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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
エンカウント
31/72

11‐2

一度だけ金属質の重そうなドアの開く音がして、建物内に入ったようだった。そこは空調が行き届いていて涼しかった。そして、自分と男達の歩く靴音の響き具合や、革靴で歩いていても分かる床の感触から会社や何かの施設なのかもと推測する。

そうすると、入って来たドアは、音のイメージから建物の正面口ではなく、裏口や非常口のような所だったのでは…と、冬樹は考えていた。


(お父さんは、確か製薬会社で働いていたハズだ。こいつらの言う『データ』が仕事関係の物のことを言っているのなら、会社や研究施設か何かの建物なのかも知れない…)


後々、逃げる時に困らないように、歩いて来た方角をある程度覚えておこうと冬樹は精神を集中させる。

『冬樹』の静脈認証…。それを試すつもりで此処に連れて来たのなら、この後ろ手に縛られた縄をその時には外す筈だ。


(その瞬間が、チャンス…)


不意に皆が足を止めると「ピ…ピ…ピ…」という電子音が聞こえ、何かを操作する音が聞こえた。すると、そのうち「ガ―ッ」…と、自動ドアの開くような音が聞こえて再び歩くように即される。


(セキュリティか何かを解除したのか…?)


だとすれば、それは…この中の一人がこの施設に関係ある人物であることを示すのだ。


(このメンツだったら、明らかにあのスーツの男が関係者…だよな…)


そんなことを考えていた時。

皆がふと、再び足を止めた。


(…着いたのか?)


そう思って僅かに冬樹が構えた瞬間、少し離れた後方から声が掛かった。


「…皆さん、いったいどちらへ?その少年はいったい…?」


男達がぎょっ…として振り返ると、警備員の男が一人そこには立っていた。

「…おいっ。人払いしてたんじゃなかったのかよっ?」

あの『声の男』が少し慌てたような、苛立ちのような声を出す。

途端にスーツの男が前に出た。

「キミ!先程の臨時ミーティングでの説明を聞いていなかったのかねっ?このB棟は現在警備の者であろうとも立ち入り禁止区域になっている筈だっ」

若干の焦りと苛立ちを隠さずに言った。だが、その警備員は深く被った帽子の奥から目を光らせると、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。

「…成る程ね。そうやって会社もお前達が思い通りに操作してるって訳か。まぁ、そうでもしなきゃこんな怪しい集団…ホントなら目立って仕方ねぇもんな?」

その警備員らしからぬ物言いに、男達は構えた。

「テメェ…何者だ?ただの警備員じゃねェな?」

例の『声の男』とチンピラ男が前に出る。

その凄味を目前にしても、警備員の男は笑って言った。

「アンタ網代組の大倉サン…だろ?アンタにはそろそろお迎えが来る頃なんじゃないかな?」

「…迎え…だと?」

「勿論、ケ・イ・サ・ツ・だよ。何しろ、いたいけな少年を誘拐して来ちゃったんだし…?」

その言葉に『声の男』大倉は、一気に青ざめた。


だが、もっと動揺していたのはスーツの男の方だった。

「警察が…動いて…?…貴方のせいだ…。勝手にこんな派手な動きを見せたりするから…。…計画性も何も…まるで無い…。だから嫌だったんだ…。もう、おしまいだ…」

その場に膝を付いて頭を抱えると、そのまま項垂れてしまう。そんな中、チンピラ男だけが警備員の男に飛び掛かって行った。


二人が格闘する中、大倉は端でその出来事についていけずに立ち尽くしている冬樹の腕を掴むと、駆け出した。

「おめェには悪ィが、もう少し付き合って貰うぜっ」

目隠しも縛られた腕もそのままに。

詳しい状況も分からぬ中、ただ引き摺られるままに冬樹は足を前へと運ぶしかなかった。

何度もよろめきながら、強引に引かれるままに歩き続けて、再び重そうな鉄扉を開く音がした。途端に蒸し暑い空気に包まれ、外に出たのが分かる。

それでも、大倉は足を止めずに何処かへ向かっているようだった。歩きながらチャリ…という音がして、何かの鍵を手にしたのが分かった。


(もしかして、車で逃げる気か…?)


このままでは、人質としてまた連れ回される…そう思った冬樹は、わざとつまづいてコンクリートの地に膝を付いた。

「チッ!立てっ」

冬樹を無理やり起き上がらせようとする。


だが、その時。

「…っ!誰だっ?テメェはっ」

大倉が警戒をしながら、前方にいるらしい誰かに向かって声を上げた。

「その子を離して貰おう」

聞こえてきた声は、先程の警備員よりも随分と若い男の声だった。


大倉は「チッ」…と舌打ちをすると、

「お前みたいなのが、サツの訳ねェな。…さては、さっきの警備員の仲間か?」

そう言うや否や、懐から何かを取り出す素振りをした。

「…っ…?」

咄嗟に冬樹もその動きに警戒をする。

だが、瞬時に前にいる人物が動く気配がしたかと思うと、隣にいた大倉の呻く声がして、カラン…という、金属音が聞こえた。それは、刃物がコンクリートの地面に落ちた音だった。

「…テメェッ!ナメた真似しやがってっ」

逆上した大倉が、冬樹から離れて相手に掴み掛かっていく。


二人が揉み合いになっているのか。

僅かに呻き声や殴り合うような衣擦れの音が聞こえていたが、それもすぐに終わった。ドサッ…と、人が地に倒れ込む様な音がして、周囲は途端に静かになる。


(いったい、どうなったんだ…?…どっちが…?)


不安で固まっている冬樹に、ゆっくりと人が近付いて来る気配がする。

「……っ…」

見えないながらも、冬樹はその目の前に立つ人物を見上げた。

すると…。


「怖い思いをしたね…。でも、もう大丈夫だよ」

そう優しい声がすると、ふわり…と頭を優しく撫でられた。



(え…っ?)



その感覚に。

不思議な既視感を覚えた冬樹は、目隠しの下で大きく瞳を見開いていた。

遠くでパトカーのサイレンが鳴り響いていた。


「紐…解いてあげる…。可哀想に…痛かっただろ…?」

男はそう言うと、冬樹の後ろにしゃがみ込んで縛られている手首の紐をそっと解きに掛かってくれる。

「あ…ありがとう…」


その間にも、パトカーのサイレンが徐々に大きく聞こえて来て、こちらへ近付いて来ているのが分かった。

「よし、外れた…」

その男が小さく呟くと。

冬樹は自由になったその手で、自分の目隠しを外そうと手を動かした。だが、その一瞬の間に「…またね」…と、優しげなその男の声が小さく聞こえたかと思うと。

「…あっ。待っ…て…」

眩しさに目を細めながらも慌てて後ろを振り返った冬樹の視界には、既にその人影は何処にも見当たらなかった。


その後、警察がすぐに到着して、大倉をはじめとした三人は身柄を拘束された。冬樹自身も警察に事情を聴かれ、その後警察署の方にも一緒に行くことになった。それらの一通りの説明を受けた後。


「冬樹っ!」

パトカーに後続して来た車から、雅耶が駆け降りて来た。



「雅耶…?」


突然の雅耶の登場に冬樹が呆然としていると。

雅耶は傍まで駆け寄って来ると、真剣な表情で冬樹の顔を覗き込んで言った。

「大丈夫だったかっ!?怪我はっ!?」

冬樹の無事を確認するように眺めてくる。

その雅耶の勢いに押されながらも、

「だ…大丈夫だよ。特に怪我はないよ…」

そう言って、冬樹は安心させるように僅かに明るい表情を見せた。

だがそれは端から見れば、かなり消耗しているのが見て判るもので…。

縛られた痕がくっきりと残る両腕を目にした雅耶は、その片方の冬樹の腕を咄嗟に手に取ると、本人以上に痛々しい表情を浮かべた。その手首は、真っ赤に擦れて腫れ上がっていた。

「…手当…しないと…」

「これ位、大丈夫だよ」

腕を掴まれたままに、冬樹は小さく笑うと「雅耶は心配性だな…」と呟いた。

「…とにかく、無事で良かった…」

「うん…サンキュ…」


そんな風に、うっかりすると手を取り合って無事を喜び合っているように見える二人の様子を、後ろで微笑ましそうに眺めていた直純は、会話が落ち着いたようなのでゆっくりと二人に近付いて行った。

「大丈夫か?冬樹…」

「……っ。直純先生っ?」

直純の登場にも驚いた様子を見せる冬樹に。

「ホント…お前が無事で良かったよ…」

直純は優しい微笑みを浮かべた。




無事を喜び合っている冬樹達から少し離れた建物の陰に。

その様子をそっと伺っている二つの影があった。


「良かったのか?あの子に会っていかなくて…」

警備員の制服に身を包んだ男は、名残惜しそうに冬樹達の方を眺めている少年の後ろ姿に、そっと声を掛けた。

「うん…。今はまだ…いいんだ…」

少年は僅かに俯くと、

「今、会っても混乱させるだけだし…。流石に、合わせる顔がないしね…」

そう、小さく呟いた。

「…そうか」


その、何処か寂しそうな少年の背中に。

警備員の服の男は、ポンッ…と、軽く少年の肩に手を乗せると、

「あと、もう一息。もう少しの辛抱だ…。頑張ろうなっ」

そう、元気付けるように言った。

少年は顔を上げると「ああ…」…と、微笑んで頷いて見せた。

そうして、二人はそっとその場を後にしたのだが、去り際…少年は、もう一度だけ冬樹達の方を振り返ると。

誰に言うでもなく、ぽつり…と呟いた。


「…ごめんね…」




「………」


冬樹は、不意に何かを感じて後ろを振り返った。

「…冬樹?…どうかしたか?」

誰もいない遠くを眺めている冬樹に、気付いた直純が声を掛ける。

「…いえ…」


(今、何か…声が聞こえたような気がしたんだけど…)


既に日が傾き、建ち並ぶ倉庫や建物をオレンジ色の西日が照らし、長い影を作っている。だが、そこには蒸し暑い風が吹き抜けるだけで、それらしい人影は何処にもなかった。

冬樹は直純と雅耶の方へと向き直ると「…何でもないです」そう言って、そっと目を伏せた。


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