襲撃
街中に警報が響き渡る。
人々がざわめき、慌てる。
それもそのはず、警報が作動するなどここ数十年ありはしなかったから。
この街は辺境な上に、目ぼしい物など無い為、人にせよ魔物にせよ襲い来ることなど滅多になかった。
しかし、今夜は違う。
数多の獣が、その飢えた瞳をぎらつかせながら、ゆっくりと――迫る。
□□□□□□
「うらああああああ!」
俺の放った銃弾が迫りくる狼の脳天を一撃で吹き飛ばす。
「ゴウ!やるじゃないかっ!はあ!」
左右から迫る狼をヴェードの新調した剣の剣閃が両断する。
俺たちは、今、最初に俺たちがいた森へと戻ってきていた。
どうやら最初に出会った狼の大群が街へと迫ってきていたらしい。
あんな凶悪な狼の群れだ。
少なくとも普通の人では抵抗する間もなく死ぬのが落ちだろう。
だから俺たちは今ここに来ている。戦える人間が前線に立つべきだと思うから。
「ヴェード、今どれくらい倒した?」
「さあな、数えてないが…まだまだいるのは確かだ」
「そうかよ、くっそ数多すぎんだよ」
数は500を超えているらしい。
話によればそもそもこの森にあの狼がいること自体がおかしいらしく、
こんな数が潜んでいたということ自体が考えられないことらしい。
つまり街にこれが攻めてきたときの対策なんてあるわけがなく――
街にこれがたどりつけばそれだけで終了というわけだ。
そこで駆り出されたのが俺たち冒険者ってわけで。
俺なんかなって間もないどころか今日なったわけなんだが、
とにかく戦えるなら何でもいいと、このように他の冒険者と一緒に狼の進行を食い止めに来てるわけだ。
しかしその数は決して多いわけではない。なり立ての俺を含めてせいぜい50人がいいとこだ。
「ゴウ!次来るぞっ!準備しろ!」
「おうよ!破壊ノ射!!」
その声と共に俺の手に新たな銃が生成される。
破壊ノ射――最初にこのスキルを使った時に頭に響いた言葉だ。
これがなんなのか…よく分からないし、誰に聞こうにも俺しか聞いていないようなので聞けない。
だが…俺はなんとなく名前だと思った。
俺にこのスキルを授けた『世界』が名づけた名前なんじゃないかと。
だから俺はそれを使わせてもらうことにした。
…別に叫ぶ意味は無いんじゃないかって?いやまあ確かに叫ばなくても使えるんだけど、ロマンだよ。ロマン。
今まで俺が生成してきた銃は全て拳銃だった。
スキルの存在をそもそも知らなかったというのもあるし、
銃なんて持ったこともなかったので勝手に扱いやすい物を生成していたのかもしれない。
だが、今回はそういうわけにもいかない。
なんせ敵の数が半端ではないのだ。
拳銃でちまちまやっていてはどう考えても追いつかないと思う。
だから俺はスキルに、世界の理から外れたこの力へと呼びかける。
俺の望むものを、望む形を。
音もなくそれは現れた。
今までの拳銃と比べると一回りくらい大きなそいつは、マシンガン…だと思う。そういう風に生成したはずだ。
「うおら!行くぜ!」
迫りくる狼。
こちらの前方にいるだけでも10匹ほどはいるだろうか。
前森であったやつらより一回り大きく、その爪はそれこそ一発で俺の首なんて跳ね飛ばしそうだ。
だが、残念だったな狼ども。
今の俺は無力じゃねえ。
そのまま狼どもに狙いをつけ――引き金をゆっくりと絞る。
反動で腕が跳ねそうになるがなんとか制御して弾をぶちまける。
俺はそもそも銃に関しては素人――スキルの効果か多少はマシになっているが――なので
狙った場所に確実に着弾させるのは難しい。前ヴェードを助けた時のあれだって半ば奇跡に近い。
なので小さい相手などはおそらく相手取ることはできないし、、それこそなすすべもなくやられていたかもしれない。
だが相手は狼。しかもかなりの特上サイズの巨体ときている。…外す方が難しいってもんだ。
俺のブレまくりの弾幕は狼たちのいたるところを貫き、あるものはその場で崩れ落ち、あるものはそのまま前方へ転げ、あるものは後ろへと吹き飛んだ。
飛び散る鮮血が月に照らされ鮮明にあたりへと映る。
「よーっし!」
とガッツポーズした俺の頬に鮮血が飛び散る。
「ゴウ、敵はまだまだいるんだぞ。気を抜くな」「…ああ。そうするぜ…」
横から俺に飛びかかってきていた狼をヴェードの剣が両断していた。
喉笛を切り裂かれた狼がゆっくりと地へと落ちてゆく。
…そう、これは間違ってもゲームってわけじゃあないのだ。
もしもこいつに食いつかれたら…待ち受けるのは死だ。
あちこちで剣が鳴る音が、爆発の音が、…肉が切り裂かれる音が聞こえる。
この僅かな時間で、一体どれほどの命が散ったというのだろうか。
これほどまでに命というやつは軽いものだったんだろうか。
だが、今はそんなことを考えている暇はない。
「奥に行くぞ。あいつらまだまだ居やがるからな」
その言葉に従ってさらに森の奥へと駆け出してゆく。
□□□□□□
森のあちこちで魔法の炎が上がる。
あちこちで光が巻き起こる。
叫びが、悲鳴が、こんな場所まで聞こえてくるかのようだ。
…私は、街の物見台の上にいた。
どうしてここにいるのか。
…少し前、この戦闘が始まる前の事だ。
「アズサ、お前は街の中にいるんだ。ここから先は…危険すぎる」
「私も行く。さっきも言ったでしょ。ついていくから、危険な場所でも大丈夫だって」
「そういう問題じゃない。お前のその魔力は潜在能力は確かに高いかもしれん。
だがな、まだまだ未熟だ。まだ…戦闘に出せる物じゃないんだよ。分かってくれ」
「だって…!」
「さすがに俺も今度はお前を守りきる自信もねえしな…待っててくれないか?
その方が、俺だって安心だ」
「ゴウまで…!」
「大丈夫だって。俺たちだけでなんとかしてくるからさ!」
二人は純粋に私を心配してくれたんだろう。
だけれども、その純粋な心配が私の心を突く。
だって、私には、私自身すら守れないって言われてるようなものじゃないか。
何か言ってやりたかった。なんとかして、私も前線へと連れて行ってほしかった。
そんなにも、私は弱いのか。そんなにも、何もできないのかと。私には、力があるんじゃないのかと。
――でも、私には結局何もできない。これが答えなんだろう。
攻撃できる魔法なんて知らない。それ以前に、いきなりそんな物が使えるかも分からない。
今持っている指輪じゃ、どれだけ全快で炎を出しても手の平サイズがいいとこだ。
あの狼たちの強靭な体はこの目で見て知っている。
だからこそ、そんな程度じゃ相手にならないことも分かっていた。
身体能力だってどうだ。
私じゃ、二人にはついていけない。それこそ途中で息切れを起こそうものなら――ただ邪魔になるだけだ。
だから―――
「…二人とも、帰ってきなさいよ」
私は、街に残ることを選んだ。…選ぶしかなかった。
いったい私はなんなんだろうか。
昔から、こうだった気がする。
優等生だといわれ続け、いつもいつも頂点にいることを望んで、
他者を見下し、人との付き合いを避け、それでも自分でなんでもできるからと高をくくり。
…そして、何かあった時は、何もできずに。
こっちに来ても、同じではないか。
最初に出会った少年の、ゴウの後ろで守られることしかできないくせに、
大きな魔力を手に入れて有頂天になり、こんなことになって、改めて無力さに気付いて。
やっと、やっと自分の力で何かができると、そう思ったのに、これだ。
彼らは今戦っている。
下手をすれば命を失う場所で、必死に戦っている。
なのに、私は何をしているというんだ。
一人、安全な場所で、帰還を、どうか無事でと、祈るだけ。見てるだけ。
だから、せめて、思い切り、精一杯祈る。どうか彼らを助けてと。
信じたこともなかった神に、今だけは祈る。
会って間もない、でも私によくしてくれた二人へと。
しかし、現実は、甘くない。
「進化個体が出現!巨大な魔力反応…!ランクAに相当するものと確認!魔族化個体です!」
無情な叫びが、私の居る塔の中へと、響き渡った。
□□□□□□
「ヴェード!あとどれくらいだ!」
「そうだな、もう3ケタはいないはずだ!あと少しだぞ!」
ヴェードが叫ぶ。
あの後俺たちは森の中を走りながら襲い来る狼どもを次から次へと撃破していった。
俺はよっぽど油断しないかぎり遠距離から弾幕を張るだけでほとんどの狼を倒すことができるので、そこまで苦にもならない。
撃ち漏らした分はヴェードが次から次へと切り裂いていくので近づいてきた分も全く問題にならない。
ある意味理想的に遠距離と近距離が分かれているとも言えるんじゃないだろうか。
このまま行けば余裕で倒しきれるかなと思っていた時だった。
一際大きな――いやもうこれは巨大っつったほうがいい――狼が姿を現した。
さっそくその大きさは俺やヴェードを遥かに超え、高さだけでも3メートルはありそうだ。
相当重たいのだろう。そいつが歩くだけで地面が少し揺れている気がする。
だが、大きさなんかでビビっているわけにはいかない。
大きいということはそれだけ当てやすいってことでもあるしな。
遠くから狙って一撃で仕留めてしまえばそれまでだ。あんなのと近くで殺り合いたくはない。
そして俺は再び弾幕を張る。確かにあの大きさでは一発で死ぬとは思えないが
何発か打ち込めば十分倒すことは可能なはずだ。
その弾幕が狼へとめり込む。
そのままその巨体が倒れこみ地響きを響かせるのだと…そう思っていたのだが。
――だが、そいつは、何も気にせず俺たちの方へと進行してくるのだ。
「っ!な、なんだよあれ!?確かに数十発当たったぞ今!」
「あれは…」
そしてその狼は俺たちの前へと立つ。
立っているだけだ。まだ襲ってきているわけではない。
だがそれだけで汗が流れる。
――押されている。威圧感だけで、押されているんだ。
そしてさらに驚くべきことが起こった。
「…キサマラ…ヨクモ、コロシテクレタナ。ヨクモワレラヲコロシタナ」
そいつが口を開けて…喋ったのだ。
異様な光景だった。目の前のどうみても狼が口を開けて話しているのだ。
「まさか…こいつ、魔族かっ!?」
となりのヴェードが大きく叫ぶ。
魔族?魔物じゃなくて?
「魔族っていうのは…魔物が進化したようなもんだ。
魔物は本能で襲ってくる…ほとんど獣と変わらない。
だが魔族は違う。こいつらには頭がある。知性があるんだ。
そしてその力も…ただの魔物とは比べ物にならない。非常に危険なんだ」
つまり…俺たちの目の前にいるこいつがそれってことは…
かなり不味くないか?
「ムクイヲウケテシネ!ニンゲン!」
目の前の狼が叫ぶ。
そいつが叫ぶのと、その巨体が飛び掛かってくるのはほとんど同時だった。
「うおおおおおお!?」
すさまじい速さの一撃。その巨体からは到底想像できないような素早さで、狼の爪が振り下ろされる。
思いっきり横に転がってなんとかその凶悪な爪の一撃を躱す。
あんなものを喰らってはひとたまりもない。爪だけでなく体重だけでも押しつぶされそうだ。
とはいえどこのままやられっぱなしというわけにはいかない。
そこで俺はマシンガンを捨て、その手に新たに銃を創造する。
「うおらあ!喰らええええ!」
生成したショットガンが思い切り火を噴き、その全てが狼の図体に叩き込まれる。
さすがに少しは効いたのだろうか。僅かにその巨体が動きを止める。
そして一瞬隙のできた狼へとヴェードがさらなる追撃を行う。
一瞬の剣閃が光り、狼の体を切り裂く。
「グオオオオ!」
狼から巨大な叫びが上がる。
どうやらダメージが通っているらしい。
なんだ、でかいだけでそこまで大したことないじゃないか。
俺たちは素早く距離をとって体制を立て直す。
…だが、ヴェードは渋い顔をしたままだ。
「油断するな。…魔族ってやつは、ちょっとやそっとじゃ死にはしない。
…こんな程度、ダメージにすらならないだろう」
目の前の狼は傷口から血を流しながらも全く気にせずこちらへとその殺意のこもった眼差しを向けるのだ。
全くとんでもない固さだなあ、おい。
「コザカシイ!」
叫びとともに何もない空間に爪が振るわれる。
一見すれば何の意味もない行動だ。
しかし、ここは異世界であると俺は忘れていた。
魔力を持つものは、魔法が使えるんだということを。
「っ!?」
風が――波打つ。
その波は無数の刃となって、俺へと襲いかかるのだ。
――魔法かよっ!?狼なのに!?
まさかこんな飛び道具があると思わなかった俺は動くのが遅れる。
刃が俺を切り裂く――
「騎士の護り!!」
刹那、ヴェードが俺の前に躍り出て何かを叫ぶ。
すると一瞬で半透明な障壁が出現し、今にも俺を切り裂こうとしていた刃が消え去っていく。
忌々しそうに響く狼の叫びをよそに、俺の背中を冷たい物が流れ落ちた。
…ヴェードがいなかったら死んでたな俺…
「すまん。助かった!」
「今は気にするな!ゴウはそのまま攻撃を続けろ!守りは任せとけ!」
「りょーかい!」
間髪入れずに狼が飛びかかる。
――しかし今度はその爪が届くことはない。
ヴェード剣から放たれる光で作られた障壁がその爪を押しとどめているからだ。
だが、決して良い状況ではない。
ヴェードの額から汗が噴き出し、その膝が震えている。
そりゃそうだ。
いくらヴェードが魔法のようなものを使っているとはいえど、
狼の質量はそのままヴェードへとのしかかっている。
さっそく常人なら潰れているだろう。
冒険者としての経験が長いヴェードだからなんとか耐えれているだけなのだ。
「いけっ!ゴウ!ぶっ放せ!」
「おう!」
素早く狼へと照準を合わせて銃をぶちかます。新しい傷が狼へと刻まれる。
「グオオオ!!!ワズラワシイ!」
もう一撃うちこもうとして…逃げられる。
ダメージこそ入っているが、倒れる気配など微塵も見せない。
対する俺たちは、この僅かな攻防でだいぶボロボロになっていて、
ヴェードに至っては少しふらついている。
「おい、ヴェード大丈夫か?」
「大丈夫だ、この程度まだ大したことは無い。攻撃に集中してくれ。少しずつでもダメージは蓄積されているはずだ」
「…本当にいいんだな?」
「馬鹿。冒険者歴は俺の方が長いんだからな。自分のことくらい一番よく分かってるさ…
さあ、あの巨漢に一泡吹かせてやろうぜ。ゴウ」
「…おうよっ!」
――こんなとこで死ぬわけにはいかない。
まだ、俺はこの『世界』をしっかり見てないし、アズサにも帰るって言っちまってる以上、帰らないとな。
俺は正直なのが取り柄だからな。
狼が巨大な咆哮を上げる。
―――長い長い闘いの始まりだった。