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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
夏色メランコリー
38/72

13‐2

物思いにふけっていると、目の前に数人の影が差した。

皆が戻って来たのかと思い、冬樹が顔を上げると。そこには見知らぬ男達が三人立っていて、自分を見下ろしていた。

ニヤニヤとした値踏みするような彼らの視線に、嫌な予感しかしない。


「かーのじょ♪可愛いね。俺達と一緒に遊ばない?」

「こんな所で一人で荷物番なんて寂しいじゃん。向こうで一緒にお茶でもどう?」

「かき氷でも奢っちゃうよー♪」


「………」

冬樹は、真顔で彼らを見上げていた。

自分は『男』だ…と、わざわざ言うのも何だか面倒くさい気がした。

(『彼女』か…。間違いではないんだけどな…)

この格好でそう見えてしまうのは、ある意味問題かも知れない。

(…もっと、男らしい格好しないと駄目ってことか?)


冬樹が、頭の中であれこれ考えていると、相手が痺れを切らして行動に出た。

「もしかして、驚いて固まっちゃってるの?可愛いねー。怖くないから、ついておいでよっ」

そう言って冬樹の腕に手を伸ばして来た。

その、伸びて来た男の手を冬樹が払おうとするのと、後ろから声が掛かるのは、ほぼ同時だった。


「お待たせっ冬樹」


「…雅耶」

男が掴んでくるのを止めたので、冬樹も払い除けようとした手を収めて雅耶を振り返った。

「あれ?その人達は?…知り合い?」

冬樹の前に取り囲むように立っている三人に、雅耶が視線を移す。

気まずそうに、肘で小突き合っている男達を横目で見た冬樹は、

「ん?…いや、何でもないよ。人違い…?」

そう言うと、立ち上がって雅耶のいる方へと歩み寄った。


後から来た長瀬が、冬樹と雅耶の後ろですごすごと男達が去って行くのを見ながら言った。

「なぁに?冬樹チャン、早速ナンパされちゃったのー?」

ニヤニヤとからかってくる。

「えっ!?ナンパ?」

雅耶は思いも寄らなかったのか、驚いて冬樹を見た。

「私服の冬樹チャン、可愛いもんねー♪女の子に見えちゃってもおかしくないって。ねぇねぇ、後で写真撮らせてよ♪本当は水着の方が良かったんだけどー」

そんなことを口にした長瀬に、雅耶が睨みつける。

「長瀬…お前、まさか…」

(それをまた売りつけるつもりじゃないだろうな…?)

目で訴えるが、長瀬は笑みを浮かべるだけだった。

だが、冬樹は「長瀬ー」と言って傍まで微笑みを浮かべながら近付いて行くと、腹に一発パンチをお見舞いするのだった。



全員で波打ち際で、暫くビーチボールなどで遊んだ後、長瀬達は少し泳いで来ると言って海に入って行った。

冬樹は借りて来たビーチパラソルの下、一人座って海を眺めていた。

目の前に広がる青い空には、夏特有の大きな入道雲が浮かんでいるが、太陽が隠れる位置には雲がなく、容赦なく強い日差しが真上から照りつけていた。

パラソルの影からはみ出た足先が、陽に当たってジリジリする。

「約束の『ブツ』買って来たぞー」

後方からの声に振り返ると、雅耶が両手にかき氷のカップを持って立っていた。

「…サンキュー」

冬樹は、その内の一つを笑顔で受け取ると、隣に雅耶が座るのを確認してから「いただきます」…と言って、氷をスプーンで突っついた。




隣で時折、冷たさからくる痛みに「うぉーっ」とか「くぅーっ」とか言いながら頭を押さえつつも、美味しそうに氷を食べている冬樹を雅耶は眩しそうに見詰めた。

くるくると変わる表情に、何故だか無性に嬉しくなる。

(最初は、超不機嫌でどうなるかと思ったけど…。結構、楽しんでくれてるみたいだし、強引にでも誘って良かったな…)

雅耶は微笑むと、自分もかき氷を口に運んだ。


「オレ…良く考えたら、かき氷なんて食べたの…超久し振りかも…。ここ八年は食べてなかったなー」

冬樹は空のカップを手にもてあそびながら、何でもない事のように言った。

そうして「ご馳走さま。ありがとなっ」と、微笑む冬樹に雅耶は複雑な気持ちになった。


(あの事故以来、冬樹の過ごしてきた八年間は、いったいどんなものだったんだろう…?)

海に来たのも久し振りだと言った。

ある意味、夏の風物詩であるかき氷でさえ、『八年振り』というのは、どうなんだろう…と、雅耶は考える。

(『楽しむこと』何もかもを、今迄ずっと我慢してきたんじゃないのか…?)

入学当時の冬樹のことを思い起こすと、そう思わずにいられない。

だが、雅耶は己の気持ちを隠すように明るく言った。


「どういたしまして。こんなことで許して貰って、何だか逆に悪い気もするけど…。でも、たまにはこんな風にのんびりするのも良いだろ?」

「…そうだな…」

眩しそうに目の前の海へと視線を移す冬樹の横顔を、雅耶は見詰めていた。


「少し…歩かないか?」


泳ぎに行っている長瀬達が戻って来るまで、少し二人で海辺を歩いてみることにした。



波打ち際を二人、ゆっくり歩いて行く。

少し距離を伸ばすと、浜辺の景観が変わり、浅瀬に僅かな岩などが見え隠れする遊泳禁止区域へと入っていった。その周辺は流石に人もまばらで静かだった。

二人、何気ない話をぽつりぽつりと話しながら歩いていたが、不意に前を歩いていた雅耶が足を止めた。

「冬樹はさ、何で海に来るの…あんなに嫌がったんだ?さっき、皆には『泳げないから』…なんて言ってたけど、お前…昔、泳げたよな?」

特に勘ぐっている感じではなく普通に聞いてきたので、冬樹も自然に答える。

「…覚えてたか」

冬樹は瞳を伏せてフッ…と笑うと、言葉を続けた。

「ウソついたのは説明するのが面倒だったから…。それだけだよ」

冬樹も足を止めると、遠い水平線の向こうを眺めながら言った。

「説明…?」

言っている意味が解らず、雅耶は冬樹の横顔に聞き返す。

海風がザァーーッと吹いて、帽子を飛ばされそうになった冬樹は、咄嗟に頭を押さえた。


「オレさ…。ずっと…海に来るのが、怖かったんだ…」

「…怖い…?」


冬樹は、こちらを見ずに小さく頷くと続けた。


「海は…怖いよ。綺麗だけど…こわい…」



「この海は、ずっと繋がってる。どこまでも、どこまでも…。だから、この海には…。この先には、父さん達が眠っているんだ…」

目を細めて遠くを見詰める冬樹の、その言葉に。

「……っ…」

雅耶は衝撃が走った。

「オレは、ずっと…。向き合うのが怖かったんだ、あの事故のこと…。その事実に正面から向き合うことが出来なくて…。ずっと…認められなくて…。…逃げていたんだ」

「…冬樹…」




何度も、何度も、夢に見る。


オレは、みんなを探して広い広い海に、ひとり浮かんでいて。

『ふゆちゃーんッ』『おとうさんっ』『おかあさーんっ』

呼んでも呼んでも、ザアザアと水の音しかしなくて。

悲しくて、泣き叫んでも、誰もいない。


だけど、ふと…。

足を引かれるのに気付いて、下を覗き込むと。


『たすけて』『助けて…』『なつきー…』


お父さん、お母さん、そしてふゆちゃんが自分の足に掴まっていて…。


『苦しいよ…』『助けてよ』『なっちゃんーっ』


あの頃のままの、小さなふゆちゃんの手が伸びてくる。


『何で、ぼくが?』『何でなっちゃんだけ?』

『みんな、お前のせいだ』『お前の…』


そうして、引き摺り込まれる海の中は真っ暗で。苦しくて…。

咄嗟に、その手から逃れて浮上しようと藻掻くのだ。



そして、目が覚める。

でも、目が覚めた後、後悔だけが襲うのだ。

…自分の狡さに。


本当は、一緒に沈むのなら本望だと思っているのに。

思っているつもりでいるのに…。

どこかで、自分はやっぱり助かりたいと思っているのだろうか?…と。


それに、本物のふゆちゃんなら…。

あんなことになった今でも、自分を責めないでいてくれそうで。


ふゆちゃんのことを見くびっている…という罪悪感と。

実は、それさえも自分の都合のいい解釈なのかも知れないという、己への嫌悪感で一杯になった。




無言で海を眺めている冬樹の横顔が、苦痛に歪む。

冬樹が、まさかそんな理由で海に来たくなかったなんて思わなかった雅耶は、後悔の念に駆られた。

(俺は、馬鹿だ。…無神経だった…)

冬樹のことを理解したいと思っているのに、全然その想いを()んであげられていない。


冬樹…。

お前は、その小さな背に…。

いったい、どれだけのものを背負って生きて来たんだろうな…。


「ごめん、雅耶…。折角誘ってくれたのに…余計なこと言った」

泣き笑いのような顔を見せる冬樹に。

「馬鹿。余計なことなんかじゃないだろ?…お前はずっと、その気持ちをを一人で抱え込んで来たんだから。俺こそ察してやれなくて、ホント無神経でごめんな…」

冬樹の方を向き直って、雅耶は僅かに頭を下げた。すると、

「…何でお前が謝るんだよ」

冬樹はそう言って「お前は、お人好し過ぎるよ…」と、呆れたように小さく笑った。


何だかお互いに、少しブルーになってしまったけれど…。

でも俺は、冬樹が自分から本音を話してくれたことが嬉しかった。


「でも、…やっと分かったよ」

「…え?」

「こないだお前が言ってた『夏樹はもう、海は好きじゃないかも』っていうのは、お前の気持ちそのものだったんだな…」

冬樹は何のことを言っているのか分からないのか、固まっている。

「この前、話したろ?夏樹が好きだった海の絵のポスターのことでさ…」

「あ…ああ…」




冬樹はドキリ…とした。

まさか、あんなことをいつまでも雅耶が覚えているなんて思ってもみなかったから。

だが、雅耶は動揺している冬樹の様子に特に気付く様子もなく、普通に言葉を続けた。

「ずっと…気になっていたんだ。どうしてお前が突然、あんなことを言ったのか…」

雅耶は冬樹から視線を海へと移すと、遠い目をした。

「でも夏樹の気持ちを考えたら、さ…。やっぱりお前の言うとおり、きっと海は怖いって…思うよな。きっと、もう…海に潜りたいなんて言わないだろうな…」

「…雅耶…」

切なげに目を細めている雅耶の横顔を、冬樹は見詰めていた。


『ボクが大きくなったら、きっと、なつきをこんな場所へつれて行ってあげるよっ』

遠い昔…、雅耶と()わした約束。


「昔から、お前達二人は意見がぶつかることもなく、いつだって一緒で…気持ちは繋がっていたもんな。きっと、今だってお互いを解り合えているんだろうな…」

「………」

「それだからかな…。最近、お前を見てると…」


そこで、雅耶が言葉を詰まらせる。

言うか言うまいか、迷っている様な雰囲気だった。

だが、雅耶はそっと瞳を伏せると、ゆっくりと口を開いた。


「お前と夏樹が…、すごくダブって見えるんだ」


ゆっくりと雅耶がこちらに向き直るのが、まるでスローモーションのように見えた…気がした。


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