ラブコメの神様との邂逅
「私はラブコメの神です。中館亮一、あなたをラブコメの主人公にしてあげましょう」
「へ?」
平凡な高校生の中館亮一の頭の中に、突然謎の声が語りかけてきた。ここは亮一の部屋で、周りに人はいない。そしてその声は神々しく、仰々しく、荘厳だった。つまり、信じないわけにはいかなかった。
「なんですか、ラブコメの神様って」
「世界にはたくさんの神がいるのです。その中で私はラブコメを司る神なのです」
ずいぶんニッチな神様がいるなぁ、と亮一は思った。
「で、神様。俺を主人公にしてくれるってどういうことですか?」
「はい。あなたはこれまで特に言うことのない平凡な人生を送ってきたでしょう?」
「……否定できないですけど、神様にそんなこと言われると悲しくなりますよ……」
「気にすることはありません。それは今までの話。これからは私の力であなたを物語の主人公にしてあげますから」
「俺に何をしてくれるんですか?」
「いい質問ですね。何しろ私は神なので、いろんなことができます。特に恋愛に関することなら大抵」
「ほんとですか! そりゃすごい!」
「はい。私はすごいです。崇めてくれていいですよ」
なんかこの神様、結構くだけたところあるな。
「神様ってすごいんですね。俺、あまり意識してこなかったけど、これからは神様を信じようと思います」
「なかなかいい心がけですね。気分がいいので、リクエストを聞いてあげましょう」
「リクエスト?」
「どんなラブコメがしたいか、希望を言っていいですよ。神の力で叶えてあげましょう」
ラブコメの神様の言葉を聞いて亮一の心は浮き立った。神の力で願いを叶えてくれるということは、夢みたいなことでも現実になるということだ。頭の中に思春期の高校生男子らしい欲望が溢れていく。
「どうです? 決まりましたか?」
「エ、エッチなことがしたいです」
ちょっと間が空く。
「……はい?」
「たくさんのかわいい女の子と、エッチなことがしたいです」
「……それがあなたの願いですか」
「は、はい」
頭の中でいろんなタイプの美少女とあんなことやこんなことをする妄想が駆け巡り、整理がつかなくなって、結果的にすごい直球の願いになってしまった。まあいいだろう。男の願望ってそんなものだ。
「……いいでしょう。たくさんの女の子たちとエッチさせてあげます」
「えっ! 本当ですか? ありがとうございます!」
「いきなりテンションが上がりましたね。正直ものですね」
「いやー、それほどでもありませんよ」
「褒めてません。皮肉です」
「あ、すみません。じゃあ早くお願いします」
「はい」
その瞬間、光った。
「はい。これであなたの望みは叶えました」
「――え?」
亮一は疑問に思う。まだ何もしてないぞ?
「あなたはかわいい女の子たちとエッチしました」
「は? どういうことですか?」
「あなたは何人もの美少女とエッチしたことになっています」
「意味がよくわからないんですが。俺は童貞ですし、そんな記憶ありませんよ」
「ええ。そうでしょうね。でも、女の子のほうにはあなたとエッチした記憶がありますよ」
なんだか予想とは違う展開になってきた。亮一は危機感を覚えながら、真剣にラブコメの神様に問う。
「もう少し分かりやすく言ってもらえませんか?」
「いいですよ。でも、今言ったことでほとんどすべてです。何人かの女の子があなたとエッチしたということになりました。そういう風に過去を改変しました」
「過去を改変って……。そんなことできるんですか!」
「もちろんできます。神様ですから」
「……で、その女の子は記憶を持ってるって言いましたよね? じゃあなんで俺にはエッチした記憶がないんですか?」
「あなたに記憶を与えたらそれを何度も思い出して楽しむでしょうから」
「そりゃ女の子とエッチした記憶があればそれを使って一人で楽しむでしょうけど、何がいけないんですか? っていうか、なんで過去の改変なんてややこしいことにしたんですか? 普通にこれからかわいい女の子とエッチできるようにしてほしかったのに」
「ああ、それは嫌がらせです」
……。
……。
……。
「はあああああああああああああああああああ!? 神様なのに嫌がらせ!?」
「神といえどムカつくことはあります」
「俺が何をしたって言うんですか!?」
「あなたがいきなりエッチしたいとか言うからです。私はラブコメの神です。恋愛には過程も大切であってエッチだけではないのです。それをあなたがわかってないのがいけないのです」
「そんなことで……。いや。わかりました。俺が悪かったです。だから神様の力で別のことをしてくれませんか?」
「ダメです」
「ひどい……」
「では、ラブコメの神の力は使いました。あなたがいいラブコメ生活を送りますように」
「ま、待った! まだ色々わからないことがあります。たとえば、……そ、そうだ。俺は誰とエッチしたんですか?」
これは極めて重要だ。過去に誰とエッチしたかわからないんじゃさすがに人としてまずいだろう。
「教えません」
「え―――!? それくらい教えてくださいよ! 困るでしょう!」
「女の子の反応を見て自分で考えなさい。あなたに対する態度で大体わかるでしょう。女心を推測するのもラブコメには必要なんですよ」
「そうですか……」
この神様は亮一の説得を聞くつもりはないようだ。やっぱり神様は偉そうなものなのか。
「じゃ、エッチした人数は?」
「それも教えません。ただ、一人ではありません」
「マジですか……。俺、自分でも知らない間に複数の女の子とエッチした超リア充になってるんですね……」
「ですね。ラブコメの神に感謝なさい」
「でも自分で覚えてないんじゃ素直に喜べないというか……。あっ! でも、すでに一度エッチした相手なら、比較的簡単にエッチできるかも?」
やっぱり神様はいい人(いい神?)なのでは? 亮一の胸に希望が湧いてきた。
「あ、最後に一つ付け加えておきます」
「へ?」
「この小説は全年齢対象なのでエッチはできません」
「えええええええええええええええええええええ!? 何それ!? 小説って!?」
「では、あなたのラブコメを存分に楽しんでください。もうあなたに話しかけることもないでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
亮一は必死で引き留めようとしたが、ラブコメの神様の声が響くことはもう、なかった。