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 月がまた雲に隠れ、闇が広がる。

 加賀美は落ち着きを取り戻していた。渡りは無になろうとしているが、感情の流れを止めることが出来ない。


「渡り、この門を開けて下さい。ここから入りましょう」


 加賀美の声は渡りの感情の流れを止めた。渡りはハッとし、我に返る。

 今成すべきことは継俊の救出と共に、加賀美を無事に屋敷へ帰すことだ。己自身の事など考慮している場合ではない。


「姫さま、傷はどうですか?」


「大丈夫です。出血は止まったようです、少々痛みますが……」

 

 白い衣の左肩の部分は血で紅く染まっており、その左手は真直ぐに垂らしたままだった。右手にはあの光輝く槍があり、屋敷から駆けて来たままの裸足の足は土で汚れ痛々しかった。しかし豊かな黒髪は闇の中でも尚、槍の光に照らされその輝きを失ってはいなかった。


 渡りは門を押した。すると難なくその門は開く。

 もともと古びた小さな屋敷であるので、小さな門ではあるが、こうまで簡単に開くと渡りは予想していなかった。その為、余計な力をいれたのだろう、バランスを失う。


 開いた門の正面の上がり口には継俊が立ちはだかり、二人を待っていた。


 継俊は正気とは思えない笑みを浮かべ、逃げた時の短刀をそのまま手にしていた。

 

 月に掛かった雲が流れ、月明かりが闇を遠避ける。

 継俊が手にした短刀がその光を浴び、不気味に光る。


「姫、やはり来てくれたのですね、でもまた、その男を連れている、何故あなたはわたしの気持ちに気付いてくれないのですか? わたしはあなたと二人でいたい、幼き日のあの頃のように、あなたに自由に触れ、あなたと自由に語り合いたい……それをあなたは分かって下さらない!!」


 そう言いながら継俊は裸足のまま、屋敷の中から門のほうへとゆっくり降りてくる。


 継俊の言葉に加賀美は足が前に出ない。後ろに一歩下がる。

 彼の本音かもしれないと。

 いつも冗談を言いながらも、どこか本気だったような気がする。それを理解してはいるものの、一線を越えることの出来ない自分の意気地無さに苛立ちを覚えた。


 渡りは加賀美の前へ出る。

 継俊と向かい合い短刀を構え、相手の様子を見る。

 睨み合ったまま、じりじりと二人とも前へ出る。

 

 暫く睨み合っていたが、月が雲に隠れ辺りが暗くなる。一瞬、瞳孔がその速さに追いつかない。

 

 継俊のほうが先に動いた。

 渡り目掛け短刀を振りかざす。しかし難無くかわし、逆に継俊に短刀を突きつける。継俊も際どいところでその切っ先をかわす。継俊の頬から、血が流れる。渡りの短刀が彼の頬を掠めたのだ。

 継俊は流れる血を手で拭う。


「渡り、そこを退きなさい!!」


 そう叫んだ時には、加賀美は槍で継俊の肩を叩いていた。

 加賀美は神の化身のように輝いている。


 継俊は手にしていた短刀を落としその場に倒れ、気を失う。

 渡りは驚き、尻餅をついた。


 加賀美は手にしていた槍を投げ捨てると、継俊へ駆け寄り彼の身体を抱え頭を抱く。

 倒れた時、烏帽子は足元に転がり、その髪は乱れていた。


「継俊さま……どんなにお苦しかったことか……」


 加賀美は継俊の髪を優しく撫で、白い単の袂で顔から流れる血を拭う。

 継俊にはさっきまでの不気味さは無く、その整った美しい顔は加賀美の膝の上にあった。


 それを見る渡りには重々しい思いが残った。


 しかし、そう長く感傷に浸っている間は無いようである。

 彼らを屋敷から見下ろす者がいる。

 重利である。


「おう姫、ようやくわたしのところへ来てくれたね、どんなに待っていたことか」

 重利は脂ぎった顔に満面の笑みを浮かべ、両手を広げた。


「どうしました? そのような処で、さあ、わたしの元へいらっしゃい。継俊になど触れないで、さあ早く……」


 加賀美は身震いした。

 重利の下へ行くらいなら舌を噛み切って死んだほうがましだ。声を聞くのも姿を見るのも生理的に受け付けなかった。


「……あなたは継俊さまに何をしたのですか? ご自分の弟君にこのような酷いことを、よく、出来たものです」


「あなたは継俊には渡したくない、姫、さあ早くこちらへいらっしゃい。そうすれば、あなただけは助けてあげるよ」


「正気ですか? 重利さま、あなたなど兄上にこのような事が知れれば、どのような事になるか、お分かりにならないのですか?」


「それはどうでしょう? あなたも真亜姫のようになりたいのですか?」


「……やはり、あなたが真亜姫様を?」


「そうだよ、真亜姫はもともとわたしが通っていた女人だったのだが、出世するのに都合が良いように後ろ盾をつけて、宮中へ出仕させたのだよ。ところが、わたしの言うことを聞かない、そのうち本当に帝を愛し始めた。わたしの事を帝に取り成して欲しいと頼んだが、断る始末だ……この人に聞いたら良い呪術師が居るというので、真亜姫を呪詛させ、それを不二原がやったと噂を流したりと様々な手を使ったよ」

 

 重利は自慢げな表情を浮かべ、いつの間にか現れた女を抱き寄せる。

 その女君は少々年増で、整った顔立ちはしているものの、冷たい目をしていた。

 そして重利は続けた。


「真亜姫に帝の子など身籠らせては癪に障るからね、誰のおかげで宮中に上がられるようになったと思っているのか、本気で帝を愛するなど許される事ではない。帝も帝だ、あのような身分の低い女を……あなたと同じだよ、姫。可愛い顔をして何を考えているのか分からない」


 重利は一生、女にはもてないだろう。

 女を道具として使うなど、許されることではない。

 彼の思い上がりである。


 加賀美は不細工な重利の顔から目を逸らし、女君の顔をじっと見ていたが、徐に継俊をその場に寝かせ立ち上がり、懐に刺している扇を取り出し広げる。

 その扇には月と橘が描かれていた。それは継俊が持ち帰った月の姫の扇だった。

 加賀美はそれを女君の顔目がけて投げつけた。

 扇は鋭く飛び、女君の顔に命中する。


 女君は両手で顔を押さえた。

 次の瞬間、女君の腰に手を回していた重利は思わず離れた。


 女君の顔は割れ、そこから鈍い光が見え始めた。

 すると皮が剥げるように中から男の顔が現れた。


「ひゃっ、ひゃっ……!!」

 と奇妙な声を上げて重利は腰を抜かす。


「よく判りましたね、姫」


 その男は紛れもなく真部人麻呂だった。

 女物の衣を剥ぐように脱ぐと、その下には狩衣姿が現れる。

 その女君自体が真部人麻呂だったのだ。



 

 


 

 


 

 



 


 






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