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6

 二人は庭の隅から裏門のほうへと抜け、町へと出て行った。

 都の中心部は活気づいていた。那羅より遷都三十年。都には商人が集まり、布や食料、茶碗や瓶、異国の品物など様々なものを売ったり、買ったりしていた。広場では踊りを披露する者や笛を吹いて聞かせる者、都には笑いや人の話し声が満ち溢れていた。それは光輝く光景であった。しかし、それがほんの一部の人々であることも加賀美は重々承知していた。

 

 しばらく歩くと加賀美は空を見上げた。

「いかが致しました?」

 渡りは加賀美の視線の先を見た。

 そこには地上からまっすぐ上にのびている白い雲があった。

「あの雲、龍です。地龍が動いている」

 聞き慣れない言葉に渡りは首を傾げる。

「龍は地上の龍と地下の龍がいるものです。普段わたくしたちが見る龍は地上の龍です。地下の龍は地下深く眠っているもの、それが動くとなれば何か大きな力が動いているのかもしれません」

 心配そうに伺う渡りを見て、加賀美は微笑んだ。

「大丈夫ですよ。まだ、そう深刻な状況ではありません。ただ、気をつけておきましょう」

 だが、そう言ったときの加賀美はきつい表情になっていた。


 賑やかな中心部を抜け、渡りは都の南へと加賀美を案内する。少しずつ店も減り、道の端で莚を広げ

野菜や干物を売っている。その傍らには浮浪者が寝ていたりもする。目を背けたくなるような光景だ。


「……待てえ、ど、泥棒だ、捕まえてくれー」

 向こうから棒を振りかざし中年の男が、まだ七、八才くらいの男の子を追いかけてくる。


「……渡り、……」

 加賀美は渡りに何か言おうとしたが、横から出て来た男の罵声にかき消された。


「何でえ、何でえ、いい大人がよ、子供相手に大声出して」

 目つきの悪い狼のような男だった。男は子供を抱き抱えた。

 その男を見て、追いかけてきた男の顔色がかわった。


「……うわぁ蓮。……だがな、泥棒は許さねえぞ。いくら蓮でも泥棒の片棒担いだとあっては、役人に引き渡すぞ」

 男は恐々、一歩下がって叫んだ。

 加賀美はそれを見ていられなくなった。

「わたしがその品物の代金をお支払い致しましょう」


 蓮といわれたその男は、加賀美をぎろりと睨みつけた。


「余計な口出しはして欲しくないね。貧乏人だったら泣いて喜ぶとでも思っていやがる。施しはいらねえよ」

 と言うと、子供が握っていた干物をその手から奪うと遠くへ放り投げ、抱えていた子供を下ろした。そして「早く行け」と叫んだ。

 子供は蓮が下ろすと遠くに落ちている干物を拾い、走り去った。


「落っこちてるもの拾ったんだ。盗んじゃねえよ」

 蓮は平然と言うと空を見上げて笑った。

 

「この野郎、なんてことするんだ。無茶苦茶だ、今度こんなことしやがったら、ただじゃおかねえからな」

 と男はすて台詞を吐き、そのへんに落ちている小石を蹴って当り散らしながら、その場を立ち去った。


「ざまをみろ、あんまりケチケチしてやがるからこんな目に会うんだよ」

 蓮はその男の後姿に吐きかけた。

 そして、加賀美のほうを振り向くと

「余計な事すんなよ。どこから来たか知らねえが、この辺りの者じゃねえな。この辺りには、この辺りのやり方があるんだ。施しをするんじゃあねえよ」


「そんなつもりはありません。あの子を役人に引き渡すというからです」

 加賀美はきっぱり言った。

 

「へんっ、結局、金なんて払わなくても相手は引き下がっただろ? あれでいいんだよ」


「でも、盗みはいけません」


「おめえ、あの子たちがどんな所に住んでいるのか知って、言ってんだろうな? 盗まなきゃ生きていけねんだぜ。おいらだってそうやって稼いで大きくなった。綺麗ごとばっかり言うな!!」

 

 蓮にそんな啖呵をきられると、加賀美には何も言えなかった。

 

「行きましょう、おばばが待っております。」

 気分を害したようで、渡りが強い口調でその場を制した。


「この辺りでおばばといえば、うちの土塀修理屋のおばばか?」

 蓮は頭を掻きながら尋ねた。


「うちのって、あなた、おばば様の身内のかたですか?」

 加賀美は驚き、大きな目を見開いた。


「まあな、離れに居候ってところだ」

 

「行きましょう。加賀美さま。わたくしがご案内致します」

 渡りは加賀美を促した。その様子を見て蓮は「ちぇっ」と舌打ちをすると、何処かへ消えた。さっきまでの騒ぎが嘘のように、辺りは静かになった。

 渡りと暫く歩くと、壊れかけた土塀に囲まれた家についた。

 そこが土塀修理屋のおばばの家らしかった。土塀修理が職業のようだが、自分の家の土塀は修理されることもなくぼろぼろだった。

 渡りは裏口から、「おばば、おばば」と二、三度叫んだ。すると奥から四十くらいのまだ、おばばと呼ばれるには若い女が現れた。

「おう渡り、久し振りだね。あんたの婆様は元気かい?」

 おばばは見かけの通り声も老婆のものではなかった。張りのある、それなりに若い女の声だった。


「はっ、元気です」

 

「よかった。近頃、わたしの周りでは亡くなる人が多いんだよ。あんたの婆様には長生きして欲しいからね」

 そういうと、加賀美のほうへ目をやった。

「こちらだね、今日お連れすると言っていた姫様は」

 

「加賀美さまです」

 渡りが紹介すると、おばばは深々とお辞儀をした。

「本当にお連れしてきたんだね、大丈夫なのかい?こんな所へお連れして」


「おばばさま、わたくしが渡りにお会いしたいと申しました」

 加賀美は静かに笑った。


 


  

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