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三人は行幸が通るのを道の影から待っていた。
「大丈夫かな?」
九は不安な表情を浮かべ渡りに尋ねる。
「大丈夫だ、もうすぐ通るから継俊様の供の一番後ろに何喰わぬ顔をして付いていく。俺は顔を知っている者もいる、供の者の中には俺が姫さまの屋敷の者だと知っている者もいる。何か聞かれても答えなければいい、分かったな」
渡りは手馴れた様子で語る。それに引き換え、九は緊張した面持ちである。
蓮が捕らえられている筈なので、九も連れて行くことにしたのだ。
行幸を待ちわびる人々がざわめき出す。彼らにとって行幸だけが帝を拝する機会ではあるが、そのお姿は御簾の中にあり目にすることはない。それでも、人々は集まる。彼らにとってその行幸そのものが、神の轍である。
予定より少し遅れ行列はやって来た。兄の光則が先頭に立ち、帝の輿は行列の中程に厳重な警備がなされ、後ろは継俊が弓矢、剣や刀で武装した供と共に守り固めていた。
三人はあたかも最初からいたように何食わぬ顔をして、供に加わる。勿論、継俊も承知の上だし、三人を咎める者はいない。
夕陽を浴びながら行列は月の姫の屋敷へと向かう。満月が出るまでにはまだ時間がある。
屋敷へご到着なさると帝は輿を降りられ、月が見えるよう用意された部屋へとお入りになる。そこには御簾が下がり、中の様子を伺い知ることはできない。
暫くすると、月の姫が現れ部屋の中へ入っていく。帝は大変お喜びになられた御様子だと供の者たちまで噂する。
庭には月見の舞台が用意され、そこでは管弦の音曲が奏でられ始めた。心地よい笙や和琴の音などが
響き渡る。加羅渡りの香が焚かれ、まるで異世界を垣間見るようである。
加賀美たち三人は、当然、そのようなものに浸る暇は無い。三人は打ち合わせ通り、まず、蓮を探すことから始める。加賀美は予め蓮が閉じ込められている所を特定していた。
彼女の中に入ってきたものは小さな木の小屋だった。たぶん納戸であると思われたので、裏に回ることにする。屋敷の裏にはそのような小屋が幾つかあった。
「姫さま、どれですか? 兄貴がいる小屋は?」
九は焦っているし、不安な表情のままだ。
「九、慌てなくても大丈夫です……そう……あの、小屋です」
加賀美は見渡して、一番奥の納戸を指差した。
九は聞くが早いか、急いで近寄ろうとする。
「九、慌てては駄目ですよ、どんな力持ちでもその戸は開きません、封がされています。後ろへ下がって」
加賀美は戸の前に立つと一点を見つめる。暫くすると加賀美の右手の先が金色に輝き、手には先が三方に分かれた光輝く槍が握られていた。
加賀美はその槍で戸を破壊する。渡りは辺りを見渡した。音に気付いて誰か来るかもしれない。
「ごめんなさい、少々、荒っぽいやり方でしたが、これが一番です」
加賀美は二人が驚いているのも気にせず、平然としている。
九は急いで納戸の中へ入っていく。そこには女物の衣が落ちていたが、よく見ると男の足が覗いている。九はその衣に触れようとして、手を引っ込めた。
「熱っ!!」
思わず尻をついた。
「九、大丈夫ですか? 念が込められているので、普通の人は触れることができませんよ、火傷をします」
「姫さま、それを早く言ってください!!」
顔を赤くして九は拗ねた。
「ごめんなさい、でも、こうすれば……」
加賀美は手にしている槍で器用に着物を剥ぐ。すると、そこには蓮が倒れていた。
「兄貴……無事だ、兄貴、息をしてるよ!! 兄貴、目を覚ましてよ!!」
九は蓮を起そうと身体を揺すり、あちこちを叩く。それを見ていた加賀美は懐から鈴を取り出した。
「九、この鈴を三回振ってごらんなさい」
九は加賀美に言われた通り、鈴を振る。九が三回目を鳴らしたとき、蓮はピクリとして、ゆくっり目を開け、次の瞬間飛び起きた。
「……九、如何して九、おめえ、こんな所にいるんだ?」
蓮は合点がいかないようで、九の肩を突く。
「……兄貴、心配したんすよ!!」
「……あっ、思い出した!! あの桂木とかいう婆に此処に閉じ込められたんだ、とんでもない婆だぜ!! あいつは」
「まあ、それだけ元気があれば上等だ」
渡りもほっとしたようだった。