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「この辺でいかがでしょう」

 渡りは町から少し外れた、大きな木が立つ小高い丘の上で牛車を止めた。

 

 加賀美は渡りに牛車の御簾を上げさせる。

 蓮は加賀美を眩しそうに眺めた。まだ肌寒い空気は春の柔らかい日差しに、その透明感が増していた。その壊れそうな均衡は、加賀美の美しさを引き立たせていた。


「蓮、どうしたのですか? 何かあの屋敷に用事があるのですか」

 詰問という言葉がぴったり合うほど、口調がきつかった。


「あんたには関係ねえだろ」

 蓮は以前と変わらず反抗的だ。


「あの屋敷には近づかないほうがよろしいと思います。危険ですよ」


「偉そうに言いやがって」

 蓮は宙を見る。

 しかし、加賀美は蓮の態度には構わず、今度は渡りに尋ねた。


「渡り、奥の部屋へは入れませんでしたね」


「はい、結界が張られており、あまり奥へは入れませんでした。それより姫さま、手が震えておいででですが」


「わかっています。この扇子にはとても強い術が掛かっています。ですが、向こうもわたくしの扇子を手にして震えていますよ」

 加賀美はにっこり笑う。

 そして、懐から香り袋を取り出すとその中から震える手で、土鈴を出した。

 拍手を二度打つと左に持っていた扇を広げ、右手で朱の組紐を持ち土鈴をからんからんと鳴らす。

 すると、不思議なことに扇は見る見るうちに形が崩れ粉となり、風に吹かれ無くなってしまった。


 渡りは「ほう」と小さく頷いた。

 ところが蓮のほうは腰が抜けた様子で、その場に座り込み脅えたように「も、物の怪……」と口の中で唱えた。


 その姿を見た加賀美は微笑んだ。

「今の扇子はあの屋敷から持ち帰ったものです。術が掛けられていました。今、それを浄化致しました。術とはあのようなものです。この世の幻です」


「冗談じゃねえよ、そんな化け物みたいなのが、あの屋敷にいるってえのか?」


「そうです、だから聞いているのです。あの屋敷に何の用があったのですか?」

 加賀美はもう一度、蓮に同じ質問をした。今度は先程のようにきつい尋ねかたではなかった。


 蓮は少し落ち着いたらしく、その場で胡坐をかき語り始めた。

「二日前のことだ。あの屋敷の女が、いつもおいらが見回っている町外れに立っていたんだ。その女はおいらが『何をやってんだ』と聞くと、『行き倒れのこの女を連れて帰りたい』と言うんだ。えっ、またかよ、と思ったんだが、何となく断りにくくて……仕方ねえから運んだよ、九と二人で。またあの爺さんのときのように」


「その行き倒れの女はまだ生きていたのか?」


 渡りのその質問には蓮はむっとしたようだった。

「当たり前だろ、そうでなきゃ九は呼ばねえよ」


「そして、その女に、お礼に砂金をやると言われたのね」

 加賀美のその言葉に蓮は顔色を失った。


「なんで、そんなことが……」


「砂金の袋が見えるのです。でも、それを頂いたからこそ、今、あなたは悩んでいるのですね」

 加賀美に見透かされて、蓮はすぐに言葉が出ない。

 暫くして、続けた。


「……ああ、じつは今日、いつもの屍置き場にその行き倒れの女の亡骸があったんだ。それで、どういうことなのか聞きに行くところだった。たしかに、おいらは砂金に目が眩んだ。だが、あんなところに放り出されるくらいなら、真遍寺の尼さんのところへ連れて行くべきだったよ」


「蓮、でもあなたはそのお金を自分の為に使ったわけではないでしょ」


「……ああ、あんたにはそんなことまでわかるのかよ。たしかにあの金で、この前あんたが助けようとした子供たちに食べ物を買ってやったよ。可笑しいなら笑えよ。あんたが助けようとしたとき、おいらはあんたに施しは止めろと言った。そのおいらが施しをやってる。しかも、そのせいで助かるかもしれない女を殺したのかもしれねえんだ。いや、少なくともあの寺で死なせてやったほうが、どのくらい幸せだったかしれない……おいらが、悪かったよ」


「蓮、あなたはそのやさしい気持ちに付け込まれたのですよ」

 

 加賀美の言葉に蓮はだまりこくった。


 蓮の話が終わり、暫くして「この件、姫はどう思われますか」と渡りは加賀美の考えを尋ねる。

 蓮はいろいろ驚いたらしく、なかなか立ち上がろうとしない。其処に、座り込んだままだ。


「蓮、どのみちあの屋敷へ行っても本当のことなど教えるはずはありません。ここで会えて良かったのですよ、あなたの命まで危ないところでした。術とは恐ろしいものです。あの扇子のように人でさえ幻にしてしまう……渡り、帰ったら文を書きます。継俊さまに届けて下さい。わたしの読みが正しいなら、真亜姫様は近いうち、宮中へ戻るはずです。蓮、このことは、わたくしに任せてください」


 加賀美はいつものように微笑む。

 相変わらず、のんびりしたものだと蓮は思う。

 ところが、渡りの次の言葉に蓮は敏感に反応した。


「しばらく、大人しくしていろ。お前の手に負えることではない」

 渡りはにたりと笑う。


「うるせえ、お前には言われたくないぜ」

 そう言い放つと蓮は元気よく立ち上がり、すぐにその姿を消した。

 さっきまでの脅えた姿が嘘のようだった。


「渡り、あまりからかうものではありませんよ」


「なあに、姫さま、あの男なら決して懲りたりは致しません」

 渡りはある意味、蓮を認めているようだった。


「そうですね、やはり蓮は蓮のままですね。うつとて幻のようなもの。わたくしたちとて、この身体から魂が離れれば夢か幻です。精一杯、蓮のように生きることと致しましょう」


 まだ桜が蕾ばかりの、肌寒い午後のことであった。




 


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