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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
夏色メランコリー
39/72

13‐3

「………」


冬樹は雅耶の言葉に驚き、瞳を見開いて呆然と佇んでいた。

お互いに視線を絡ませながら立ち尽くしている二人の間を、一陣の風が通り抜けて行く。

(夏樹がダブって見えるって…。どういう、意味…?もしかして…バレた、のか…?)

冬樹は、雅耶の真意を計り兼ねていた。

ただ…やたらと自身の心音が、ドクドク大きく脈打っていくのを感じていた。




「お前と一緒にいて…最近、すごく夏樹のことを思い出すことが多いんだ…。実際、お前達は本当によく似てるんだなぁって、今更ながらに思い知らされてる感じがするよ。…お前はお前…なのに、可笑しなこと言ってごめんな?」

何も言えずに固まっている冬樹を見て、雅耶は表情を緩めると取り繕うように言った。

「夏樹に会いたいって…。そう思ってる願望からだったりするのかもな…?」

そう言うと、冬樹が一瞬泣きそうな顔になった。


最近、冬樹が夏樹に見えてしまう…。それは本音だった。

どうして、そんな風に感じるのか自分でも分からない。

確かに夏樹が生きていてくれたら…、此処にいてくれたら…と思っているのは確かだ。

だが、それは俺なんかより冬樹自身が一番感じていることに違いなくて。

(それなのに、俺はまた…無神経なことを口走って…。そんなことを言ったって、冬樹を傷付けるだけなのにな…)

後悔の念に駆られている雅耶に、冬樹が小さく呟いた。


「オレ達双子って…そんなに似てた?」


「…え?」

「昔から…そんなに似てたかな?オレ達、よく…入れ替わったりして…雅耶のことも、からかったりしてただろ?」

何故だか悲しげにそう呟く冬樹から目を離せず、狼狽えながらも雅耶は言った。

「あ…ああ。そうだな…。俺は何だかんだといっつも騙されてた方だから、あんまり見分けは付いてなかったとは思うんだけど…」

「………」

「…でも、お互いを演じられちゃうと、ちょっと判らなかったけど、素での二人なら俺は見分けられたぜ?…完璧…とは言えないけどなっ」

そう言って笑う雅耶に、冬樹は目を見開いた。



「…見分け…られた?」

「?…ああ。特に夏樹は、分かりやすかったしな」


そんな、ある意味失礼なことを言う雅耶の言葉が、何故だか無性に嬉しくて。

思わず、冬樹は泣きそうになった。


冬樹を演じている自分の中の『夏樹』に気付いてくれていることが嬉しいなんて…。

本当は、喜んでいたらいけないことなのに。



「雅耶は…夏樹がいた方が、良かった…?」


流石に、冬樹よりも夏樹の方が…という意味合いで口にした言葉ではないのだろうと思いながらも。何故だか痛々しげに呟いた冬樹に、「もちろん。…当たり前だろ?」雅耶は笑顔で答えた。

「………」

「だって、夏樹がいれば…お前がそんな風に辛い顔をすることもなくなるだろうし、な?」

そう言って優しく微笑む雅耶に。

とうとう、冬樹の瞳から一滴の涙が零れ落ちた。


「…冬樹?」

「ご…めん、ごめんね……雅耶…」

突然、涙を零しながら謝り出した冬樹に雅耶は面食らった。

「…どうしたんだよ?何で謝るんだよ?」

「だって…。オレ…お前にそんなに優しくしてもらう資格、ない…んだ」

口元を押さえながら、苦しげに言葉を紡ぐ冬樹に。

「何だよ?資格って…。そんなの、何も…関係ないだろ?」

冬樹が何のことを言っているのか分からない雅耶は、戸惑いながらも、次の冬樹の言葉を待った。


「…だって、オレは…」


オレは、雅耶が大切に想ってくれている『冬樹』を犠牲にして此処にいる。

でも、お前が会いたいと願ってくれる『夏樹』にも戻ることが出来なくて。


今の自分は、雅耶の思い出の中にいる冬樹と夏樹の両方を穢している、裏切りの存在でしかないのだ。

(そんなオレが、今のこの関係を壊したくない…なんて、言えた立場じゃないよな…)


「…オレ…。お前に話さなくちゃいけないことがある…」

冬樹がそう口にした時だった。



「誰かーーっ!!」



その大きな金切り声に、冬樹と雅耶はハッ…とした。

声のした方を振り返ると、浜辺の向こうでこちらに向かって何かを叫んでる女性が目に入った。

「…何だ?」

女性が何を言っているのか、そちらに注目している雅耶の横で、冬樹は瞬時に周囲を見渡した。

(男の子がっ!!)

海で溺れかけている子どもを見付けた冬樹は、咄嗟に海へと駆け出した。


「…っ?冬樹っ!?」


打ち寄せる波に足を取られ、思うように前へ進めない。

腰辺りまで海に浸かった所で、突然深くなっている場所があって、一瞬身体が水に沈んだ。


「…っ!!」

(ここは遊泳禁止区域だから、急に深くなってる所があるのかっ)


だが、子どもはもう少し先まで流されていて危険な状態だった。

冬樹は必死に泳いで、そのバシャバシャと暴れながら沈みかけている小さな腕を掴むと、何とか抱え上げた。

未だパニック状態で手足をバタつかせ、もがいている子どもを抱えて泳ぐのは至難の業で。尚且つ潮の流れが思ったよりも早く、油断していると徐々に岸から遠ざかっていくようだった。

それに、何よりも服が水を吸って重く纏わりつき、思っていた以上に上手く泳げない。


(くそっ!分かってはいたけど、これじゃ流石にっ…)


浮いている状態をキープすることさえ苦戦している冬樹の背後から、水音とともに微かに声が聞こえた。


「冬樹っ!」


雅耶がこちらへ向かって泳いで来るのが見える。

水着を着ていることもあり、雅耶の方が断然余裕そうだった。

冬樹は手の届く所まで雅耶が来たのを確認すると、声を張り上げた。

「まさやっ!!…頼むっ!この子をっ」

「よしっ。こっちにっ!」

伸びて来た逞しい雅耶の腕に、しっかり子どもを受け渡すと、二人して再び元来た浜辺へと向かって泳ぎ始めた。


(良かった…。雅耶、流石だよ…)


子どもを抱えて泳ぐ雅耶は、やはり自分とは全然違う力強い泳ぎで、懸命について行こうと頑張っても、その距離は徐々に開いて行く程だった。


ふと…。

冬樹は、改めて今の自分の状況に気が付いた。


(広い海に、ひとり…浮かんで…?)


それは、何度も夢に見た恐怖の海のビジョンと重なり。


「……っ…」


意識した途端、突然動悸が激しくなっていくのが自分でも分かる。

思うように動かない身体。

重く纏わりつく服が、夢の中の皆の『(すが)ってくる腕』のように感じて、ゾクリ…と、冬樹の背筋に悪寒が走った。


もう、泳いでいられなかった。


冬樹の身体は硬直したように動きを止め、頭の上まで水の中へと潜ってしまう。

(思ったより、深い…)

少し流されただけで、突然深い海が広がっていた。

(息が…出来ない…)


足先が鉛のように重く感じて、まるで海の底から何かに引っ張られているかのようだ。


暗い…暗い…海の中。

沈んでいく重い身体…。


(…怖い…ね。…苦しい、ね…)


ふゆちゃんも、きっと怖かったよね。

すごく、苦しかったんだよね…。


(ごめん、ね…。ふゆちゃん…)


意識が遠のく中。

最後に、こちらへと手を伸ばしてくる雅耶の姿を見たような気がした。


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