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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
夏色メランコリー
37/72

13‐1

深夜の薄暗い留置所内。


普段なら、既に拘留されている者も皆が眠りについている時刻であり、静かなその所内には見回りが定時刻にやって来る位である。だが、ある部屋では白い壁に数人のシルエットがゆらゆらと揺らめいて影を落としていた。


「そっ…それだけは勘弁してくれっ。頼むっ」

男は床に跪き、一人の職員に後ろ手に押さえられながら懇願した。

「俺は、どんな取り調べにだって耐えて見せるし、大事なことは何にも喋らねェ。だからっそれだけは止めてくれっ」

だが、その男の前に立って見下ろしている職員は静かに切り捨てた。

「今更足掻くな。上からの命令なんでな、悪く思うなよ」

そう言うと、押さえられている男の顎を無理やりに掴むと、口を強引に開けさせる。

「ぐうっぅ…」

男はくぐもった声を上げるが大した抵抗は出来ず、その口に一粒の薬の様なものをねじ込まれてしまう。そして、無理矢理に水を流し込まれた。男が咳込みながらも、それをしっかり嚥下したのを確認すると、職員の男は顎から手を離して言った。

「貴重な一粒をお前なんぞに使うことになるとは…と、嘆いておられたぞ。それでも、これで逝けるご好意を有難く思うんだな」

「あ…あぁ…」

男は、それを呑み込んでしまったことに絶望の色を見せている。

それを職員の男は小さく鼻で笑うと、

「小一時間で消化する。その間、吐き出すことの無いように後ろ手に縛って、口を塞いでおけ」

押さえ込んでいる職員にそう指示を出すと、その男は出口へと足を向けた。だが、

「ぃや…だ…、ま……死…たくな…っ…」

俯き、ガクガクと震えながら何事かを小さく呟いている男を、その職員は今一度振り返ると、

「口を塞ぐのは良いが、くれぐれも呼吸を妨げないようにな。アレを使っておいて死因が窒息死では、意味が無いからな」

そう念を押すと、その鉄格子の扉をくぐってその部屋を後にした。





夜が明け、その日の夕方。

いつも通りバイトに入っていた冬樹は、直純から驚愕の報告を受けることになる。


「え…?心臓…麻痺…?」

「ああ。いわゆる『突然死』ってヤツらしい。まだ詳しくは調査中らしいが、病的なものに間違いはないらしいよ」

「そう、ですか…。アイツが…」


それは、大倉が留置所内で死亡したという、思いも寄らない内容だった。



それから数日後。


「………」

ガタン、ゴトン…と、断続的に音を立て続ける電車に揺られながら、冬樹は車窓から見える流れてゆく景色をただ…ぼーっと眺めていた。


「冬樹チャンーっ?元気ないよっ!!テンション上げて上げてーっ!!」


長瀬が横の四人掛けのボックスシートの上から顔を出して声を掛けて来る。

冬樹が座っているのは、ドア横にだけ設置されている二人掛けのいわゆる普通のロングシート部分で、長瀬達のいるボックスシート側に雅耶が並んで座っていた。すっかり旅行気分でテンションの高い長瀬を、冬樹はチラリと横目で見ると、ワザと反対側を向いて溜息を吐いた。

そんな不機嫌全開な冬樹の様子を隣で心配げに見詰めながらも、雅耶は先程からテンションの高すぎる長瀬に小さく注意を入れた。


「おい…あんまり騒ぐなよ。他の乗客に迷惑だろ?」

「はーい!雅耶センセー♪気を付けマース」

「…誰が先生だ…」


相変わらずな長瀬に、雅耶も思わず溜息を吐くのだった。



この日、冬樹と雅耶をはじめ、長瀬を含む同じクラスの仲間総勢6名は海水浴に行く為、海へと向かっていた。


(マジでありえない…)


冬樹の不機嫌は当然のことだった。

友人と海水浴だなんて、今の冬樹にとっては『危険行為』以外の何モノでもない。前々から「海に行こう」と、長瀬に誘われてはいたのだが、ずっと断り続けていたのだから。

だが、今朝になって突然、家に長瀬と雅耶が押し掛けて来て、強引に連れ出されてしまったのだ。


『勝手に行けよ。オレは一緒に行くなんて言ってないだろっ?』


早朝から叩き起こされて不機嫌一杯の冬樹に。

長瀬は『そんなこと言わないでー』…と白々しく泣きついて来た。

『このままじゃ待ち合わせ時間に遅れちゃう』だの『皆楽しみに待ってるのに』だの言って、まるで遅れたら全部オレのせいだとでも言うように…。


(あんな強引な手段に折れてしまったオレも悪いんだけどな…)


それさえも、計画的だったのは見え見えなのだ。

バイトが休みの日をしっかり狙って来ているのも明らかで…。

その辺の情報を知っている雅耶が、ちゃっかり長瀬の協力者になっている所にも不満が一杯溜まっている冬樹だった。


「…ごめんな、冬樹。強引に誘うような真似して…」

思い切り眉を下げて、申し訳なさそうに雅耶が話し掛ける。

「…ホント強引だよ」

チラリと横目だけで雅耶を見遣ると、冬樹は再び外の景色に視線を移した。

そんな冬樹の冷たい反応に、雅耶は肩を落とす。

「長瀬にどうしてもって頼まれてさ…。家まで勝手に教えちゃってごめん。…マズかったか?」

「…別に、長瀬ならいいけどさ…」

遠くを見詰めながらも、返ってくるその言葉に。

それはそれで、何だか複雑な思いを感じずにはいられない雅耶だった。


(だが、まずは冬樹の機嫌を直す方が先決だ…)


雅耶は、思わずへこみそうになりながらも、再び冬樹に話し掛けた。

「お前が、海水浴乗り気じゃないっていうのは聞いてたんだけどさ…。でも、たまには息抜きも良いんじゃないかなって思ったんだ。お前…毎日のようにバイト入ってるし…」

あんなこともあった後なのに…という言葉は、己の内に呑み込んだ。

「やっぱ、折角の夏休みだし…皆で一緒に遊びに行きたいって思うじゃん…」

すると、冬樹はチラリ…と視線をこちらに向けた。

「オレだって別に…出掛けるのが嫌だって言ってる訳じゃない。皆と遊びに行くのだって嬉しいと思うけどさ…」

そう言いながら、少しだけ冬樹の表情が和らいだのでホッとする雅耶だったが、次の瞬間…冬樹は再び表情をキツくして言った。

「でも、やり方が気に食わない。長瀬とグルになって強引に断れない状況に持っていくとかさ」

「…ごめん。それは本当に悪かったと思ってるよ…」




すっかり、しょんぼりして下を向いてしまった雅耶に。

(まぁ、雅耶自身も強引に長瀬に押し切られたんだろうけどな…)

冬樹は小さく息を吐いた。

(雅耶のことだ…。きっと一度は『やめよう』…と言ってくれたんだと思うし…)

そう考えると、雅耶にいつまでもプリプリしているのも可哀想かな?…と、思えてきた。


「じゃあ…かき氷」


冬樹は表情を緩めると、ポツリ…と呟いた。

「…え?」

「かき氷で手を打ってやるよ」

驚いて顔を上げている雅耶に、冬樹は、はにかみながら言った。

「お…おうっ!!りょーかいっ」


途端に嬉しそうな笑顔を見せる雅耶に。

冬樹は思わず、つられて微笑んで見せるのだった。



キラキラと光る水面(みなも)

打ち寄せる波の音。

歩くごとに素足が埋もれる、さらさらとした感触の砂浜。

目の前に広がる、どこまでもどこまでも続く水平線。


(海に来たのなんて…。すごく久し振りだ…)


冬樹は、その目の前に広がる景色を一人立ち尽くしたまま、暫く眺めていた。


流石に夏休みとあって、平日でも多くの海水浴客で賑わってはいたが、イモ洗い状態…という程でもなく、変な見苦しさはない。

(わりと穴場の海水浴場なのかも…。砂もキレイだし…)

皆が着替えに行っている間、荷物番を引き受けた冬樹は、誰だかが持ってきたレジャーシートの上に皆の荷物を乗せると、その横に立ったまま海を眺めていた。

『冬樹チャン、水着に着替えないのっ?』

自分が荷物を見ておくと伝えると、長瀬が不満そうに口を尖らせた。

『だってオレ、水着なんか持ってねーもん』

こちらも不機嫌一杯に答える。

『でも、水着なんかそこら辺の売店でも売ってるぜ?』

『男物の水着なんて、結構安いんじゃね?』

と、他のメンバーも余計なことを言っていたが、自分はこのままで良いと意見を曲げなかった。


(…当然だろ?男物の水着なんか着れるかってーの!)


『海水浴』や『プール』なんてモノは、今の冬樹の辞書には無い。

当然、成蘭高校に水泳の授業がないということも、バッチリ下調べ済みだった。

実際は、海水浴などに誘われるようなこと自体、この八年間には一度もなかったし、そんな仲間さえいなかったというのが本音なのだが。だから、尚更…もう数年も海へと足を運ぶことなどなかったのだ。

理由は、それだけではないのだけれど。


(…でも、そんなに浮いてはいないよな…?)


流石に皆で海に来ていて、一人しっかり着込んでいたら、それはそれで恥ずかしい。

冬樹は、サファリハットに白の半袖パーカー、薄手のハーフカーゴパンツという服装だった。このまま少しぐらい水遊びしても良いように、着替えも一応持ってきてある。ラインの出にくい水着とラッシュガードを着る…という手も考えたが、流石に危険を伴いそうなのでやめた。

(第一、そんなの買ってたらお金が勿体ないってーの。強引な手を使ってきた、諸悪の根源である長瀬が全部悪い!)

その諸悪の根源から『雅耶』の名前は、ちゃっかり消えているのだった。


(みんな遅いな…。更衣室、混んでるのかな?)


暫く立ったままで海を眺めていたが、皆がなかなか戻って来ないので、冬樹はシートの端にちょこんと座ると、そのまま膝を抱えて佇んでいた。


ザアザアと波打つ音は耳に心地良いけれど、一人でいると、ついつい色々な事を考えてしまい、何だか憂鬱になる。

冬樹は、自分の膝に顎を乗せると小さく溜息を吐いた。

あの事件の真相は、大倉が亡くなってしまったことで何も進展はなかった。大倉の子分的存在だったチンピラ男は、特に詳しい情報を持ってはおらず、ただその場その場で大倉の指示を受けて動いていただけだったようだ。そして、製薬会社の社員の男は、未だ黙秘を続けているらしい。


だが、自分がさらわれた経緯なんかは、もうどうでもいいと冬樹は思い始めていた。そこには、父の書き残していた『罪』が関係していることだけは分かっているから。そして、自分には、そこの部分を紐解くことが出来ないということも。

だから、それよりも…。

今は、自分を助けてくれた、あの二人に関する情報が欲しい。


(あの人達は、何の為にあんな危険を冒してまで乗り込んで来たんだろう?)


あいつらを警察に引き渡す為?

父との繋がりは…?

父の『罪』について何か、知っているのだろうか…?


(それに、どうしても…)


『またね』…と言った、あの人のことが頭から離れないのだ。


冬樹は再び、小さく溜息を吐いた。


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