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転移先は推しの作品世界〜経験したことしか書けない作家なんて……いるんですか!?〜  作者: exa(疋田あたる)


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9/10

異世界転移特典

 木の器がかつんからんと軽やかに鳴り、酒が入っているらしいテーブルでにぎやかな声が上がる。

 食事に集中する猪野たちの間に会話こそなかったけれど、席を包む食事処の雰囲気が心地よいので気にならなかった。


「さて」


 しばらくののち、木さじを置いたオウジが猫背気味になっていた体を起こした。

 猪野も間を置かず食べ終えたけれど、ポフィンはまだせっせと食事をかみしめている。

 話をするから気にせず食べているように、と猪野が子どもの頭を撫でて前を向くのを待ってから、オウジは口を開く。

  

「問題は、その特典がその子にも付いてたらしいところだ」

「うん? どういうことですか」

「個体認識されにくくなる仕様の話だ。俺はもちろんその効果にあやかってる。おかげで魔物に襲われることなく、のんびり街を目指せたからな」


 オウジは自身の認識されにくさを活用して魔物をやりすごしたらしい。どうやって街まで無事に辿り着けたのかと思っていた猪野は、なるほどと納得した。


「それって私にも備わってると思います?」

「そこを調べるために道を逸れて待てと言ったんだろうが」

「あ〜、なるほど。そういう理由で!」


 街に入る前、魔物に追われる一行を目にした時にオウジは猪野を伴って街道を外れた。

 その意味がようやくわかって、猪野は大きく頷く。


「なるほど、検証は大切ですからね」

「誰かが話も聞かず飛び出すから、結果は不明で終わったがな」

「いたいけな少女を助けられたので、問題ありません!」


 猪野が胸を張ればオウジは呆れ顔。けれど否やはないようで、小言は続かない。


「まあ、言葉が通じるあたり俺と同じような効果をえていると考えて良いとは思うが」

「猪野ふらんの今後に期待、というわけですね。それで、ポフィンにも、というのは?」


 自分のことはおいおい調べれば良い。今のところ不都合はないのだから。

 今は現地の少女の話だ。


「さっき、あんたが体感しただろ。俺とこの子どもを前にして、気づかなかった。あれが俺の影響なのか、あるいは別の要因があるのか。それともあんたが格別、人の顔を覚えるのが苦手なタイプなら、話は変わってくるが」

「顔を覚えるのは得意な方ですが! ふたりのことを親子だと思ったのは、先生が居たからではないのですか?」


 効果範囲のようなものがあるのでは、と問うがオウジの反応は鈍い。


「いや……確証はないが、おそらく違うだろう。もし俺の影響が周囲にも及ぶなら、あんなことにはならずに……」


 苦し気な表情。オウジが何を思い出しているのか、わからないことがもどかしかった。

 けれどすべてを話して聞かせてほしいと願うには、まだ早い。作家と編集者に大切なのは信頼関係だと、先輩も言っていたし。


「ううーん、となると原因があるはずですが。考えられるものはなんだろうな」

「いや、考えるまでもなく候補があるだろ」

「え、さすがは作家先生! どこかに伏線がありましたか。どこにヒントが!?」


 尊敬する気持ちがうなぎ登り。

 わくわくしながら返答を待つと。

 

「いや、伏線もなにも。その子が持ってただろう。あんたのノートを」

「ノート? オウジノートですか」

「……その呼び名、どうにかならねえのか」

「なりませんが」


 ノートの呼称はどうにもならないが、オウジの発言は振り返ることができる。


「ふむ……私のノートが転移者認定されてる、ということですか? あ、だとすると私のペンを報酬に差し出したのは、問題があったのでは!?」


 振り返って気づいたのは、他にも現地人に渡した私物があったこと。

 ノートは返してもらえたけれど、なんでも屋のふたり組を探し出すのは難しいかもしれない。

 どうしよう、と眉を寄せた猪野だったが。


「いや、大丈夫だろ」


 オウジはあっさり言う。


「俺もこれまでいくつかの世界で持ち物を売り払ってきたが、問題になったことはねえから」

「おやあ? するとなぜ、今回は私のノートが問題だとお思いに? あ、もしやオウジノートに込めた愛が、特別だから!?」


 猪野は冒険ファンタジーを愛しているけれど、恋愛ものも好む。

 強い愛が奇跡を引き起こすなんて状況は、それこそ大好物のひとつなのだ。

 喜ぶ猪野とは裏腹に、オウジはげっそり疲れたような顔を見せた。


「いや、いや……愛というより、呪い? 執念というべきじゃねえか?」

「おやあ? 認識の不一致」

「いや、ちらっとしか見てねえけどよ。開かなくても使い込みようがわかるのはどうかと思うんだが。あと、あの厚さはなんなんだ」

「愛の重さです」


 それに関しては即答できる。

 否、猪野の抱くオウジキロク作品への愛がノート一冊に収まる程度だと思ってもらっては困るのだが。


「正確に言えば、あの本はオウジキロクに関する記録帳なので。作品に関するまとめきれないパッションや妄想は別の媒体に記されていますが」

「……うん、なんだ、感謝すべき、なんだろうな?」


 なぜかオウジは戸惑い気味。そこは正面から受け止めてほしいところではあるけれど、控えめな推し作家もまた悪くないので、突っ込まないでおく。いずれは「推されて当然だ」くらいの自信を持ってもらいたいけれど、今はまだ。


「まあ、それでだ。そのノートには俺の作品の詳細が書かれてるんだろう」

「はい。作品から得られる情報を書き出せるだけ書き出して、まとめてありますが」


 それとオウジの推察と、どう関係するのか。


「となると、だ。そのノートは俺の記憶と大差ない情報を有してるってことになる」

「先生の作品はノンフィクションなのですものね。そうなるかもしれません」

「ああ、それでここからは完全な仮定の話だが。俺と同等の記憶、あるいは知識を持つものが転移者として認識されているとしたら?」

「なるほど。であれば、私と私のオウジノートが転移者認定されても不思議はないかと!」


 異世界の人や持ち物に転移特典が付くのではなく、その記憶に特典が付くと考えれば納得がいく話であった。

 猪野のノートには花紋だけでなく、オウジの著書に関するすべての情報がまとめてある。もちろん、そのノートをまとめた猪野自身の頭のなかにも、オウジの作品たちの情報がすべてインプットされていた。

 なにせ一番の推し作家なので。


「なるほどなるほど~。理解しました。それじゃあ親子ごっこをするためにもこのノートは、ポフィンが持っていたほうが良いかもしれませんね」


 引っ張り出したノートをポフィンのポケットにぐいと押し込む。

 子どもは煮込まれた具材でほほを膨れさせながら目を丸くしていたが「保護者が見つかるまで、預かっていてください」といえば不思議そうにしながらもうなずいた。


「とはいえ、あの鳥には効かなかったようですが?」

「モアか。特別に親しい相手だと、認識阻害も弱るようだからな」


 人相手ならばまあわかるが。親しい鳥なんているのだろうか、とポフィンに目を向ければ、彼女は口のなかのものをごっくんと飲み込んでから「ええと」と話す。


「イチはね、ポフィンの友だちなの。ほんとはポフィン、村においてけぼりだったけど、イチがポフィン乗せないと動かないからって、連れてきてもらって」

「あの鳥には後でおいしいものを差し入れしましょう。好物があったら教えてね」


 子どもの頭をぐりぐり撫でて、猪野は巨鳥イチを見直した。

 断片的な情報でしかないが、少女の保護者はすでになく村に置き去りにされるところを巨鳥が救ったらしい。ならば功労者を労うのが、仮とはいえ保護者の仕事だろう。


「モアは売れるからな。捨てていくことはできなかったんだろうよ」


 オウジのつぶやきに、猪野は世知辛さを感じた。

 子どもの命よりも金になるかどうかを選択の基準にせねばならないほど、この世界は困窮しているのだろうか。

 花紋の主人公たちによって魔王は倒され、脅威は去っただろうに……と考えて猪野は思い出した。


「そうだ、先生! この世界、花紋から百年経ってるんですが!?」


 伝えなければ、と思っていた新情報だ。


「は、百年……?」

「そうなんですよ。そのうえ、なぜか賢者の存在が厭われている様子で」

「は?」

「本当に。は? と思いますよね。聖女と勇者の像はあるのに、賢者はいないだなんて」


 がたん、と椅子が大きな音を立てた。

 立ち上がったオウジは見開いた目で猪野を見下ろす。

 怖い顔だ、と猪野は感じた。

 睨まれているわけではない。ただ感情のこもらない目で見つめられて、背筋が震える。


「どういうことだ」

「いえ、私も詳しくは聞いていなくて……」

「像は?」

「え」

「像の在りかはどこだ」

「あ、ええと先ほど先生とポフィアに会った路地から近い、大通りのあたりに」


 問われるままに答えれば、オウジがふらりと歩き出した。

 どこへ。なんて、聞くまでもないのだろう。

 オウジの横顔を見れば行く先はわかった。焦りをはらんだその視線は、遠く離れた相手を見つめるそれであったから。


「悪い、先に出る」


 低くひと声で告げて、オウジは振り向きもせずに店を出て行く。その背に「はい」と返したのは届いただろうか。

 

「んむ、むむっ」


 見送る猪野のとなりで、少女があわてて皿の残りを口に押し込みはじめる。

 猪野は小さな肩をなだめるように撫でた。

 

「ああ、ポフィンはゆっくり食べてください。食事を終えて、それから先生を追えば良いので」

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