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お嬢様、物宮喩

 登校すると、もちろん教室に露はいて、声をかけようかと思ったが、どういう態度をとればいいかよくわからないし、この事態に心が付いていかなくて、声をかけることができなかった。


 授業中は、露のことをぐるぐる考えていた。家が近所で、昔から知っている女の子。小学生の頃は男勝りの彼女と一緒に外で遊んだりした。そんなだから、あまり女の子として意識してこなかった。そりゃあ、いつの間にか胸が膨らんでいたり、腰がくびれていたりして、女らしくなってるかもしれないが……。亮一の中では露は昔と同じように、気楽につき合える友人だった。その露が、あんな顔するとは……。亮一は朝見た露の赤面を思い出す。いままで見たことのない顔だった。胸がモヤモヤする。っていうか、俺が露とエッチしたってことは、露の身体にあんなことやこんなことを……。


「あ―――――!」


 よくわからなくなって、髪をグシャグシャする。



 授業が終わる頃、亮一は決意した。

 とにかく露に話しかけてみよう。どうすればいいかは考えてもわからないが、とにかく話をした方がいいだろう。



 昼休み。亮一は露に話しかけようと彼女の元に近づく。そのとき、放送を告げるチャイムが鳴った。

 

「2年3組の中館亮一くん。至急、生徒会室まで来てください。繰り返します。2年3組の中館亮一くん。至急、生徒会室まで来てください」


 俺?!

 亮一は生徒会に関わったりしてないし、特に問題行動も起こしてないつもりだった。しかし、こうして呼び出されたからには行かないわけにはいかない。露と話すのは後に回すしかない。下校時でも別にいいだろう。


「一体何やったんだ? 亮一」

「何もしてないつもりなんだが……」


 友人と軽く言葉を交わして教室を出ていく。嫌な予感がしつつも亮一は生徒会室に向かった。



 コンコン。


「どうぞ」


 扉越しでもわかる、格調高い口調。

 扉を開ける。


 やたら豪華な椅子に座って俺を迎えたのは、生徒会長の物宮喩 《ものみやたとい》だ。

 学年は同じだが去年も今年もクラスが違うので、話したことはない。しかし、亮一のほうは彼女が話すところを、全校集会などで何度も見ていた。

 一言で表すと、ハイスペックな和風お嬢様だ。長い黒髪に、人形のような整った顔のすごい美人。成績も常に学年トップを争う才色兼備。旧家の一人娘らしく、品のある物腰。落ち着いた立ち振る舞い。彼女が壇上に上がると、ざわついていた生徒たちが自然と静かになってしまうほどの雰囲気を持っている。幼い頃から厳しいしつけを受けてきた成果らしい。話したことがない亮一でもそんなことを知っているくらい、彼女はこの学校の有名人だ。当然、生徒会長選挙も圧倒的な得票率で当選した。

 で、問題は、なぜその彼女が亮一を呼び出したかだ。恐る恐る聞いてみる。


「あの―、何の用でしょうか? なんで呼び出されたかよくわからないんですけど」


 それを聞いた物宮さんは、柔和な表情を崩さずに言う。


「とぼけないでください。先日のことです」


 あ、だんだん嫌な予感が強まって、心臓がドキドキしてくる。

 

「先日のことって?」


 重ねて聞くと、物宮さんは声を震わせて顔を羞恥に染める。


「お、女にそんなことを言わせるのですか。恥知らず……!」


 もしかして、俺はこの子ともエッチしたことになっているのか!?


「中館亮一さん、あなたには私と結婚してもらいます。家訓で身体を許す男性は生涯一人と決まっているからです」


 身体を……って、やっぱり!?

 目の前の物宮さんを見る。怒りと恥ずかしさを込めた表情で亮一を睨んでいる。美人は怒ってもきれいだな、なんて思った。俺が学年一の美少女と言われるこの人とエッチなことを……。

 って、そんなことを考えてる場合じゃない! 結婚!? 俺が物宮さんと? なんで記憶にもないことで将来を決められなきゃいけないんだ!? いや、しかし、良家のお嬢様とそういうことをしてしまったら、男として責任を取らなきゃいけないのか!? 亮一は混乱する。


「あなたにはこれから私の婚約者としてふさわしい人間になってもらいます。しっかりと自覚を持ってください」


 それからメールアドレスを交換しただけでその場の会話は終わり、亮一は生徒会室を出た。そして頭を抱える。


「あああああああああ……。 何なんだ一体……」


 見に覚えのないことが原因で、話したこともない子と婚約させられてしまった。露とのこともどうしたらいいかわからないのに。


「あのラブコメの神のやつ……。許さねえぞ……」

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