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 帝のご寵愛の姫にお会いするのに、巫女や町娘の格好ではさすがに失礼だろうと、加賀美は合わせを重ねた。窮屈な姿は好ましくないがこの際、仕方がない。しかも馬に乗るわけもいかず、牛車を用意させた。女房たちは加賀美が着飾ることが少ないので、この日ばかりは、いつになく真剣であった。

 もうじき桜が咲き始める。加賀美は桜色を基調とした濃淡の着物を重ねた。まるで桜の花があたり一面を覆い尽くしているようであった。

  

「まあ、なんてお美しい。姫さま、いつ宮中へご出仕なされても、他の姫様方には引けは取りません」 

 と一人の女房が言うと、もう一人の女房は目頭を押さえながら、

「帝のお目に止まらなければ、継俊様でもよろしゅうございます」

「それは、少し、継俊様がお可哀相ですわ」

 などと女房たちは思い思いの気持ちを述べた。


 「……どうしてそこで継俊さままで出でくるのかしら。とにかく窮屈だから早々に用事を片付けることと致しましょう。ところで、渡りの用意ももうできているのかしら。いつものままじゃ、供にはできませんよ」


「はい、支度はできておりますが。姫さま、供は渡り一人で宜しいのですか?女房が一人もお供しないでは、面目が立ちません」


「そう仰々しく考えなくてもよろしいのよ。ちょっとお見舞いにお伺いするだけですから」


 加賀美は心配顔の女房たちを屋敷に残し、正装した渡りを供に、牛車に乗り込んだ。


「渡り、屋敷の場所はわかりましたか?」


「大丈夫です。確認致しております」

 渡りは牛を操りながら、短く答えた。

 加賀美は牛車に乗るのが嫌いだ。馬に乗るほうがどれだけ楽しいか。亡くなった神官は馬は神馬である、と言って馬を大切に飼っており、神官自身もよく馬に乗っていた。その影響もあり、加賀美も神官の元では馬には乗っていた。

 渡りは無言で牛車を進める。都の中心から少し外れた、大きいが古ぼけた屋敷の前で牛車を止めた。


「こちらのお屋敷です」


「この文を、屋敷の者に渡しなさい」


 加賀美は牛車の簾を少し開け、隙間から文を出した。その文からは覚えのある良い香が立ち込めていた。

 渡りはその文を取り次ぎの者に渡す。

 しばらくすると取次ぎの男は戻ってきて、牛車を止めるところを指示し、案内の女房を呼んできた。

 女房は加賀美の手を支え牛車から降ろすと、加賀美だけを奥の部屋へ通した。


「こちらでお待ちください」

 そう告げ、また奥へと下がっていった。

 部屋には加羅渡りの香がきつく焚かれていた。


 加賀美は扇子を少し広げ、小声で

「渡り、そこにいますか?」

 と後ろの几帳に声を掛けた。

 すると、「はっ」と低い声がした。

 加賀美は安心した様子で扇子で口元を隠し、正面を向いて主人が来るのを待った。

 

 どのくらい時間が経っただろうか。しばらくして、案内の女房より年をとった女房が現れた。

「お待たせいたしました。中納言光則様のお妹君にお見舞い戴きまして、真亜まあ姫様も大変お喜びなのですが、お体の調子が思わしくなく、まだお会いできる状態ではございません。お見舞いのお品など戴き、ありがとうございました」

 女房は丁寧に姫の非礼を述べると共に、品物のお礼も述べる。


「そうですか。わたくしのほうこそ突然のお見舞い、申し訳ございません。姫様に非礼をお詫び申し上げます」

 加賀美も突然の非礼を詫びる。


「姫様はそんなにお悪いのですか?」

 

「だいぶ良くなってきております。ご祈祷が効いたものと思います」

 この時代、病は祈祷で治療するのが通常であった。


「どちらの僧のご祈祷をお受けになられたのですか?」

 加賀美はさらりと聞いた。しかし、それには乗ってこなかった。


「わたくしにはわかりません。お父上様がお招きになられました」

 とだけその女房は答えた。


「そう、残念なことです。姫にお会いしとうございました。お大事になさってくださいませ」

 加賀美はにこりと笑ったが、手にしていた扇子をぽとりと落とす。

「あら、失礼いたしました」


 加賀美はその扇子を拾うと、

「そうだわ、扇子を姫と交換いたしましょう、せっかくここまで来たのですから、お近づきの印に」


 女房は警戒していたようだったが、「そのくらいでしたら」と加賀美の扇子を預かり部屋を出て行った。几帳の裏の男はその女房に悟られぬよう一緒に部屋を出て行く。

 加賀美が扇子を落とすのが合図だった。

 しばらくすると、女房は部屋に焚かれた香と同じ香りのする扇子を持って戻ってきた。

 

「こちらが真亜姫さまのものです」

 女房は加賀美に差し出す。


「ありがとうございます。姫様にくれぐれも宜しくお伝え下さい。また、近いうちにお会いできることと思います」

 加賀美は意味ありげに言うと、その部屋を出た。

 そして牛車に乗り込み渡りと共にその屋敷を出た。

 

 屋敷を出てすぐの角を曲がったとき、牛車は誰かにぶつかりそうになり大きく揺れた。


「危ないではないか」


 渡りの声が大きく響いた。めったなことでは大きな声を出さない渡りが、怒鳴った。


「うるせえ、急いでんだ」

 これまた大きな声だ。


「お前は、蓮……」

 確かに蓮の声だった。聞き覚えがある。

 

「渡り、どうしたのですか?」


 加賀美の声を聞いて蓮は叫んだ。

「また、そのうるさい姫様かよ。」


「こら、蓮。姫に何という口の利き方だ」


「へん、どうしたんだい? 渡り、今日はえらくすましやがって」

 蓮は渡りを挑発するように馬鹿にして言った。


 それを聞いていた加賀美は牛車の中から簾越しに、静かに言った。


「渡り、通りの真ん中では皆が迷惑ですよ。どこか目立たぬところへ車を立てなさい。蓮、ついてきなさい」


「どうして、ついて行かなかきゃなんねんだよ」


「角を曲がったところの屋敷に用があるのでしょ?」

 加賀美の問いに蓮は驚いたようだった。


「どうしてそんな事、知ってんだ?」

 

 加賀美は蓮の問いには答えなかった。

 渡りは静かに牛車を町の外れへと、導いていく。

 蓮は仕方なさそうにその後ろをついて行く。

 加賀美に見透かされたことが少々ショックだったようだ。

 

蓮君、ここで何してたのでしょうか?

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