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転移先は推しの作品世界〜経験したことしか書けない作家なんて……いるんですか!?〜  作者: exa(疋田あたる)


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意見の相違

 星のない空は味気ないのだな、と猪野は知った。

 見上げた空はまるで画用紙に色を塗ったかのように平坦で、どこからともなくにじむように明るさを増していくだけ。

 花紋の世界に星はなく、太陽や月もない。代わりに空で光るのは、宙水だ。

 空全体が光源だからだろうか。それとも宙水そのものが光を抱いているのか。宙に湧きこぼれ落ちる水は、光そのもののように煌めきながら地上へと落ちていく。

 宙水はその水量の差で等級分けされていた。水が多いほど、街も大きく発展する。いや、できるというべきか。

 この街は一等だろうか、二等だろうか。小説の中で三等は村の規模であったから、三等ということはないだろうけど。


「うーん、異世界。せっかくだから、先生にガイドしてもらいたかったなあ」


 しみじみとつぶやく猪野の手をぎゅっと握るのは、ポフィアだ。

 見下ろせば、申し訳なさそうに眉を下げた少女がいる。猪野はつないだ手をそのままに、ポフィアの前にしゃがんだ。


「ああ、今のは責める意図ではなくて。ファンとして純粋な気持ちがこぼれちゃったってだけなので、気にしないでもらって」

「でも、ふたりが喧嘩したの、あたしのせい……」

「いいえ。あれはあなたのせいじゃない。言うなれば、そう。意見の相違というやつ。もっと言うならば、子育てへの向き合い方の不一致なので」


 繋いでいないほうの手のひらをびしりとポフィンに向けて告げる。けれど、少女の表情は暗いまま。

 

「……でも、センセイ行っちゃった……」


 そう。この場には猪野とポフィンのふたりしかいなかった。

 世界のことをあれこれ知っているはずのオウジは、夜明けごろに宿を出て行ってしまったから。

 そのときのことを思い出したのか、ポフィンはますますしょげてしまう。


 「ほらほら、肩を落とさずに。あ、あの屋台なんておいしそうでは?」


 細い方を押しながら、猪野は今朝のことを思い出す。

 教育方針より以前の話でもめた、夜明けごろのことを。


 ※※※


「ポフィンをどっかにやれって、どういうことですか!」


 猪野の声が未だ暗い室内に響く。近所迷惑だとか、宿屋への迷惑だとかを考えている余裕はなかった。

 

「そのままの意味だ。俺は今から情報を探しに行く。あんたは、その間にその子どもの受け渡し先を探しに行ってくれ」


 対するオウジはひどく淡々としていた。視線のひとつすら猪野にもポフィンにも向けず、着込んだ上着のボタンをかけていく。


「違いますよね、先生。受け渡しじゃなくて預け先探しでしょう?」

「いいや、受け渡しだ。何なら売り先のほうが良いか」


 猪野は横に座る小さな体がびく、と跳ねるのを感じた。当然だ。売られると聞かされて、誰が喜ぶものか。


「……先生、寝足りないのでは? きっとそうです。寝言が口からこぼれてますよ」


 冷静に。冷静に。

 自分に言い聞かせて、猪野は怒りを飲み込もうとする。


「寝言じゃねえ。考えた上で話してる」

「あああ?」


 飲み込めなかった。飲み込めるわけがない。

 憧れの人が、子ども売ってこいと言うなんて、受け入れられるわけがない!


「お断りですが!? 先生はご自分がなにをおっしゃっているかお分かりにならないのですか? 人を売ると、そう言ったんですよ! 人を! それも罪もないこんな幼い子どもを!」


 叫び、猪野はポフィンをぎゅうと抱きしめた。体格が良いわけでもない猪野が軽々と抱き込めるほど、子どもの体は小さく細い。

 猪野の常識では守られて、大切にされるべき命だ。

 良識ではない。常識だ。現代日本においては当然であるべきだと、猪野は信じている。

 なにせまっとうに育ってきたので。


「罪の有無じゃねえんだが」


 けれど、常識が通じるはずのオウジは納得する様子がない。

 言葉を探すように目を伏せたかと思えば、面倒くさげにため息をひとつ。


「今日一日、足掻いてみろ。説明するよりわかりやすいはずだ」


 言って、オウジは扉へ向かって歩き出す。

 猪野は引き止めようと、その背に声を投げた。


「待ってくださいよ、先生。ちゃんと説明してください!」

「ちゃんとったって、言っても納得しねえだろうからなあ……」


 足を止めたオウジは、けれど振り向かないまま天井を見上げる。


「あー……そうだな。俺の転移は、いつ終わるのかわかんねえんだ。日本に帰る時に前兆なんかねえ。おそらくあんたもそうだろう。そんな連中が子どもを連れて、懐かせてどうするよ? たとえば今この瞬間に俺たちがいなくなったら? この子どもはけっきょくひとりきり、放り出されることになる。だったらその前に、どっか引き取り手を探すべきじゃあねえのか」


 感情のこもらない声で、オウジは淡々と言う。

 まるで春になれば暖かくなる。暖かくなれば花が咲く、と当たり前のことでも話しているかのような口ぶりだ。

 猪野は気に入らなかった。


「だからって、こんな年端も行かない子どもをひとりにするなんてできるわけがない!」

「そういう感情でどうにかなるもんじゃねえんだよ」

「それでも、嫌ですから」


 胸を張って堂々と、猪野は自分の感情を口にする。

 相手が敬愛する作家先生だということはわかっていた。社会人であれば、衝突することとないように言葉を選び態度を考えるべきであると、知っている。

 知ってはいるが、そうするつもりはない。

 なぜって、ここで思いを曲げるような猪野ふらんではないからだ。

 腕を組みむんっと胸を張る。

 

「断固、拒否しますが? いかに先生といえど、応じられないものには応じられませんっ」

「……はあ、そうかよ」


 疲れたようなため息をついて、オウジは扉を開けた。


「まあいい。宿はもう一泊とってある。俺が戻るまでにその子どもの処遇をどうするか、決めておいてくれよ」


 言い置いて廊下へと消えていく。扉がぱたんと閉じられてしまえば、そこに残ったのは後味の悪い沈黙だけ。

 そのなかで、猪野に抱えられたままだったポフィンがもぞもぞと身じろぐ。


「……あの、あの、ごめんなさい」

「なにを謝ってるので?」


 尋ねれば、小さな体が居心地悪そうに動く。


「だって、センセイ出て行っちゃったのあたしのせいで」

「いえいえ。出て行ったのは単純に用事があったからですが?」


 そう、オウジが出て行ったのは情報を得るため。ポフィンの処遇について意見がかみ合わなかったせいではないし、もちろんポフィンの存在が耐え難かったからでもない。

 だがそれを幼い少女にどう伝えたものか。

 猪野は頭をひねる。


「そうですねえ。しいて言うなら、おじいさんは山へ芝刈りに行ったようなもので」

「しば?」 

「私たちの国のおとぎ話のようなものですよ。おじいさんは山へ芝刈りに。おばあさんは川へ洗濯に行くという。単に、それぞれが自分の用事を済ませるために行動しているというだけのこと」


 オウジは貴族街へ情報とりに向かったわけだ。ならば、おばあさんにあたる猪野も行動しなければならないだろう。

 猪野は勢いよく立ち上がる。


「よっし! 行きますか」

「え、え。どこに?」

「それはもちろん、街で腹ごしらえをしに!」


 オウジの意見に反論するにしても、代替案を考えるにしても、宿にこもっていては何もできない。

 ならば外に出て世界を見るべきだろうと、猪野は考える。

 そのためにはまず、朝食をとるところからだろうというのが、猪野にとっての当然だった。


「腹が減っては戦もできませんからねっ」


 編集と作家の意見が合わないことなんて、いくらでもあるだろう。むしろ早い段階で意見をぶつけ合えたなら、その後の関係性がぐっと深まるまであるかもしれない。

 そんな風に考えていたので先ほどのオウジとのやり取りへの後悔や悪感情なんて、微塵も抱いていなかった。


 というか、さっきの私とオウジ先生は作品の今後について意見を戦わせる編集と作家さんのようだったのでは!?

 

 なんて、わくわくしてさえいた。

 見習い編集の猪野にとって、すべてはまだ想像の域でしかないけれど。猪野は想像力と行動力に関しては、自信がある。ここに猪野の大学の先輩や同級生たちがいたなら「一番すごいのはその神経の図太さだよ」と教えてくれたかもしれないけれど。

 あいにくと、ここにいるのは猪野とポフィンの二人きり。


 「さあ、そういうわけなのでお出かけです! おいしいご飯を食べて、しょんぼりする気持ちを吹き飛ばしましょうっ」

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