17‐3
冬樹は、結局流れで学校までの道のりをずっと力と二人で歩くことになってしまった。
(何でコイツ、急に電車通学なんて始めたんだ?まさか、これから毎日この時間だと会うことになるのか?)
思わず、不安を感じずにはいられない。
最近では、力に対しての苦手意識も少しづつ薄れていっている気はするのだが、それでもやっぱり何か裏があるような気がして、警戒を解けずにいた。それをある程度表に出しているのに、力には伝わらないようで、いつも…いや、以前よりももっと傍に居ることが多くなっているような気がする。
(…これで、帰りも一緒なんて言ったらどうしよう…)
考えただけで疲れが出そうだった。
そんなことを考えている時、今まで静かだった力が口を開いた。
「なぁ冬樹、唐突だけどさ。お前、おじさん達の命日にあの崖に来てたろ?今迄も何度か来てたのか?」
「…えっ?」
思わぬ質問が来て冬樹は戸惑った。
「いや、オレは…。あそこへは…初めて行ったんだ」
僅かに動揺を見せながらも答えるが、力は特に気にする様子もなく「ふーん」と頷いた。
「何だ、そうだったのか。俺は夏休みは別荘にいることも多かったし、近くだからで毎年欠かさず行ってたんだが。いつも早い時間に必ず花束が手向けられていたから、この間みたいにお前が来ていたのかと思っていたんだ。そうか…じゃあ、前に見掛けたのは別の誰かだったんだな…」
「…えっ?見掛けたのか?」
「ああ。何年か前の話だが、車で通り際…後ろ姿だけだけどな。俺と同じ位の子どもだったからお前だと思ってたんだが」
冬樹は思わぬ話に、ふと足を止めた。
確かに自分達が行った時も、既に花束が一つ手向けられていた。
「あの時も花束は一つあったけど…。それって父の事故に関係するものなのか?もしかしたら、他の事故の犠牲者に向けられた物とかかも知れないだろ?」
立ち止まってこちらを振り返って待っている力に気付き、再び冬樹は歩き出しながら言った。
「いや、必ず決まって『あの日』の朝なんだぞ。それ以外の季節に花があることもあるけど、少なからずあの花は、おじさん達に手向けられた物だと思うぜ?」
「そう…」
(あんな場所まで、わざわざ命日に毎年花を手向ける子ども…なんて…)
身内に自分達兄妹と近い年齢の者などいない。
もしも、考えられるとしたら…?
その人物のことが気になりながらも。
気付けば既に学校の敷地内へと入っていて、周囲にクラスメイト達が増え始め、その話はそこで終わってしまった。
力は毎日が楽しくて仕方がなかった。
(この学校に転入してきて正解だったな…)
4時限目が終わり、ワイワイと教室内が賑わう中、力は教科書やノートを机に仕舞いながら思った。
学校生活そのものは、前の学校と大した変わりはない。
ただ、以前の学校は私立の中高一貫校で、中学時代からの変わり映えのないクラスメイト達に囲まれ、高校生活と言っても新鮮さは皆無だった。それに、まるで勉強一筋だというような真面目な生徒が多い中で、友人との楽しい時間も何もないに等しかったのだ。
その学校は成蘭とは違い共学校ではあったが、女子にも夏樹を超えるような惹かれる子はおらず、悲しい現実を思い知らされる毎日だった。
(ヘタな女子なんかより、冬樹の方がよっぽど目の保養になる)
冬樹を観察していることが、この所の力にとって一番の楽しみになりつつあった。
冬樹は相変わらず自分にあまり笑顔を向けないが、傍でその微妙に揺れ動く感情を読み取るのが何よりも楽しい。
冬樹の傍にいることが、本来の目的とは少しずつ違ってきていることに自分で気付きつつも、特に深くは考えず、力は学校生活を楽しんでいた。
「あれ?そういえば、冬樹は?」
気付いたら、冬樹が教室から居なくなっていた。
近くに居た雅耶に尋ねると、
「ああ、冬樹なら保健室寄ってから食堂へ向かうって。先に行っててくれって」
「何だ?冬樹、何処か具合でも悪いのか?」
「いや、先生に少し用があるだけだって言ってたよ」
「ふーん…」
冬樹がいないとつまらないな…と内心で思いながらも。
力は皆と一緒に食堂へ向かう為、教室を後にした。
いつものように仲間達と食堂へ向かっている中、雅耶はふと考えていた。
(そういえば…。今まで気が付かなかったけど、冬樹が清香姉に色々相談しているのって、もしかしたら…。清香姉は冬樹が女の子だってことを知っているんじゃないのか?)
そう考えれば、色々と辻褄が合うような気がした。
身体測定等も偶然休んでいただけだと思っていたが、個別で受けているのも今なら頷ける。
(皆と一緒に受けられる訳、ないよな…)
よくよく考えたら、今までよくバレずに男としてやって来れたなと思う。
夏樹の身の上を考えると、清香が何らかの形で秘密を知り、協力者として動いてくれているのなら、何より心強いものになると雅耶は思った。
(今度、清香姉にさり気なく聞いてみるかな…)
食堂に着くと、いつものように各自料理を取り、それぞれ空いている席へと散って行く。
雅耶は長瀬と話しながら、冬樹が後から来ても良いように比較的空いてるテーブルへと移動した。その向かい側にさり気なく回った力が、雅耶に話し掛けて来た。
「なあ、雅耶。お前にずっと聞きたかったことがあるんだが…」
「…ん?」
「お前、冬樹と夏樹と幼馴染みで兄弟のように育ったんだろう?夏樹のことはどう思っていたんだ?」
その唐突な質問に。
雅耶と長瀬は、思わず顔を見合わせた。
「…どう、…というと?」
「前にも言ったが、俺は夏樹を嫁に貰う気でいた」
そこまで聞いて、長瀬が飛び上がった。
「ええーーーーっ!?よめーっ!?ココに来て雅耶の最大のライバル出現かーーっ!?」
その大きな声に、周囲の視線がそのテーブルに集中する。
「お前、声大きいっ!」
雅耶は、何故だか嬉しそうに立ち上がっている長瀬を押さえこむと、大きく溜息を吐いた。
「まったく、そんなの聞いてどうするんだ」
「どうするも何も、聞いてみたかっただけだ。素直に答えろよ」
微妙な雰囲気の中。
「…お前ら、何騒いでるんだ?注目されてるぞ?」
そこに、トレーを持った冬樹がやって来た。
「…っ!?冬樹?」
「あわわっ!冬樹チャン…」
冬樹は、雅耶と長瀬の驚きように首を傾げるも、空いている二人の向かい側、力の隣の席へと座った。
「ちょっとちょっと…マズイんじゃないの?この話題わ!冬樹チャン、またブルーになっちゃうんじゃ…」
長瀬が横から肘で小突いて来る。
(…そういえば、前にそんなことあったな…)
雅耶は苦笑しながらも「大丈夫だよ…」と小さく小突き返しながら答える。
(あれは、ある意味ブルーになったんじゃなくて、きっと単に驚いただけなんだろうな…。何たって、本人の前で告白しちゃったようなモノだし…)
雅耶は、冬樹を眺めながら思った。
「………?」
冬樹は、見つめてくる雅耶の視線に不思議そうな顔をしながらも、お茶に手を伸ばしている。
そこで、再び力が口を開いた。
「なぁ、どうなんだよ?お前も夏樹のこと愛してたのかっ?」
その言葉に。
ぶはっ!!
冬樹が思い切りお茶を吹きそうになった。
辛うじて、前にいる長瀬の方へ吹かずに済んだものの、げほげほと咽むせている。
「だ…大丈夫?冬樹チャン…」
(なっ…いったい何のハナシをしてるんだっ!?)
そうツッコミを入れたいのを我慢して、冬樹は心の内で叫んだ。
夏樹のことで、そこまで『兄である筈の自分』がムキになるのもおかしいと思ったからだ。もとより、咳込んでいて言葉を発することが出来る状態ではなかったが。
「大丈夫か?冬樹…」
長瀬と共に心配げに声を掛けて来る雅耶に、冬樹は俯いて咳込みながらも手振りで『大丈夫』だと告げる。
そんな冬樹の様子を横目で眺めながらも、力は引き下がろうとせず、挑発的な笑みを浮かべた。
「何だ、答えられないのか。お前にとって夏樹はその程度だったってことか」
そんな力の言葉に。
雅耶は一つ溜息を吐くと、特に気にしていない風にトレー上の箸へと手を伸ばした。
「何で突然、そんな風に答えを迫られなくちゃいけないのか解らないんだけど…」
普通に会話をしながら、ご飯を食べ始める。
長瀬も冬樹も、雅耶につられるようにおずおずと食事を始めた。
そこで再び、雅耶がゆっくりと口を開いた。
「言っとくけど、俺にとってはまだ過去形じゃないんだよね。今でも変わらない。夏樹のことを一番大切に想ってる」
「わお!雅耶、カッコイイ!!」
力に対して宣言するように言った雅耶に、すかさず長瀬の茶々が入る。
「……っ…」
会話に耳を傾けながらも食事をしていた冬樹は、思わず食べ物を喉に詰まらせそうになった。
(…ちょ、ちょっと!何なのこの展開…)
慌てつつも、変に動揺していても怪しまれるので冬樹は下を向いて胸を軽くトントンと拳で叩きながら、再び咳込んでいた。
その横で会話は続けられる。
「それって、まだ諦めてないってことか?」
「…そうだね」
穏やかに答える雅耶に、力は暫く驚いたように動きを止めていたが、気持ちを切り替えたのか「そうか…」と呟いて、やっと食事へと手を伸ばした。
「俺も夏樹が本当に大好きだったからさ、お前のその気持ちには共感出来るし、好感も持てる。でも、あの事故を俺みたいに目の当たりにしてしまったら、そんなこと言っていられないんだろうな…」
と、力は痛々しげに呟いた。
その言葉に大きく反応したのは冬樹だった。
「力…お前、もしかしてあの時…」
「ああ。俺は、あの事故を目の前で見た。おじさん達が乗った車の後ろを別の車で走っていたんだ…」
「目の…前で…?」
「ああ。皆で一緒に別荘を出たとこだったんだ。お前んちの車が先に出て…。それで、あの坂道で事故に遭った」
初めて聞く話に、冬樹は瞳を大きく見開いて力の話を聞いていたが、
「そう、だったのか…」
そう小さく呟くと、冬樹は再びトレーの上へと視線を落として目を伏せてしまった。
自分は、あの現場に足を運ぶのにさえ八年掛かった。
現実を認めたくなくて。認められなくて…。
でも…。
(事故の瞬間を目の前で見てしまった力は、現実を認めるしかなくて、きっともっと辛い思いを抱えてきたんだろうな…)
それは、夏樹への想いどうこうじゃない。
まだ、幼い小学生が知り合いの事故の瞬間を目の当たりにして、平静でいられる訳がないのだから。
初めて力の心の痛みを垣間見たような気がして、冬樹は胸が締め付けられる思いがした。
「俺の目には、あの時の光景が焼き付いてしまっているんだ。だから、本当は俺だって、夏樹が生きていてくれれば良いと思っていたいけど…お前のように想い続けることは実際難しかったかな…」
珍しく素直に話す力の本音に、三人は静かに耳を傾けていた。