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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
キミの幻影
36/72

12‐4

(冬樹には、まだ…昔の話とかは禁句なのかもな…)


雅耶は、窓を閉めて回りながら考えていた。

(自分で『懐かしい』…とか言う癖に、まだあんな辛そうな顔を見せるんだもんな…)

『どうかな…?…よく、分からないや…』

そう言った時の冬樹の顔を思い出して、雅耶は小さく溜息を吐いた。


一階の全て開け放てられている窓を、二人で分担して閉めて回っていた。

こんな所まで開けなくてもいいのに…と、いうような高い場所の小さな窓さえも徹底的に開けて回ったようで、雅耶は必死に背伸びして開けたであろうその冬樹の姿を想像して、僅かに口元に笑みを浮かべながら、それを閉めて施錠した。

一通り戸締りをしてリビングに戻って来ると、冬樹が壁に掛けてある額縁の前で佇んでいた。

その横顔はどこか儚く、淋し気だった。


(あ…れ…?)


不意に、その姿がいつかの情景と重なる。

以前…よく、そうしてその絵を眺めていた人物の横顔とダブって見えたのだ。


(なつ…き…?)


何故、そう見えたのかは分からない。

夏樹の場合は、今の冬樹のように淋し気ではなく、目をキラキラさせてそれを眺めていたのだから…。



夏樹はその絵が大好きだった。

それは、光輝く水面が印象的な、イルカや鮮やかな魚たちが泳ぐ海中の絵だった。

この家に遊びに来る度に、よくこの絵の前に立ち止まって眺めている夏樹を見掛けた。

『なんでいつもこれを見てるの…?』

夏樹に聞いたことがある。

すると、夏樹は目を輝かせて語るのだ。


『なつき、この絵…だいすきなんだっ。いつか、大きくなったら…こんなキレイな海にもぐってみたいなー』

『へえーっ。じゃあボクが大きくなったら、きっと、なつきをこんな場所へつれて行ってあげるよっ』

『ほんとっ?』

『うんっ』

『じゃあ、まさやっ。や・く・そ・く・だよっ』


そう言って、こちらを振り返った夏樹の笑顔が眩しくて…。それがずっと忘れられなかった。

それから、よく夏樹がその絵の前にいると、自分も横に並んで眺めて見たりしていた。

そうしていれば…少しでも夏樹と気持ちが共有出来るような気がしたから…。



「…あ、雅耶…」


こちらに気付いた冬樹が振り向いた。

その表情は、もう普段通りの冬樹だった。

「向こうは全部戸締り済んだよ」

「あ、サンキュ…。あとはこの部屋の雨戸を閉めるだけだな」

そう言うと、冬樹は窓の方へと歩いて行く。

それを横目で確認しながらも、雅耶は絵の前に立ち止まってそれを眺めていた。

「この絵さー、昔夏樹が好きでよく見てたよな…。俺さ、夏樹と約束したんだ。いつか、こういう海に連れてってやるって…」

そこまで口に出してしまってから気が付いた。


(俺は馬鹿かっ!さっき、昔の話は禁句だって自分で反省してたばっかりじゃないかっ)


また、冬樹のテンションが下がってしまう…そう思いながらも、恐る恐る振り返ると。

窓際で、驚いたように振り返ってる冬樹がいた。

冬樹は俺と目が合うと、バツが悪そうに目を背けて雨戸を閉めに掛かった。


「…でもさ…、夏樹は…」


「えっ?」

こちらに背を向けたまま、冬樹が呟いた。


「夏樹はもう…海は好きじゃないかも知れないよ?」


「…え?…何でだよ?」

突然そんなことを口にする冬樹に聞き返すと、冬樹は振り返って言った。


「海はさ…綺麗なだけじゃない。その怖さを知ってしまったから…かな」


そう言って、冬樹があまりにも儚げに笑うので、俺はそれ以上何も言えなかった。



午後のうだるような暑さの中、野崎家を後にした雅耶と冬樹は『ROCO』に向かって歩いていた。

つい話し込んでいて忘れてしまっていたが、二人とも昼食を食べていないことに気付き、とりあえず何処かで一緒にご飯を食べようという話になった。だが、行き先に迷った挙句、駅前まで足を運ぶのならそのまま『ROCO』に行ってしまおうということで、意見が一致したのだった。


目元は少し冷やしたものの、泣き腫らした目に真夏の日差しは眩しすぎて、冬樹は歩きながら目を細めた。

(目がショボショボする。泣き過ぎだろ…)

普段は大きく目を見開いている冬樹が妙に細目になっているのを見て、雅耶が苦笑しながら「…大丈夫か?」と、声を掛けて来た。

「…ああ。でも、このままお店行ったら直純先生には何か言われそうだよな…」

冬樹が、げんなりしながら言った。

「あははっ…確かに。先生にはバレバレかもなー」

そんなことを話しながら駅方面へと向かい、住宅街を抜けて行く。


そうして、暫く無言で歩いていた二人だったが、何かを考え込んでいたらしい冬樹が不意に口を開いた。

「なぁ…雅耶…」

「ん?」

「昨日、オレがあいつらに捕まっている間に、オレの携帯から雅耶にメールが届いたって言ってただろ?」

「ああ…居場所を教えてくれたヤツな…」


昨日話した感じでは、もしかしたら例の二人組の内の一人…外にいた若い方の男が、車に置きっぱなしだった冬樹の携帯を使ってメールしたんじゃないかということだったが…。


「うん…。でもさ…何で『雅耶に』連絡…したんだと思う?」

「え?そりゃあ…。オレが何度も電話掛けてたから…じゃないか?」

「うん…。でも、履歴見たら直純先生も結構掛けてきていたし、他にあのメール送信される少し前に、長瀬からメール入ってたりもしてたんだ…」


『長瀬からのメール』…と聞いて、その内容が気にならなくもなかったが、とりあえず雅耶は「…そうなんだ?」と言葉を返した。


「オレと雅耶って、あんまりメールしないだろ?」

「うん。…まぁ…」

(すぐ、電話しちゃうからな。俺が…)

「だから、オレの携帯から雅耶にメールしようと思ったら、電話帳から雅耶のアドレスをわざわざ探さないといけないんだ」

「あ…確かに。そうなるよな…」


それは…。

メールを打った人物は、わざわざ雅耶を選んで連絡を入れて来た…と、いうことに繋がるのだ。


「もしかしたら…メールしてきた人物は、俺のことを知ってたんじゃないのかな?」

「えっ?」

一瞬、ドキッとした。

疑問を口にしながらも、自分でもどこかでそう思っていたのかも知れなかった。

「その、冬樹を助けてくれた人達って、何か事情を知ってるみたいだし…。だったら、冬樹のこともある程度知ってるハズだと思うんだ。俺と冬樹が幼馴染なのは調べればすぐ分かることだし、一緒にいるとこを見たのかも知れないしさ」

「そう…だな…」

(そう、考えるのが自然だよな…)

「それで、昨日…俺から、あれだけ何度も着信が入ってるのを見れば、冬樹と連絡を取ろうと必死になってるのなんて一目瞭然だろ?だから俺にメール寄こしてきたんじゃないか?」

「うん…。そうかも…」


雅耶の言ってることはもっともだった。

オレのことを調べていれば、狭い交友関係だ。きっとすぐに雅耶に辿り着くだろう。

(でも…そう思いつつも…。オレは、どこかで違う可能性を考えている…)


有り得ない可能性に期待している。



「…冬樹?…どうした?」

突然、足を止めてしまった冬樹を振り返って雅耶が声を掛ける。

その声によって初めて、冬樹は自分が足を止めていたことに気が付いた。

「あ…ううん、何でもない…」

慌てて再び歩き出す冬樹の様子を雅耶がじっ…と見詰めてくる。


(お前の『何でもない』は、何でもなくないんだよ…)


目を見ていたら、雅耶の言おうとしていることが解ってしまった。

冬樹は、それに苦笑すると、少しだけ本音を口にした。

「…ちょっとね。その人のことが気になってさ…」

「『その人』って…。助けてくれた若い男のこと?」

「…ああ…」



『怖い思いをしたね…。でも、もう大丈夫だよ』

ふわり…と優しく頭を撫でられた、あの感覚…。


あの瞬間。

オレは、過去の懐かしい『温かな手』を思い起こしていたんだ。

よく、そうやって夏樹をなぐさめてくれていた優しい手を…。

(だけど…それは、本当にありえないから…)


否定しつつ、否定したくない。

本当は、少しでも可能性があるなら信じたい。

だけど、そんな自分に都合のいい解釈を簡単には認められなくて。


それでも…。

頭では解っていても、あの時感じた感覚がどうしても忘れられないでいる。

どこかで、ずっと引っ掛かっている。


(ふゆちゃん…)


あれが、あなたの手である筈が無いのに…。



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