10‐3
二校の男女12名ずつが集まると、流石にかなりの大所帯となった。
レストランの個室を借り切って、雅耶と唯花以外のメンバーの席はくじ引きで決定し、男女が交互に並ぶようにセッティングをした。
幹事…という程ではないが、今回の合コンのきっかけとなった、雅耶と唯花が最初だけ取り仕切って、前に出てジュースで乾杯の挨拶をすることになった。
その際に、
「唯花の彼氏…超!カッコイイじゃん」
「背高いし、私、超理想なんだけどーっ」
そんな風に、こっそり声を掛けてくる友人達に。
「久賀くんはダメだからねっ。他の子にしてよねっ」
唯花は嬉しそうに笑うのだった。
昼食を兼ねての合コンは、かなりの盛り上がりを見せていた。
雅耶も仲間達と一緒に女の子を交えて会話に花を咲かせ、それなりに楽しい時間を過ごしていた。
そうして、一時間半程経過した頃。
雅耶の携帯に一本の電話が掛かって来た。
着信表示には『直純先生 携帯』と書かれている。
(こんな時間に先生からなんて、珍しいな…?)
そう思いながらも雅耶はその場から席を外すと、部屋を出て通路の片隅で通話ボタンを押した。
『雅耶?お疲れっ。…ごめんな、今平気か?』
珍しく、少し慌てた様子の直純の声。
「先生、お疲れ様ですっ。全然大丈夫ですけど…何かあったんですか?」
『んー…ああ。お前にちょっと聞きたいことがあってさ。冬樹のことなんだけど…』
「えっ…?」
冬樹と聞いて、雅耶は少し構えた。
『冬樹…、今日学校行ったか?』
「え?…はい、普通に登校してましたけど…」
どういう意図の質問なんだろう?
雅耶は、次の言葉を待った。
『そうか…。帰りは?何処かまで一緒だったりしたか?』
「え…?学校を出る辺りまでは一緒でしたが…。俺は用があってまだ学校の近くにいるんですけど、冬樹は先に帰った筈です」
そこまで言うと、直純は『そう、か…』と考え込むように声のトーンを下げた。
「先生…?」
訳が分からなくて、こちらから質問をしようと思った時、直純が再び聞いてきた。
『あいつ…何か言ってなかったか?調子悪そうだったりとかは…?』
「えっ?別に…特には…」
普通に元気そうに見えた。
笑顔で手を振って帰っていったのだから。
それを聞いた直純は、考え込むような、でも何処か余裕の無さが雰囲気から感じられた。
「先生…?いったい…どうしたんですか?」
雅耶は、妙な胸騒ぎを感じた。
直純のその無言の間に耐えられなくて、雅耶は声を大きくして言った。
「先生っ?冬樹がどうしたってっ…」
『ごめん、雅耶。実は…冬樹と全然連絡が取れないんだ。バイトの時間になっても来なくて…。何の連絡も無しに遅れたり、休んだりする奴じゃないから少し心配になってな…。お前に聞けば何か分かるかなと思ったんだが…』
その後の言葉は、あまり頭に入って来なかった。
(冬樹に何かあったかも知れない…?)
その言葉だけが、ぐるぐると雅耶の頭の中を廻っていた。
直純との電話を切った後、すぐに冬樹の携帯に電話してみるが、やはり呼び出し音がずっと鳴り続けるだけだった。
雅耶が部屋に戻ると、唯花が待っていたように微笑みかけてくる。
「…久賀くん…?どうしたの?」
「ごめん、俺…ちょっと用が出来て…。先に失礼するよ」
雅耶は手短にそう言うと。
会話が弾んでいる長瀬の傍まで行くと、耳打ちしながら簡単に理由を説明して、その場の締め全般を任せることを伝える。
「OK!任せとけって♪」
長瀬の快諾に雅耶は片手を上げて「ヨロシクなっ」…と言うと、自分の荷物を素早く手にして立ち上がると。
全体に挨拶だけして、すぐさまその場を後にした。
「待って!久賀くんっ」
突然の雅耶の行動に、唯花は戸惑いながら廊下まで追い掛けて出て来た。
「突然どうしたのっ?急に帰っちゃうなんて…っ」
雅耶が足を止めて振り返ると、言外に「帰らないで」と目で訴えている唯花と目が合った。
「…ごめん…ちょっと急用が出来たんだ。後は長瀬に任せてあるから、時間になったら適当にお開きにして貰えるかな?」
それだけ言うと、再び足を前に向けようとする。
「久賀くん…」
唯花は直感で全てを理解した。
「…じゃあ…」
そう言って背を向ける雅耶に、唯花は俯くと小さく声を掛けた。
「どうせ…、野崎くんのこと…なんでしょう?」
「えっ…?」
雅耶は我が耳を疑った。
何故、彼女が冬樹のことを…今、この状況で口にするのだろう?
自分は電話の内容を誰にも言っていない。
長瀬にさえ『冬樹』の名を口にしてはいないのだから。
「どうして…唯花ちゃんが、冬樹のことを?」
驚いた様子で、唯花を振り返っている雅耶に。
(やっぱり野崎くんの話しになると、こっちを見てくれるんだね…)
唯花は、半分泣き笑いで言葉を口にした。
「私…見ちゃったの…。さっき、このお店に来る前に…野崎くんを見掛けたんだ…」
「え…っ?本当に…?いったい何処でっ?…実は、冬樹と連絡が取れなくて、知り合いが探しているんだっ」
興奮気味に詰め寄ってくる雅耶に、唯花は小さく笑った。
「何処に行ったかは知らない…。ただ、車に乗せられて…行っちゃったの…」
何でもないことのように話す唯花に、雅耶は驚きを隠せなかった。
「それって…。どういう…こと…?車…?」
唯花の言っている意味が解らない。
「唯花ちゃんっ、お願いだっ。知ってる事を教えてくれっ」
真剣に話しの続きを促してくる雅耶に、唯花はぽつりぽつりと語りだした。
「私、野崎くんも今日参加するのかなって思ってたの。でも、野崎くん…一本先の道を入って行っちゃって…。だから『お店はこっちだよ』って教えてあげようと思って後を追い掛けたの…」
「…うん…」
「でも…。そしたら、私がその道に出た時には、野崎くんが…男の人に抱えられてて…。そのまま車に乗せられて、何処かへ連れて行かれちゃったの…」
「…え…?」
想像も出来ない程の…あまりの衝撃の内容に。
雅耶は、一瞬頭が真っ白になった。
「それって…連れ去られたって…こと…?」
雅耶の頭の中に『誘拐』の二文字が浮かび上がる。
(ありえないっ。何で冬樹がそんな目にっ?!)
信じられないと思いながらも、とにかく他に情報がない今、彼女の話を詳しく聞く必要があると雅耶は考えた。
「どんな車だったっ?唯花ちゃんっ。そいつはどんなヤツだったんだっ?」
そんなに力を込めている訳ではないが、問い詰めるように唯花の両肩を掴んで言った。
「う…ん…。確か黒の、ワゴン車…だったと思う…。でもどんな人だったかは…遠かったし分からないわ。でも、少なくとも野崎くんを乗せた人以外に運転手もいたハズよ…」
そう言って、俯きながら目を反らすと「後は知らない…」と唯花は首を振った。
(黒のワゴン車…。それだけじゃ、手掛かりが無さすぎる…)
雅耶は途方に暮れた。
「何で…?何でそんな大事なこと…今まで黙っていたんだ…」
掴んでいた唯花の肩からスッ…と手を引くと、雅耶は少し距離を取り、俯いている彼女を見下ろした。
唯花が視線を上げると、責めている風ではないが困惑気味の雅耶の視線と目が合った。
唯花はカッ…となると、声を上げた。
「何でって…。こうなるって分かってたからに決まってるじゃないっ!」
突然、強い視線で声を荒げる唯花に、雅耶は目を見張った。
「そうやって野崎くんの方を優先しちゃうって分かってたからっ!だから言えなかったっ。言いたくなんか…なかったのよっ…」
唯花の瞳からは、涙が零れ落ちる。
一緒に帰っていても、久賀くんが前を歩く野崎くんの動向ばかりを目で追っていること位…気付いていた。
野崎くんがいる時は、私の方を見てくれないことも。
普段は話をしていても相槌ばかりの久賀くんが、野崎くんの話しになると生き生きとして、自分から色々なことを教えてくれて…。
彼のことをどれだけ大切に想っているか…。それを見せ付けられたような気がして、辛かった。
幼馴染みでも、兄弟でも、どんな繋がりでも関係ない。
結局二人の間には、私が入り込む隙間なんかないって…。
私じゃ敵わないんだって分かってしまったから。
「…唯花ちゃん…」
「ぜんぶ…っ…。全部久賀くんが悪いのよっ!!」
そう吐き捨てるように言うと。
唯花は顔を両手で覆い、声を上げて泣き出した。
雅耶は思いもよらなかった彼女の独白に、少なからず驚きつつも。
「そ…っか…。そうだね…。確かに俺が…全部悪いよね…」
そう、僅かに肩を落として呟いた。
彼女を傷つけること位、ずっと分かっていたのに。
いつまでもこの状態に甘んじて、答えを出すことから逃げていたのは自分だから。
泣き続ける唯花に、雅耶は深く頭を下げた。
「唯花ちゃん、今迄…本当にごめん…。こんな時に言うのは、本当にズルイと思うし、最低だと思うけど。やっぱり俺は…キミと付き合うことは出来ないよ」
そう言うと、唯花は顔を覆ったままビクリ…と、動いた。
「本当は、もっと早く伝えるべきだったんだ。だけど、俺はずっと逃げてた。それで余計にキミを傷つけて…。本当に最低だと思う」
雅耶の言葉に、唯花は泣きながらも僅かに顔を上げた。
「冬樹のことは…唯花ちゃんとの事とは関係ないし、あいつはそんなんじゃないけど…。でも、俺にとって特別な奴には変わりないんだ。だから、やっぱり放ってなんか置けない。もう…後悔はしたくないから…」
雅耶は今、思っている自分の気持ちを正直に口にした。
『もう、後悔はしたくない』という言葉の意味は、唯花には分からなかったが。
「だから…そんな俺の行動が唯花ちゃんを傷つけていたなら、本当にごめんね…」
雅耶はそう言うと、涙を零しながらもこちらを見詰めている唯花に、
「少しの間だったけど、楽しかったよ。ありがとう…」
そう言って、もう一度軽く頭を下げると、その場を後にした。
残された唯花は、雅耶の後ろ姿が見えなくなると、再び両手で顔を覆ってその場に泣き崩れた。
雅耶は店の外に出ると、すぐに携帯で直純に連絡を取った。
唯花が見たという状況を全て直純に報告して電話を切ると、再び冬樹の携帯に電話を掛けてみる。が、やはり呼び出し音が鳴り続けるだけだった。
「くそっ…」
雅耶は苛立ち気に電話を切ると、とりあえず駅へと向かう。
『まだ、必ずしも連れ去られたと決まった訳じゃない』
状況を話した時に、直純先生が言った言葉。
『具合が悪くて倒れた冬樹を、介抱してくれた親切な人がいたのかも知れないし、あるいは、接触事故を起こしてしまい病院へ運んだという可能性もある』
その可能性を考慮して、この周辺の病院へは先生が連絡を取って確かめてくれるという。
(悪い方にばかり考えても仕方ない…。俺はとりあえず、冬樹の家に行ってみよう…)
そう決めると、雅耶は居ても立っても居られず駆け出した。




