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 加賀美は継俊の姿に物の怪の気配を感じる。

 慎重に事は運ばねばならない。

 下手をすれば、継俊の命が危ない。

 呪術師の心一つだ。


「継俊さま、お久しゅうございます。病の後、一度もお会い致しておりません」


「そうだったかね? あなたなら会いに来てくれるかと思ったのだが、そうはいかなかったようだね」

 やはりその声からは生気を感じない。


「あれから物の怪に取り憑かれて大変だったよ」


 継俊の姿に加賀美は心の中で涙した。

 いつもの彼ではない。

 いつも自分をからかっては楽しんでいる、あの優しい継俊ではなかった。


「……継俊さま……」


 加賀美はそれ以上、言葉が出なかった。

 

 しかし、自分の感情に浸っている場合ではない。

 加賀美は自分の懐から土鈴を取り出す。


 それを見た継俊は加賀美に襲いかかり、彼女の手から鈴を奪うと庭へ投げ捨てた。

 鈴は庭の石に当たり鈍い音をたて、粉々に砕けた。


「何をなさいます!!」


 しかし次の瞬間、継俊は無表情のまま無言で加賀美の左手首を掴み、頬を平手で叩いた。

 頬は火が点いたように熱くなり、手首には激痛が走る。

 あまりの痛みに「うっ!!」と呻き声が漏れる。


 継俊が身体を押し付けようとしたとき、加賀美はやっとの思いで彼の手を振り解いた。


 継俊が掴んだところは火傷をしたようになり、感覚を失う。

 加賀美は右手でその左手首を抱えた。すると今度は、短刀を手にした継俊が目に入った。


 その鈍く光る短刀を後ずさりする加賀美の胸に突きつける。


「姫、どうなされました? あなたはわたくしを愛しておいでの筈。あなたはわたくしと妹背になりたかったのでしょ? ふふふっ、それにしても恐怖に怯え痛みに耐えているあなたの姿はとても美しい……さあ早く、わたくしのものになりなさい」


 短刀が加賀美の懐にある扇に、カツリと当たる。


 その小さな音を聞いて継俊はピクリとしたが、今度はその切っ先を彼女の肩口へと向け、突きつける。


 巫女の白い単に紅い血がじわじわと滲む。

 加賀美は声を出さずに耐える。

 徐々に左の手首と肩口に感覚が無くなる。血は白い衣を紅く染めていく。


「何故、声をあげないのですか? 今日は渡りはどうしましたか? どうして几帳の裏に隠れていないのです?」


 もはや、継俊の声ではない。

 

 彼を傷つけずに切り抜けるつもりであったが術は強く、念を込めた鈴は庭に捨てられてしまった。

 弓矢は左手がこの状態では引くことができない。


 その間も短刀がじわりじわりと、肩口に喰い込んでくる。

 気を失いそうになったとき、加賀美は右手の先に熱いものを感じた。

 右手の先が少しずつ光始める。


 継俊はその光に目を奪われ、短刀を加賀美から離した。

 その瞬間、加賀美は継俊から逃れる。


 光は益々、強烈に光り、その中に先が三つに分かれた槍が現れた。

 弓矢のように槍も金色に輝いていた。


 加賀美はその槍を右手に持ち、立ち上がった。


 それを見た継俊は這うように部屋を逃げ出す。

 部屋の外では、女房たちの悲鳴が聞こえる。

 血の付いた短刀を手にした継俊の姿に、驚いたのだろう。


 女房たちが来る前に、と加賀美は裸足で庭を横切り裏門の方へ駆け出す。

 

 感覚を失い下げたままの左手に、生温い血が流れる。

 右手には光る槍を携えたままである。


 裏門で待っていた渡りは、加賀美の姿に驚愕する。


「姫さま、血が……」


「血など良い、早く馬に乗せて……わたくしを早く馬へ!!」


「傷の手当を致しませんと……」


 渡りがもたもたしているのを見て、自分で馬に乗ろうとするが片腕では思うようにならない。


「姫さま、危のうございます」


 冷静さを失った加賀美を見て、渡りはうろたえる。

 これ程冷静さを失った加賀美を見たのは、継俊が月の姫の屋敷を訪れ生死を彷徨ったとき以来である。

 彼女の中の継俊の存在の大きさを、渡りは感じた。

 それほどまで愛しているのかと。


「早く、継俊さまを追わねば、継俊さまのお命が危ない! 術が掛かっているとはいえ、継俊さまはわたくしを殺せなかった。まだ、自分を全て捨ててはおられぬ……だから、早くわたくしを、お願い……重利様の女君の屋敷へ連れて行って! たぶん、そこにあの呪術師がいます」



 渡りは加賀美の傷を気にしながらも、彼女を馬に乗せ、自分も同じ馬に乗った。

 一人では馬の手綱を握ることすら出来ない状態だ。

 

 


 明日の満月を待ち遠しいように、月は美しく輝いている。

 

 夜風を切るように走る馬上で、加賀美の香の香りが渡りを包む。

 そして馬が揺れる度、彼女の体温が衣越しに伝わる。

 渡りにはそれが重く、苦しい。


 主従以上の気持ちは持っていない、と自分に言い聞かせてきた。

 いや、持ってはならない。

 しかし本当にそれで良いのかと問われれば、答えたくない。


 加賀美の髪が風に靡く。

 暫く馬を走らせ、町外れの古びた屋敷の前で渡りは馬を止めた。



「ここです」


 加賀美を馬から下ろす。

 彼女の軽い身体に触れるのが、渡りには辛かった。

 隠していた気持ちが噴出すのを、やっとの思いで押さえた。

 加賀美の顔は月明かりに照らされ、出血の為、青白く見える。

 それがかえって、何時にも増して美しい。


「どうしました? 渡り」


 敏感な加賀美に自分の気持ちは知られたくない。

 渡りは「いえ」とだけ答えた。


 加賀美は渡りの気持ちの乱れに気付いたのか、気付かないのか、その透き通った目はまっすぐに前を見ていた。

 

 

 

 


 









 



 

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