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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

枯れて好かれた

作者: 封封封
掲載日:2026/02/15

何かを好きになることが選ばれなかった他の物に対する差別ではないかという思いに至ったのは六歳のときだった。

彼女に注目されるようになったのは小学校一年の夏休みの頃だ。

私は六歳にして近所の公園で人間観察のようなことをしていた。

早めに全教科の宿題を終わらせたために朝から夕方になるまで何もしなくてよかった。

夜になる前には、おかあさんの晩ごはんの手伝いをしなくてはならない。だから、朝ごはんを食べてから公園に行き、昼頃に昼ごはんを食べるために一度、家に帰ってからまた公園に向かった。

夏休みの間のほとんどをそのようにして時間をつぶした。

公園にいるときは木陰のあるベンチで子供たちの様子を眺めていた。

すべり台やらブランコやらシーソーやらに夢中になる背丈の低い女子と男子がいるなかで、明らかに一人だけ目立っている女の子がいた。

その子はいつも砂場でトンネルを作って遊んでいた。

周りから相手にされないのか好んで一人だけなのかわからないけれど、彼女を見かけるときは必ず木製の枠で囲われた砂場にいた。

まるで、ここは自分の縄張りだから誰も来るな、と言いたげな雰囲気を感じたのは彼女が他の子が遊びづらいようにトンネルの周りをくぼみだらけにしていたからかもしれない。

私が幼稚園に通っていた頃まで確かに公園という場所を気に入っていたのは、ブランコが好きだったからだ。

その頃の記憶があるわけでもないのに、ゆりかごに入っていた幼き日のようななつかしさを覚えていた。

「ブランコしかやらないの?」

誰だかわからないよその学校の子にそう言われたときは、胸の奥が切なくなった。

私の学校は各学年に一クラスしかなくて全校児童は三十人だ。同じ小学校の児童の顔はすべて把握していたから、目の前の子がよその学校の子だとすぐにわかった。

「他の遊具がかわいそうじゃない?」

よその学校の子にそう言われてから、なんだか突然に泣きたい気分になった。

おかあさんがよく私に言うことがある。

「差別をしちゃダメだよ」

私はおかあさんの言葉を何度も思い返した。

以前、幼稚園で年長になった春にクレヨンで園児たちが家族の絵を描いた。

その日は参観日でおとうさんは仕事だったからこれなかったけどおかあさんは来てくれた。

黒のクレヨンで自分の顔の輪郭を描いていると、隣のイスに座っていた男の子が「それかして」と私に言った。

「かさないよ」

私と一緒に遊ぶ女の子にはクレヨンを貸したことは何度もあったが、かかわりの薄い男の子だったからクレヨンを貸さなくてもいいと思った。

そのとき、その様子を見ていたおかあさんに「差別をしちゃダメだよ」と言われた。

私は幼稚園のできごとはなんでも両親に話していたので、私が女の子にはクレヨンを貸していることをおかあさんはわかっていた。だからこそ、「差別をしちゃダメだよ」と駆け寄ってきたおかあさんに言われたときはひどく落ち込んだ。

公園でよその学校の子に言われた言葉は私の過ちをていねいにえぐった。

それ以来、私は好きとか嫌いっていう感情表現を恐れるようになった。

私は小学校一年の夏休みに取り残されたまま公園で遊べなくなった。


小学校三年の夏休み。

うらやましい気持ちで公園のなかで遊びまわる子供たちに眺めていると、私が木陰のあるベンチに執着するのと同様に砂場で黙々とトンネルを掘ることに集中している彼女の視線を足に感じた。

彼女が作るトンネルの穴から私が定位置にして座っているベンチの右端はよく見えるのだとようやく気付いた。

今までなんで気づかなかったのだろうかと思ったけれど、彼女のトンネルの穴の先にはサンダルを履いた私の両足がある。

毎回、砂場の同じ位置にトンネルを作る彼女はずっと私の足を覗いていたのだ。

穂積育花(ほづみいくか)。それが彼女の名前だと知ったのは夏休みをすべて消化して小学校の二学期の始業式が滞りなく終わったあとのことだった。

転校生として三年生のクラスにやってきた彼女は一学期の頃にはなかった私のうしろの空いてる席に座った。公園で見たときのように無表情だ。

二学期が始まった日の夜。

この日は朝からおとうさんが実家で引っ越しの支度をしていたそうだ。今まで、おとうさんとはたまにしか会えなかったけれど、これからは私とおかあさんと三人で家で暮らすんだ、と思っていた。少なくとも、おとうさんが育花を連れて帰ってくるまで私はそう思っていたんだ。

「今日から育花ちゃんと一緒に暮らすからね」

おかあさんがそう言った。

「わかんないよ」

「育花は他に行くところがないんだ」

おとうさんがそういうので私はこういった。

「私は一人っ子でお姉ちゃんも妹もいない」

「わかってる。けどね、君のように育花もここにいてもいいんだ」

私にはおとうさんが言ってることがさっぱりわからなかった。

それから育花は私の生活に当たり前のように存在していて、家から出て行くことはなかった。

おかあさんとおとうさんだけが育花を受け入れていて、私だけが彼女と同じ家に住んでいることを認めることができずにいた。

差別はダメ、おかあさんにそう言われてから好きとか嫌いという感情は私から消え失せたと思っていたけれど、まだなくなっていなかったことを深く理解した。

私は学校のない日の朝に在宅の仕事が休みのおとうさんの仕事部屋をノックした。

その音が響いた後に扉が開いてから、私は育花が家を出て行ってくれないことへのありったけの不満を身をよじらせながら、おとうさんに伝えた。

「育花の写真見てくれないか?」

「いいよ、そんなの」

不服を漏らす私にかまうことなく、おとうさんがどこからか持ってきたアルバムを開く。しぶしぶ見ると、そこには幼稚園に通っていた頃の育花が写っていた。

「顔がちゃんと写ってるのはないの?」

どの写真も一人だけ後ろ姿の子が写っていて、それが育花なのはなんとなくわかった。

「育花は母親に捨てられたんだ」

「なにがあったの?」

おとうさんは言うべきか言うべきでないか悩んでいるようだった。

じっとしたままで何も言いださないおとうさんにうんざりした。

「背負う必要ないよ。おとうさんのことわかんない」

私はおとうさんに背を向けて部屋を飛び出した。

おとうさんに呼び止められる声が背後で聞こえたけど、私はいっさい振り返らずに自室に駆け込んだ。

週明けの登校日。私たちはランドセルを背負って靴を履いて家を出た。

私の後ろで地面を踏みしめる音がしないので、振り返ると育花が玄関先で靴を脱いでいた。

両親に言うべきだと思い、玄関扉の取っ手に手を置くと育花に手首を強い力で握られた。

「やめて」

「だったら、姉さんは黙っておけばいい」

そう言って、育花は裏庭に足を運び、物置きの引き戸を開けて靴を隠した。

目的を知りたくて育花に付いていったが何がしたいのかまったくわからなかった。

育花は三月が誕生日で私は四月が誕生日だ。

そのせいか、彼女は私のことを「姉さん」と呼ぶ。

それから三ヶ月ほど経ち、育花の髪は背中まで伸びていており、前髪も目が見えなくなるまで長くなっていた。

近所で靴を履かずに靴下を穿いて地面を歩く髪の長い女の子が育児放棄されているのではないかといぶかしむ声があふれて、それが私と両親の耳に入ってくるようになったのもこの頃だった。

「虐待」の二文字を隠すための合言葉のように「育児放棄」という言葉を近所の人たちが用いているのもちらりと聞いた。

おかあさんは育花に靴をどこに隠しているのか朝ごはんを食べているときに問いただした。

すると、育花は物置きに隠していたことを思いの外あっさりと打ち明けた。

おかあさんは近所の人たちに育花のことで自分が悪く言われていることにひどく疲れていた。

「学校のない日に外で髪を短くしてほしい。それから家に帰ってきて」

「いいよ」

うなずいてから育花は言った。

「公園で話したいことがあるから」

学校がない日に育花が私を公園に誘った。

彼女はスクールバッグを持っていて、なかに必要なものが入っているという。

公園に行った後に散髪に付き合わされているのかな、と私は思った。

おかあさんは近所の人に見られたくなくて家にいる時間が多くなった。

おとうさんはそんなおかあさんのそばにいたいからとあまり家から出ようとはしない。

家にいても特にすることもないが、学校がない日まで育花と二人で外に出かけるのは嫌だったが、私と外出しないことを理由に彼女が髪を切らないのも避けたかった。

これ以上、おかあさんが苦しむのは見たくなかった。

だから、仕方なく育花にしたがうことにした。

公園の入り口に立つと、近所の親子連れがたくさん見えた。

いろんな人が静かに遊んでいるのが公園の入り口から目に入る。

育花がその人たちの視線を集めるのはわかりきっていたことだった。

「ここは目立ちすぎると思うんだけど」

「私は気にならないよ」

ベンチに座り不安を口にする私と違って隣にいる育花は明るい声で言った。

そして、スクールバッグのファスナーを開けて電動のバリカンを取り出した。

いつも、おとうさんが使っているやつだ。

バリカンで育花の頭髪が散っていくのに気付いた人たちが驚いた顔でこちらを見ている。

もっとも近くにいた少年が駆け寄ってきた。

私たちと同い年くらいだろうか。

「何してるの?」

彼の問いに育花が答える。

「『外で髪を短くしてほしい』って母さんに言われたの」

それを聞いた少年は少し離れたところにいる父と母に大声で育花の言葉を伝えた。

静かに遊んでいた親子連れがたくさんいる公園で育花の言葉が広く伝染していくのを感じた。

私は育花の行為が怖くてたまらなかったけれど、どうすればいいのかわからなくて黙ってみていることしかできなかった。

「ねぇ、あのときどうして母さんが髪を短くするように言ったと思う?」

スキンヘッドになった育花は言い終わったあとに含み笑いをした。

「もう苦しみたくないからじゃないの」

「違うよ。父さんが指示したからだよ」

「どういうこと?」

「母さんは父さんに私のことを相談していたの。その際、父さんは母さんの口から私に直接言えば髪も短くしてくれるし、靴だって履いてくれるということを話した。もちろん全部、私が用意した言葉だけどね」

話がますますわからなくなる。

育花は話を続ける。

「私の父母は高校の同級生。高校卒業後に結婚した。その二人の子供が私なの。主従関係がはっきりしていてあの女は娘ができると最初の父に飽きて私が一歳になった頃には離婚した。次に結婚したのが今の父さん。あの女が次に飽きたのは私だった。私を育てるのは、あの女に離婚させられた父さんに任された。私の苗字は母親の姓を名乗っている。育てるのは嫌だけど、娘に自分と苗字を名乗らせることで自分のことを忘れさせないようにしたんだ。小学校一年の春に私は姉さんの話を初めて聞いた。母さんは父さんと結婚する前に高校の別の同級生と夫婦になっていた。そのときの子供が姉さん」

初耳だった。

「どうして別れたの?」

「何かにつけて差別という言葉を母さんが用いるから。それに我慢できなくって夫婦関係が悪化して離婚した。今の母さんと父さんは高校の同窓会がきっかけで交際が始まり、夫婦になった。姉さんはね、父さんに特になんとも思われてないんだよ。父さんにとって大事なのは私の方。幼稚園の参観日も仕事で来れなかったのは私とお出かけするためだった。そういう理由で姉さんが参観日のとき、父さんは一度も姉さんがいる幼稚園に行かなかった。父さんは私たちが一歳の頃から私たちのことを知っているけど、父さんは姉さんよりも私といた時間の方が長い。この子だけは自分がなんとしても育てなければと思っているのは、あの女に捨てられた私の方。父さんは私の言うことならなんでも聞いてくれるんだ。親から差別をしてはダメと言い聞かせられて好きとか嫌いの感情を失ったと思って遊具で遊べなくなった少女の話を小学校一年の夏休みに父さんから聞いたんだ。そのとき、この母娘はすごく気持ちが悪いと思ったの。私を捨てた、あの女が私は嫌い。好きとか嫌いの感情って人にとってとても大切なものなのに親のせいで不自由を感じている。それが許せなかった。だから砂場でトンネルを作って穴を掘って自由になれるか少女の足を覗いていたの」

つまるところ、育花は私とおかあさんの話をしているのだ。

育花はさらに話を続ける。

「私は小学校三年の夏休みが終わるまで、小学校が夏休みの期間中は公園に毎日通って、少女の足を覗きながら自由になるときを待った。少女がふたたび遊具で遊べる自由な足を手に入れたら転校しないことを父さんと話し合っていたから。でも期限切れになった。だから、少女と母親に私がもっとも大事にする嫌いの感情を教えてあげることにした。近所の人に家庭環境が劣悪と思わせるために私の外見を悪く見せた。父さんは近所の顔見知りの人たちに金を払うから母さんの悪口を広めてほしいと頼んだ。その悪口が耳に届いた母さんも姉さんも口にしないだけですごく私のことが嫌いだと思うの。あっ、そうそう。さっき話しかけてきた少年の親にも父さんが金を払って母さんの悪口を言うように頼んでいるんだよ。父さんが金を払って近所の人たちに母さんの悪口を広めるように言ったのも、私がそうしてほしいって父さんに頼んだから。父さんは私が言った通りに協力してくれる」

「もうやめて」

「やめないよ。もっと私のことを嫌いにさせてあげるの。好きとか嫌いって感情を大事にできる自由を私が用意してあげる」

私の隣に座る育花は悪気もなく楽しげにそう言った。

これから家に帰ったとき、おかあさんがどんな顔をするのかはわからない。

最悪の表情で悲鳴を上げるのかもしれない。

一人で生きる知恵のない私には育花の後をついておかあさんのいる家に帰ることしかできなかった。

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