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16

 加賀美は真亜姫の屋敷から戻ると、三日三晩眠り続けた。

 息はしているし、苦しんでいる様子も無い。

 巫女の屋敷でまさか僧を呼んで加持祈祷するわけにもいかず、女房たちが騒いだが手の施しようが無かった。とにかく様子をみるしかなかった。

 だが、四日目の朝、加賀美はいつものように目を覚まし、何も無かったように朝食を摂り巫女の装束に着替えた。

 女房たちは驚いたが加賀美は何も語らず、普通にしている。

 加賀美にしてみれば、疲れたので眠っていただけだった。


 加賀美が目を覚ました頃、継俊も死の淵から甦っていた。

 継俊に生気が戻ってことは加賀美に伝わってきた。

 月の姫が何をしようとしているのか、そして誰が彼女の背後にいるのか気がかりだった。

 加賀美の思考が月の姫に辿り着いたとき、背後に渡りの気配を感じた。


「どうしました? 渡り」


「ようやくお目覚めになられましたか」

 几帳の奥から声だけが聞こえる。


「とても疲れていましたが、もう大丈夫です。それより、他に何か報告があるのでしょ?」


「はい、それが……九が物の怪にとり憑かれたらしく熱が下がらずに苦しんでいると蓮が知らせて来ました。おばばが心配しているとも」


 暫く目を閉じていた加賀美は渡りに尋ねる。

「九は何処の屋敷の修理に行ったのですか?」


「仕事のことは聞いていません。何かわかりましたか?」


 渡りのその問いには答えず、町に出かける用意を女房にさせた。渡りは其処までする必要はないと止めたのだが、加賀美は曲げなかった。

 年をとった女房は呆れ顔で、今度だけだと釘をさした。それでも何とか用意をしてくれ、渡りにくれぐれも気をつけるよう、念を押した。


 


 加賀美は渡りと共に久し振りにおばばの家を訪れた。おばばは恐縮しながらも、大変喜び事の仔細を説明した。


 いつもの御ひいきの貴族の紹介で、都の外れの屋敷の土塀修理に行ったのだが、その夜から酷い熱が出てもう二日も熱が下がらず苦しんでいるらしい。土塀修理に行ったのは真亜姫の事件の翌日らしい。丈夫で風邪すらひいたことの無い九が寝込んだので、おばばは驚きを隠せなかった。


「おばばさま、九のところへ案内して下さい」


 汚いところだが、と何度もいいながら九が寝ている離れへと案内した。そこには蓮もいた。


「あんた来たのかい」

 蓮は相変わらずである。

 おばばはますます恐縮した。

 加賀美はそんな蓮を気にすることも無く、白い袋から巫女鈴を取り出し、九の額の上で三度鳴らした。暫くすると、九は少し唸り声をを上げ、目を覚ました。

 皆が驚く。


「まだ熱は下がっていませんが、どうですか?」

 加賀美は九の手を優しく握った。

 九は如何してこんなところに加賀美がいるのか不思議に思い、夢を見ていると思ったようだった。

 しかし握られた手の感触は紛れも無く現実のものだった。

 

 それを見た渡りは「姫さま、お手をお放し下さい」と小声で言った。


「おい渡り、おめえ九にやきもちやいてるだろう、九、幸せだろ?」

 蓮は渡りをからかう。

 それを聞いて加賀美は少し赤くなり、九の手を置いた。


「蓮、いい加減なこと言うんじゃない!」

 渡りは加賀美の顔色を気にしながら蓮を嗜めた。

 しかし渡りの叱咤に動じることも無く、蓮はにたりと笑った。


 二人のやり取りが終わったところで、加賀美は九に尋ねる。

「それより九、何か言いたいことがあるのではないのですか? それが言えないように熱で封じ込められていたのですから」


「姫様の鈴の音がおいらの耳に届きました。それで三途の川を渡らずに済んだんだ。綺麗な花がたくさん咲いて、川の向こうで姫様みたいな綺麗な女の人が手招きしてるんだ」


「いいとこじゃねえかよ、九、こんなおっかねえ姫様じゃなくて、そっちのほうが優しくて良かったんじゃねえのか?」

 蓮は言いたいことを言う。


「兄貴、いくらおいらでも、あの世は嫌だぜ。幽霊の女は怖ええよ」


 その場にいた全員が九の言葉に笑った。おばばは涙でぐちゃぐちゃになりながら、笑っていた。


「そうだ、……とにかく伝えなきゃなんねんだ……いたよ、由衣が!」


「何処に居たんだ?」

 蓮は飛び上がった。

 もうたぶん死んだのだろうと思っていたのだ。


「この前修理に行った屋敷だよ」


「下働きでもしてたのかい?」

 おばばは尋ねる。


「違うよ、姫様って呼ばれてた」


「姫ってあそこは月の姫様のお屋敷だよ。その由衣って娘が今都で有名な月の姫ってえのかい? おまえ、見間違えたのさ」

 おばばはにわかには信じられないようだった。


「本当だよ、綺麗な着物着て化粧してるからって、おいらの目は節穴じゃないよ! 間違えなくあの由衣だったよ」

 九はおばばに否定されたのが悔しかったようだった。


「おばばさま、九が言っていることは本当だと思います。そうでなければ、あのような術を九にかける必要はありません」

 加賀美の言葉にもおばばは納得できず、「そうかねえ、なんだか妙な話だよ」と言って、白湯を入れる為、部屋を出て行った。


「術って、この前会った、あの呪術師が関わっているのか?」

 蓮は気味悪そうに聞いた。


「術はあの呪術師のものとは質が違います」

 加賀美は何を目的として月の姫があのようなことをしているのか、求婚に来る貴族の男君に術をかけているとしか思えない。

 金品を山のように携えて行列を成して行く。そして訪れた男君に無理難題を押し付け、結婚しようとしない。調子に乗っている貴族に仕返しをしているだけなのか。だがそれで片付く問題とも思えない。


「とにかく一度、真遍寺の西清尼さまにお会いしたいのですが、蓮、案内して下さい」


「面倒な奴だな、渡りと行けよ。場所は教えるから。おいら、ここんとこ屍運んでねえから稼ぎたいんだよ」


「……蓮、月の姫の屋敷に行ってはいけません。今行っても無駄です。返って、騒ぎを大きくするだけです。他の人まで巻き込んで危ない目に会わせるわけにはいきません」


 蓮はふてくされた様子で「ああ」とだけ答えた。こういうときの蓮が物事を承知していないのは居合わせた全員が判っていた。


 加賀美に行動を悟られた蓮は、しぶしぶ、渡りと三人で西の外れの真遍寺へと向かった。








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