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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
キミの幻影
33/72

12‐1

冬樹の誘拐事件から一夜明けた、その翌朝。


カーテンの隙間から射し込む日差しの眩しさに、冬樹は目を覚ました。

普段起きる時とは違うその光の差し込み方に、それだけ現在の時刻が遅い事を頭の端で感じていた。

枕元に置いてある目覚まし時計を手に取ると、既に時刻は10時を回っている。

(昨日は寝る時間も遅かったし、しょーがないけど…)

妙に身体が怠い。

「…っていうか、暑いっ…」

窓を開けて眠るのは不用心なので、普段から眠る前にオフタイマー設定をしてエアコンを入れているのだが、電源が切れてからかなり時間が経過しているので、流石に部屋の熱気も半端ではなかった。

勿論、既に陽が高いのも要因の一つではあるが…。

冬樹はベッドから起き上がると、まず窓を開けた。

決して涼しいとは言えないが、例えそれが熱風のようであっても空気が入れ替わるだけで清々しい気持ちになった。

冬樹はゆっくりと伸びをする。


(今日から、夏休みかぁ…)


昨日は色々なことが有り過ぎて、学校の終業式に出たのが随分前のことのように感じる。

冬樹は小さく溜め息を一つ吐くと、顔を洗って気持ちを切り替えようと動き出した。

今日は、普段と変わらず夕方からバイトが入っているだけなので、特に急ぐことはないのだけれど。


(直純先生は、無理しなくていいって言ってくれたけど…。昨日、バイト結局サボっちゃったし…。何かしてる方が気も紛れそうだしな…)


本当は、昨日の出来事についても、ゆっくり落ち着いて考えたいことが山ほどある気がするのに。それに敢えて気付かないように…、考えないようにしている自分がいる。

それは、ある意味『現実逃避』なのかも知れないけれど、今…独りで考え込んでいたら身動き取れなくなってしまいそうで…。


(とりあえず昨日のことは、今は保留だ。直純先生の所に警察から何か連絡が入ってるかも知れないし…)


雅耶から、今日の午前中は部活があると聞いている。

でも、午後は空いてるので『ROCO』に顔を出すと言っていた。

「部活が終わったら連絡する」…と、昨夜別れ際に言われたので、その内メールが来るかも知れない。


(オレはその前に、一度家に行ってみるかな…)


少し、確かめたいことがあった。



冬樹は野崎の家までやって来ると、まずは一階にある全ての窓を開けて回った。現在は電気が来ていないので、エアコンも扇風機も使用できない中、単に暑いから…というのもあるが、実はそれ以外にも理由がある。前回この家に来た時のことが、どうしても忘れられないのだ。

(アイツは警察に捕まったんだし、もう心配ないとは思うんだけど…)

変に閉め切っている家の中で、また誰かが潜んでいたらと思うと、それは恐怖でしか無くて。逆に全部開いている方がこの家に自分が居ることも周囲には分かるし、助けを呼ぶにも追い出すにも都合が良いと思ったのだ。

目の行き届かない全部の窓を開け放つのも、ある意味無用心なのかも知れないが…。

(今更、盗られてマズイような金目の物なんて特にない…ハズ…)

冬樹は、リビングを見渡して一人頷いた。


「よし。じゃあ…行くか…」


一人呟くと、リビングテーブルの上に置いておいた手提げの中から、LEDライトを二つ取り出した。一つは自立式で置いておける、スタンドタイプの物。もう一つは懐中電灯式の物だ。

(これがあれば、何とかなる…かな?)

その二つを持って、冬樹は父の書斎へと足を向けた。

今日この家に来たのは、あの部屋を少し調べてみようと思ったから…。

窓のない部屋を調べるには明かりが不可欠なので、しっかり準備をして来たのだ。


いつも鍵が掛かっていたその扉は、前回と同様に鍵は開いたままだった。

「………」

今回は誰もいないと頭では解っていても、その入り口に立つと緊張して思わず一歩を踏みとどまる。

冬樹は持ってきたライトを両方点けると、部屋の中を照らした。すると、それなりに周囲の様子が分かるようになる。

冬樹は小さく息を吐くと、意を決してその部屋へと足を踏み入れて行った。


室内は、然程広くはないが、いかにも書斎…という雰囲気で奥と右側の壁の殆どが作り付けられた本棚になっていた。

「…すごい…」

数え切れないほどの本。

やはり仕事の関係上、薬学関係の専門書が多い気がする。

冬樹は、スタンド式のライトを机の上に置くと、手元の懐中電灯で周囲を照らした。

(アイツが言ってた隠し扉は何処だろう…?)

暗くて分かりにくい部分をよく照らしながら探していると、それはすぐに見つかった。

本棚の一部がずれて、隙間が開いていたのだ。


「…これが、隠し部屋の扉…?」


冬樹はそっと、その扉に触れてみた。


その扉は、引き戸のように横に開く仕組みになっていたが、本棚と一体になっている為、かなり重かった。

(この扉が確か、静脈認証で開くって言ってたやつだよな?…でも、それにしては随分…)

もう少し近代的なものを想像していたので、少し拍子抜けした感はある。

(でも、鍵はどうなってるんだろ?…何処に…)

今、目に見えて扉と分かるのは鍵が開いているからだ。閉まっている場合は、きっと見た目では簡単には判らないのだろう。

(前に来た時は気付かなかったって、アイツも言ってたし…)

でも、何処かに認証装置が隠されている筈だ。

冬樹は、扉周辺の本棚をよく調べてみた。

すると…。


「あった。これだ…」


幾つかの本を取り出してみると、本棚の奥の壁にカメラのような物が設置されていた。

(お父さんが、こんな物をわざわざ据え付けていたなんて…)

冬樹は、そっとその装置に触れてみる。だが、電源が入っていないそれは何も反応を示さない。

(特に傷つけられた様子もないし、壊されている訳ではなさそうだ…。きっと、電気が通っていないと鍵も扉も動きはしないんだろうな…)

だが、それは逆に…実際にこの扉を開けた者は、この場所とその仕組みを知っていて尚且つ開くことが出来た…ということだ。

(でも、電源はどうしたんだろう?もしかして、ブレーカーを上げればすぐに電気は入るのかな?)

後で調べてみようと、冬樹は思った。


(それにしても…。『長男・冬樹に鍵を託す』…か…。いったいどうして…)


思わず自らの考えに沈みそうになり、我に返った。

(とりあえず、中の部屋を見てみよう…)

重たい本棚の扉を、力尽くで押して開けて行く。

何とか自分が通れる幅にまで動かすだけでも、相当な労力が必要だった。


「ふぅ…、何とか、開いた…けど…」

空気の流れのない籠った室内はとても暑く、すっかり汗ばんでしまった。

冬樹は額の汗を拭うと、身体を横向きにしてギリギリの隙間を通り抜け、その部屋へと入って行った。

「…狭い…」

そこは部屋…というよりは、資料棚が一つあるだけの物置といった感じだった。様々な本が納められている書斎とは違い、そこには父の書いた資料などが保存されている。机より少し高い程度の棚の上に、幾つかのファイルやノートが乱雑に置かれていた。


放置されているそのノートの一冊を冬樹は手に取った。それは父の手記で、研究で気になったことや思った事を書き留めている、ある意味日記のような物であるらしかった。

「………」

冬樹は、丁寧にパラパラとページをめくっていく。

かなり厚みのあるノートではあるが、半分もいかない所で書き込みは終わっていた。一番最後の書き込みを見てみても、特に気になることは書かれていない。

(手掛かりになるようなことは、特にないか…)

冬樹は小さく息を吐くと、残りのページをざっとめくった。

すると…。


(あれ…?今…)


白紙のページが続く中、途中に何か書き込みがしてある場所を見付けた。

冬樹は、もう一度今度は慎重にページをめくっていく。


(あった。これだ…)


それは、他のページに記入されていた几帳面に並ぶ父の文字列とは違い、何処か雑な…走り書きの様な書き方をされていた。

だが、冬樹はそこに書いてある父の言葉に目を奔らせると、大きく瞳を見開いた。




『冬樹

 今、これをお前が目にしているということは

 私は何らかの形で すでに…

 お前達の傍には いないのだろう。

 偶然お前がこの部屋の秘密を知ったことで

 父の罪までも 重くのし掛からせてしまうことを

 どうか許して欲しい。


 小さいながらに、この父のことを

 気に掛けてくれていた、心優しい息子 冬樹。

 父は とても幸せ者だよ。


 お前は、すでに立派な『男』だ。

 父の代わりに、夏樹やお母さんを頼むな。


 父さんは いつでも、お前達を見守っているよ』




「こ…れ…」

冬樹は愕然とした。

それは、生前に父が兄『冬樹』に宛てて残した、メッセージだった。

「…なんで…?こんな…」

驚きの余り、ノートを持つ手が震える。

「…どういう、こと…?」

まるで、死を予感していたかのような、父の言葉。

(『罪』って何のこと…?)

それが、アイツらの言ってたデータと関係があるのだろうか?

(それを…ふゆちゃんは、知っていたの?)

だから、この扉の鍵は『冬樹』の認証で開くようになっていたのか?


この手記を見る限りでは、やはり『冬樹』が父に、その『何か』を託されているようにも受け取れる。

だが…。

(それなら、何でこの扉が開いているの?ふゆちゃんしか開けられない筈の扉が、何で…?)


衝撃と、悲しみと、混乱…それぞれがぜになって…。

冬樹の頬を、ただ涙が伝い落ちていった。



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