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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
違和感の先にあるもの
26/72

9‐3

直純は、道場から店へと向かって一人歩いていた。


週三回、夕方一時間半だけ空手教室の先生として子ども達をみている為、店との往復時間も含め、この約二時間は仁志と冬樹の二人だけでお店を切り盛りしてもらっている。二人に任せていれば特別問題はないのだが、混んでくる時間帯ではあるので、出来るだけ早めに戻らなければと足を速めた。


日も暮れ始め、ネオンが煌めく夜の街へと変わりつつある駅前裏通りを足早に抜けて行くと、『Cafe & Bar ROCO』の看板が人混みの向こうに見えてきた。

店の前まで着くと、ふと…直純は足を止めて周囲を見渡す。この時間は、学生や仕事帰りのサラリーマンも多く見られる時間帯なのだが…。

何気なく視線を流した先に、気になる人影を見付けた。

その人物は、さり気なく建物の陰に隠れるようにスッ…と、身を引いてしまったので、それ以上様子を伺うことは出来なかったのだが…。

「………」

直純はそれには気付かない振りをしながら、視線を店内へと戻すと、その目前のドアを開けた。


「いらっしゃいませー。…あっ、先生…」


お客だと思い、振り返った冬樹が自分の姿を確認すると「お疲れ様です」と笑顔を向けてくる。

(最近…冬樹は凄く良い笑顔を見せるようになったな…)

その柔らかな笑顔につられて、こちらも微笑みを浮かべると、

「お疲れ、冬樹。今日もありがとうなっ」

そう声を掛けて店内に入って行った。



「なんか、気になるんだよね…」


冬樹が仕事を上がって既に帰った後、客も落ち着いている店内を見渡しながら直純が呟いた。

粗方片付けも終わり、手が空いていた仁志は、後方の台に寄り掛かりながら腕を組むと、その呟きに目を細めた。

「主語がない。主語が…」

「ああ。…何かさ、最近…店の近辺に怪しい奴がいるんだよ」

思いのほか真面目な顔で話す直純に、仁志は眉間にしわを寄せて聞き返した。

「怪しいヤツ…?どんな?」

「顔とか姿はろくに見てない。何気なく観察しようにも毎回上手くかわされちゃってさ。でも、明らかにこの周辺に不釣り合いな雰囲気を纏っている奴でさ…」

「………」

直純でさえも捉えられない人物…というのは、確かに怪しい。相当な手練れかも知れないと思いながら仁志は聞いていた。


「ただ、気になるのが…さ…」

直純が言葉にするのをどうしようか迷っている風な素振りを見せる。

「そいつが現れるのは、冬樹がいる時だけなのかも知れない…って、最近、気付いたんだ…」

「…冬樹くんの後をついてまわっている…ってことか?」

その言葉に、直純はうーん…と唸ると。

「分からない…。俺の考え過ぎであればいい…とは思う」

珍しく真面目な面持ちを崩さずに話す直純に。

「でも、実際…お前がそんな顔してるってことは、その想いとは反対のことが起きているのかもな…」

「………」

その言葉を否定しない辺り、直純自身もそう思っているのだろう。

仁志は掛けていた眼鏡を外すと、エプロンのポケットからクロスを取り出し、レンズを拭きながら言った。

「…ストーカーの(たぐい)か何かか?冬樹くんなら有り得る話かも知れないが…」

「…にしては、ちょっと…うーん…」

顎に手を当てて考え込んでいる直純に。

「お前は違うとみてる訳か…」

仁志は小さく息を吐いた。

仁志が先程から自分の表情を読みながら話を進めていることに気付いた直純は、クスッ…と笑うと。

カウンター越しに、仁志の方を振り返って言った。

「よく…分かんないんだけどさ、もっとそういうのに慣れてる感じがするんだ」

「そういうのって…?…尾行にか?」

磨いた眼鏡を掛け直しながら眉間にしわを寄せている仁志に、直純は小さく「ああ…」と、頷くと言った。


「あれは多分…その手のプロだ…」





冬樹はバイトを終えた後、いつも通り自分のアパートへと向かって歩いていた。

家までの道のりは、店から徒歩20分程度だが、駅前から少し離れてしまえば殆ど住宅街の中を歩くことになる。時刻はもう夜9時を回っているので、周囲を見回してみても人通りは殆どない。

(帰ったら、とりあえずシャワー浴びて、今日はテスト範囲の課題を全部終わらせちゃおう…)

いよいよ明後日から期末テストが始まるのだ。その為、テスト前日に当たる明日からバイトはお休みを貰っている。

冬樹は、気持ち少しだけ足を速めると自宅を目指した。が…。


(何だ…?)


突然、異様な殺気を感じて、冬樹はビクリ…と足を止めた。

咄嗟に後ろを振り返るが、周辺には誰もいない。


(なんだ…?この感じ…。…どこかで…)


誰かに見られている感じがする。


(でも…何処から…?)


蒸し暑い中なのに、ザワザワと鳥肌が立つような感覚が冬樹を襲う。

嫌な予感がした。


冬樹は震えそうになる身体を奮い立たせると、思い切って駆け出した。

自分の心音と足音だけが、妙に大きく耳に届いていた。


冬樹は、必死に人通りのない住宅街を駆け抜ける。…とはいえ、学校の鞄を抱え、尚且つ制服ということもあり大したスピードは出せず、履いている革靴がカツカツ…と高らかな音を立てた。

もう少しで自宅のアパート…という所まで来て、角を曲がろうとした、その時。

「あっ!!」

ヤバイ!…と、思った時には既に遅かった。

そこに佇む人影に咄嗟に減速するも間に合わず、


「――っ!!」

「うわっ!」


ドンッ…と、思いっきり出合い頭に衝突してしまった。

相手はよろめいただけだったが、冬樹は弾き飛ばされるように後方へと倒れ込む。

「あぶないっ!」

「……っ…」

瞬時に伸びて来た腕に手首を掴まれ、尻餅はついたものの勢い余って背や後頭部を打つことまでは免れた。

「すっ…すみませ…」

ハァハァ…と息を切らしながら、腕を掴まれたまま俯いて座り込んでいた冬樹は「大丈夫かっ?」…と、頭上から降って来た声に驚いて、まさかと顔を上げた。


「…まさ…や?」


そこには、心配げに自分を見下ろす雅耶がいた。


(何で…こんな所にっ?)


信じられないものを見るように固まっている冬樹の様子に、余計に心配になった雅耶が顔を覗き込んでくる。

「…冬樹?…大丈夫か?」

「あ…ああ…」

掴んだ腕を引っ張り上げて、立たせてくれる。

「…あ…りがと…」


未だに放心状態で大きな瞳を揺らしている冬樹に。

雅耶は落ちている鞄を拾うと、それを軽くはたいて渡した。

「あ…うん。…さんきゅ…」

未だに驚きを隠せないでいる冬樹。

街灯の明かりなのでハッキリとは分からないが、心なしか顔色が悪い。

雅耶は暫く心配げな顔で見詰めていたが、不意に表情を引き締めると口を開いた。

「こんな暗い道、急に飛び出してきて…。気を付けないと危ないだろっ?これが自転車相手とかだったら、大怪我してるとこだぞっ」


まるで子供みたいなことを言われてるな…と、思いながらも。

雅耶の言い分はもっともなので、素直に反省をする。

「ご…めん…」

冬樹は不意に先程の気配を思い出し、走って来た道の方へと視線を向けた。だが、その通りには人ひとり見当たらず、今はもう特に何の気配も感じなかった。

(気のせい…じゃないよな?…雅耶がいたから引いたのか…?)


冬樹は漸く緊張を解くと、小さく息を吐いた。




何故だか、やたらと後方を気にしている冬樹の様子に。

「あんなに急いで走ったりして、いったいどうしたんだよ?…何かあったのか?」

雅耶も、その視線の先を訝し気に眺めながら言った。

「いや…、急いで帰りたかっただけ…だよ。…早く帰って課題を終わらせたくて…」

僅かに緊張を解いた冬樹が、未だに息を切らしながらぽつりぽつり…と答える。

「………」


(冬樹…。何か、隠してる…?)


先程までの冬樹の警戒感は、只事ではない感じだった。


真偽を見極めようとするかのような、雅耶の真っ直ぐな視線に、冬樹はバツの悪そうな顔をすると、誤魔化すように逆に話を振ってきた。

「雅耶こそ…。こんな所で、いったい何してるんだよ?」

軽く拗ねたように見上げてくる冬樹に。

「あ…ああ…。これだよ」

そう言うと、雅耶は手に持っていた小さな紙袋を冬樹の目の前に差し出した。


「…これ…?」

「お土産」

「…おみやげ…?」


不思議そうに首を傾げている冬樹に、雅耶はクスッ…と笑うと強引にその手に渡した。

「今日、姉貴が久し振りに帰って来てさ、お土産沢山持ってきたんだよ。お前が今同じ学校にいるって話が母さんから姉貴の方に行ってたみたいでさ、お前の分も買ってきてくれたんだって」

「お…姉さん…?」




雅耶の姉と聞いて、冬樹は昔の記憶を呼び出してみるがいまいちハッキリとその姿は浮かばなかった。

確か雅耶とは随分歳が離れていて、自分達が小学生の頃は既に大人の様だったイメージがある。今はもう結婚して何処か遠くに住んでいると、以前少し話に聞いた覚えがあった。

「明日学校で渡せば良いかなとも思ったんだけど、荷物にもなるだろうし。母さん達が、家が近いなら届けてやれって…」

そう言って、雅耶は苦笑した。

「そっ…か…。テスト前なのに悪かったな…。わざわざありがとな…」

「気にするなよ。ずっと机座ってたって、ずっと集中して勉強出来る訳じゃないしさ。お前がバイト終わって帰ってくる時間みて、気分転換に散歩がてら出て来ただけだから。お前が気にすることじゃないだろ?」

そう優しく笑う雅耶に。

もう一度「サンキュ…」と礼を言うと、冬樹も笑顔を見せた。



そんな二人の様子を、物陰からずっと伺っていた人影は、「チッ」…と小さく舌打ちをすると、その場から立ち去って行った。

その後方には、また別の監視の目があったのだが、そのことに気付く者はなかった。



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