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転移先は推しの作品世界〜経験したことしか書けない作家なんて……いるんですか!?〜  作者: exa(疋田あたる)


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未来のための第一歩

 猪野とポフィンが宿の外へ出ると、空はすっかり明るくなっていた。

 うつむいているポフィンの手を引いて猪野が向かった先は、すぐそばの屋台だ。

 この世界では屋台で食事をするのが一般的らしく、いくつもある屋台はどこもにぎわっている。

 その中で猪野が選んだのは、パンのようなものに燻製肉のようなものとチーズのようなものを挟んだ食べ物の店だ。


 ──ひとりなら冒険して、あの謎の黒い塊を千切っている店にするところ。しかし、連れがいるなら失敗の少ない店にすべき!


 悩ます並べば、行列もさくさく進む。怪しい食べ物が気になることは気になるけれど、食べたいのならあとで腹具合と相談して買えばよいのだし。

 ほどなくしてパンを二つ買った猪野は、屋台のそばにある椅子にポフィンを連れて腰掛ける。そしてひとつをポフィンに差し出した、けれど。


「……受け取れない」


 ポフィンは受け取らない。お腹は空いているはずなのに。


「おや、なぜに?」

「だってあたし、お荷物で、足手まといで、無駄飯ぐらいで……」


 しょぼしょぼと告げる幼い声に、猪野はイラッとした。ポフィンにではない。そんな言葉を覚えさせた大人にイラッとした。

 明らかに子どもが使う言葉ではない。それはつまり、大人が彼女に聞かせたのだ。それも一度ではなく、覚えて口から出るくらいに繰り返し。


 ──おおかた、逃げてきた集団の中にいた大人でしょうけど。


 ろくな連中じゃなかったと改めて知れた。元より引き渡し先の候補としては弱かったけれど、なしだ。可能性すら与えるのが惜しいと、魔物に追われる朧気な後ろ姿の記憶しかない連中を脳内から削除した。猪野ふらんの脳の容量を割いてやるほどの価値もない。永遠にさよならして、猪野とポフィンの視界に入らないところで幸せに生きてくれればいい。

 それよりも大切なのは、目の前の少女である。

 

「ははーん、オウジ先生が言ったこと気にしてる?」


 茶化すように言って下から覗き込めば、しかめっ面。幼い顔に似合わないことこの上ない。

 

「だって」

「先生なりの意図があるんでしょうけど。まあ先生の真意はひとまず置いといて」


 箱を両手で抱え、横に移動させるジェスチャーをして見せればポフィンの目が丸くなった。ちょっぴりとはいえ、意識を引けたらしい。異世界でもこのジェスチャーは通じるようだ。


「私は、あなたが一番良いと思える場所を見つけたい」

「あたしが?」

「そう。最低でもあなた自身に目を向けてくれる相手を見つけて、その庇護下に入ってもらいたいわけです」

「あたし自身……」


 ポフィンは自分の胸に手をあてて、じっと黙り込む。

 うつむき加減だが、今度は悪い表情ではない。


 ――自分のことについて考える余裕が生まれたかな? 良い傾向、だと思う!


 せっかくだからゆっくり考えてもらいたいところだが、猪野の時間も有限だ。いつまでこの世界にいられるかわからないというオウジの言葉には、嘘などないのだろうから。

 それに、手のなかのパンが冷めてしまうという直近の問題もあった。出来立てを食べられるのが屋台のだいご味。ならば出来立てのうちに食べねばもったいないというもの。

 猪野は改めてパンをポフィンに向けて、ずいっと差し出した。

 

「まあまあ、考えながら食べてはどうかと。どうせ腹が減っては戦はできませんからね!」

「戦……? あ、りがと」


 今度こそ受け取ってもらえて、猪野はにんまり。

 ついでにひとつ伝えておく。


「あと、言っておきますが。あなたはお荷物でもなければ、無駄飯食らいでもありませんからね。ちゃんと稼いでます」

「え」

「正確に言うと、あなたのかわいい鳥さんが稼いだんですが」

「イチが?」

「ええ。オウジ先生が宿の人に『預けたモアは荷運びに使っていい。代わりに駄賃をもらうが』と、交渉したそうで。あの鳥はあなたになついてこの街まで来たわけだから、あなたの働きとしてカウントされてしかるべき。つまりあなたはちゃんと稼いでるってわけです!」


 猪野も夜中にぼそりと告げられて驚いた。そして同時に感心した。さすがは花紋世界の先輩、オウジである。その抜け目のなさは多いに見習いたいところだ。

 

 そしてあの鳥は、夜明け前からさっそく仕事をしたらしい。その駄賃として宿を出る際に小金をいくらか渡されていたのだ。

 その金はもちろん別にとっておいて、パンを買ったのは猪野の小物と引き換えに得た金銭であるけれど、そこまで告げる必要はないだろう。


 ポフィンの頬に朱が上る。自身を肯定されてうれしかったのだろう。

 良い傾向だ。猪野はうむうむと頷きパンを頬張った。


「イチは一番の強みと言ってもいいかも」

「つよみ?」

「言い換えると良いところ、かな? 例えばポフィンと私が同じお店で『働かせてください!』と言ったとき。ひとりしか雇わない場合には、どちらを取るか決めるためにお店にとって良いところがたくさんあるほうを採用するでしょう?」

「うん。でも……あたしとお姉ちゃんだったら、お姉ちゃんのほうが欲しいに決まってるよ」

「それはね! 否定のしようもありませんけど。なにせ猪野ふらんですから。あなたは落ち込まなくてよろしい。私が優秀すぎるだけのことなので」


 猪野はすかさず肯定する。謙遜はしたっていいけど、しなくていいなら賞賛はすなおに受け取るタイプなのだ。

 ポフィンも自己否定のために言ったわけではないだろうことは、その表情からわかっていた。


「まあ、今のは私の例が悪かったけれども。そういうわけで、ポフィンのいいとこ探しをしなきゃいけない」

「でも、あたしみたいな子どもじゃ役立たず……」

「マイナス点はまだはやい! そいつは先に良いところを見つけてからですよ。はい、どうぞポフィンさん!」

「え、えっと? ええと、ええと」

「はい! ポフィンはかわいい!」


 まごつく姿に猪野はすかさず手を上げて答える。

「ええっ!」と驚きながらも顔を赤くするポフィンは、間違いなくかわいい。


「それから、年にそぐわずおとなしい。これは粗暴じゃないと言い換えることもできます。人の話をきちんと聞けるのも良い点だし、それから……そうだなあ。料理や裁縫をしたことは?」


 七つの子に何ができるだろう、と考え考え猪野は問う。

 猪野自身は七つの頃、レンチンと猫の手を覚えたくらいだった。針穴に糸を通すのは得意だった。おばあちゃんに頼まれてはこなし、褒められたものだ。あとは卵を混ぜることもできたか。殻を入れずに卵を割ることはまだ難しかった、たいへんかわいらしい日々だ。


「ええと、火は起こせるよ。縫い物はまだ、ちょびっとしかできないけど、水汲みもできるし、あと、あとモアのお世話も!」

「天才では?」

 

 優秀な猪野の幼少期より、さらに上をいっていた。あるいは、この世界では七つともなればそれくらいできて当然なのかもしれない。

 いやしかし、それは猪野がポフィンを褒めない理由にはなり得ない。というか褒める。


「いや、天才ですよ。火が起こせる? 恥ずかしながらこの猪野ふらん、火おこしはまだ未経験! それに縫い物も? できちゃうの? その年で?」

「え、う、うん……ちょびっとだけど……」

「ちょびっととは? 針を糸に通せるレベルです? であれば私と肩を並べられるわけですが」

「ええと、真っ直ぐなら縫える、よ。穴の空いたとこに他の布を縫い付けたりも。難しい形はできないけど……」

「天才か!」


 思わず大声をあげてしまった。周囲の人々から視線が向けられている気がするが、むしろ自慢したい。聞いて欲しい。


「いまだ七つでありながら、火が起こせて縫い物ができて水も汲めればモアの世話もできる! そして懐いているモアまでもいる! そんな少女がこの世に二人といるでしょうか!? いや、いないっ!」

「え、わ、わ!」


 換気のあまり猪野はポフィンの脇に手を差し込んで、立ち上がる。俗に言う高い高いだ。けっこう重い。想定より持ち上がらなくてただの抱っこになってしまったが、そこはまあ気持ちの問題だ。


「素晴らしい、素晴らしいっ! あなたのスペックならどんな選択でもよりどりみどりに違いない!」

「わわわ、わあ!」


 ぐるぐる回れれば良かったのだけれど。筋力不足によりあえなく断念。

 ポフィンを下ろして猪野は膝をついた。視線の高さを合わせて空を指差せば、ポフィンも猪野と同じ方向を見る。ついでに衆目も指差す先へ。


「目指しましょう、最強にハッピーな未来を。そのための道筋を探すのです!」

「え、あ、うん……?」


 戸惑い気味のポフィンの目にもやる気の炎を灯すべく、猪野は力強く頷いた。

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