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転移先は推しの作品世界〜経験したことしか書けない作家なんて……いるんですか!?〜  作者: exa(疋田あたる)


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5/10

異世界なのに世知辛い

 門の上から飛び降りてきた身軽な青年が、吊り目をキュッと細めて笑う。オレンジ色の短髪によく似合う、明るい笑顔だ。


「はあー、それにしてもギリギリだったな。モアを最後までよく走らせた。あんた、よく見りゃ女でそんな強そうにも見えねえのに、すげえな!」

「お褒めにあずかりうれしいです。ところでモアというのは、この巨大な鳥の名ですね!」


 作中で書かれなかった新情報! と猪野はオウジノートを取り出す。さっそく書きつけようとした、そのとき。

 どんっと猪野の腹部に衝撃が走った。


「わわっ?」


 猪野をよろめかせたのは、巨鳥、モアから降りた子どもの体当たり。

 ぶつかったかと思えば、子どもはくるりと身を翻し駆け去っていく。突然のことに丸まった背中を見送っていると。


「あのガキ、あんたの子じゃないの」


 抑揚の少ない声でたずねたのはもうひとりの青年だ。紫の前髪の下、細めた垂れ目の眼光が鋭い。


「猪野ふらんは独身ですが!? ほら、この顔を見てください。仮にあの子の親だったとして、あまりにも若き親になってしまうとは思いませんか」

「さあ、他人の年に興味ない」

「はあー! これだから無気力キャラは」


 会話が続かないことに苦言を呈そうとした猪野に、吊り目の青年が「いいのか?」と問うた。垂れ目の青年の肩にひじをつくと、ふたりの背格好がよく似ているのがわかる。


「なにがです」

「あいつ、あんたの持ってた本? 持ってっちまっただろ」

「本……? あー! ノート!」


 子どもの行動に驚いて気づかなかったが、猪野の手にあるはずのノートが無くなっていた。

 子どもが背中を丸めるようにして走っていくのを変だな、と思ってはいたけれど。


「ノートを抱え込んで走ってたわけだ。なるほど、なるほど」

「捕まえなくて良いのか?」


 吊り目の青年が子どもの消えた通りを親指で示す。持って行かれたノートを取り戻そうと提案してくれているらしい。


「うーん、確かにあれは大切な大切なノートではありますが」


 オウジノートは人生の最推し作家の情報が書かれたものだ。猪野の人生が詰まっていると言っても良い。

 だが。


「問いますが、あの子はなぜあのノートを持って行ったのだと思います?」

「なぜって……」

「そりゃあ……」


 青年たちが顔を見合わせる。


「金に換えるためでしょ」

「金が欲しいんだろ」


 それぞれの口から出たのは同じ意味を持つ言葉。

 けれどそれは猪野にとって馴染みの薄いもので、うまく飲み込めない。


「あのノートを、お金に?」

「ああ、しっかり見たわけじゃねえけどありゃ質の良い本みたいだった。あんなガキが読めるとは思えねえし読んだところで腹は膨れねえから、どっかに持ち込んで売るんだろうよ」


 当然のように言われて、ますます追いつけない。猪野は手のひらを突き出して吊り目の青年の言葉をさえぎる。


「ややや、待ってください。そうじゃなくてですね」


 なんと説明したものか。まとまらないまま、猪野はどうにか意図を伝えようと探り探り口を開いた。


「ええと、あの子はなぜお金を手に入れようと? いや、そもそもなぜ私から物を取ったのでしょう」

「ああ? そんなの金がねえからだろ」

「あんたが他人で、しかも金を持ってそうだったからでしょ」


 なにがおかしいのか、と言わんばかりにふたりそろって首を傾げられて、猪野は頭を抱える。


「なるほ、ど? いや、わからない。わかりません! 私にとっては命の次くらいに大切なノートです。ですが、あの子にとってはそうじゃないはず。いや、ちがう。そもそもなぜ、あの子はお金を手に入れようと?」

「そりゃ生きてくのに金がかかるからだろ」

「ふむ……?」


 それはそう。と思いながらも猪野が納得できていないことに気づいたのだろう。

 垂れ目の青年が吊り目の青年の肩をつつく。


「カラカ、それじゃ伝わってない」

「ああ? じゃあなんて言や良いんだよ。パプラわかんの?」

「たぶんね。あんたがわかんないのは、金持ちだからでしょ」


 吊り目の青年、カラカに頷いた垂れ目の青年パプラが猪野をじっと見る。

 猪野はお金持ちの自覚などなかったけれど、パプラの瞳にからかいの色は見えない。


「……どうしてそのように思うか、聞いても?」 

「あー、めんど……」


 パプラはつい、と視線をそらした。心底、面倒くさいと言いたげな顔で。


 ──無口なくせに表情は雄弁なキャラめ……実際に会うといらっとする!


 とはいえ、機嫌を損ねて話が聞けなくて困るのは猪野だ。なんと言って話してもらおうか。

 悩む前に、カラカがパプラの頬をつんつんつん。


「おいおい、そこまで言っといて話さないとかねえだろ〜、相棒」

「……はあ」


 パプラは迷惑そうに眉を寄せた。けれど、肩に回された腕はそのまま、頬もつつかれるがまま。

 心底面倒臭そうにため息までついた。けれど、話してくれるようだ。猪野のためではなく、カラカがねだったから。


「なんであんたの物を取ったのか。金がないから。なんで金がいるかって、生きてくため。あの子どもはひとりで生きてかなきゃいけないから」

「え……私ちゃんと、あの街に入った集団のとこに連れて行きますが!?」


 知らない大人に驚いて逃げたのか。だったらはやく見つけてあげなければ。

 猪野が駆け出そうと向けた背に、パピラの平坦な声が「無意味」と告げた。


「さっき魔物から逃げて街に入った連中のこと言ってるんでしょ。だったら、無意味。会ったところで引き取られるのはそこのモアだけ」

「え、そんなわけ……」

「あるだろ〜」


 パピラの肩にあごを乗せて、カラカが笑う。

 このふたり、いちいち距離が近い。


「モアは荷運びの仕事ができるし、人に売ったって良いだろ。なんなら食えるし。町を捨てて逃げてきた連中なんざ、少しでも金になるか腹がふくれるかってことしか考えらんねえだろうからなあ」

「逃げてきた、とは?」

「んああ? なんだ、そこからわかんねえの。お前、めちゃくちゃ深窓のお姫さまかあ? 全然そうは見えねえけど〜」

「失礼な。まあ、お姫さまではなく私は猪野ふらんですが。優秀な会社員、猪野ふらんですが!」


 お姫さま扱いはやぶさかでないが、何もできないと思われるのは遺憾である。

 なので、そろそろふたりの言わんとすることもわかってきた。


「つまり、あの集団は元の町で暮らせなくて逃げてきた人たち、難民なんですね。そのなかであの子どもは守る大人がいなくて、生き延びるために私のオウジノートをとっていかざるを得なかった、と」

「あー、なんかおきれいな言い方すんなら、そんな感じか?」

「さあ」


 カラカが首を傾げつつ頷くのに、パプラはすでに興味をなくしたようだ。

 視線をあさっての方向へ向けているから、放っておけばふらりとどこかへ行ってしまいそうである。カラカがもたれかかっていなかったら、たぶんすでに立ち去っていたことだろう。

 それはうまくない、と猪野は肌で知っていた。

 なので、手のひらを突き出してふたりの注意をひきつける。


「では、おふたりに協力を依頼したい!」

「あ〜? 何だよ、急に」

「面倒くさい予感」

「あの子をいっしょに見つけてください!」

「はあ? なんで俺らが」

「面倒くさい」


 返答は予想通り。

 なので、猪野はつべこべ言う青年たちに構わず懐に手を突っ込んだ。


「タダでとは申しませんとも」


 カラカが「お?」と期待をにじませる。パプラは無言だけれど、眉がぴくりと動いたのを猪野は見た。

 二人の興味が集中したことを確かめてから、猪野はゆっくりと、ことさらゆっくりと懐から手を引き抜く。


 ──こういう場ではあえて時間をかけて、じらすのが得策だと。飲み屋で会ったマジック趣味のおじさんが言っていたし。


「じゃじゃん! 取りいだしたるは世にも珍しいキラッキラのボールペン!」


 猪野が取り出したのは、一本のボールペン。

 当然、ただのボールペンではない。軸の部分が透明のプラスチック製で、オイルが満たされた空洞部分にイルカやペンギンのおもちゃが入った一品だ。

 忘れもしない小学校六年生のときに、おじいちゃんおばあちゃんと行った水族館で買ってもらった。動かすたび中のおもちゃとキラキラのパウダーが幻想的に動いて、いつまででも見ていられる品である。


 ──こういう珍しいものは異世界で高く売れると、相場が決まっているので!


「猪野ふらんの思い出の品であり、宝物のひとつ! あの子の保護に協力してくれれば、こちらをお二人にさしあげますが」


 どうしますか?

 問うまでもないと、青年たちの顔を見て猪野は確信していた。

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