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 一月ほど前、加賀美には不思議な声が聞こえた。それは、もうすぐある一人の姫が現れるという。この名は「月の姫」詳細はわからない。加賀美としてはその兆候がないか、都の様子を渡りに調べさせたというわけだ。


「宮中も今のところかわった様子はないようです。継俊つぐとしさまに文で確かめています。わたくしの取越し苦労であればよいのだけれど」


 継俊は父方の従兄にあたる人物で、彼とは幼い頃から仲が良かった。彼もまた、加賀美の能力を知っていて、彼女の味方だった。


「この満月を見ていると、わたくしは不安になる。月の姫とはどのような姫であろうか。近頃の貴族のありようを考えると、気持ちが重くなる。私利私欲に走る者も多く、民は苦しんでいる。月の姫とは……」


「あまりお考えにならないほうが。加賀美さまのお味方はおりますゆえ、ご安心なさいませ。都が那良ならより遷都されて二十年、まだまだ庶民の暮らしは困窮致しております。貴族の方々のお振る舞いも目に余るものがございます。しかし、それは帝もお気づきのことと思います」


 そこまで語ったとき渡りは、はっとした。

 少し、口が過ぎたと思ったのだ。帝、という言葉を身分の低い者が口にするなど到底考えられなかった。

 

 しかし加賀美はそんなことなど気にもかけず、

「ありがとう。わたくしがこれではいけませんね。時は来ましょう。ゆっくりと待つことに致しましょう」

 と冷静に語った。


 宮中にいれば庶民の暮らしなどわかりはしない。

 加賀美はたまに都に出て、庶民の暮らしを見ていた。

 貴族の横暴な姿や役人の強かな振る舞い、それに苦しめられている庶民の暮らし。

 自分にはどうすることもできないのだが、それでも気になってしまう。


 几帳が風に揺れる。

 風が重い空気を運んでいったようだった。


「それより、たまにはお忍びで都の裏の様子でも見にいきませんか。この渡りがご案内いたします。」


「まあ、珍しい。渡りから誘うなんて。何かわたくしに見せたいものがあるのね」


 加賀美の声が軽やかになった。先ほどまでの、あの夜を滑るような声とは違っていた。


「姫さまには叶いません」


 渡りも少しおどけたように笑みを浮かべる。

 例え几帳越しでもその様子は、加賀美には手に取るようにわかった。

 渡りのほうも、それは重々、承知の上だ。




 

 都の外れ、その男の粗末な小袴は見るも無残に汚れていた。

 歳の頃は十五、六といったところだろうか。ばさばさになった髪は一つに束ねられてはいるものの、それが返って薄汚れてみえた。


 何をしているのか、まともな仕事をしているようにはみえない。

 目は獲物でも追っているかのように、ぎらりと光っていた。


 都はここ三年続いた飢饉のため、餓死者や浮浪者を多く抱えていた。中心部は貴族たちが牛車を動かすため役人を使って排除していたが、中心地から少し離れたところでは、しかばねや浮浪者がいたるとろにいたのである。


 この男はその屍を捜しているところだった。

 役人は目立つところの屍しか運ばない。

 そのため、この男のように屍を捜しては運び、その報酬を得る者がいた。

 彼は屍運しかばねはこびのれんといった。

 このあたりじゃあ、ちょっとは知れた男だった。



 

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