「平民に身を落とした女など要らない」と婚約破棄された元公爵令嬢ですが、私が去った病院は崩壊し、捨てた貴方が復縁を求めてきても『もう遅いですわ』
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この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています
あらかじめご了承の上、お楽しみください
「平民に身を落とした女など、ランカスター侯爵家の婚約者にはふさわしくない」
エドワード様の声が、王立中央病院の待合広間に響き渡った。
昼下がりの病院は患者や見舞客で賑わっており、その全員の視線が私に突き刺さる。白い看護師服を纏った私——リリアーナは、かつての婚約者を静かに見上げた。
(ああ、とうとうこの日が来たのね)
内心でそう呟きながら、私は表情を崩さない。むしろ、胸の奥には奇妙な安堵が広がっていた。
五年間、この病院で働いてきた。公爵令嬢でありながら「家名を汚す」と実家から勘当され、身分を隠して患者のために尽くしてきた五年間。その間、婚約者であるはずのこの方は、一度も見舞いに来なかった。手紙の返事すら寄越さなかった。
「私は聖女の資質を持つセレナ・バーネット嬢と新たに婚約する。お前との婚約は本日をもって破棄だ」
エドワード様の隣では、蜂蜜色の巻き毛を揺らした可憐な少女が、さも申し訳なさそうに目を伏せている。その仕草があまりにも計算されていて、私は危うく笑いそうになった。
(セレナ・バーネット嬢……男爵家の令嬢でしたわね。聖女の資質、ですか)
五年間、この病院で「癒しの聖女」の加護を隠して働いてきた私には、彼女から本物の聖なる気配など微塵も感じられない。あるのは、微かな魔力を帯びた装飾品——おそらく光の魔法具の残滓だけ。
つまり、偽物だ。
「エドワード様」
私は穏やかに口を開いた。周囲の人々が息を呑む気配がする。きっと、泣き崩れるか、許しを乞うか、どちらかを期待しているのだろう。
「承知いたしました」
左手の薬指から、質素ながらも美しい細工の指輪を外す。五年前、まだ私が公爵令嬢として社交界にいた頃に贈られたものだ。
「どうぞ、お幸せに」
差し出された指輪を、エドワード様は一瞬戸惑った表情で受け取った。
(何を期待していたのかしら。縋りつくとでも?)
私の反応が予想外だったのか、彼は眉をひそめる。その隣で、セレナ嬢がわずかに目を見開いたのを、私は見逃さなかった。
「……それだけか?」
エドワード様の声に、苛立ちが混じる。
「はい。私からお伝えすることは何もございません」
微笑みを浮かべたまま、私は軽く会釈した。
「ふん、やはり所詮は勘当された身。貴族としての誇りすら失ったか」
捨て台詞のように吐き捨てて、エドワード様はセレナ嬢の手を取って踵を返す。広間の人々が道を開け、二人はまるで凱旋する英雄のように去っていった。
残された私を、同僚の看護師たちが遠巻きに見ている。
「リリアーナさん、大丈夫……?」
新人のエミリーが恐る恐る声をかけてきた。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
私は変わらぬ微笑みで答える。
(大丈夫どころか、清々しいくらいだわ)
ポケットの中で、一通の手紙が静かに存在を主張している。隣国の王立病院からの招聘状——三年前から届き続けている、私への正式な誘いだった。
今日という日を境に、私は「待つ」ことをやめる。
◇◇◇
「——婚約破棄されたそうね、リリアーナ」
休憩室に入ると、看護師長のマーガレット・ホランドが待っていた。銀混じりの髪をきっちりとまとめた厳格な女性は、しかし今日はどこか労わるような眼差しを向けてくる。
「お耳が早いですね」
「あれだけ派手にやられれば、嫌でも耳に入るわ」
マーガレット師長は溜息をつき、温かい紅茶のカップを差し出した。私はありがたく受け取り、向かいの椅子に腰を下ろす。
「それで、貴女はこれからどうするの」
単刀直入な問いかけ。私はカップを両手で包みながら、静かに答えた。
「辞表を出そうと思います」
「……そう」
師長は驚かなかった。むしろ、どこか予期していたような表情だった。
「隣国からの招聘、受けるのね」
私は目を見開いた。知っていたのだ、この人は。
「三年前から届いていたでしょう。王太子殿下直々の招聘状」
「……気づいていらしたのですね」
「貴女のことは、最初から分かっていたわ」
師長の眼差しが、真っ直ぐに私を射抜く。
「『癒しの聖女』の加護。貴女がこの病院に来てから、重症患者の生存率がどれほど上がったか。私が気づかないとでも思った?」
返す言葉もなかった。
「なぜ黙っていたか、とは聞かないわ。貴女には貴女の事情があるのでしょう」
師長は立ち上がり、窓辺に歩み寄る。午後の陽光が、彼女の横顔を照らした。
「ただ、一つだけ言わせて。貴女がいなくなったら、この病院は——」
言葉を切り、師長は小さく首を振った。
「いえ、それは貴女が背負うべき責任じゃないわね。行きなさい、リリアーナ。貴女の価値を正当に認めてくれる場所へ」
私は静かに立ち上がり、深く頭を下げた。
「五年間、お世話になりました」
「こちらこそ。……元気でね」
師長の声が、わずかに震えた気がした。
◇◇◇
——三年前の、ある夜のことを思い出す。
深夜の病棟に、悲鳴のような声が響いた。
「先生、患者の容態が急変しました!」
私が駆けつけた時、ベッドの上には血を吐いて苦しむ青年がいた。旅の途中で盗賊に襲われたという彼は、内臓を深く損傷しており、通常の治療では助からない状態だった。
「駄目だ、もう手の施しようがない」
当直医のトーマス・グレイ先生が、苦渋の表情で首を振る。
「先生、少しだけ二人きりにしていただけませんか」
「……リリアーナさん?」
「お願いします」
何かを感じ取ったのか、トーマス先生は一瞬迷った後、部屋を出ていった。
私は青年の枕元に跪き、そっと手を胸に当てる。
「大丈夫。貴方は助かります」
囁きながら、私は内に秘めた力を解放した。
淡い金色の光が、私の掌から溢れ出す。聖女の加護——神より賜りし癒しの奇跡。光は青年の体内に染み込み、傷ついた臓器を、破れた血管を、一つ一つ丁寧に修復していく。
数分後、青年の呼吸は穏やかになり、顔色も徐々に戻っていった。
「……貴女は」
薄く目を開けた青年が、私を見上げる。深い紫紺の瞳が、金色の光の残滓を映していた。
「ただの看護師です」
私は微笑み、立ち上がる。
「おやすみなさい。朝には楽になっていますよ」
翌朝、奇跡的に回復した患者を見て、「グレイ先生の的確な処置のおかげ」と皆が称賛した。私は黙って微笑み、次の患者の元へ向かった。
それが、私の日常だった。
(あの時の青年が、隣国の王太子殿下だったと知ったのは、招聘状が届いた時だった)
◇◇◇
自室で荷造りを進める。五年間で溜まった私物は、驚くほど少なかった。
末期の病に冒された子供を救った時、医師団の画期的な治療法として発表された。流行り病が蔓延した時、私が夜通し患者を癒し続けたことで死者はゼロに抑えられたが、「病院の衛生管理の賜物」とされた。
全て、私の功績だ。そして全て、私は黙って譲り続けた。
「馬鹿みたい」
自嘲の笑みが浮かぶ。
結局、実家は私のことなど気にもかけていなかった。婚約者も、五年間一度も会いに来なかった。私が守ろうとしたものは、最初から私を必要としていなかったのだ。
「だから、もういいの」
小さなトランクを閉じ、私は窓の外を見上げる。
明日、私はこの国を発つ。隣国で、新しい人生を始めるために。
◇◇◇
病院の正門を出る時、見送りに来たのはマーガレット師長だけだった。
「これを」
師長は一通の封筒を差し出した。
「推薦状よ。まあ、貴女には必要ないでしょうけど」
「ありがとうございます」
封筒を受け取り、私は深く頭を下げた。
「師長、一つだけお願いがあります。三〇七号室のアンナちゃん——来週、もう一度発作が来ます。その時は、必ず私が渡した薬草を煎じて飲ませてください」
師長は目を見開いた。
「あの子は特別なの。私の力だけでは完治させられなかった」
「分かったわ。必ず」
「お願いします」
最後にもう一度頭を下げ、私は歩き出した。振り返らなかった。
◇◇◇
——リリアーナが去って、一週間が過ぎた。
「また死者が出たのか!」
王立中央病院の院長室に、怒号が響き渡った。
「今週だけで重症患者の死亡が五件。先月までほぼゼロだったのに、一体何が起きている!」
院長の叱責を受け、医師たちは青ざめた顔で俯いている。その中で、トーマス・グレイは唇を噛みしめていた。
(分かっている。原因は——リリアーナさんがいなくなったからだ)
そう言えば済む話だ。けれど、それを口にすることは、五年間の欺瞞を認めることになる。
会議が終わり、廊下を歩くトーマスに、マーガレット師長が声をかけた。
「言わなくていいわ。貴方が何に気づいているか、私には分かっている」
厳しい眼差しが、トーマスを射抜く。
「あの子がいなくなって初めて、私たちがどれほど彼女に頼っていたか分かった——そうでしょう?」
トーマスは答えられなかった。ただ、拳を握りしめることしかできない。
「彼女が戻ってくることは、二度とないでしょうね」
◇◇◇
同じ頃、ランカスター侯爵邸では別の騒動が起きていた。
「セレナ、これはどういうことだ!」
エドワードの怒声が、豪奢な客間に響く。
社交界のパーティーで、セレナが「聖女の力」を披露する場面で、突然その光が消えたのだ。彼女の首飾りに仕込まれていた光の魔法具が、魔力切れを起こしたのである。
「違うんです! 私には確かに資質が——」
「嘘をつくな!」
エドワードが手を振り上げた瞬間、扉が開いた。
「エドワード、何事ですか」
エレノア・ランカスター——エドワードの母が入ってきた。
「詐欺ですね、これは。我がランカスター家を騙したのですか?」
セレナの目に、危険な光が宿った。
「……地味な女、ですか。お義母様は、あの方が何者かご存知なくてよ」
自棄になったように笑い出すセレナ。
「リリアーナ・フォン・ヴァイスガルト。ヴァイスガルト公爵家の令嬢であり——『癒しの聖女』の加護を持つ、本物の聖女ですわ」
沈黙が落ちた。
「私が偽物なら、あの方は本物。王立中央病院の奇跡の生存率は、全てあの方の力によるものだったそうですわよ」
「嘘だ。あの女が、聖女? 馬鹿な、あんな地味で——」
「貴方がたは、本物の聖女を自らの手で捨てたのです。しかも、大勢の前で辱めて」
◇◇◇
噂は瞬く間に広まった。
「ランカスター侯爵家が偽聖女に騙された」
「本物の聖女を婚約破棄したらしい」
「病院の死亡率急増は、聖女が去ったから」
点と点が繋がり、線になる。人々はようやく気づいたのだ。あの地味な看護師が、どれほどの価値を持っていたかを。
ヴァイスガルト公爵邸でも、騒動は起きていた。
「リリアーナを連れ戻せ! 勘当を撤回する!」
「旦那様、リリアーナ様は既に隣国へ発たれました。隣国の王太子殿下より、『ヴァイスガルト公爵家からのいかなる接触も、リリアーナ嬢は望んでいない』との通達が」
ハインリッヒ公爵は崩れ落ちた。
全ては、もう遅いのだと。
◇◇◇
——隣国、ローゼンクロイツ王国。
「リリアーナ様、患者様がお待ちです」
「ありがとう、すぐに参りますわ」
白を基調とした上質な制服を纏い、私は廊下を歩く。ここに来て一ヶ月。私は王立病院の特別顧問として、重症患者の治療に当たっていた。
「聖女様、ありがとうございます!」
「おかげで息子が助かりました!」
廊下ですれ違う人々が、口々に感謝を述べる。以前のように影に隠れる必要はない。私は堂々と、自分の力で人を救える。
(これが、私の居場所)
「リリアーナ」
名を呼ばれ、振り返る。漆黒の髪に紫紺の瞳を持つ青年——アレクシス・ローゼンクロイツ王太子が立っていた。
「少し話がある。執務室に来てくれないか」
◇◇◇
執務室で紅茶を受け取りながら、私はアレクシス殿下と向かい合った。
「三年前のことを覚えているか」
「……はい」
忘れるはずがない。あの夜、身分を隠して旅をしていた青年を救った夜のことを。
「あの時から、私は貴女を見ていた」
殿下の紫紺の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
「公爵令嬢でありながら、身分を隠して患者に尽くす姿。功績を他者に譲る謙虚さ。そして何より、病に苦しむ者を見つめる、あの翡翠の瞳を」
「殿下——」
「貴女の価値を、最初から知っていた」
静かな、しかし揺るぎない言葉だった。
「三年間、機会を待っていた。貴女が自らの意志で、あの場所を離れる日を」
殿下は立ち上がり、私の前に跪いた。
「リリアーナ・フォン・ヴァイスガルト。貴女がもし望むなら——私の妃として、この国で共に歩んでほしい」
息が止まった。
「これは命令ではない。貴女の意志を何より尊重する。だから、答えは急がなくていい」
言葉を続けようとした時、扉が勢いよく開いた。
「殿下! 緊急の来客です! 隣国のランカスター侯爵子息、エドワード様が——」
◇◇◇
謁見の間に通されたエドワードは、かつての傲慢さが嘘のように憔悴していた。
「リリアーナ! 頼む、話を聞いてくれ!」
私の姿を見つけるなり、彼は駆け寄ろうとしたが、衛兵に阻まれる。
「……お久しぶりですわね、エドワード様」
私は表情を変えずに応じた。
「五年間一度もいらっしゃらなかった方が、今更何の御用ですか」
「あれは——私が間違っていた。セレナに騙されていたんだ」
「騙されていた、ですか」
「ああ! あの女が偽聖女だと知っていれば、私は——」
「私を捨てなかった、と?」
静かに遮ると、エドワードは言葉に詰まった。
「エドワード様。貴方は五年間、私に手紙の一つも書かなかった。見舞いにも来なかった。私が何をしているか、どう過ごしているか、興味すら持たなかった」
「それは——」
「セレナ嬢が現れなくても、貴方は私を恥だと思っていた。平民に身を落としたと、そう仰ったのは貴方自身です」
「あれは言葉のあやで——」
「言葉のあやで、大勢の前で婚約者を辱めるのですか」
私は静かに、しかし確実に言い切った。
「私が聖女でなければ、今日ここに来ていましたか? 私がただの看護師のままだったら、復縁を求めましたか?」
沈黙が答えだった。
「エドワード様」
私は微笑んだ。かつて全てを受け入れていた時と同じ微笑みで。
「お断りいたします」
「リリアーナ——!」
「貴方が私を捨てた時、全ては終わりました。今更何を言われても、もう遅いのです」
もう遅い。その言葉は、私の五年間の全てを集約していた。
「貴方は私の価値を、最後まで見ようとしなかった。見る気すらなかった。そんな方と、どうして未来を共に歩けますか」
「待ってくれ、私は——」
「エドワード・ランカスター」
アレクシス殿下が、静かに口を開いた。
「彼女は答えを出した。これ以上は無礼だ」
「貴様に口を出す権利はない!」
「あるさ。彼女は私の大切な客人だ。そして——」
殿下は私の隣に立ち、そっと肩に手を置いた。
「私の未来の妃になる人だ」
私は殿下を見上げた。彼は穏やかに微笑み、小さく頷く。
「エドワード様」
振り返り、最後に告げる。
「どうぞお幸せに。私は私の道を行きます」
今度こそ、本当に終わりだった。
◇◇◇
——それから、半年が過ぎた。
ローゼンクロイツ王国の王立病院は、今や大陸随一の医療機関として名を馳せていた。
「聖女様のおかげで、不治の病と言われた疫病が収束しました!」
民の歓声に包まれながら、私は病院の前に立っていた。隣には、婚約者となったアレクシス殿下。
「良くやった、リリアーナ」
「いいえ、皆様のお力添えがあってこそです」
「その謙虚さは変わらないな」
苦笑する殿下の横顔を、私はそっと見上げた。
(この方は、本当に私を見てくださる)
聖女の力ではなく、私という人間を。
◇◇◇
執務室に戻ると、侍従が書状を持ってきた。
「隣国より報告が届いております。ランカスター侯爵家と、ヴァイスガルト公爵家についてです」
書状に目を通す。
ランカスター侯爵家は、偽聖女の詐欺に加担した罪で爵位を剥奪。エドワードとセレナは王都追放となった。
ヴァイスガルト公爵家は「聖女を追い出した家」として社交界での地位を失墜。父ハインリッヒは何度も手紙を寄越してきたが、全て読まずに返送した。
「後悔していますか」
殿下が静かに問う。
「いいえ」
私は首を振った。
「彼らが没落したのは、私のせいではありません。彼ら自身が選んだ道の結果です」
「そうだな」
「因果応報という言葉がありますわ。自分の行いは、いつか必ず自分に返ってくる」
窓の外を見やる。青い空が広がっている。
「私はただ、自分の居場所を選んだだけ。私を必要としてくださる場所を」
◇◇◇
数日後、一通の手紙が届いた。差出人は、トーマス・グレイ。
『リリアーナ様。長い間、黙っていて申し訳ありませんでした。貴女が去った後、私は自分の無力さを思い知りました。五年間、私が「名医」と呼ばれていたのは、全て貴女のおかげだったと、ようやく気づきました。アンナちゃんも、貴女の教えてくれた通りに治療を続け、元気に過ごしています。遠い地より、貴女の幸せを心よりお祈りしております』
手紙を読み終え、私は小さく微笑んだ。
(アンナちゃん、元気なのね。良かった)
「良い報せか?」
「ええ。……少しだけ、救われた気がします」
全てを恨んでいたわけではない。ただ、誰か一人でも、私の存在を認めてくれていたら——そう思っていた。この手紙は、その答えだった。
◇◇◇
——そして、一年後。
ローゼンクロイツ王国の大聖堂は、かつてないほどの人で溢れていた。
「リリアーナ・フォン・ヴァイスガルト。貴女をこの国の王太子妃として、そしてこの国を癒す聖女として迎えることを、ここに宣言する」
アレクシス様の声が、高い天井に響き渡る。
私は白いドレスを纏い、彼の隣に立っていた。
「リリアーナ」
「はい」
「幸せか?」
「……はい」
涙が零れそうになるのを、必死で堪える。窓から差し込む光が、二人を優しく包み込んでいた。
大聖堂の外では、民衆が歓声を上げている。
「聖女様万歳!」
「王太子殿下万歳!」
私はバルコニーに立ち、彼らに手を振った。
かつて、私は影に隠れて生きていた。誰にも認められず、誰にも必要とされていないと思っていた。
でも、今は違う。私は私のままで、この場所にいる。私を見てくれる人がいる。私を必要としてくれる人々がいる。
「リリアーナ」
アレクシス様が、私の手を取った。
「これからは、共に歩もう」
「はい、アレクシス様」
私は微笑んだ。今度は、本当の笑顔で。
◇◇◇
ずっと昔、私は思っていた。私の価値は、誰にも分からない。私は一生、日陰者として生きていくのだ、と。
でも、違った。私の価値を見出してくれる人は、確かにいた。ただ、私が間違った場所にいただけだった。
「もう遅い」——あの日、私が告げた言葉。それは終わりの言葉であると同時に、始まりの言葉でもあった。古い枷を断ち切り、新しい道を歩み始める。その決意の言葉だったのだ。
今、私は胸を張って言える。
あの日、私を捨てた全ての人々へ。貴方たちのおかげで、私は本当の幸せを見つけることができました。
だから——ありがとう。そして、さようなら。
私は振り返らない。前だけを見て、愛する人と共に、この道を歩んでいく。
【完】




