16‐1
まだまだ暑さが続く中、成蘭高校の夏休みは終わりを告げた。
周辺の殆どの学校は今日から二学期が始まる為、駅前は様々な制服に身を包んだ学生達で溢れていた。
それが、それぞれの学校に向かって歩き続ける内に、だんだんと散っていって同じ制服の集団になって行く。そうして、見事に男ばかりになった成蘭に向かう集団の列の中に、冬樹もいた。
だが、その足取りはどこか重い。
夏休みの宿題は勿論しっかり終わっているし、学校が始まることに特別苦はない。…なのに、何故だか気が重かった。
先日聞いた、製薬会社の社員の男が拘留中に亡くなったことも、冬樹の気を重くしている原因の一つだった。あの社員の男にしても、大倉にしても…、自分には直接関係のない人物だ。だが、自分を連れ去って悪事を働こうとしていた二人ともが、捕まって一か月ちょっとの間にこの世を去ってしまうだなんて、そんなことってあるのだろうか?
(罰が下った…というには、あまりにも…。後味悪すぎだよな…)
冬樹は小さく溜息を吐いた。
その時…。
「おっはよー!冬樹チャンっ」
突然、後方から長瀬が現れて、肩を組むようにガッシリと腕を絡めて圧し掛かって来た。
「はよー。…ってか、重い…退け」
ジト目で睨むと、長瀬は嬉しそうに笑って冬樹を解放した。
「にゃはは。元気そうで何よりー♪」
「お前もな…」
相変わらずの長瀬の明るい笑顔に、冬樹の気持ちも少し浮上する。
そうしてそのまま二人、一緒に歩き出した。
「雅耶はー?一緒じゃないんだねぇ」
「ああ、部活。今日から朝練あるって」
「ほぇー…始業式当日から朝練とは…。流石運動部は気合が違うねェ」
「…だな」
そんな話をしながら、ゆっくりと校門の前を通り掛かった時だった。
「そういえば、冬樹チャン…雅耶から唯花ちゃんのこと何か聞いてる?」
「………?…いや…」
その名前を久し振りに聞いて、内心で冬樹はドキッ…としていた。
あの合コンの日以来、そこの所の話には全然触れていなかったから。
あの日に事件に巻き込まれてしまったというのが、大きな要因なのだとは思うが…。
夏休み中、雅耶と会うことは結構あったが、雅耶も彼女の話はしなかったのでオレも特に聞かずにいた。
…それだけだった。
(実際、オレにそこら辺の話をされても正直困るし…)
だが、続けられた長瀬の言葉は、冬樹が想像すらしていなかった意外なものだった。
「何か、どうやらあの二人…別れちゃったらしいんだよね」
「……えっ?」
「あの合コンでカップル成立した奴等が、逆に雅耶達が別れちゃったってんで、原因とか何だったのかなーって気にしてるんだ。冬樹チャンなら何か聞いてるかなーって思ったんだけど…。そっかー、冬樹チャンにも言わないかぁ」
長瀬は天を見上げた。
(カップル成立した奴らもちゃんといたんだ…)
それさえも初耳だった。
でも、何だか腑に落ちなくて冬樹は言った。
「でも、もともと雅耶が嫌がってるとこを皆が無理やり合コン企画させたんだろ?今更、雅耶のこと気にしてたってしょうがないじゃないか」
「んー…まぁ、確かに…そうと言えばそうなんだけど…。冬樹チャン、…何か怒ってる?」
「別に…。でも、ホントのことだろ?」
冬樹は何だか面白くなくて、思わず口を尖らせた。
「そんな風に後から気にする位なら、最初からもっとあいつの気持ちも考えてやれよなって、…ちょっとそう思っただけだよ」
「うーん…。合コンに関しては散々催促してた手前、耳が痛いにゃー…」
「別に、お前達を責めてる訳じゃないけどな。それこそ、オレが怒ってたってしょうがないし…。雅耶だって別に彼女とのことを皆のせいにしたりはしない筈だよ」
そう言って冬樹が少し笑顔を見せると、長瀬は何故だか感心したように言った。
「冬樹チャンって一見クールそうなのに、情に厚いよねー。男前だにゃー」
「…そうか?」
(実は女なのに、散々『男前』って言われてるオレって何なんだろうな…)
そう思ったら可笑しくて思わず笑ってしまった。
すると、周囲を歩いていた生徒達が一瞬冬樹達に注目して固まった。
「………?」
隣で同様に頬を染めて固まっている長瀬に、冬樹は首を傾げると。
「どうしたんだよ?早くいかないと、そろそろ予鈴鳴るぞ?」
そう言いながら、そのまま歩き出した。
長瀬はその言葉にすぐに我に返ると「待ってよー冬樹チャーン!」と、慌てて後を追い掛けて行った。
そんな生徒達の登校してくる様子を、校舎の二階の窓から眺めている一人の人物がいた。
その人物は、生徒達の中に冬樹の姿を見付けると、ニヤリと一人口元に笑みを浮かべるのだった。
久しぶりの学校とあって、教室内はとても賑やかだ。
夏休み中で随分と背が伸びた者や、真っ黒に日焼けした者、妙に洒落っ気づいた者など変化も様々で、仲間内でツッコミも含め、皆が会話に花を咲かせていた。
「冬樹っ、長瀬っ!おはよー」
後ろから、丁度朝練を終えた雅耶が教室に入って来て挨拶を交わす。
「はよー」
「オッス♪初日から朝練だったんだって?お疲れサン」
「うん、もうすぐ大会もあるしなっ。先輩達も気合入ってるんだよ」
爽やかに笑いながら雅耶が言った。
「…そう言えば、さっき先輩が話してたんだけど、一年に転入生が入るらしいよ」
「へー、そうなん?高校で転入とかってのも珍しいよなー?」
「うん、確かに。でも、どこのクラスに入るんだろうな?」
そんな雅耶と長瀬の話に、冬樹は何気なく耳を傾けていたが、特別興味もなかったのでそのままゆっくりと自分の席へと向かった。
窓際の席は日差しが眩しい位で、思わず冬樹は目を細めた。
(今年の夏は、何だか色々なことがあり過ぎたな…)
皆と盛り上がって話せるような楽しい内容ではあまりないけれど…。
そう思うと、思わず小さな溜息が出た。
(でも、雅耶が彼女と実は別れてたっていうのも、ちょっと驚いたな…)
夏休み中の雅耶の様子を見ていても、特に変化はなかったように思う。
いつ頃別れたのかさえ見当も付かない程だった。
冬樹は机に頬杖を付きながら、向こうの席で長瀬と話している雅耶を何気なく眺めた。
(でも…部活以外で、あれだけオレと一緒に居たら、彼女との時間なんて確かにろくに取れないかも…)
そう思うと、何だか少し複雑だった。
そんな時、担任の教師が教室内に入って来た。
教師は、全体の挨拶を済ませると、
「今日は、このクラスに新しい仲間が加わることになった」
と、転入生がいることを紹介した。
教室の前方にある扉に向かって「入って来なさい」と言うと、その生徒は廊下に待機していたのか、扉を開けて入って来た。
(へぇ…。さっき雅耶が言ってた転入生って、このクラスなんだ…)
クラス内がざわめく中、冬樹も何気なく前の扉に目を向けたその時だった。
「………っ!?」
冬樹は瞳を見開くと、驚愕のあまり固まった。
そこに立っていたのは、冬樹の知っている…、だが思いもよらぬ人物だったのだ。
その転入生は、みんなの前で軽く一礼すると自己紹介をした。
「今日からこのクラスにお世話になることになった神岡力です。よろしくお願いします」
そうして一通り教室内を見渡し、窓際の席で瞳を見開いて驚きを隠せないでいる冬樹を見付けると、意味有り気に口元に笑みを浮かべた。
(…あれっ?アイツ…こないだの…)
雅耶は、その転入生が教室に入って来るなり、すぐにあの崖で出会った人物であることに気が付いた。
(何で突然、この学校に…?)
疑問を抱きつつも、力の視線の先に冬樹がいることを確認すると、やはり偶然などではなく、意図的に冬樹のいる学校を選んで来たようなそんな気がした。
(…何だろう。ちょっと嫌な感じだな…。あいつ、大丈夫かな…)
見るからに驚きを隠せずに固まっている冬樹の身を案じて、雅耶は心配になった。
「冬樹っ!今日から一緒だなっ。よろしくなっ」
1時限目を終えた休み時間に、嬉々として冬樹の傍までやって来た力に、クラスメイト達は驚いて声を掛けた。
「何だ?お前、野崎と知り合いなのかっ?」
「どういう知り合いなんだよ?」
皆が興味津々に質問する中、冬樹本人は微妙に顔が引きつっていた。
冬樹の席の傍で力を囲むように数人が集まって盛り上がっている中、当の冬樹はこっそりとその輪の中から抜け出すと、廊下へそそくさと逃げ出した。
それを見ていた雅耶も冬樹を追い掛けて、廊下へと出る。
「冬樹…」
声を掛けると、冬樹は本当に嫌そうな顔で「雅耶…」と、呟いた。
「あいつ…何なんだろ。どういうつもりだ?…何だってこの学校にわざわざ…」
珍しく動揺を隠せないでいる冬樹に、内心で雅耶は苦笑すると、
「理由は分からないけど、この学校に冬樹が通ってることを知ってて転入して来たのは確実かもな…」
と、思ったままを口にした。
その時。
「何だよ、冬樹。こんな所にいたのか。…俺を置いてくなんて冷てェなぁ」
そう言って力が教室から出て来た。
だが、冬樹の隣にいる雅耶を見るなり、「あれ?お前…?」…と、失礼にも指を差して来た。
力もあの崖で出会った時のことを思い出したようだった。
「…同じクラスの久賀雅耶だよ。よろしくな」
雅耶が挨拶をすると、力は一瞬驚いた顔を見せたが、次に不敵な笑みを浮かべると言った。
「なるほどな…、そうか…。お前があの『まさや』だったのか」
「『あの』…ってどういう意味?」
その力の言い回しが気になって雅耶が尋ねると、
「ああ…夏樹や冬樹からよく聞いてた名前だったからさ。お前が、『幼馴染みのまさや』なんだろ?って意味。変な含みは無いから気を悪くするなよ。こちらこそ、よろしくなっ」
そう言って笑った。
そんな雅耶と力のやりとりを、疑惑の眼差しで見ていた冬樹が、ゆっくりと口を開いた。
「なぁ…どうして成蘭に来たんだ?」
明らかに歓迎ムードではない冬樹の様子に、力は逆に嬉しそうに笑うと、
「お前に会いに来たに決まってるだろ?」
と、開き直って答えた。
たまたまその周辺に居合わせた生徒達が「おおっ?」…と、どよめきの声を上げる。
「ふざけるなよっ。真面目に答えろっ」
珍しく声を荒げる冬樹に、周囲は興味津々だった。
皆に注目される中、力は満足気に答える。
「別にふざけてなんかいないさ。本当にお前と同じ学校へ通ってみたくて来たんだよ。この間、お前と久し振りに会って懐かしくてな。もっと関わりを持ちたいと思ったんだ」
平然とそんなことを言ってのけた。
「………」
「親同士の繋がりがない今、お前と会える機会はそうそう訪れないからな。だから自ら行動に移した。それまでだよ」
「…フツー、そんなことだけで転校するか?」
思いっきり引いている冬樹に力は笑うと、
「普通がどうだかは分からないけどな。これまでの日々に退屈してたんだ。少しぐらい楽しい高校生活を望んだってバチは当たらないだろ?」
そう言って「だから、これからよろしくな」…と、軽くウインクした。
「…人を勝手に退屈しのぎに使うなよな」
げんなりしている冬樹に、力は本当に楽しそうに笑うのだった。
そんな二人の様子を横で見ていた雅耶は。
(思ったより、悪い奴でもないのかな…?実際、変わった奴ではあるけど…)
それに、冬樹自身も嫌そうな顔は思いきり出しているものの、そんなに思っていた程険悪な雰囲気でもないことに雅耶は少し安心していた。
だが、その日から当たり前のように、冬樹の傍には力がついて回るようになった。一緒に行動する仲間内にも力はすっかり溶け込んで、何かと冬樹の隣をキープしていた。
そして、校内ではある意味有名人の冬樹に、登校初日『お前に会いに来た』宣言をした転入生の噂は、瞬く間に学校中に広がって行ったのだった。




