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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
罪と願いと…
54/72

18‐2

「いったい何をやっているんだっ!」


広い部屋の中に響き渡る怒号。

その声の主神岡は、怒りが収まらないのか目の前の大きな机にバンッ…と両手をついて立ち上がると、凄い形相で目の前の男を睨みつけた。

「…申し訳ございません。現在、早急にシステムセキュリティの強化を命じております」

報告に来た男は一度だけ深々と頭を下げると、すぐに切り替えるように手元の書類へと目を通した。

「何の情報が流出したのか、そして不正アクセスの身元などは現在調査中です。未だ確定ではありませんが、システム班の報告によりますと、おそらく顧客データ等が盗まれた可能性があるとのことです」

「…馬鹿な…」

神岡は大きく舌打ちをすると、再び高級レザーの大きな椅子へとドッカリ座った。

「それは、ウチと組関係との繋がりも露呈(ろてい)したということになるんじゃないのか?」

「そう、ですね。具体的に名前を記載している訳ではありませんが、データを詳しく照合していけば、間違いなく何処に所属している者と繋がりがあるのかは、判別出来るものと思われます」

「……最低極まりないな。その情報が警察などへ流されたとしたらどうする?それこそ、会社の存続以前の問題だ。身の破滅だろうっ」

神岡は、興奮気味に声を荒げた。

「…ですが、我が社には警察関係者ともコネクションがあります。その辺は上手く揉み消す事が可能かと…」

「ならば、早急に連絡を入れておけ!さもないと、自分達の汚点も(さら)すことになると念を押してなっ」

「…かしこまりました」


その後、男が部屋を出て行くのを忌々しげに眺めていた神岡は、一人になると椅子をクルリと回転させ、窓越しに夜景を見下ろした。

足を組み、腕も胸の前で組んで椅子に深く腰掛けると、誰に言うでもなく一人呟いた。

「…何者かが水面下で動いている…ということか。薬の噂を耳にして、横取りを(たくら)(やから)か。それとも、単にウチを(おとしい)れようとしてる連中か…。どちらにしても、もう悠長に構えてはいられないな。いよいよ本腰を入れてあのデータを回収しないと、取り返しがつかないことになる…」

神岡は目を細めると、意を決したように立ち上がった。クッションの効いた大きな椅子が、ギシリ…と音を立てる。


そして神岡は、おもむろに胸の内ポケットからスマホを取り出すと、何処かへ連絡を入れるのだった。




翌日の昼休み。


早めに昼食を終えた冬樹と雅耶と力の三人は屋上に来ていた。

詳しい話を聞かせて貰う為、力を呼び出したのだ。


三人が屋上へ出てみると、昨日と同様に上級生達がたむろしていたが、冬樹の姿を確認するや否や、皆がギョッとしてそそくさとその場から立ち去って行った。冬樹は全然気にもしていない様子だったが、力はその上級生達がいなくなるまでは、若干肩をすくめて小さくなっていた。

そんな様子を横で見ていた雅耶は、逃げるように去って行くその集団を見送りながら、小さく溜息を吐いた。


(…あいつらか、昨日冬樹に絡んでのされた奴等は…。大の男五人があんなに怯えて逃げるなんて。いったいどれだけ手酷く痛めつけられたんだか…)


勿論、奴等の自業自得ではあるが、思わず哀れみの目で見てしまうのはやむ負えないだろう。

何せ、相手はこんなに見た目儚げな『少年』なのだから。

目の前で、風に吹かれて髪をなびかせている冬樹の綺麗な横顔を眺めながら雅耶は思った。



「昨日、お前が言っていた話…詳しく聞かせて貰えないか?」

本題に入ると、冬樹は思いのほか硬い表情をしていた。

そんな冬樹に力は小さく笑うと、

「こんな風に改まって呼び出さなくても。…ま、俺に分かることなら何でも教えてやるけどな」

そう言って肩をすくめて見せた。


「じゃあ、父が開発した薬について…。それが何の薬かは知ってるか?」

控えめに質問を口にする冬樹に、力は最初から首を横に振った。

「いや、悪いがそれは知らない。薬の種類までは流石にな。でも親父は昔、心臓か何かの病気に効く薬を研究して作っているんだと話してくれたことがある」

「…心臓…。でも、その薬のデータのことでオレが狙われてるって昨日言ってたよな?何でそんなことをお前が知ってるんだ?」

今度は警戒を露わにして、冬樹が尋ねる。

そんな冬樹の様子に、力は再び小さく笑った。

「そうだな…。お前が狙われてる事は(おおやけ)になってないもんな。それを俺が知ってること自体、十分怪しいと思うのが普通だよな?

自嘲気味に話す力に、誤魔化しは許さないという意志を示すように、冬樹は真っ直ぐな瞳を向けた。

そんな冬樹の視線をそのまま受け止めて、力は一呼吸置くと、ゆっくりと口を開いた。

「そこに、もしかしたら親父が絡んでいるのかも知れない」

「………え…?」

思いもよらない言葉が返って来て冬樹は目を丸くした。

だが、そんな反応は予測済みだったようで、力は淡々と言葉を続ける。

「そして、多分…。親父もそのデータを欲しがっている…」

「ちょっと待ってよ。前に崖で『あの事故は仕組まれたものだ』って言ってたのって、おじさんのことだったのか?」

「…そうだ」

「あんなに仲の良い友人同士だったのに…。おじさんが…?」


冬樹は動揺を隠せずにいた。

確かに、そんな可能性を全く疑ったことがない訳ではない。

だが、内容までは分からないが、意見が対立してしまったこと位でその友人の家族ごと命を奪ってしまうなんて。

(そんなこと、あるんだろうか…)

長い付き合いだと言っていた。

気心の知れた学生時代からの友人で、同じ夢を志す仲間なのだと…。

(優しいおじさんだった。少なくとも、オレの見る限りでは…だけど…)


「それは、何か確証があるのか?」

雅耶が冬樹の様子を心配げに見詰めながら言った。

「確証…という程のものではないが、今になって考えればあれがそうだったのかも…と疑う部分がある、ということだ。それに…」

「…それに?」

力は憮然とした様子で言葉を続けた。

「アイツは笑ったんだっ。事故の後、夏樹を失って泣き暮らしていた俺に向かって…っ…」

「………?」





八年前。


『ほら…いつまでも泣いているんじゃない。お前は男だろう?』

ベッドの上で泣き伏せている力に神岡は優しく声を掛けると、ベッドの縁に寄り添うように座った。

『だって…なつきがっ…なつきがっ…』

泣きじゃくり震える力の頭を、大きな手でゆっくりと撫でると、神岡は言った。

『辛いのは今だけだ。可哀想に…。お前には事故を目の前で見てしまったショックが大き過ぎたんだな』


(…そうじゃない…)


『夏樹にもう会えないのが悲しいんだ』…そう言いたかったけれど、嗚咽(おえつ)がもれて言葉にならなかった。

だが…続けられた父の言葉に、力は幼いながら我が耳を疑った。

『まぁ、野崎の娘とは、縁がなかったんだ。それだけだよ。そのうち、もっと素敵な良い娘が見つかるさ。何ならお父さんが見付けて来てやるぞ。もっと家柄の良い、上品な御嬢さんをね』

その父親らしからぬ言葉に、力は涙にぬれながらも僅かに顔を上げると、その父の横顔を見詰めた。

『お前には、これから最高の贅沢をさせてやるぞ。あんな娘のことなんか忘れてしまう程の、最高の贅沢をな…』


そう語る父は、笑みを浮かべていた。

だが、その顔は…もう父とはまるで別人のもののようだった。

その冷やかに眼を光らせ不気味に微笑む表情は、どこか悪意に満ちていて、力は子どもながらに恐怖を抱いたのだった。




「…なっ?酷い話だろうっ?」


そう過去の父親との出来事を事細かに語る力に。

「…確かに、夏樹とは縁がなかったんだろうけどな…」

横を向いて、冬樹がぼそり…と小さく呟いた。

入れ込んで話している力には聞こえなかったみたいだが、隣にいる雅耶には、しっかり聞こえたようで。

「こらこら…」

思わず苦笑いを浮かべている。


「でもまぁ、確かにその話が本当なら、友人の家族が事故で亡くなったばかりなのに、そんなことを言ってるっていうのは、ちょっと不謹慎だし、どこか意味深だよな…」

雅耶が顎に手を当てて考え込む。

「…だろ?」

力は小さくため息を吐くと、腕を組んで壁に寄り掛かった。

「………」

冬樹は暫く無言で俯いていたが、ふと気になって腕時計に目をやると、そろそろ昼休みが終わる時刻に近付いていた。


(…もうすぐ予鈴が鳴る。あと、聞いておきたいこと、は…)


少しだけ慌てた様子で冬樹は言った。

「事故に関しては、もう八年も前のことだし確認しようもないだろうけど…。とりあえず、その作ろうとしてた薬が何の薬だったのかだけでも調べることって出来ないかな?」

「うーん…。出来上がった薬の元になるような大切なデータはないだろうけど、研究途中の日誌とかなら別荘に山程あるぞ。でも、それを見たからと言って、狙われてるデータが何なのかまでは分からないかもな」

力が肩をすくめて言った。

「…そう、だよな…」


その時、授業開始五分前の予鈴が校内に鳴り響き始めた。

三人は顔を見合わせると、慌てて足早に屋上を後にする。ここから一年の教室へは結構な距離があるのだ。



黙々と足を運びながら、冬樹は一人思いをめぐらせていた。

父が何を作りたくて、実際に何を作ったのか。

どうしても、それが気になって仕方がなかった。

(もしも、作り上げた新薬が『罪』だと言うのなら、父さんはどんな気持ちでそれを作ったんだろう…)

狙っている者達の理由云々(うんぬん)よりも、何よりも父の気持ちが知りたい。そう思う気持ちが強くなっていた。

(もう一度、父さんの書斎を調べてみようかな。何か糸口が見つかるかも知れない…)


冬樹は、歩きながら廊下の窓から覗く空を見上げた。

そこには、今の自分の心中と同様にどんよりと重く、分厚い雲が広がっていた。


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