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猿と姫の異世界旅行記  作者: 暗根
第一章 異世界の灯
10/11

願い

大地が震え、風が吹き荒び、爪が振り下ろされ、風の刃が飛び回り、怒りの咆哮が上がる。

全身が血塗れになり、穴だらけになっているのにもかかわらず、その体力は衰えを見せない。


「グァアッ!ガアッ!シネッ!シネェエ!」


力任せに振り下ろされるその爪を半透明の障壁が押しとどめる。

その下で必死になって障壁を展開し続けるヴェードを、その質量を持って潰そうとしていく。


「くそっ!なんつー馬鹿力…!」


対するヴェードもさっそくボロボロ。

既に10分以上障壁の展開を繰り返しているのだ。

まだ倒れていないのが不思議なほどだ。


「いい加減…終われよっ!」


――何度目の、攻撃だろうか。

放たれた弾丸が狼の体へと吸い込まれていく。


「アアアアッ!」


狼は叫ぶ。それはそれは悲痛な叫びを上げる。

最初は無視していたダメージも、幾度となく蓄積し続ければ当然強烈なダメージとなり狼へと襲い掛かる。

整っていた毛並みは、血で濡れ、攻撃で散り、さっそく原型を留めていない。

片目を撃ち抜かれ、それでもその体に殺意と思われるものを纏い、俺たちへと向き直る。


「キサマラァ…キサマラァ…!」


とぎれとぎれになった狼の声が聞こえる。

次の瞬間狼の足元が光を発した。

はじめは小さかった光が徐々に大きく、強くなっていく。

あれは俺も見たことがある…さっそく現代で多少なりともゲームだなんだに触れていれば見たことくらいはあるんじゃないだろうか。

光が集まり、地面に一定の形を描き始める。

そう、あれは――


「ゴウ!走れっ!魔法だ!しかもとびきり強力な魔法を使う気だぞあいつ!」


魔法陣。

狼の足元が光り、複雑に模様が形成されていく。

いくつもの線が走り、いくつもの紋章が描かれ…それはあっという間に無数の模様で構成された円へと成長する。

美しい模様から禍々しいモノが溢れ出て、赤い火球がゆっくりと形成されていく。

…これ以上見ているわけにはいかない。

俺は駆け出す。思いっきり逆方向へと駆け出した。それと同時の狼の雄叫びが聞こえ、何かが撃ち出される音がした。


――音が響く。音が迫る。

炎が燃え上がるような音が一気に俺へと迫ってくる。

俺は走る。足を止めてはいけない。そんなことをしたら…俺は焼き尽くされるだろうから。

木々を避けながら必死に走る続ける。

不意に音が止まる。終わったのかと思った瞬間、俺の後ろで巨大な爆発音が巻き起こり、大きく体が跳ね飛んだ。

そのまま俺は木へと叩き付けられ――


□□□□□□


「っ!」


森が赤く光り輝き今までのものとは比べ物にならない巨大な爆発が巻き起こる。

…なんなのだろう今のは。ゴウは、ヴェードは、無事、なのか。


焼き払われた森の中に大きな影が立ち上がる。

攻撃をした張本人なのか、今も少々体の輪郭を赤く光らせているそいつは、

この塔から見れば小さく見えるが…それでも周辺のものと比べてもかなり大きなそれは、巨大な狼のようで。

――これが、さっきの、魔族化個体というやつなのかと、感覚で理解する。

…なんという巨体だろうか。そして、なんという、滅茶苦茶な攻撃なんだろうか。

先ほどの爆発で周囲の木々は吹き飛び燃え上がり、木々に覆われて何も見えなかった森に一瞬にして巨大な広間を出現させてしまう。

これが魔法だというのか――


燃え上がった木々のせいで真っ赤に染まった場所に見えたのは――人影、だった。

小さく、黒くしか映らないけれど、その人影は木の下で、動かない。


…倒れているだけなのか、気絶しているのか…それとも、死んで、いるのか。

その人影に、狼が向き直る。

改めて、巨大だ。距離の関係もあるかもしれないが、地面に倒れこんでいる人よりも遥かに大きい。

そしてその狼はゆっくりとその歩みを人影へと向かわせる。

そのまま行けば。その人がどうなるのか。…考える必要もない。

この『世界』に来てすぐに、見てしまっている。

この『世界』で、どれほど命が軽いのか。どれほど簡単に人が死んでしまうのか。

この目で、見てしまっている。

私だって、ゴウがいなければもはやここにはいないだろう。

私の体は切り裂かれ、飛び散り、それが私であったのかも判断できないほどの状態になっていたはずなのだ。


そんな、もしもの景色が、今私の目の先で起きようとしている。

遥か先のあの場所で、今まさに、非道で、残酷で、残虐なその景色が作られようとしている。


今、あの人を見ている人は居るのだろうか。

恐らく、いないだろう。


後ろでは忙しなくギルドの人間が動き回り、今の状況を説明し、代わり続ける状況を報告し続けている。

窓を覗いているのは私くらいだ。

だけれども、彼らも必死に戦っている。たとえ戦場に出れなくても、少しでも自分のできることをしようと、行動し続けている。


…私は何をしているのだろうか。

この窓から見えるあの景色。あの場所で倒れて、今にも死にそうになっている人を見ているのはおそらく私だけなのに。

なのに私は死なせようとしている。

だって何もできないから。力はあるのに使えないから。

だから目の先で起ころうとしている死を止めることも、遅らせることもできない。


宝の持ち腐れだと誰かが言った。

持っているのに使わない。使えない。意味がない。

まさに私はそんな状態。

放っておけば死んでしまうと分かっているのに、何かできるなら気づいている私しかいないのに。

でも、見殺しにしかできない。

もう、狼があの人にたどり着く。

この後に待ち受けているのは、鮮血だけだ。


…こんな力、必要あるのだろうか。

いや、そもそも、何もできない私など、必要あるのか。


――何かが、私にも、したい。せめて、今私の目の先に居るあの人を救える力が。

何もできない私なんていらないから。だから、どうか、私も、皆の助けに。

祈るだけじゃいやだ。祈るだけで何もできないなんて嫌だ。

もう、何もできない自分は、いや、だから―――



不意に、真っ白になる。

何もかもが、私の目も、耳も、何もかもが真っ白に。

私が感じたのは、何だでも、何処だでも、何故だでもなかった。

届いた―――そんな思いが、そこに流れる何かの奔流と共に渦巻いていく。


そんな場所に居るのは、赤い何か。

それがなんなのかは分からない。ただ動き続ける、何か。


どうしてそう思ったのかは分からない。

でも――私はそれを止めなければならないと思った。ただ、理由もなく思った。


だから縛る。幾重にも幾重にも縛り上げる。微動だにもさせてあげない。

少しの動きも変化だって許さない。

攻撃はできない。する必要もない。

私は望んだ。私も皆の助けに、救えるものを救いたいと。

だったらこれで構わない。攻撃なんて、必要ない。

ただ、あの人を、死にそうになっていたあの人を救うためなら、動きさえ止められれば、それでいい。


――繋縛心魂ソウルバインド――


□□□□□□


「っ…!ったあ…」


俺はどうなってたんだ…?

爆風に吹っ飛ばされて木に叩き付けられたとこまでは覚えてるけど、それ以降の記憶がねえ…

が、そこまで考えたところで目の前になにかおかしなものがあることに気付く。

俺の顔の前にものすごく鋭くて太いなんかが…


「っ!うおおおおお!?」


上を見上げて絶句した。

そこにはさきほどまで俺が戦っていた超巨大な狼がいたのだ。

…しかも俺の頭の目の前に巨大な爪を浮かせた状態で。

慌てて飛び上がり、一気に後方へと下がる。

さらにそのまま銃を構えて臨戦体制へ…


だがそこまできておかしいことに気付く。

…動かない。全く、動かない。

爪はおろか、目も、尻尾すら微動だにしない。

まるで時が止められているかのような…


「どう…なってんだ…?」


そうして気づいた。

狼の体が薄い光に覆われているのだ。

その光が狼の動きを阻害し、一切の動きを止めているようじ見えた。


薄ぼんやりとしたその光は、今もなお、街の塔から放たれ続けている。


「…おいおい、マジかよ」


あそこの塔には戦えない人たちが集められていたはずだ。

正しく一般人しかいないあの場所。

そんな中で、こんな芸当ができるやつは、俺は一人しか知らない。


俺が戦いに行く時の、そいつの悔しそうな顔が思い出された。

あいつはまだ戦えなかったから、ヴェードと相談して置いていくことにしたんだ。

普段は憎たらしいくせに、あの時だけは納得して、…いや納得させてたのかもな。

一言、心配そうに言葉を投げかけたあいつが。

そんなあいつが、アズサが、助けてくれたのか。


「くく…ははははっ!何が守るだよ!思いっきり…助けられてんじゃねえか!全く、全然かっこよくねえなあ俺は!」


笑みがこぼれた。

俺に対して文句ばっか言うくせに、俺を助けてくれたのが嬉しかったのかもしれない。

『世界』ってヤツは、俺にだけいい顔させる気はないらしい。


「ああ、全く、こういう場所に来ても俺はかっこよくは居られねえのかよ?ったく、『世界』ってやつもひでえやつだなあ…」


俺は立つ。

正直長すぎる戦闘で膝が笑ってる。

今すぐにでも寝ちまいたい。

でも、それはまだだ。まだ、だめだ。

あいつが助けてくれたんだ。救ってくれたんだ。

だったら俺は――


「だったらせめてっ!最後くらい決めてやらああ!」


こいつとの戦いを終わらせるまで。それが俺のやるべきことだ。


俺は新たに創造する。

耐久力のありすぎるこいつを、吹き飛ばす、俺の知ってる最強の物体を。

動き回るこいつに当てるのは相当に厳しいし、無理だと思った。

だから使わなかった。

だけどアズサが手助けしてくれている今なら、今ならきっと。


ずしりと重いそいつを、少し離れて狼へと構える。

そいつの名前はロケットランチャー。

このスキルでどこまで出せるのか分からなかったが、どうやらここまでは大丈夫らしい。

だが…その威力はさっそく今までとは段違いだ。

ちらりと横に目をやると気絶したヴェードがいた。

ここならば巻き込まれる心配もないだろう。


ゆっくりと、それの引き金に手を掛ける。


「これで終わりだっ!ぶっ潰れろおおおおお!!」


すさまじい反動が俺を貫き体が跳ね飛ぶ。

だが、放たれた弾は一直線に狼へと向かっていくのだ。


お前は何を思ったんだろうな。狼。

2人に負けるなんて、想像もしてなかったか?

残念だったな。こっちは2人じゃねえ。3人なんだよ。

それを間違えた時点でお前の負けさ。

さあ、消し飛べ。長い長い戦いもここまでだ。俺の、俺たちの勝利で、幕引きだ。



狼へと一直線に向かっていった弾が炸裂する。

その爆風は狼の全てを巻き込んで何もかもを破壊して、

辺りにすさまじい地響きを響き渡らせた。


「アズサ…訂正するぜ。俺たちだけじゃ…駄目だった。やっぱお前も…いないと駄目、だったみたいだぜ」


その言葉を最後に、俺の意識は再び闇へと落ちていくのであった。


□□□□□□


ふっと、張り詰め続けていたものが途切れた。

窓の外であの巨大な体が爆風に飲まれていくのが見える。


「…魔物の反応が消失しました!」


がくんと、体の力が抜ける。


…ああ、終わったんだ。

私にも、できた。私にも、守ることができた。私にも、私の力で助けることが、できた。


その満足感が広がるのを感じるのと同時に、

私は意識を手放すのであった。

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