現地住民
狼たちが撃たれた箇所から黒い煙のような物を出して、
ゆっくりと姿が薄れていったと思えば
爪を残して完全に消滅してしまった。
「消えた…?っとそんなことより!」
俺は慌ててアズサへと近寄る。
倒れてるけど転けただけだよな?
「…!アズサっ!大丈夫か!?」
ゆっくりとアズサが起き上がった。
怪我は…無いみたいだ。
「…問題ないわ…今のは…?」
アズサが首を傾げる。
確かに俺は武器どころか、持ち物一つなかったはずなんだが…
頭に響いた―――破壊ノ射―――の声は一体…?
「…分からない」
手に出てきたそれ、に触れてみる。
金属のひんやりした感じが手に伝わる。
「…銃…だよな?これ…」
見た目に反してズシリと重たいそいつは、
どっからどう見ても『銃』だった。
…どこから湧いたんだろうか?
「銃刀法違反ね。捕まるわよ?」
「いやいやいや!俺だってどっから出てきたのか分からないだって!
いや、銃って湧いて出る物でもねえよ!」
そう。こんなものがここに存在する方が異常なんだ。
そんなものを入れておくスペースなんてないし、そもそも何も持っていなかったのだから。
…というか何か持ってたとしてもさすがに銃は持ってないだろ。普通。
「…とりあえず、ありがと。助かったわ」
「おうよ。まあこれがあった…というか出てきたおかげだけど」
「そうね」
「そこは認めないでくれよ…」
とりあえず何がなんだか分からんが、
こんな狼がうようよしているような森で、
武器が手に入ったのは大きいと思う。
何故か使ったこともないのに手に馴染むしな。
…実際に次も使えるかは知らないが。
「それにしても、こんなのが彷徨ってるなんて…
森ってこんなに危険な場所だったかしら…」
そう言いながらアズサが狼の唯一残った爪を拾い上げる。
うん、少なくとも俺の知ってる森はもう少しは安全だったよ。
「それ、どうするんだ」
「武器にするのよ。今みたいになったら…
せめて自分くらい自分で守らないと」
「…危ないぞ?というか、使えるのかそれ」
「見た感じは問題なさそうよ。
…守られるだけは御免だわ。今みたいに足手まといも嫌。
…まあ前に出る気なんて毛頭ないけど。それでも、手助けくらいにはなりたいじゃない」
「…まあ武器くらいあった方が良いか。
何時また襲われるかも分からないし…」
とはいえど正直もう2度と会いたくないのが本音だが。
いくら武器が手に入ったといえどねえ…?
少なくとも、ほとんど無傷で二人とも生きてるのって半分奇跡に近いし…
死ぬことは考えてる余裕無かったが…下手すりゃ死ぬよな?
「とにかく、早く行きましょう。たとえ武器があっても、
会わないにこしたことも無いんだから」
そうやって再び歩みを進めようとした時だった。
「ぎゃああああああ!」
物凄い叫び声が森に響いた。
□□□□□□
「ふっ!はあっ!畜生がっ!どっから湧いてきやがった!」
襲い来る狼…ブレードウルフの群れを片っ端から斬り伏せていく。
が…一匹斬り伏せれば次が襲いかかってくる。キリがないのだ。
「くっそ多すぎ…ぎゃああああああ!」
「っ!後退だ!退け!退けえ!」
左隣の同業者が引き裂かれ鮮血が飛び散るのが見える。
何故こんなことになったのか――
とフリーの冒険者のヴェードは一人呟く。
キッカケは些細なことだった。
久々に訪れた自分の故郷の地、
空気を満喫しながら歩いていると
昔よく行っていた懐かしい森を見つけたのだ。
そこでふと思いついてそこの森の簡単な依頼を受けたのだった。
ヴェードにしてみれば思い出の場所の観光程度の認識だった。
ところが、森の奥でありえないものと遭遇する。
ブレードウルフ――群れで行動する非常に凶暴な魔物として知られる――
の大群だった。
当然ヴェードも冒険者であるが故に、何度か戦ったことはある。
…が数が多すぎた。
その総数、約百。
最底辺の魔物のスライムですら百も集まれば凶悪極まりないものに変貌するのだ。
が、ブレードウルフは決して弱い魔物ではない。
下手な剣よりも切れ味のいい爪に、こちらを惑わす素早い動き。そして、群れによる連携攻撃。
十に満たない群れを相手にするのにも相当な労力が要求される。
その相手が百を超え、襲ってきたらどうなるだろうか。
結果は、明らかであった。
数の暴力に押しつぶされ、同業者の冒険者たちが一人、また一人と血の海に沈んでいく。
後退に後退を繰り返し続ける。
あれほどいたウルフたちも冒険者たちの必死の反撃によりその数を減らし、
ようやく両手で数えることができるまでにはなっていた。
…しかし、対する冒険者も今やヴェードただ一人となっていた。
「ぐっ…クソっ!行き止まり…!」
逃げ込んだ先は崖下。さらに残りの3方からウルフたちが迫る
――逃げ場は無い。
既に先ほどから続く戦闘に息は上がり、防具はボロボロ。
持っている剣すら、今にも折れると言わんばかりの状況であった。
「ちっくしょう…やったらあ!」
叫ぶ声にウルフたちが動きを一瞬止める。
残るウルフは――6。
前方の2匹が大きく跳躍し、ヴェードに向かってその鋭い爪を振り下ろす。
それに対し素早く剣を抜き放ったヴェードが片方の首を刈り飛ばし、
鞘を使ってもう片方の攻撃を防ぎつつ、返す刀身で胴体を切り離す。
これで――4。
間髪入れずに飛び掛かってきた一匹を突きの要領で絶命させ、
他の2匹と少し離れた位置にいるウルフに向かって刃を振り下ろし、縦一文字に両断する。
ピシリと嫌な音が響く―――剣にひびが入ったらしい。
残り――2。
飛び掛かってきた片方を躱し、すれ違いつつ一刀を入れ、
最後の一匹を狩ろうとし――
「っ―――――!!!」
――いつの間に、いたのであろうか。
上空から飛来した残る最後の一匹の漆黒の爪が今まさに首元へと振り下ろされるところだった。
慌ててした剣での防御が――ついにその負担に耐え切れずに、澄んだ音を立てて、無情にも崩れ去る。
――ここまでか。
「ギャンッ!」
「!」
白い一瞬の光がウルフの胴体へと叩き込まれる。
目の前の狼の爪の軌道が狂いそのままヴェードの首元をかすめ、
そのまま地面へと倒れこむ。
その体が黒い煙となって大気へと消えてゆく。
「…死んだ?いやでも、一体何故…?誰か生き残りが…?」
ガサリ―――と、
ヴェードの後方の草むらが揺れる。
素早く臨戦態勢に入り後ろを振り向くと、
現れたのは、なんとも場違いでおかしな二人組だった。
「おい、おっさん。大丈夫か?」
□□□□□□
あっぶねええええ!
あと一歩気づくのが遅かったら、おっさんを死なせるとこだったぜ…。
「ナイスショットよ。ゴウ。銃とか扱う才能あるんじゃない?」
「おっさんを撃たねえか心配だった…」
俺がやったのは長距離――つっても15メートルくらいだが――の早撃ちだ。
声のする方に向かったら一人のさっきからおっさんと呼んでる人がいたわけだが、
あの狼に今にも飛びかかられようとしていたので慌てて撃ったわけだ。
弾は綺麗に狼に直撃して吹っ飛ばした。
今思うとおっさんに当たっていたらどうするんだよという話だがそこは結果オーライってことで…
「…というか、あなた、何化け物でも見たような顔してるのよ。
別に私たちはあなたをどうこうする気なんてないわよ?」
「あ…ああ。すまない。突然すぎて何が何だか…」
…にしても、このおっさん変わった格好してんのな…。
鎧に剣ってここは中世かよ?
「もしや、君たちが助けてくれたのか?」
「ええまあ。…正確には私は何もしてないけど。
お礼ならこっちに言って」
「いいっていいって。目の前であんなことなってたら助けないわけにもいかないだろ?」
「君が助けてくれなかったら俺は今ごろあの世行きだ。ありがとう」
「なんかこう真正面からお礼されるとむず痒いなあ…
あ、そうそう、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
とりあえずこの人はここの人っぽいよな?
やっとここがどこだか分かる…
と思ったが、
「…いや。まずは場所を変えよう。ここは…危険すぎる」
まあ、そりゃそうか。またあの狼が出てきてもおかしくねえしな。
「…あの、そのことなんだけど私たち迷ってて…
案内お願いできない?」
「ああ、それくらいならお安い御用。
ただ…新手が来てもおかしくないんだ。
俺はまあ、見ての通りもう戦えない」
「大丈夫だって。とりあえずあれくらいなら俺がこれでなんとかしてやるよ。
まあ、あんまり数多いとあれだけど…」
確かにこの人の剣がポッキリ逝くのはハッキリ見えたしな。
それにたとえ剣がまだ生きてたとしても、
あいつら相手に剣で戦うってよっぽど厳しいだろうし…
やっぱここは俺が持ってる…というか湧いてきた銃を使うのが一番だろう。
「それは一体…?いや、今はとりあえずここから離れよう。
話は後だ」
おっさんがそう言って駆け出していく。
…あ、そうだ。
「そういや、おっさん。名前なんて言うんだよ。
いつまでもおっさんじゃ呼びにくいし。あ、俺は剛。ゴウでいいぜ」
「それもそうね…。おじさん。名前なんて言うの?私は梓」
「いや…そもそも、まだおっさんの歳でもないんだが…
…まあいいか。俺の名前のヴェード。フリーの冒険者さ」
…冒険者って、なにさ?