシパシパする)

冬樹は目を閉じると、瞼の上から両目をそっと押さえる。

その後、手元に置いてある小さなLEDライトで腕時計を照らした。

時刻は7時50分を過ぎたところだった。

(もう、8時か…。時間経つの早いな…)

胡坐あぐらをかいたまま大きく伸びをする。


冬樹は今朝早く未だ陽が昇る前に、この野崎の家を訪れていた。

今日は土曜日で学校は休み。そして、バイトも一日休みを貰っていた為、昨日の内から今日は此処へ来て父の書類をもう一度よく調べてみようと思っていたのだ。

だが、昨夜からずっとそのことが気になっていたからか、眠っては一時間程で目覚めるというのを繰り返し、ろくに眠れぬ始末。

あまりにも落ち着かないので、日の出を待たずにアパートを出て来てしまったのだった。


(でも、結局…大したことは分からなかったな…)

隠し部屋にあるファイルやノートは一通り目を通した。

だが、新薬の開発や研究に関するものは何も記載されていなかった。

(…もしかしたら、例のデータと一緒に此処から既に持ち出された後なのかも知れないな)


この扉を開けた…父の秘密を知る『人物』に。


(…力が言っていた別荘にある日誌を見れば何か分かるのかも…)

冬樹は小さく息を吐くと、読み漁ったファイル等を元の場所へと片付け、書斎を後にした。

書斎の奥の隠し部屋は狭く、一人で籠っているだけでもかなりの熱気だった。なので、リビングへと戻って来ると窓が閉まっていても空気が澄んでいる様な気がして、冬樹は大きく深呼吸をして身体に酸素を取り込んだ。

そうして閉め切った薄暗い部屋の中、ソファに深く腰掛ける。


「………」


暫くじっと目を閉じていた。

半分、眠りかけているのかも知れなかった。


十数分程そうしていただろうか。

だが、静かな空間に突然携帯の着信音が鳴り響いた。


「……っ…」


ハッ…として冬樹は目を開くと、僅かに離れた所にあるテーブル上に置いたバッグの側へと携帯を取りに立つ。

その携帯のディスプレイ画面に表示されていたのは…。

「……力…?」

力の電話番号を携帯に登録したのは、本当につい最近のことだ。

少し前までの自分では考えられないことではあるが、『慣れ』というは凄いもので、今ではそんなに力に対しての拒否反応もなくなっていた。

(でも、こんな朝から何の用だ…?)

冬樹は首を傾げながらも、とりあえず通話ボタンを押した。



それから30分後。


冬樹は駅前のロータリーに来ていた。

少しすると、目の前に一台の見覚えのある高級車がゆっくりと停車する。

後部座席のドアが開くと、

「冬樹っおはよう。早く乗れよっ」

力が笑顔で手招きをした。

とりあえず、運転手にも挨拶をして冬樹は車に乗り込んだ。

流石に一緒に並んで車に乗るのは、狭い空間でもあるし若干緊張したが、この際仕方ないと冬樹は腹をくくった。

「雅耶は呼ばなくて良かったのか?」

別に連れてきても良かったんだぞ?…と、力は何気なく言った。

「ああ、雅耶は…。今日は部活の大会なんだ。空手の…」

本当は、雅耶がいないのは少し心細いけれど。


(雅耶は大事な試合なんだし仕方ない。頼ってばかりいたら駄目だよな…)


下手に心配掛けるのも嫌なので、まだ連絡は入れていない。

空手の試合が始まる頃には携帯も手元にないだろうと踏んで、後で時間を見て一応メールで報告だけ入れておこうと思っていた。


「よし。じゃあ向かってくれ」

力が手短にそう言うと、運転手の男は「かしこまりました」…と頷いて、車を発車させた。

「親父さんのこと、何か分かったか?…調べてみたんだろう?」

車を走らせて少ししたところで力が聞いてきた。

「ああ…でも、特には…。ただ、お前が言っていたように心臓の病気に関する薬の研究に力を入れてたことだけは分かったよ」

前にあの部屋に入った時は気が付かなかったのだが、よくよく気にして見てみれば、書斎の本棚にあった医学書は、心臓に関する専門書が数多く見られたのだ。

そのことを説明すると、力は「そうか…」とだけ呟き、何かを考えるように視線を外へと向けた。

冬樹もそのまま、反対側の流れていく景色に目を向けていて、バックミラー越しに向けられた運転手の意味ありげな視線に気付くことはなかった。


冬樹達を乗せた車は、例の別荘へと向かっていた。

夏休み中に雅耶と電車を乗り継いで来た時と比べて断然に早く、小一時間程で麓の町を通過する。

山道に入ると、冬樹は何となく落ち着かない気持ちになった。

あの崖に近付いていることの緊張感は勿論なのだが、何よりも雅耶と二人で歩いた時のことが思い出されて、何だか切なくなったのだ。

そんなに昔のことでもないのに、随分前のことのような気がする。


(…雅耶。そろそろ試合が始まる頃かな…)


カーブが多い山道の生い茂る緑をぼんやりと眺めながら、昨日雅耶と話していた時のことを思い返していた。



昨夜も冬樹がバイトを終えると、雅耶は店の前で待っていた。

すっかり送って貰うのが日課のようになりつつあり、それはそれで『男』を装っている身としては複雑な気持ちもしたが、雅耶が心配してくれているのが伝わって来て、心の中では素直に嬉しかった。


(…でも、オレが今日、力と一緒に別荘へ来ていると知ったら雅耶…怒るかな…)


雅耶は屋上で聞いた力の話についても、少し心配しているようだった。

『力が言っていたことが嘘だとは思っていない。でも、全てを信用して動くのは危険かも知れない…。あいつの親父さんが絡んでいるのなら尚更だ。気を付けろよ?冬樹…』

昨夜、雅耶が言っていた言葉を思い出す。


(ごめん、雅耶。でも…どうしても父さんの開発した薬について詳しく知りたいんだ…)


朝、力が電話してきた時、実は少し迷った。

『もしも別荘の書類を調べたいのなら、連れてってやるぞ』

…その誘いの言葉に。


(でも、動き出さないと前へ進めないんだ…)


既に巻き込まれている以上、危険は承知の上だ。


冬樹は、さり気なく握った拳に力を込めるのだった。



別荘に到着して車から降りると、冬樹は周囲を見渡した。

そこは八年経った今でも、記憶にあるものと然程変わらなかった。


(でも、何だかさびれた感じがする、かな…)


年月が経てば、その分建物等が古くなっていくのは分かる。だが、それだけではない…何故だか寂しい印象を受けた。

その違いが何なのかを考えながら眺めていると、力に名を呼ばれる。

「こっちだ」と親指を立てて行先を示すと、力はそのまま歩き出した。例の温室のある庭の方へと向かっているようだった。

冬樹は素直にその後をついて行く。

ガレージに一人残された運転手が、そんな二人を静かに見送っていた。


昔父に連れられて来ていた頃は、深く考えてもいなかったので分からなかったが、そのガラス張りの温室は、かなりしっかりした設備で、それが幾つも並んでいるその光景は、通常の別荘というものとは違う、独特な雰囲気を醸し出していた。


(…これが、薬草園…?)


そのガラス張りの建物に近寄って中を覗いてみようとするが、中は暗くてよく見えない。

すると、横から声が掛かった。

「そこは違う。こっちだ」

力が向こうで振り返って立ち止まっている。

だが、背を向けて再びさっさと歩き出してしまい、冬樹は慌てて後を追った。

そうして力のすぐ後ろに追いつくと、力は前を向いたまま口を開いた。

「さっきのあれは…母のハーブ園なんだ。あれ以外は全て薬草園になっている」

そう無表情で語る力に冬樹は無言で耳を傾けていたが、ふと疑問が湧いた。

「そう言えば…お前のお母さんって…?」

再会してから母親の話しは全然聞かなかった気がして、何となく不思議に思ったのだ。

だが、力は不意に足を止めると。

「7年前に死んだよ…」

と、思ってもみなかった言葉を呟いた。

「………っ?」

冬樹も驚いてその場に立ち止まる。

「病気だった。もともと身体が弱かったらしいんだけどな。俺が小さな頃から心臓の病気を患っていたんだ」

(心…臓…?)

「それでも、ずっと落ち着いていたんだ。だが、急に病状が急変して…。それからは、あっという間だった」

どこか無表情なまま語る力は、見ていて痛々しくて。

冬樹は余計なことを聞いてしまったことを後悔した。

「ご…めん。知らなくて…。余計なこと聞いた…」

「いや。いいんだ」

力はそれだけ言うと、再び歩き出した。

そうして、一つの温室の横に隣接している然程大きくはないコンクリート製の建物の前に辿り着くと立ち止まった。


「ここが資料倉庫だ。日誌とかもこの中にある」


力が持っていた鍵で扉を開くと、中には書棚や沢山の箱が積まれた棚などがあり、パーテーションで区切られた奥には様々な研究機材などが数多く置かれていた。

「…すごい…」

詳しいことは分からないが、素人目で見る限りでは個人の物とは思えない程、かなりの設備が整っているように見えた。

「土地はウチの物だが、この施設に関しては親父と野崎のおじさん共同で作ったらしいぞ。二人の学生時代からの夢だったらしいからな」

「……夢…」

(…なのに、何で最後には意見を違えてしまったんだろう…)

それを考えると、何ともいたたまれない気持ちになった。


呆然とその部屋の中を見渡している冬樹の後ろ姿を力は静かに見詰めていた。

だが、ゆっくりと口を開く。

「俺は少し席を外すけど、この部屋の資料は自由に見てていいぞ。まぁ、見れるのはファイルやノート位だろうけどな。もう、どれも使われていないものだ。自由にその辺の椅子に座って構わないぞ」

それだけ言うと、力は出て行ってしまった。



「………」


やっと一人になって、冬樹は小さく息を吐いた。

気付かない内に自分でも緊張していたようだ。


(とりあえず、今の所問題はなさそう…かな…)


冬樹は周囲の気配を探り、特に人などが潜んでいないのを確認する。


この別荘に来てから、力の様子が少し違うことに気付いていた。

いや、車で此処へ向かっている時からそうだったかも知れない。

誘いに乗ってしまったことを少し後悔しかけていたけれど…。


(まぁ、来てしまったからには考えててもしょうがない。調べる物調べて、さっさと帰らせて貰おう。でも、その前に…)


冬樹は、ズボンのポケットから携帯を取り出した。

(…雅耶にメール、入れとこう)

試合はもう、とっくに始まっている頃だろう。

(どうか、試合が終わるまでこのメールに気付きませんように…)

そう、願いながら送信ボタンを押した。

そうして携帯をしまいながら、ふと窓の外に視線を移した時だった。



(あれ…?ここって…)


そこには、昔よく遊んでいた庭が広がっていた。

だが、記憶に残っているその明るく眩しかった庭とは、やはりどこか違う印象を受ける。


(そうか…。ここがさびれて見えた理由が解った…)


花がないのだ。

昔は沢山植えられていた花々が…。


先程のガレージ周辺も、庭を囲むように作られている多くの花壇にも、一つも花が咲いていない。

(…確か、力のお母さんが花好きだったんだよな…)

手入れされていた昔の花壇と今現在の変わり果てた様子の違いに、力の環境の変化を垣間(かいま)見てしまったような気がした。


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