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 月見の舞台ではいよいよ音曲が華やかに奏でられてはいるが、その音は別れを惜しんでいるかのようである。

 帝はゆったりとしたご様子で舞台を眺めておいでだ。どのようなお気持ちなのか、と加賀美はその心中を察する。先日、真亜姫様を失われ、今宵また月の姫まで失おうとしておられる。

 

 月が天高く昇った時、奥から月の姫が現れる。やはり肉体は由衣のものではあったが、その美しさは例えようもなかった。漆黒の髪は押し寄せる波のごとく豊かで肌はうっすらと光をおび、月のように輝いている。身に纏った新緑色の衣がその美しさを、より一層引き立てる。

 由衣の姿はしているが、由衣ではない。由衣を知っている者ならば、口を揃えてそう言うに違いない。身のこなしは柔らかく、薄紅色のぷっくりとした唇は月明かりに溶けてしまいそうだった。

 その唇から、小鳥の囀りのような心地よい声が零れる。


「帝、もうすぐ月より使者が参ります。わたくしはそのその使者と共に天界へと帰らなければなりません。」


「姫、何をおっしゃるのです、これほど多くの者達に警備をさせております。弓の名手も居ります。今宵の使者にはお帰り願おう……さあ、こちらへいらっしゃい。そして今宵の月を楽しもうではありませんか」


 月の姫は帝の横に用意された自分の席へ座る。


 天の月は異様な光を放ち、輝きを増していく。月を見ていれば、刻一刻とその時が近づいているのが感じられる。


 月の光の中からより一層輝く光が一直線となり、こちらへ向かってくる。

 その光は地上に降りると、凄まじい光を放ち地面を揺らす。人々は、凄まじいばかりの光に目を奪われ、手で顔を覆う。そして揺れる地の上で立っているのがやっとだった。


 その中で平気だったのは、月の姫と桂木だった。加賀美でさえ、目を開けてまともに見ることが出来なかった。


「帝、もうお別れの時です、わたくしは天界へと帰ります」


「行ってはならぬ、このまま居ておくれ、わたしは先日、愛した姫を失ったばかり、この上あなたまで失ってはもう、生きてはいけぬ」


 帝は光に目を奪われながらも、必死で月の姫を説得した。しかし、月の姫にはそのような声は届かない。


「帝、何という事を申されます、わたくしが不老不死の薬を授けますので、帝にはそれを飲んで戴きとうございます。まさに、神になりましょう」


 月の姫は小さな瓶を手にし、妖しく微笑む。だが、帝の表情は堅かった。


「もうこれ以上苦しみたくは無い、長く生きたとて、失うばかりだ。自分は衰える事無く周りの者は老いて死を迎える。人の死を見て暮らすのは、わたしには耐えられない」


 そう申されて帝は涙を流される。月の姫は帝のそのお姿を残念そうに眺めた。


「それでは仕方ありません、天界では寿命など無く神も人間の魂もそのままです。これをお飲みになれば生きながらにして、天界の神と同じ力を得ることが出来ますのに、大変残念です。何処かの山にでも置いて参りましょう……ならば、それより弓矢をお仕舞い下さい、神の使いにそのような事をすれば只では済まされません」


 月の姫の話が終わるか終わらない内に、矢が月から降りた光の柱へ向かって一斉に放たれた。

 しかし、その矢は光の柱の中に一旦は取り込まれたものの、今度は物凄い勢いで光の柱から矢を射た者達めがけ戻ってきた。彼らは驚き、這うようにしてその場を逃げ出す。


「兄上、継俊様、矢など射てはなりません!!」


 加賀美は思わず馬に乗った二人の前へ飛び出し、手を広げた。

 突然現れた加賀美に光則は面食らった。


「……姫、如何して此処にいるのだ! 一体、あなたはこのような処で何をしてるのだ!!」


「兄上、天界からの使者に弓矢は通用致しません! かえって危のうございます。帝にお怪我などありましては大変でございます。神に矢を射るなど、もっての外です!!」


 加賀美の姿を見た月の姫は

「巫女の姫、漸く会えましたね。あなたはわたくしの存在に早くから気がついていた、あなたが何時来るのかと、待っていましたよ」

 と冷ややかに言った。


「月の姫様、どうして、あのように皆を苦しめるのですか! 貴族の男君に無理難題を押し付けたり、由衣さんの身体を奪ったり……」


「何故って、皆の願いを叶えて上げているだけです。人間は何でもすぐ神に願う、自分は何をしたのですか? どのくらい、頑張りましたか? 由衣という娘も自分の願望が叶えられたのではないですか? 良い着物を着て、良い食べ物を食べて……そこの蓮とかいう者が知っていますよ」


 月の姫は庭の隅を指した。そこには蓮が立っていた。

「貴族の男君は女をまるで戦勝品のように扱い、飽きればそのまま捨てる。人間とは勝手の良い生き物です。愛など何処にあるのですか?」


 加賀美は月の姫に対し憤りを感じていた。

 神に等しい姫に巫女が抱く感情では無いが、もう自分の感情を如何にも押さえきれない。


「神とは人間を見守るものです! 人間は愚かかもしれません、でも、本当の愛を求め合い与え合う、それは真亜姫様も帝も、皆大切に致しております。真遍寺の西清尼様は慈愛を人々に分け与えておいでです!! もう、これ以上、邪魔はしないでください」


「愛とは何なのか、人間が考えるのは少々早すぎます。人は生身の身体を持ち、食す。故に、その欲からは逃れられぬ。どんな事を言おうと、あなた自身もその生身の肉体を持つ限り、それからは逃れられない。だからこそ、帝に不老不死のお薬を飲んで戴きたいのです、死する事の無い薬を、そうすれば、生に捕われる事は無い」


 加賀美は震えていた。自分が怒れば怒るほど、月の姫は冷淡に語り、そして彼女の言葉が身体中に沁みて来るのだった。 



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