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 渡りは身構える。

 しかし、加賀美は身体の力を抜いていた。


「真亜姫様、何故このようなことに……帝の寵愛を一身に受けて居られた姫が、どうして呪術師などに惑わされたのですか……」


 加賀美は真亜姫を責めるつもりはなかった。ただ、美しく心優しい姫が呪術師の罠に嵌ったことが、悔しかった。 


 しかし、真亜姫はその問いには答えなかった。

 足元にあった香壷の箱を掴んで、加賀美に向かって投げつけた。

 渡りが加賀美を庇う。

 箱が渡りの顔を掠め、頬から血が流れた。

 血を見た真亜姫は、よけい逆上したのだろう、そのあたりにある物を手当たり次第に投げつけた。


「真亜姫様! もうお止しになって、どのみち逃げられはしない。これ以上、苦しむ必要はありません」


 加賀美の目からは涙が流れていた。

 しかし、その目はしっかりと真亜姫を見据え、手には光の弓と矢があった。

 

 真亜姫はそれを見て後ずさりをした。

 だが、加賀美は真亜姫がうろたえたその瞬間を見逃しはしなかった。


 真亜姫の心臓めがけ光の矢は一直線に飛んだ。

 真亜姫はその場に倒れる。

 彼女の身体から白い煙が上がる、

 それは形を成さず、次第に消えた。

 加賀美は真亜姫に駆け寄り、彼女を抱き起こした。


「真亜姫様、しっかりなさって!」


「……ごめんなさい……」

 

 真亜姫は苦しみの中、搾り出すように声を出した。 


「……このような結果になって、わたくしの欲です。わたくしのように身分の低い者が帝のご寵愛を受けるのは苦しかった。せめて、身籠ればと思い……重利様にご相談致しました。重利様とは遠縁に当たります。そして、真部人麻呂という呪術師にご祈祷して戴きました……すると、ますます塞ぎがちになり、宿下がりを……」


「それからはわたたくしが承知致しております。行き倒れの女の魂を術を使って入れたのですね」


 真亜姫は小さく頷いた。


「真亜姫様、もうあなたは亡くなって居られます。わたくしが巫女鈴を五回鳴らします。すると光が見える筈です。神の光に導かれてお行きなさい。もう、この世に執着してはなりません。光を追って行けば、次第に浄化されます」


 真亜姫はゆっくりと頷き、最後にこう言い残した。


「わたくしは……帝をお慕い申しておりました。帝は、孤独で寂しいお気持ちをお隠しになられて生きておいでです……皇太后様のご実家やその他の臣下の方々の狭間で……苦しい思いをなさっておいででした……皆、自分の利益しか考えぬと。だが、それも自分のせいなのではないかと……わたくしが、政の話はよくわかりません、と申し上ますと……だからあなたを心から愛せるのかもしれないと。帝とお別れすることだけが、辛うございます」


「……真亜姫様、大丈夫です。転生輪廻があるとするならば、神はきっとあなたと帝をもう一度会わせて下さいます。神は一途に思うあなたに、お味方して下さいましょう」


 それを聞き安心したように真亜姫は目を閉じる。


「さっ、天に召されませ。そして帝をお守り下さい……」


 加賀美は言い終えると、ゆっくりと静かに巫女鈴を五回鳴らした。

 真亜姫の目から大粒の涙が零れ落ちた。

 それは真亜姫のこの世への最期の挨拶だった。

 

 加賀美は真亜姫の亡骸をそおっとその場に置き、手を合わせる。

 渡りもその後ろで手を合わせた。


 加賀美は散らかった部屋の隅にあった真亜姫の衣をその亡骸に被せた。


「渡り、奥の部屋へ行きましょう。呪術師はこの屋敷の何処かにまだいるはずです」


 二人は闇の中を手探りで奥へと進む。

 誰も出て来る様子は無い。

 もうしばらく進むと御簾の奥から光が見えた。

 渡りは御簾を叩き落とす。

 中には直衣姿に烏帽子をつけた、歳は三十くらいであろうか、その男は燭台の光に照らされ、不気味に笑っていた。


「おう姫、お初にお目にかかります。ようこそ、いらっしゃいました」


 ちょうどその時、蓮と九が追いついて来た。


「来たぜ……こいつは誰だい?」

 蓮は水を得た魚のように生き生きしていた。


「ふっ、煩い奴がきましたね」


「何だと? こいつが呪術師ってえ奴か?」

 蓮は持っていた棒で男を指した。

 真部人麻呂は人差し指を動かす。その動きに連動するように蓮の持っていた棒も動く。

 生き物のようになった棒は蓮の手から零れ落ちた。


「……蓮、下がりなさい!」


 加賀美は弓を引いていた。蓮は思わず後ろへ下がる。


「何故あのようなことをした?」

 加賀美のその声は、いつものか細い声ではなかった。ピンと張られた琴の音のように闇の中を響き渡る。


「人とは愚かなものよ。欲を捨てきれぬ。すべてはその欲が成せる業、けっしてわたしが特別なことをしたわけではないのだよ。人は金や地位、権力、果ては人の心まで欲しがる、なんと貪欲な生き物か。欲の無い人間などおるまい」


「たしかに欲は誰にでもある。でも、それを利用するのは許されない。あなたは人間ではない。真亜姫様は心から帝をお慕い申し上げていただけで、ご懐妊なさりたい、という気持ちは当たり前のことです。それを利用するなど、人間ではない……」


「何と良い響きだろう。あなたはわたしを人間でないと申された。わたしは人を超えたいと常々思っていたのだよ、ふっ、ふっと、ふっ」


 男は不気味に笑った。


「絶対に許せない……」

 加賀美は光の矢を放つ。

 光の矢は見事に男の心臓を貫いた。

 しかし、男の顔は苦痛に歪むことなく、笑ったまま顔だけが宙に浮き、グズグズと身体は崩れ落ちた。


「……ぎゃっ、物の怪だ!!」

 九は驚いてその場に崩れるように座り込んだ。


「勇敢な姫、またいつかお会い致しましょう」

 と声だけ残し顔は消えた。

 それを見て蓮は加賀美の横に並んだ。


「……どういうことだい?」


「もともと術で出来た蜃気楼のようなものだったのでしょう。でも、どういう事をしてくれたのか。真亜姫様のことを帝がどんなに嘆かれることか……」


 闇の底を燭台の光がどんよりと写し出す。

 うつし世もやはり夢か幻のようであった。


 


 









 

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