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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
忍び寄る影
20/72

7‐2

「ごめんな、冬樹…。何だかんだ言って結構待たせちゃって…」

私服に着替えた雅耶が、申し訳なさそうに靴を履きながら出て来た。

場所を変えて道場の外の木陰で待っていた冬樹は、

「…別に急いでる訳じゃないし、いいよ」

そう言うと、手に持っていたスポーツドリンクをさり気なく差し出した。

「オレからの優勝祝い…」

そう言って悪戯っぽく笑う冬樹に。

「あ…ありがとっ…」

思わぬ人からの思わぬ差し入れに、雅耶は満面の笑みを浮かべた。


トロフィーや賞状を貰った時よりも数倍も嬉しかったなんてことは、誰にも言えない秘密だ。




まだまだ陽の高い時刻。

梅雨の中休みとはいえ、既に真夏の日差しが照りつけていて、ジリジリとした暑さが二人を包んでいた。

道場から家までの懐かしい道のりを、二人並んでゆっくりと歩いていく。


嫌でも蘇るのは、あの日の出来事。

その時の光景は、今でも鮮明に冬樹の頭に残っていて。今にもこの道の向こうから、雅耶の母親が慌てて走ってくる姿が見えてくるようで…。


冬樹は、ズキズキと痛みながら自分の鼓動が早くなるのを感じて、左胸の前にぎゅ…っと握り拳を当てた。

(雅耶が一緒にいてくれて、逆に良かったかも…)

一人だったら、この場から動けなくなっていたかも知れない。


冬樹は、気を紛らわすように努めて明るく口を開いた。

「今日は、雅耶の意外な一面を見せて貰ったって感じだな…。意外にカッコ良かったよ」

「そうか?…って!『意外』じゃないだろ?『いつも』だろーっ?」

雅耶は冬樹の様子には気付いていたが、敢えてそこには触れず、わざと明るく話に乗った。

そんな雅耶の気遣いに冬樹も気付きながら、心の中で感謝すると、二人で声を上げて笑い合った。

「でも、優勝なんてホント…凄いな」

「いや…たまたまだよ。それに小さな大会だしな。高校の方じゃ、こんな風には行かないよ」

「成蘭の空手部って強いらしいね」

「んー…まぁ、実力ある先輩達が集まってるかな。でも、空手部がある高校自体少ないからね…」

「そうなんだ…」


何気ない会話をしながら、歩いて行く。

少し会話が途切れた後、不意に雅耶が足を止めて口を開いた。


「お前は…?今日の試合観て、また空手やってみたいとか思わなかったか?」

思いのほか、真面目な顔して立ち止まっている雅耶を振り返ると、冬樹もゆっくりと足を止めた。

「…駄目だよ。オレのはもう空手なんかじゃない…。今日の雅耶の試合観てて余計にそう思った」

「何で…?」

真っ直ぐに問われて、冬樹はいたたまれずに視線を逸らすと言った。

「オレは『空手』を既に穢しちゃってるからさ…」

「冬樹…」

「今まで散々…喧嘩とかに利用してきたんだ。既にただの暴力なんだよ。それこそ、柔道部の顧問にスカウトされちゃう位、自己流の混ぜこぜでさ…」

そう自嘲気味に笑った。

「………」

「でも、だからこそ…今日お前の試合観てて、オレ感動したのかも。凄く格好いいって…そう思った…」


それが、自然に出てきた自分の本当の気持ちだった。


(そうだ…オレ…。雅耶の試合観てて『格好いい』って思ったんだ…)


雅耶の空手は、形が綺麗で本当に格好良かった。

見ている内に、どんどん引き込まれていって…。

雅耶から目が離せなくなった。


真剣な眼差し。そして気迫。

素早い迫力ある動き。力強い動作。

大きな背。長い手足。

強靭な身体。


その、自分にはない雅耶の『男らしさ』にどきどきし…て…?


(…って…。ちょっと待てっ!)


冬樹は、心の内で声を上げていた。

(それって…何か…男同士の…友人に対して思う『格好いい』とは違うような…?)

自分でツッコミを入れつつ、思わぬ衝撃が頭の中を駆け抜けて行った。

(いや…空手の試合をあんなに間近で見たことがなかったから…。きっと、変に興奮しただけだ。…と、思いたい…)


だが、そんな心の葛藤を表には出さず何とか言葉を続ける。

「と…とにかく。オレにはもう空手をやる資格なんかないんだ。やる気もないし、やれる自信もないよ…」

冬樹は前を向いて、ゆっくり歩き出した。


(何故だろう、頬が…熱い…)


「そっか…。残念だな。お前とまた空手が出来たら良いなって思ったんだけどな」

雅耶は残念そうに後ろで呟いていたが、それ以上は何も言わなかった。




冬樹は自宅の前で足を止めると、その懐かしい家を見上げた。

誰も住んでいないまま放置された家は、年月が経過していることもあり、かなり古びた様子が伺えるが、何より酷いのは庭だった。

(想像以上に荒れてるな…)

草木は伸び放題。門から玄関まで続く通路でさえ、草を掻き分けて行く感じだった。

小さな頃、兄や雅耶と遊んでいた広くて明るい庭の面影は、もうそこにはない。広さに関しては、自分の目線が変わってしまったこともあるのだろうけれど…。

(とりあえず…入ってみるか…)

冬樹は一人、その草に埋もれた庭に一歩足を踏み入れた。


雅耶は、一度家に帰ってシャワーを浴びてくると言うので、先程久賀の家の前で別れた。

後で雅耶も家に顔を出すことになっている。

別れ際、「俺も一緒に行こうか?」…と、心配した様子を見せていたが、大丈夫だと笑顔で別れてきた。



不安はある。

(本当は…怖い…)


でも、懐かしさも大きくて…。


以前とは全然違う位置にある(ように感じる)ドアノブに手を掛けると、持っていた鍵を差し込み、カチャリ…と回した。

二か所ある鍵を開け終わると、冬樹はゆっくりとドアノブを握った。

玄関ドアは、ギィイイイ…と、重く軋んだ音を立てた。




その頃、久賀家では。


「えっ?優勝したのっ?あんたがっ?」

雅耶の母親は信じられないという顔をして、トロフィーと賞状を交互に見た。

「驚きでしょ?俺自身もビックリだもん」

雅耶はそんなことを威張って言いながら、浴室へと向かった。

「だから、祝勝会と打ち上げを直純先生のお店でやるんだって。俺、シャワー浴びて出掛けるから…」

「あら、そうなの?そんなにすぐ始まるの?」

廊下にいる母親と脱衣所から会話をする。

「いや…打ち上げは5時半からなんだけど。今さー冬樹が隣に来てるんだよ」

雅耶はTシャツを脱ぎながら言った。

「冬樹くんが?…ああ、それで何か業者さんが来てたのね」

そんな母親の言葉に。

「は?業者…?何ソレ?」

脱衣所から顔を出すと、母親の顔を見て聞き返す。

「何かね、今朝何処かの業者の人みたいなのが、お隣に来てたのよ。作業着の…」

「…ふーん…?」

(そんな話、冬樹してなかったけどな…)

雅耶は疑問に思いながらも、とりあえずシャワーを浴びることにした。




冬樹はリビングを少し覗いた後、自分達の部屋があった二階へと移動していた。

家の雨戸は全て閉じられていて家の中は薄暗かったが、雨戸のない小窓や隙間からの光で、歩く分には困らなかった。

家の中は、全体が埃っぽい以外はあまり以前と変わりなかった。家具や小物など、殆どそのままの形で残されている。でも、家の管理を任されている伯父が、時々訪れたりすることがあるのだろうか。床にはあまり埃がなく、靴下が黒く汚れるようなことはなかった。


二階の子ども部屋へ入ると、そこも殆どそのままの形で残されていた。

布団が敷かれていない、(から)の二段ベッド。

対のように配置されている同じタンス、そして机。

だが、一方の机の上にだけ…赤いランドセルが置かれていた。


(これは…『夏樹』の…)


冬樹は、以前自分が使っていたそのランドセルを手に取った。

(ほこり)にまみれてしまったそれ。

これも、兄とお揃いのメーカーの色違いだった。

(これ買って貰った時は、この赤いランドセルが嬉しくて仕方なかったのに、ふゆちゃんと雅耶が同じ黒のランドセルで…『お揃いズルい!一人だけ赤なんてヤダ!』…って駄々こねたんだよな…)

溢れてくる思い出に…。

懐かしさに、涙が出そうになる。



思い出に浸っている冬樹は、気が付かなかった。

この家の中に潜む、もう一つの影がいたことに…。


その影は、冬樹の動向を確認しながら。

そっと気配を消して、ある機会を(うかが)っていた。


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