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「おめえ、この爺さん運ぶからよ、手伝ってくれねえか?」
その小男は爺さんの顔を覗き込むと、不思議そうに蓮を見ると、
「兄貴、この爺さんまだ、生きてやすぜ」
と悪気もなく、さらりと言った。
「そんなこたあ、分かってるよ。ただ、このお譲ちゃんが、その爺さんを連れて帰りたいんだとよ」
蓮は呆れた様子だ。
「へえ、珍しい人もいるもんだ。いいっすよ。今日は仕事も終わってるし、兄貴に付き合っても」
そう言って、その小男はひょうひょうとした様子で、鼻を擦った。
「じゃあ、話は早えや。おめえ、爺さんの足を持ちな。おれが頭のほうを抱える。いいな」
二人は爺さんをひょいと抱え、蓮が持ってきた板の上に乗せ、二人で抱えた。もう、餓死寸前の爺さんであったから、体重など感じられない。かえって、蓮が持ってきた板のほうが重いくらいだ。
「で、その何とかって寺は何処にあるんだい?案内しろよ」
蓮は娘に向かって言った。
「西のはずれにあります。ご案内致します」
娘はさっさと歩き出した。足が痛いようには見えず、さっきまで涙を流していたのが嘘のようだった。
「まったく、現金な野郎だぜ」
蓮は娘に聞こえるよう、わざと大きな声で言った。
その娘を先頭に、頭のほうを抱える蓮、そして足のほうを小男と三人は縦に並んで歩き始めた。
「ところで兄貴、その娘さんは何て名なんです?」
「おれも知らねえよ」
蓮のぶっきら棒な答え方に反応するように、娘は答えた。
「由衣です」
運び始める前とは違い、はっきり答えた。気の強さは隠せない。
「へえ、おいら九ってんです。九番目に生まれたから九です。今、土塀修理屋のおばばのところで世話になってます。都の南のはずれです。兄貴もそこにいるんすよ」
九というその小男は娘に向かって、大きな声で言った。いかにも人の良さそうな男である。
「へっ、九、人が良いのもいい加減にしといたほうがいい。あんまり人がいいのは馬鹿ってんだよ」
蓮はふてくされたように言った。
九とは三年ほど前に会った。人懐こい性格で、蓮を恐れることなく、本当の兄貴のように慕ってくる。今、九が言ったように住むところも無い蓮に土塀修理屋のおばばを紹介し、連れていったの九だった。
九はそこで、職人をしている。
「いつもの兄貴じゃないですよ。だって、いつもだったら生きた爺さんなんか運ばないと思いやすぜ」
「まあな、それがどうしてか、こうなっちまいやがったのさ」
ふたりは他愛もない話をしながら、由衣という娘の後ろをついて行った。その間、由衣は彼らの話に興味が無かったのか、それともあえて話さなかったのか、黙りこくったままだった。運んでいる爺さんのほうも当然といえば当然だが、何も言わず、目を瞑ったままだった。
少し日が西へ傾きかける。
三人、いや、爺さんも含めて四人は夕陽へ向かっていつの間にか無言のまま、歩き続けた。
どのくらい歩いただろうか。いくら爺さんが軽くても、そろそろ二人とも手が疲れてきた。
「まだ、つかねえのかよ」
蓮が痺れをきらして言った。
「もうすぐです。ほら、あそこに竹薮が見えるでしょ。あそこにある、あの寺です」
由衣は竹薮を指差したが、夕陽が邪魔でよく見えなかった。竹薮は見えるものの、肝心の寺らしき建物が見えない。
「よかったっすね、兄貴。もう、おいら手が痺れて、足も痛くて、くたくただ」
九は前方をよく見もせずに言った。
「何、言ってやがるんだ。そんな寺なんかあるのかよ。夕陽が眩しくておいらにはよく、見えねんだが。おい、おめえ、物の怪じゃねえだろうな」
由衣はくすりと笑った。
「蓮って、以外に臆病なんだ。本当に物の怪なんていると思ってるの?」
由衣にそう言われて、蓮は顔を赤くして、かっとなった。
「馬鹿にするんじゃねえよ。物の怪が怖くて屍運びができるっかてんだ」
「そりゃ、そおっすね。蓮の兄貴には怖いものはありやせんよね」
九は真面目に言った。
蓮はこの娘に騙されているような気がしたのだった。都のはずれといっても、寺までは相当遠い。なのに、娘が、それも一人で運ぼうとしていたのが、納得できなかった。本当に物の怪ではないかと、蓮は柄にもなく疑っていた。
「ここです」
竹薮のところまで来たとき、由衣が静かに言った。
それは荒れ果ててはいたが、確かに寺だった。
「まあ由衣、何処に行っていたのですか」
寺の門を潜るなり、一人の尼が心配そうに由衣に声をかけた。
「申しわけありません。都でこのお爺さんが倒れていたので連れてきましたが、西清尼さまは?」
由衣の言葉を聞いて、その中年の尼は爺さんに気づいたらしく、「奥にお連れしなさい」と由衣に言いつけ、すぐに西清尼を呼びに行った。蓮と九は由衣に言われるまま爺さんを、奥へと運ぶ。
そこは、土間の上に莚が敷かれた簡素なところだった。すでに二人ほど、もう助からないであろう人間が横たわっていた。由衣の指示でその横に運んできた爺さんを莚の上に寝かせた。そして、爺さんの体を拭いてやるための湯を沸かしてくると言って、由衣はその場を離れようとした。