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 二日後、継俊から文が来た。真亜姫が宮中へ戻って来たという内容であった。

 その中に、姫は以前とは違い口数が少なくなり、塞ぎがちであると記されていた。

 加賀美は翌日には支度を整え、宮中へと上がった。その姿は真亜姫の見舞いに行った時より重ねを増やし、まるで陽だまりの中で桜の花弁が舞っているかのようであった。

 

 供の中に渡りの姿はあるが、継俊の会った夜からあまり話をしていない。やはり気まずい思いが両者にはあった。

 

 宮中へ参内すると加賀美は姉である三の姫の元を訪れた。

 三の姫は少しふくよかな女性で、性格は温厚で皆に好かれていた。顔立ちも穏やかで、三の姫の笑顔を見ていると心が和むのである。


「まあ六の姫、お美しくなれて。わたくしもあなたのように、すらりとしていれば、もっと殿方から文が戴けますのに」

 とのんびりしたものだ。


「姉上、皆、姉上にお会いするとほっとすると申しております。わたくしも姉上の笑顔が大好きです」


「まあなんてお上手なこと。ところで、宮中嫌いのあなたが、どうしてここへいらしたの?」

 のんびりしているようだが、これでなかなか侮れない。


「真亜姫様にお会いしたくて参りました」

 加賀美は正直に答えた。


「兄上の差し金かと思ったわ。でも、よく真亜姫様のことをご存知ね。継俊さまに聞いたのね」


「どうしてそれを……」


 三の姫は扇で口を隠し、目を細めた。


「宮中で噂になっています。継俊さまがある巫女にご執心だとか。女房たちがどんなに文を遣わしても見向きもしないのに、巫女さまにはいつも文を遣わすと。ほっほっほっ」


 加賀美は自分の顔が赤くなるのがわかった。


「やはりあなたなのね。大丈夫よ、巫女というだけで皆はっきりしたことは知らないから。でも、あなたがいらっしゃるとは余程のことがおありなのね。宜しいわよ。わたくしが真亜姫に会わせてあげるわ」


 特別、詳しい事情も聞かず、三の姫は自分のほうから引き受けた。というより、まだ何も頼んではいない。興味本位のようでもあった。宮中での暮らしに退屈しているようであった。


「後で使いを部屋へやります。待っていなさい」


 扇に隠された顔を想像しただけで気味が悪かった。何を考えているのかわからない世界だ。


 三の姫に言われるまま待っていると、御簾を潜って几帳の影から継俊がそっと入ってくる。驚いて何か言おうとした加賀美を見て、自分の口に人差し指を立て、彼女の横に座った。


「声を立ててはいけません、三の姫様には内緒です。よく、いらっしゃいましたね」

 袖で口を隠し小声で囁く。


「継俊さま、姉上から聞きました。宮中で噂になっていると。困ります。兄上にでも知れたら面倒です。この上、宮中の花の宴で神楽など舞えません」


 継俊は、必死に頼む加賀美のことなどさして気に留める様子もない。


「大丈夫ですよ。あなたの兄上にはわたしからお話致します。良いではありませんか、神楽を舞って下さい。もう、お話は出来ております。いまさら止められませんよ。あなたの兄上もご存知ですから」


「えっ? 兄上もですか?」


「はい」


 継俊の目が笑っていた。

 加賀美の完敗である。すでに継俊の策の中にあった。


 ちょうどそこへ、三の姫の使いがやってきた。御簾ごしに使いは声をかける。


「六の姫様、真亜姫様がお待ちでございます」


「わかりました、すぐに参ります」


 加賀美は継俊をそこへ残し、部屋を出て行く。

 

 使いの女房について行き、御簾を潜るとそこには真亜姫がいた。たしかに美しい女性だ。やはり桜の季節を意識した桜色の着物を合わせていた。黒い髪は豊かで艶やかだった。

 だが、どこか生気が欠けていた。


「初めてお目にかかります。光則の妹の六の姫、加賀美と申します」


「先日はお見舞い戴きありがとう」

 その声は今にも消えてしまいそうな、か細いものだった。


「お体はいかがですか?」


「……」


 加賀美の問いには答えない。

 やはり、どこか苦しそうで、すぐに

「ごめんなさい。あなたの香はわたくしにはきつ過ぎるようだわ」

 とだけ言うと別の部屋へ下がっていかれた。


 加賀美はさきほど待っていた部屋へ戻ったが、継俊の姿はもう無かった。

 

 その後、日が暮れるまで三の姫たちと香合わせをしたり、扇や貝などで遊び、夜は用意された自分の部屋へ戻った。加賀美は改めて宮中は好きになれないところだと思った。加賀美には窮屈である。


 

 そして、夜になると継俊がやってきた。彼は懐に用意していた男物の帯を取り出し、几帳に掛ける。


「大丈夫、何もしないから。こうしておけば他の男は寄ってこないから」

 と涼しい顔で言う。


「ところで真亜姫さまはどうでしたか?」


 加賀美は少し考えて答えた。


「あれは真亜姫さまではありません。心と身体がずれています」


「どういうことですか?」


 どう説明すれば理解して貰えるか、少し考えて加賀美は答えた。


「肉体は真亜姫様です。でも魂は別人かと」


「そのようなことがあるのですか?」

 やはり継俊には不思議なようだ。


「たぶん呪術師によって他人の魂と入れ替えられたのだと思います。以前、蓮が真亜姫様の屋敷に行き倒れになった女を運んだ話をしましたが、その女の魂を真亜姫様の肉体にいれたのだと思います」


「では、真亜姫様の魂は何処へ行かれたのですか?」


 継俊の問いに加賀美は複雑な顔をした。


「もう、この世には居られません。ただ、まだあの世にも行くことができずにいるかと思います。お会いしてそれを確かめたかったのです」


「では、どうすれば良いのですか?」


「どのみち、このままにしておいても肉体のほうが持ちません。ですが、真亜姫様には異様なまでの妖気があります。このままでは周りの者のほうがその妖気に犯されるでしょう。もし、帝が物の怪にとり憑かれたりなされば、国が混乱致します。もしかすると、狙いは帝かもしれません。帝は皇太后様のおっしゃる通りにはなさいませんし、背後の不二原氏も、それをこのまま見逃すとも思えません」


 継俊は大きな溜息をついた。


「姫、あなたは恐ろしいことを考える人だね。帝のお命を狙っているなどと」

 

「今の真亜姫様は生きた人間ではございません。絶対にご懐妊などありません。それをこのまま帝がご寵愛し続ければ、帝のお命も危のうございます」

 

 継俊は首を横に振った。


「なんと恐ろしいことだ。真亜姫様を帝から遠ざけるよりほかあるまいが、今の帝がそのようなことをご承知なさる筈もない」


「わたくしが何とかいたます。術が解ければ、真亜姫様は本来のお姿になりましょう」


「本来のお姿とは、まさか……お亡くなりになるということですか?」

 継俊は慎重に言葉発する。


「ええ、今度の花の宴で神楽を舞います、その折、術を解きましょう。わたくしの力だけでは解けません。神様のお力をお借りいたしましょう」


「……そうですか、それはあなたにしか出来ないことだね」


 継俊はやさしく微笑んだ。それを見たとき加賀美は自分の胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

 いつもの屋敷とは違い、几帳の向こうに渡りもいなかった。














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