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 花の宴の当日、加賀美は渡りに馬の用意をさせた。

 通用門である都筑門に用意するよう命じた。真亜姫は加賀美の舞いが終わる前に、御所を出ようとする筈である。舞い終えた加賀美が真亜姫に追いつくには馬しかない。

 

 夜になり、いよいよ花の宴が始まる。

 松明が焚かれ、まるで昼間のようにその庭と舞台を明るくする。

 庭の桜はこのところの暖かい陽気に綻び、見ごろを迎えていた。花ははらはらと散り、松明の篝火に照らされ、その光景を幻想的にしていた。

 管弦の音楽は闇を切り裂き、篝火と戯れるように流れる。

 若い公達が桜の舞いを舞う。貴族の姫や女房たちはその踊りに酔いしれる。


 帝は御簾を少し上げ、真亜姫と共にその踊りを楽しんでおられる。それを、少し離れたところから、訝しそうに皇太后が眺めている。その目は鋭く篝火に映し出されていた。


 ようやく公達の舞いも終わり、舞台では加賀美の舞いが始まった。純白の古代の衣装にみを包み、雅楽に合わせ優雅な動きを見せる。そこでは時間が止まり、澄んだ空気が流れる。清い水が流れるように雅楽が流れ、巫女鈴を手にした加賀美が舞う。

 さっきまでの公達の華やかさとは違い、清楚な美しさだ。


 ある者は扇で口を隠し唖然とし、またある者は袖で溢れ出る涙を押さえている。篝火が舞台を一層幻想的なものにし、その中に加賀美は溶け込むように舞う。


 この世のものとは思えない舞いで、恐れ多くも神の世界を垣間見るようであった。

 その場にいる全ての者が見とれていて、帝でさえそうであった、只、一人を除いては。


 やはり、真亜姫は正視できなかった。

 加賀美の舞いが始まると、その顔は蒼白となり、次第に苦痛で顔が歪んでいった。


 舞いも終盤に差し掛かり、加賀美の手にはいつの間にか巫女鈴ではなく、光の弓と矢が握られていた。彼女はそれを舞いの中で、天に向かって放つ。

 光の矢は夜の闇を照らしながら天高く上り、見えなくなったところで、弾けた。そして光の粒となり、人々の上に桜の花弁と共に散った。


 人々は天を仰ぎ見て、「わっ!」と歓声を上げる。

 天に向かって手をかざし、皆、光を浴びる。


 その中、苦しみに耐え切れず、真亜姫は一番上の衣を残して立ち上がり、その場から走り去った。

 帝の制止も聞かなかった。


 加賀美はそのまま何も無かったように舞いを舞う。

 笙の音が物悲しそうに響く。


 漸く舞いが終わろうとした時、一人の女房が悲鳴を上げた。


「……きゃあ、だれか……」


 真亜姫が脱いでいった衣が次第にその様相を変え、黒いねばねばした物体へと変化したのだった。


 それを見て、他の女房も腰を抜かし恐怖を隠しきれない。


 その様子を見て加賀美は舞台から降り、黒い物体の上で巫女鈴を鳴らす。

 不思議なことにその黒い物体からは白い煙が上がり、その煙は人の顔を形作った。ますます人々は驚き、這って逃げる者までいる。「物の怪!!」と至る所で叫び声が上がり、花の宴は騒然となった。

 次第にその煙の顔ははっきりしないまま消えていった。それと共に黒い物体も風に運ばれ無くなってしまった。


 逃げ惑う人々の中を加賀美は都筑門へと向かう。

 真亜姫の術は思っていたよりも強いものだった。

 もう既に、真亜姫は牛車を走らせ、宿下がりしていた屋敷へ戻っているはずだ。そこにはあの煙の主の呪術師がいる筈である。


 都筑門へ行くとそこには渡りが馬を用意して待っていた。

 舞いの衣装のまま加賀美は馬に跨った。

 渡りと共に夜の闇の中、馬を走らせる。さっきまで出ていた月は雲に隠れている。


「姫さま、いかがでしたか? 随分、騒がしい花の宴のようでしたが」


「すごい妖気です。だいぶ真亜姫様の体は弱っています。ただその分、妖気のほうが強くなっています。とにかく急ぎましょう」


 二人とも馬に鞭を入れる。一声嘶くと、馬はさっきよりその速度を上げ走る。


 真亜姫の屋敷の前には二人の人影があった。

 二人を見て、加賀美は驚いたようだった。


「蓮、九、どうして此処にいるのですか?」


「そこの渡りが一人では心細いんだとよ。それにおいらは、この屋敷には貸しがある」

 蓮の相変わらずの減らず口だ。


「大丈夫ですか? 怪我などされては困ります」


「ふんっ、おめえ馬鹿じゃねえのか? 怪我なんてするわけねえだろ! この棒一本あれば、どんな大男でもイチコロよ!」


 蓮は自分の背丈ほどもある樫の木の棒を自慢げに振り回した。


「兄貴にかかりゃ、その棒一本でみんなお陀仏よ!」

 と言って九も鼻を鳴らす。


 二人ともお祭り騒ぎだ。


「まあ信じましょう」


 加賀美は馬を降り、門を叩く。

 しかし、当然のことながら誰も開けてはくれない。


「退きな」


 蓮はそう言うと、九と二人で体当たりした。すると、門は意外なことにあっさり開いた。

 蓮は肩に樫の木の棒を担ぎ、先に入っていく。


「蓮! 危ない!」

 渡りの声を聞く間も無く、蓮は襲ってきた男を力一杯、棒で打ちのめす。


「兄貴、やっぱり凄いぜ!!」

 九は飛び上がらんばかりに、手を叩いて喜ぶ。


「渡り、ここはおいらたちが引き受けた! 姫を連れて奥へ行ってくれ!!」


 次から次へ飛び掛ってくる男たちを、上手く打ちのめしながら蓮は言った。

「わかった、頼むぞ、蓮」


 渡りはそう言うと加賀美の手首をぎゅっと掴み、奥の方へ導いて行く。

「こちらです、この前、女房が入っていった部屋はこちらです」


 暗闇の中、奥へ入っていく。何も見えない。


「待って、誰かいる!」


 御簾の影から黒い影が現れると、その男は剣を振り回す。


「……姫!」


 渡りは前へ出る。

 短い剣を逆手に持ち、応戦する。

 男の剣を持つ右手に斬りつける。男は手にしていた剣を落とし、右手首を押さえた。


「さあ、姫さま行きましょう……」


 加賀美は先に行く渡りの後ろをついて行く。


「この部屋、妖気がある」


 そう言うと加賀美は渡りと共に横の部屋へ御簾を潜り、入って行く。


 そこには蒼白になり、髪を振り乱した真亜姫がいた。


 





 




 




 



 


真亜姫が最期のときを迎えます

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