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猿と姫の異世界旅行記  作者: 暗根
第一章 異世界の灯
5/11

辺境街ファレス

「人すくねえなあ」

「時間も時間だからでしょ…」


今俺たちはファレスの街の中にいる。

既に森から出た段階で夕方を過ぎていた為か、

辺りはすっかり真っ暗になってしまった。

ヴェード曰く、それなりに人は住んでるらしいが、今は人通りは無いに等しい。


人通りのない石畳を進んでいくととある建物の前でヴェードが立ち止まった。

それなりに大きい木造の建物のようだが…


「疲れてるんじゃないか?

今日は俺はここに泊まるつもりなんだが…」

「でも俺たち金持ってないんだよなあ」

「野宿は勘弁ね…」


そう。今俺の手持ちには一銭も金が無いのだ。

寝るときにサイフ持ってる奴とかいないだろ?

…いやいるかもしれないけど…


「俺と一緒に来るか?

部屋一緒でもいいなら俺は構わんぞ」

「え、いいのか?」

「ああ。というか仮にも2人は俺の命の恩人だからな。出来る限りのことはさせてくれ。どうする?」

「まあ…行くあてもないし…

お言葉に甘えさせてもらうわ。ゴウは?

あんただけ野宿でもいいのよ?」

「なんでだよ!俺も一緒に行くよ!」

「よーし決まりだな」


というわけで、おそらく宿と思わしき建物に入った。


「おーい、おばちゃーん!来たぞー!」

「うっさいねえ!聞こえてるよ!」


どたどた音をたてながらかなり恰幅のいいおばちゃんが下りてくる。

入ってすぐのすこし広めのロビーには時間が遅いせいか誰もいない。奥から音はするが…

小さな音をたてて暖炉の炎が燃えている木造の宿の中は少し薄暗かった。


「全く、いつにもまして遅いじゃないか。何かあったのかい?」

「ああ、まあな。部屋あいてるか?」

「ああ、あいてるよ。…おや?その子たちは?」

「気にしないでくれ。個人的な知り合いだよ。部屋は一緒でいい」

「そうかい?じゃあ一泊銀貨5枚だけど4枚にまけてあげるよ。

ほら鍵さ。飯はあんまり遅くならないうちに下に来ればタダでいいよ。

ごゆっくり」


鍵が中を舞ってヴェードの手へと落ちる。

…つーか金の単位もちげーのか。いや当然っちゃ当然かもしれないけど。

そのままヴェードに続いて階段を上がって2階の部屋の一室へと入った。


「さーてと。ここが俺たちの部屋だな。楽にしてくれ。遠慮はいらん。

便所は外に公衆のがある。飯はさっき聞いたと思うが下行けばタダで食えるから好きな時に行くといい」


連れてこられた部屋はお世辞にも広いとは言い難い部屋だった。

床の木もだいぶボロボロになっているのを見た感じでは相当年期の入った建物のようだ。

が、部屋にはゴミひとつ落ちてない辺り管理は徹底してるみたいだな。

外見を見た感じじゃボロ屋みたいなので寝ることになるかと思ったがその心配はなさそうだな。


「それじゃあ、俺は先に下に行ってるからな。何かあったら言ってくれ」


それだけ告げるとヴェードはドアから出て行ってしまった。

…何するんだ?


「はあ…ちょっと疲れたわ。…あなた元気そうね?」

「鍛えてるからな。こんな程度じゃなんともないぜ?」

「…体力バカはいいわね」


そう言うとアズサは座って窓の方へと向いてしまう。


「…星」

「星?」

「そう。星。…全く配置が違うわね。…知ってる星も星座も作れない。

空には大きな月が二つ。…何もかも違うわね」

「まあ異世界つってたしな。一緒だったらむしろおかしいんじゃね?」

「…そうね。なんか現実味がようやく湧いたような気がするわ。

さっきまでは…夢にいたような感じだった。…あまりにも、いろいろありすぎて」

「そうか?少なくとも頬抓った感じじゃ現実っぽいぞ?

なんならもっかいやろうか?…いっでえ!」

「…馬鹿?」

「証明してやっただけだろ…」


部屋は出所不明のぼんやりした明かりしかない。

さっきまでの騒ぎが嘘みたいに静まり返っている。


「…帰れるのかな。俺たち」

「…分からないわ。どうやって来たのかも。どうやって帰るのかも。

…帰る方法があるかも…ね」


意味も分からずこんな場所に来てしまった。

楽しみな気持ちもあるっちゃあるが、帰れないといろいろ困るなあ…


「それでも、今考えてもしかたないわ。ここが私たちの世界と違う『世界』だって言うなら、

まずはそれを理解するところから始めないと。

…常識なんて通用しなさそうだし?」


アズサの目が少し輝く。…魔法のことかな。


「まあ、確かに、どのみち超常現象だしなあ。今考えてなんとかできる問題じゃねえか。

…それにここもなんかおもしろいことありそうだしな?

いやー!魔法使いたいぜ魔法!」

「ふ…脳筋のあなたには無理ね。せいぜい私の前で盾でもやっててちょうだい」

「あ、言いやがったな!ぜってえ魔法使えるようになって見返してやらあ!」


ったくなんでこんなに可愛げねえんだこいつは…

ものすごい美人なのにな?もったいねえ…

とそんなことを考えているところで、


ぐうううううううー


と地鳴りのような音がした。…俺の腹から。


「…何今の」

「…いや、腹減ったなあと」

「お腹の中にモンスターでも飼ってるわけ?地面が揺れたかと思ったわ」

「いやそこまでひどくはねえよ!…でも腹減らね?」

「察しなさいよ。あなたがお腹すいてるのにすいてないはずないでしょ?

あなたよりずっと燃費悪いのよ?」

「いや知らねえよ。というかそれドヤ顔で言うことじゃねえよ」


というわけで結局一緒に下に下りることにしたのだった。


□□□□□□


一階に下りて奥に進むとこれまたずいぶんと古そうな木造の部屋が続いていた。

が、そんな部屋であるにも関わらず人が割と多くいて繁盛しているんだなと思わせる。


「ああ、君たちこっちこっち。食事だよな。お代は宿代に入ってるからいらない。

席は自由なところに座っていいから」


と少々頭に激しい光沢を持ったおじさんが私たちを呼ぶ。

その手からすでに用意されていたのであろう食事の乗ったお盆を受け取る。


「意外と普通ね…なんかもっとゲテモノ出てくるんじゃないかと思ったけど…」


用意されていたのは手のひらより少し大きいくらいのパンと思われる物と、

木の器に盛られた乳白色の輝きを放つスープだった。

異世界と聞いて正直に言うと虫とか食わされないかとかなり心配していたのだが…

その心配は無用だったらしい。


「なあ、とりあえず席探そうぜ。空いてるのかこれ」

「夕飯時に重なったみたいね…。ものすごい人だわ」


あまりにも街中に人が見えないので過疎状態にあるのかと思ったが、

単に夕飯時だっただけらしい。

それを証明するかのごとく席はことごとく取られていて2人で座れそうな場所が見つからない。


「あ、ヴェードいた。あそこ座れねえか?」


そうやってみた先には確かにヴェードが1人で4人席に座っていた。

あの人は信用していいと思うし、別に座るのはやぶさかでもないのだが…


「…あそこは駄目よ。他の席探しましょ」

「なんでだよ。別にいいじゃねえか。顔見知りだし。

あ、まさか男と一緒の席に座るのが恥ずかしいとか…」

「違うわ。…今日森の中で見たこと忘れたの?

…あの人の下に行くまでに、たくさん倒れてた人がいたじゃない。

あれ、ヴェードさんの知り合いだったんじゃないかしら…?」

「あ…」


そう、そうなのだ。今日森でヴェードの下にたどり着くまでに

私たちは何度も何度も赤黒く染まった死体を見てしまっていた。

直視こそできなかったが…彼らに何が起きたかぐらい想像するまでもなくわかる。

そして、彼らもまたヴェードの言っていた『冒険者』ではなかったのか。

彼らが本当はどんな人でどんなつながりがあったかまでは私には分からない。

けれど、今一人で席に座って沈んだ表情を浮かべているヴェードを見てその答えが分かった気がした。


「…違う席探すか。一つくらい空いてるだろ」

「…ええ、そうね」


…さすがにいくらあってそこまで時間が経っていないとは言えど、

あの状態のヴェードの隣に腰掛ける気はしなかった。

そうして、たまたま人が立って空いた席へと座り込むのだった。



「さーて、とりあえず食いますか!腹減っちまった」

「「いただきます」」


さて、とりあえず席に座ったのでまずはお腹を満たそうと思う。

見た感じはさっき説明したとおりなのでおそらく問題ないと思うが…

味どうなんだろう…

試しにパンを少しちぎって――固い――口の中に放る。


「…。うん、…不味くはないわね」

「失礼なやつだなあ。もうちょっと言い方ねえのかよ?」

「…食べてみれば分かるわよ」


確かに決して食べれないわけじゃない。が、なんというか思った以上に固かった。

言い換えるなら丸めたフランスパンというか…

味の方も食べれないほどまずいわけではないがおいしいわけでもないというか…

…端的に言うと、ほとんど味らしい味がしなかった。


「うわ、なんだこれ?石食ってるみてえだ」

「あら、何よ。私に失礼とか言っときながら?」

「いやここまでとは思わなかった…」


そこまで話してスープにも手をつける。

…具がない。最初に見た感想はそれだった。

ほとんど固形物がゼロに等しい。味の方は…薄味ここに極めりといった感じだった。


「…お湯飲んでるみてえ…」

「ものすごい薄味ね…。お腹が膨れるだけいいけど」

「おいおい、そこの二人、食事に文句かあ?」


…聞こえたか。


「いや、そういうわけでは…。ただ、なんでこんなに固くて薄味なのかなあと」

「ほとんど文句だよな?…まあ、俺ももう少し良い物提供したいんだけどさ、

税がクソ高いんだ。限界まで質を上げてもそこが頭打ちでよ…

もっと自由にいろいろやりてえもんだな?」

「そういう…。すいません」

「いいって。俺ももうちっと安くうまい物作れるようにすりゃいいんだからよ。

まあ量だけはあるからたらふく食っててくれよ!はははは!」


税金か…異世界に来てもそういうのは変わらないようだ。

…でも割と繁盛してそうなのにこうなるのは本当に高いんだろう…


「あーごちそうさん!とりあえず腹は膨れたぜ」

「…食べるの早いわね…。もうなんかお腹膨れてきたわ」

「なんだよ少食だな?食ってやろうか?」


そのまま残りを押し付ける。

…文句言いつつこんだけ食べるのはさすが体育系というか…


「…見るなよ。食いにくい」

「やることないのよ。しかたないでしょ。誰が好き好んであなたなんか…」


実際顔立ちは悪いわけじゃあないが、完全に私のタイプではない。

…誰に対して言い訳しているのだろうか。


その後食事をし終わった私たちは部屋へと戻った。

戻ってみるとヴェードがすでに居た。いつの間に帰ったのやら。

…さっきまでの沈んだ表情はどこにもない。そこまで、気を遣わなくてもいいのに。


「ああ、2人とも食事してたんだな。どうだここの飯。…薄いだろ」

「ええ。まあでもお腹膨れればとりあえずいいわ」

「まあな。…さてと。そろそろ俺は寝るがどうする?

まだ何かやりたいことがあれば今のうちに…」

「え、あの、お風呂…というか体洗ったりしないの?」

「ん…ああ、確かにそれしないと気持ち悪いか?

俺はそこまで気にならねえから3日くらい何もしなかったりするが…」


さっと一歩下がる。

…さすがにそこまで不潔なのはごめんだ。


「いやいや昨日はちゃんと洗ってるから大丈夫だ!

…まあでもこのまま寝るのは確かに少しあれだな」

「じゃあお風呂かシャワーを…」

「あー残念だがこの宿にはどっちもねえ。ああいうのは高いからな。

そのかわりと言っちゃあれだが…俺たちにはこれがあるのさ。

『リフレッシュ』」


その言葉と共に青い光が私たちを包む。

体が軽くなったような気がして黒い霧のような物が体から流れ出るように空気中へと溶けていく。


「…何が起こったの?」

「体確認してみろ」


言われるがままに体を確認してみると…


「うお!泥だらけだったのに全くねえぞ!ピッカピカだ!」


そうまさしく、水で洗い流したごとく、体についていた汚れたちがすっかり無くなってしまったのだった。


「な?これで清潔だろ?」

「確かに…これなら洗う必要もなさそう…。どういう原理なの?」

「俺は魔法には弱いから詳しくは分からんが汚れとかを気化させて空気中へと分解するらしい。

99%清潔に戻せるとかいう話だ」


とことん便利だなあ魔法って…

この魔法だけでも使えるようにならないものだろうか。


「まあお風呂に入りたくはあるけど…それくらいは我慢できるわね。

それでどこで寝るの?」

「ベッドあるだろ?」

「2つしかないわね。それでここには3人いるんだけど」

「…君たちは同じとこじゃ…?」

「死んでもお断りです」

「え、なに、俺そんなに嫌われてるの?」


…そもそも男と一緒にベッドに潜り込むとか…

普通に考えてないだろう。


「…なあ、ゴウだっけ?…俺と寝るか?」

「…それもちょっとあれだなあ…」

「…あーもう、分かったよ。俺はそこの椅子でねるさ。ベッドは好きに使ってくれ」

「あら、いいの?」

「そうやって仕向けといてよく言うな?

まあ俺はどこでも寝れるからそんなに気にするな。

疲れ、たまってるんだろ。

…じゃあ、俺はもう寝るよ。俺も疲れちまったしな…。お休み」


そう言って椅子の上に体を投げ出したと思うとすぐにいびきが聞こえてきた。

…相当疲れていたようだ。

それも当然と言える。何せこの人も私と同じようにあの狼たちを相手にしていたのだ。

しかも会う前に見たあの狼と人が折り重なって死んでいた光景を見る限り、

相当な数を相手していたのだろう。

さっきの下での光景を見る限りじゃ相当精神的にも来ている様に見えた。

それなのにこの人は私たちにいろいろとやってくれたんだ。

…お人よしなのかもしれないけどずいぶん助かった。


「…じゃあ私たちも寝ましょ。…あなたも今日はありがとう。

不本意ながらお礼は言っとくわ」

「嬉しくねえお礼だなあ、おい。

…いいって、気にしなくて。目の前で死なれたら寝覚めが悪いだろ」

「…お休み。」

「ああ。」


…ベッドは固かったけど、いつもより深く眠れた気がした。


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