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その後、被害者としての事情聴取を終え、冬樹が警察署を出る頃には既に外は夜の闇が広がっていた。その間も、直純と雅耶は冬樹をずっと待っていてくれて、帰りは一緒に車に乗せて貰えることになった。
「冬樹…?…眠っちゃったのか」
車に揺られている内に後部座席で眠ってしまった冬樹を、運転席と助手席から二人は振り返ると、声を落として会話を続けた。
「流石に疲れたみたいだな…。精神的な疲れは勿論だけど、連れ去られる時に薬を使われたりしたみたいだし…。きっと、身体の負担も大きいんだろう」
「そう、だったんですか…」
雅耶は、もう一度眠っている冬樹を振り返った。
手当をして貰ったものの、その細い両手首に巻かれた白い包帯が妙に痛々しく見えた。
「そう言えば…先輩に聞いた話なんだが、冬樹の携帯は犯人の車の中にあったらしいぞ」
「えっ?そうだったんですかっ?」
直純の言う『先輩』というのは、今回協力してもらった警察署の刑事課に所属する人物で、直純の大学の先輩に当たる人物らしい。冬樹の行方を捜すにあたり、病院関係に確認を取る際にも、知り合いが多々いると聞いていた雅耶は、改めて直純の交友関係の広さには驚かされていた。
直純はハンドルを握りながら、声を落として言葉を続けた。
「最初、冬樹も携帯で連絡を取ることを考えて鞄を探したらしいんだが、何処にも見当たらなかったそうだ。冬樹自身、あの場所が何処かさえ最後まで分かっていなかったみたいだし、まぁ…手も縛られていたしな…。あのメールを送るのは、いずれにしても無理なんだ」
「でも…じゃあ、いったい誰が俺に冬樹の居場所を知らせて来たんだろう…?」
雅耶は、手にしている自分の携帯を見詰めながら呟いた。
レストランを出た後、冬樹のアパートに向かった雅耶は、冬樹が家にも居ない事を確認すると、『Cafe & Bar ROCO』にいる直純と合流をした。だが、直純の方も冬樹の居場所を掴めずに、刑事であるその『先輩』に相談を持ちかけた後、結局手詰まりとなってしまっていた。
他に何の情報も得られず、ヤキモキしながらも、ただ冬樹の無事を願って待ち続け、約二時間が経過した頃のことだった。
雅耶の元に突然冬樹から一通のメールが届いたのだ。
それは、簡潔に『立花製薬』という会社名と住所のみが記載されているだけだったのだが、冬樹のSOSと受け取った雅耶達は、とりあえず、それをすぐに警察へと連絡した後、直純の車でその場所へ向かってみることにしたのだった。
「犯人の車のキーは開いていたし、冬樹の鞄や携帯はそのまま置かれていたらしいから、それを操作することは誰でも可能だったかも知れないんだが…。結局誰が送ったのかは分からないらしい。でも実は、俺達が冬樹からのメール内容を報告した後に、警察の方へも匿名の通報があったそうなんだ」
「えっ…?」
「その通報では、冬樹を誘拐した網代組の大倉って奴の名前も詳しく伝えられていたらしいんだ。そいつがもともと警察にマークされているような問題のある奴だった分、今回警察の対応も早く、良い結果に繋がったんだそうだ」
「でも…じゃあ、それって誰か内通者が居たってこと…ですか?」
雅耶がそう、疑問を口にした時。
「違うよ。あの人達は内通者じゃない…」
今迄眠っていた筈の冬樹が、突然後部座席からぽつりと呟いた。
「…冬樹。悪いな、起こしちゃったか?」
バックミラー越しに冬樹の様子を伺いながら、直純が気使うように声を掛けた。
「いえ…逆に、すみません。つい、ウトウトしちゃってたみたいで…」
冬樹は少し恥ずかしそうにそう言うと、心配げに振り返っている雅耶に微笑み返した。
「別に寝てて構わないんだぞ?」
優しく声を掛けてくる直純に。冬樹は「ありがとうございます。でも、もう平気です」と、笑った。
雅耶はそんな冬樹の様子にホッとしながらも、疑問を口にする。
「冬樹…さっき言ってた『あの人達』って誰のことなんだ?内通者じゃないっていう…」
「うん…。一応警察でも話はしたんだけど、オレの事を助けてくれた人達がいたんだ。ずっと目隠しされてたから声だけしか聞いてないし、詳しい事は分からないんだけど…。多分、男の人が二人…いたと思う…」
「男二人…」
雅耶は助手席から、冬樹を振り返ったまま聞いている。
「一人は警備員として潜入してたみたいで、最初からあいつらがやろうとしていた事を知っていて阻止しに来てたみたいだった。大倉って人のことも知っていたし、多分…その人達が警察に連絡を入れたんだと思う。『もうすぐ警察が迎えに来る』って言っていたから…」
「…じゃあ、もう一人っていうのは?」
「もう一人は外にいて…。大倉がオレを連れて車で逃げようとするのを読んで待ち伏せしていたみたいだった。その人は、何だか随分と若い感じで…」
そこまで言って、冬樹は何故か言葉を詰まらせてしまった。
何かを考え込んでいるような冬樹の様子に、今度は直純が口を開いた。
「警備員の男の話は、俺も少し聞いたけど…。警察が到着した時には既にその男はいなくて、研究所内に二人の男が縛り上げられていたらしい」
「えっ?そうだったんですか…?」
冬樹は初耳だったのか、驚いている。
「ああ。その内の大倉と同じ組員の男の方は、思い切り伸されていたらしい。警備員を装っていた男はそれなりに腕利きなヤツだったってことだな」
「へぇ…。でも、何だか不思議ですね…。何でその人達は姿を消したんだろう?普通に警察に引き渡せばいいのに…」
雅耶が疑問を口にした。
「…そうだな。何か、理由があるのかもな…」
(理由…)
二人の話を聞きながら、冬樹は助けてくれた男のことを思い返していた。
その姿を見ることが出来なかった。
逃げるように去って行ったようにも感じた。
(そこにも何か…理由があったりするのかな…?)
『またね』…と言ったその優しい声が、いつまでも耳から離れずに残っていた。