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「カンパーイ♪開店おめでとうございまーすっ!!」
落ち着いた色合いのお洒落な店内には多くの人が集まり、賑やかな盛り上がりを見せていた。
『Cafe & Bar ROCO』は、本日開店。店頭には多くのお祝いの花が飾られ、午後6時からは貸し切りで、知り合いばかりが集まってパーティーが開催されていた。この店のマスターである直純の親類、友人、ご近所関係、空手関係など様々な顔ぶれが揃っている。
直純は店内のテーブルを丁寧に挨拶して回り、その所々で乾杯やお酌をしては盛り上がり、話しに花を咲かせ、ようやくゆっくりとカウンター内へと戻って来た。
「よっ雅耶、お待たせ!悪いな…一人にして。今日は来てくれてありがとうな」
周囲がすっかり飲み会と化している中、未成年の雅耶はカウンターの端で控え目に座っていた。
「いえっ。ホントに来ただけでお祝いとか…気が利かずすみませんっ」
椅子に座りながらも頭を下げる雅耶に。
「何言ってんだよ。教え子のお前からお祝いなんて貰えないって。でも、その代わりまた懲りずにいつでも遊びに来てくれよな?たまーになら奢ってやるからさ」
そう言って直純は一つ、ウインクをした。
「でも折角来てくれたんだから、今日は好きなもの飲んで食べていってくれよ。まず、飲み物は何が良い?」
「じゃあ…ブレンドコーヒーのホットで…」
雅耶が控えめに言うと「OK」と笑って、直純自ら動いてコーヒーを入れてくれた。
「学校の方はどうだ?もう慣れたか?空手部入ったんだろ?」
「はい。今日も午前、午後と練習行ってきました。今までの大会で対戦した相手だったり、知ってる奴が結構成蘭に集まってるので、楽しいですよ。稽古はキツいですけどね」
雅耶は笑って言った。
「成蘭は昔から空手部強いんだよね。まぁ空手以外でも運動部はどれも盛んみたいだけど…」
そんな直純の何気ない一言に。
「そう…ですね…」
思わず先日の『柔道部事件』と『冬樹』を思い出してしまい、雅耶は僅かに表情を曇らせた。
「何だよ、雅耶…どうした?何かあったのか?」
ちょっとした様子の変化にさえ気付く、その観察力は凄いと思う。
「…直純先生。実は…冬樹がこっちに帰ってきたんです」
驚くかな?と思っていた雅耶は、直純の反応に逆に驚かされる事になる。
「ああ、知ってるよ」
「えぇっ!?知ってたんですかっ?」
雅耶の反応に、直純は小さく笑うと、
「二週間くらい前かな…。この近くで偶然会ったんだよ」
そう言いながら、雅耶の前にいくつかの料理を並べてくれる。
「偶然に…。…あいつと話、しましたか?」
何故か元気のない雅耶の様子に。
「…?ああ、少しだけ話したけど。お前…そんな顔して、冬樹と何かあったのか?」
そう直純に優しく聞かれ、雅耶は学校でのこと、昨夜の冬樹とのことを話した。
「なるほどな…。それでお前、そんな浮かない顔してたんだな」
「すみません。昨日のこと思い出したら…何かモヤモヤしちゃって…」
雅耶は苦笑を浮かべると、既に冷めかけているコーヒーを飲みほした。
「お前達はホントに仲の良い兄弟みたいな感じだったからな」
「そう…ですね。ウチは姉貴とは歳が離れてるから…姉貴との小さい頃の記憶って殆ど無いんですけど、逆に冬樹と夏樹とはいつも一緒で…本当に兄弟みたいに育ったんです」
空のカップを両手に包みながら、雅耶は呟いた。すっかり肩を落としている雅耶に、直純は少し考える素振りを見せると、ゆっくりと口を開いた。
「なぁ…雅耶。その双子の夏樹ちゃんのことだけど…」
「…えっ?」
「空手の稽古に、よくお前達と一緒について来てたよな?」
直純の唐突な質問に、雅耶は一瞬きょとんとした。
「そう、ですね。一緒に見に来てました。本当は夏樹も一緒に空手を習いたかったみたいなんです。でもおばさんに女の子だからって反対されたみたいで…」
「そう…か…」
「はい。でも、一緒に空手の稽古を見に来て、その日やったことを冬樹が教えたり、俺らと一緒におさらいしたりしてたんですよ」
その言葉に、一瞬直純は瞳を見開いて動きを止めた。
「直純先生…?」
その様子に気付いた雅耶が不思議そうに声を掛けると、直純はすぐに元の穏やかな笑顔を見せた。
「ああ…ごめん。何でもないんだ」
「夏樹が…どうかしたんですか?」
直純の様子が気になって、雅耶が聞き返すが、
「いや。ちょっとな…」
直純は笑顔を浮かべるだけで、それ以上は話してくれなかった。
「おっ…雅耶、あいつらもやっと来たみたいだぞ」
直純の言葉に雅耶は店の入口の方を振り返ると、同年代の空手仲間達が遅れて集団でやって来た。やっと集まった未成年チームでカウンターを陣取り、雅耶はその後楽しく仲間達と話に花を咲かせ、パーティーを楽しんだ。
「今日は、みんな来てくれてサンキューなっ」
帰り際、直純は店先まで教え子達を見送りに出てきた。店内では大人達がまだまだ盛り上がっていたが、高校生の帰る時刻は直純がきちんと決めて取り仕切っていた。
「直純先生っ。お店もお忙しいかもしれませんが、また稽古つけて下さいね!」
「ああ!またなっ。みんな気を付けて帰れよっ」
そうして、皆が散り散りに帰って行く中。
「雅耶…」
一番後方にいた雅耶に直純が声を掛けた。
「はい?」
その声に立ち止まり、雅耶が振り返ると。
直純は思いのほか真面目な顔をしてそこにいた。
「冬樹のことだけど…」
「…え?」
「お前があいつの、唯一の味方になってやれよ」
「………?」
(唯一の…味方…?…冬樹の…?)
直純の言っているその言葉の意味が解らず、雅耶は次の言葉を待っていた。だが、
「じゃあなっ!今日はありがとな!」
そう言って手を上げて笑顔を見せると、直純は店の中へと入っていってしまった。
(直純先生…?いったい、どういう意味…?)
雅耶は、暫くその場に立ち尽くしていた。
直純は確信していた。
以前、冬樹と夏樹が入れ替わって空手の稽古に来ていたということを。
見た目では違いが判らない、ある意味…完璧な入れ替わりだったと思う。
だが、空手のちょとした『癖』が直純にそれを気付かせた。
稽古の度に、ほぼ交互に微妙に違う『癖』。
最初は冬樹の調子に波があるのかと思った。
でも、別人なのではないか?…と思うようになった。
何となく、『今日は冬樹かな』『今回は夏樹の方かな』程度のほんの些細な違い。
そして、あの事故のあった日。
直純の読みが正しければ、あの日稽古に来ていた『冬樹』は、夏樹の方だったのだ。