それと同時に、僕の中で何かが終わった
短編『夕暮れのふたり』の男の子視点になります。
こちらだけでも、独立した話として読めるかと思います。
お楽しみ頂ければ幸いです。
低く長く響くサイレンが試合の終わりを告げた。
それと同時に、僕の中で何かが終わった。
3年振りの甲子園。
結果はベスト16。
負けて、挨拶をして、もう気をはる必要がなくなった途端、崩れ落ちて涙を零す仲間。
スパイク入れに甲子園の土をかき集める仲間を尻目に、僕はただ茫然と立ち尽くした。
土を入れたら、スパイクはどうするのかとか、毎年球児に持って行かれる砂は1年毎に補給されてるのかとか、どうでもいいことが頭をめぐった。
甲子園から帰ってきた翌日からすぐに練習は再開した。夏の甲子園が終わっても2年生以下の部活はまだ終わらない。新人戦に、春の予選だってすぐやってくる。
今までと同じように練習に取り組みながら、それでも僕の頭の中は今までと違った。
負けたことに頭がマヒしたのか、ベスト16を喜ぶ周りに嫌気がさしたのか、よくわからないもやもやを抱えていた。
ベスト16は祝福されるようなことか。
3年振りの甲子園出場とはいえ、負けたのに祝福されるのがどうしても納得いかなかった。
「優勝、できなかったね」
8月の終わり。
練習が珍しく休みの日。
冷房の効いた学校の図書館に行こうか迷って、結局、足が向いたのは、茹だるように暑い教室だった。
教科書を広げ、机に突っ伏していた僕に声がかけられた。
「……」
祝福でもなく、慰めでもなく、ただ淡々と述べられた事実に僕は目を丸くして、声の主を見つめた。
「テレビで見たよ。遊佐が立ち尽くしてるの」
クラスメイト。
たいして野球に興味がないやつも甲子園だから、と応援に来ていた者が多い中で、どうやら彼女は夏を満喫していたらしい。
「ちょっと印象的だったな。高校球児って負けたらみんな土集めてるイメージだったけど、遊佐は違ったから。なんで負けたんだって、顔してた」
「……」
「優勝できると思ってたんでしょ?でもできなかったね」
別に笑うでもなく、申し訳なさそうな顔をするでもない彼女の言葉に、やっと納得がいく。
「そうだな。優勝……したかったな」
涙が頬を伝う。
彼女が驚いた顔をしているけど、拭うこともできない。
そうだ、悔しかったのだ。
頭がマヒするほどに悔しかった。
誰にも負けたくなかった。
そのことに今更ながらに気づいた僕に彼女は何も言わず、斜め前の席に座った。
涙はすぐ止まったけど、茫然と外を見る僕に彼女の物言わぬ視線が心地よかった。
それ以来、彼女とはよく関わるようになった。
相変わらず部活の練習はするし、家に帰れば素振りやランニングだってする。
でもその時間を少し減らして、勉強に当てる時間を増やした。もともとそれ程成績は悪くなかったけど、それでも勉強時間を増やせば、テストの点は格段に上がった。
やりたいことがあった。野球の次に。
それが野球と同じくらい興味が出ていたのはいつだったか。
部活禁止のテスト勉強期間。
毎年、野球部はそれを無視して練習に励む。
去年は自分もあそこにいたのに、今はそれよりも勉強を優先している自分がいた。
それでも気になる音に気付けば耳を済ませていた。
「意気地なし」
「……なんだって?」
一瞬何を言われたかわからなかった。
傍にいた彼女の存在も忘れるほど外の音に熱中していたらしい。
「意気地なし」
彼女が何を思ってそう言っているのか、理解はできなかった。それでもどうやら彼女は僕の行動に失望しているらしいことはわかった。それが無性に腹が立った。
『優勝できなかったね』
あの時はただそう言っただけだったのに、今は勝手に失望するのか、と。
僕は言い訳めいたことを述べて、広げたままの教科書に集中するふりをした。
初めからこちらのことを何とも思ってない彼女は僕の態度に、呆れたようなため息をついて、自分の勉強に戻っていった。
いつだって、彼女の言葉に振り回されるのは僕で、彼女はちっとも動じないのが悔しいような、歯がゆいようなそんな気分だった。
恋愛になりきれない。