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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
トラブルメイカー?
10/72

3‐3

ところ変わって、本格的に部活動が始まり活気づいている空手部道場。

そこに雅耶はいた。


今年、空手部へ入部した新入生は全部で13名。多いか少ないかは微妙な所だが『武道』という特性上、経験者ばかりが集まっていて、即戦力として頼りになりそうだと上級生達は喜んだ。その為、他の部が新入生スカウトに出回っている中、空手部は特に部員収集をする程困ってはおらず、今日から新入生も交えて練習に取り組み始めていた。

自己紹介や説明なども交え、練習を始めて間もない頃、遅れてきた一人の上級生が興奮気味に道場に入って来た。


「おいっ!柔道部が何か面白いことになってるぞっ!!」


そうして上級生達の間で何やら話していたが、今まで練習の指示を出していた部長が、

「ちょっと休憩にしようっ!!休んでても構わないし、少し自由にしてていいよ。何か柔道部が盛り上がってて面白そうだから、一緒に来たい奴は来てもいいぞっ」

そう言って、上級生達は皆出て行ってしまった。

残された雅耶含む一年生は、お互いに顔を見合わせていたが、やはり何事か気になり、先輩達について行ってみることにした。




『この先輩達を相手にして、勝ったら諦めてあげるよ』


そんな一方的な条件を呑む義理はこちらには無いのだけれど。

(そう簡単には、逃してくれそうもない…か…)

冬樹はどうしたらいいか考えていた。普通に柔道の試合などをして、このいかつい集団に勝てる訳がない。それ以前に、ルールさえ知らないのだから。

「言っとくけど、オレ…柔道なんて経験ないですよ」

冬樹が睨みつけながら言うと、溝呂木はわざとらしそうに驚いた表情を見せた。

「そうなの?あんなに綺麗な一本背負い出来ちゃうのに?…でも大丈夫!負けてくれて構わないから♪」

(コノヤロウ…)

そして、嬉々として言葉を続ける。

「そんなの入部すればいくらでも教えてあげるよ。手取り足取り…ね。こちらとしても、お前のような子相手だと教え甲斐があってイイね。本当に楽しみだよ…」

勝手に盛り上がっているその溝呂木の言葉に、異様な危機感を感じて、冬樹はぞわぞわしたものが背筋を這い上がっていくような感覚に襲われた。

「何にしても…もうこれ以上の譲歩はないよ。諦めて入部届を書くか、先輩達と戦うか。…どうする?」

溝呂木はさっきからニヤニヤと笑顔を浮かべているが、対照的に柔道部の上級生達はずっと無言で冬樹を取り囲んでいる。

(なんか陰気そうな部だな…。尚更そんなトコ願い下げだ…)

どのみち、どこの部にも入る気なんか無いけれど。

「絶対入部なんかするもんかっ」

あくまでも強気な態度で冬樹は言い放った。

だが、溝呂木はそれを待っていたかのように満足そうに微笑んだ。

「ふふふ…そうこなくっちゃ。勝負は一本先取だよ。お前ら、気張って行けよ!」

そう言うや否や、手をパンッと叩いた。すると、途端に取り囲んでいた上級生の一人が冬樹に襲い掛かって来る。


「ちょっ!?いきなりっ?」


突然の事で油断した冬樹は、がっしりと制服の左襟元を掴まれて体勢を崩しそうになる。

「ちょっと!!制服がっ!!」

相手は道着を着ているが、こちらは制服だ。右袖までも掴まれそうになって、たまらず払い除ける。その間にも大きな右手が力一杯グイグイと襟元を握り締めてくる。


(くそっ!まだ新しいのにっ)


冬樹はカッとなって、掴まれている相手の右手を中心にくるりと向きを変える要領でそのまま相手の懐に入ると、

「シワになるだろーがーーーっ!!」

そう叫びながら、思いきって背負い投げた。そして、ドサッ…という音と共に、相手の柔道部員は地に仰向けに倒されていた。




空手部の先輩達が群がって見物していたのは、柔道場ではなく何故か外だった。道場棟への二階通路部分の大きな窓から皆乗り出すようにして裏庭を眺めている。

雅耶達一年も見える位置まで移動すると、すぐ目の前で繰り広げられているその光景を目にした。

だが、誰よりも驚いたのは雅耶だ。


「えっ…?ふゆ…き…?何で冬樹がっ?」


何故、こんな裏庭で柔道部員に囲まれているのだろう?…という疑問と。

あいつは、あのまま帰った筈じゃ無かったのか?

人を壁にして、とっくに逃げたハズ。

意外に根に持っている雅耶だった。


「何?あの一年、久賀のダチなの?」

部長が雅耶の呟きに気付いて聞いてきた。

「あ…はい。そう、です」

「そっか。気の毒だなー。厄介な奴に好かれちまったなぁ」

しみじみと話す部長の言葉に。

「えっ?それってどういう…?」

言っている意味が解らず雅耶が聞き返すと、部長の横にいた他の先輩達が外を眺めながらも口々に教えてくれた。


「あいつだよ、溝呂木。ドS教師!!」

「あの嬉しそうな目…見ろよ。生き生きしてやがる。怖ぇー」

「キモすぎだよなー。ゾッとするぜ…」

「あ…あの先生が…?」


(ドS!?…って…。冬樹っ!!)


雅耶は冬樹の様子を心配げに見詰める。殆どイジメのように上級生に周囲を囲まれていて、ただ勧誘を促す為にしては確かに度が過ぎているようにも思う。

「あいつ柔道部の顧問でさ、二年の体育もあいつ担当なんだけど、気に入った生徒をいたぶるのが好きっていう…ちょっと厄介な奴なんだよね」

(いたぶる…って…。先生がそんなんで良いのかっ?)

流石に疑問が浮かぶ。


だがそんなギャラリーが集まる中、噂の教師が「お前ら、気張って行けよ!」…と、突然大きな声を上げて、合図のように手を叩いた途端、一人の柔道部員が冬樹に襲い掛かった。

「おっ!何か始まったぞっ!!」

「一本先取とかって言ってたぞ。すげーな、もしかして総当たり戦かっ?」

「おいおい…流石にそれは鬼畜すぎだろっ」

空手部の先輩達は興奮気味に見ていたが、一方の一年生達は自分達の部の顧問がそんな教師でなくて良かったと、誰もが心の中で安堵していた。


(総当たり戦?柔道で!?冬樹…柔道なんか出来るのかっ?っていうか、出来てもあんな数の先輩達相手じゃ…)


ハラハラして観ている雅耶の横で、

「お前のダチって柔道強いの?」

当然の疑問を部長が口にした。

「いや…俺もよくは知らないんですけど…でも…」

大きな部員に制服の襟元を掴まれて、ガクガクと振り回されている(ように見える)。

「でも、溝呂木があんな強硬手段に出るなんて、よっぽどだと思うぞ?ただ『可愛いから』とかだけじゃないと思うんだが…」

その何気ない部長の言葉に、雅耶は固まった。


(か…可愛い…?って…?!)


雅耶はびっくりして、思わず部長の横顔を凝視していた。

それに気付いた部長は、

「ん?ああ…そういう奴なんだよ、あいつ…溝呂木は」

アブナイ奴なんだ…と、苦笑いする。その向こうで、別の先輩が笑って言った。

「そ!いわゆる美少年好きってやつだよな?」

「…だな」

部長は肩をすくめてみせた。

その時、突然「おおっ!!」とギャラリーの中で歓声が上がった。

慌てて裏庭に目を向けると、冬樹に襲い掛かっていた柔道部員が地に仰向けに倒れていた。

「やるじゃん、あの一年!投げたぞっ」


(ホントにっ?今冬樹が投げたのかっ?)


部長と話していた雅耶は、その瞬間を見逃してしまった。だが、一瞬冬樹が何か声を発したのは聞こえたのだが。

「見そびれちゃったな…。でも、やっぱり柔道経験あるみたいだな。尚更、溝呂木が欲しがるワケだ」

部長が感心しながら言った。





(くそっ!制服が傷んだらどうしてくれるんだっ)


冬樹は体勢を立て直すと、ブレザーの襟元を気にしながら服装を正した。地に倒れた柔道部員は、まさか…という顔で投げられたまま固まっている。だが、溝呂木は予想通りという感じで満足気に微笑んだ。

「やってくれるね。でも、こうでなくちゃ面白くない。どんどんいくよ」

その言葉に、冬樹はゾッとした。

「いー加減にしてくれよっ。オレ、本当に柔道なんてー…」

『分からないのに』…と、続けたかった言葉は、溝呂木の

「次っ!芦田、行けっ」

という、部員への指示の声で発する事が出来なかった。

太めの大男が前に出てくる。

(うわぁ…勘弁してくれよ…)

流石に、この巨体を投げるパワーが自分にあるとは思えなかった。

捕まった瞬間に、簡単に何処か遠くへ放り投げられてしまいそうだ。

(あの手に掴まれたらアウトだ。それこそ逃れられない…)

冬樹は必死で距離を取った。


その焦っている冬樹の様子を。

溝呂木は、さも嬉しそうな顔をして眺めているのだった。

ガッチリとした太い指が空を切る。


(掴まれてたまるかっ)


冬樹は必死にその手から逃げていた。

制服へと伸びてくる手を叩き落とし、距離を取る。だが、狭く囲まれた輪の中では、それも長くは続かないだろう。


見兼ねた溝呂木が声を掛けてきた。

「野崎ーっ!そんな事やってても、いつまでも勝負はつかないぞー。諦めるなら止めてあげても良いけど、どうするー?」

「チッ…」

あくまでも楽しんでいる教師に、冬樹のムカつきは限界に達していた。


(勝負なんかやってられるかっ!!隙を作って逃げてやる!!)


冬樹は、とりあえず目の前の巨体の後ろに素早く回ると、足払いを掛けるように蹴りを入れた。だが…。

(び…びくともしない…!?)

その大きな身体を揺るがす事さえ出来なかった。

途端に、溝呂木のツッコミが入る。

「おーいっ野崎っ!その蹴りは柔道では駄目だぞー」

そう言われている間にも、巨体から太い腕が伸びてきて、うっかり左襟元を掴まれてしまった。

「くそっ!!」

「よしっ!取った!!芦田っ仕留めろ!!」

すっかり勝利を確信したように、興奮気味の溝呂木に。


(うっせー!!柔道なんてっ!!)


冬樹は逆に相手の道着の左襟元を取ると、力一杯自分の方へと手繰り寄せ、前のめりになった男の眉間に、


(クソくらえだーーーーっ!!)


そう、思いっきり頭突きを食らわした。

相手は強烈な不意打ちを食らって、そのまま(ひざまず)いてしまった。


「ばっ!!馬鹿なっ!!」


そんな柔道ある訳ない。

溝呂木をはじめ、誰もが驚きのあまり怯んだ瞬間、周囲を取り囲んでいる柔道部員の壁めがけてダッシュすると、そのうちの細身の一人を不意打ちで突き飛ばし、その隙間からダッシュで走り抜けて行った。

誰もがその早業に対応することが出来ず、そのまま冬樹が見えなくなるまで呆然と見送っていた。


そこに、一筋の風が吹き抜けてゆく。

周囲の木々がざわざわと揺れる音で我に返った溝呂木は、身体をわなわなと震わせると、

「のっ…野崎っ…」

そう、小さく呟くことしか出来なかった。





「ぶはっ…はははははっ!!」


思いのほか盛り上がっていたのは空手部のギャラリー達だった。

皆がその、ある意味柔道部の惨敗を目の当たりにして、想像もしていなかった結末に声を上げて笑った。その声は、下にいる柔道部にも勿論聞こえていて、溝呂木は悔しそうに唇を噛むと、部員を率いて早々にその場を後にした。

「すげーな、お前のダチ!超面白いもの見せて貰ったぜっ」

部長は雅耶の背をポンポンと叩きながら笑って言った。そして、

「よーしっ!休憩終わり!道場へ戻って練習再開するぞー」

という大きな掛け声と共に、空手部員は皆笑いながら道場へと戻って行った。

だが、雅耶だけは…。

その場から離れる中、内心複雑な想いを抱いていた。


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