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喚び寄せられた悪意・後編

 時刻は23時30丁度

 夜は更け、街を照らす明かりは僅か、人の営みは大人しさを見せるそんな時間に多くの者とは違い、今最大の修羅場に置かれる者達が居た

 その名は漆ノ神超常現象調査所、物理による除霊を得意とする暴力者であった


 「陣馬さん、忙しくなるわよ」


 「分かりました。それで私は基本的に依頼者優先で構いませんか?」


 「ええ、それで良いわよ。でも怪異以外は任せるわね」


 「はい」


 異常、異常、異常

 振動に温度の低下に異音、異常としか言いようのない現状の数々

 その異常達の中心地で作戦を立て終わった漆ノ神超常現象調査所の二人の下に早速、第一陣となる異常が来訪した


 ドンっと力強く窓ガラスが叩かれ、部屋の中にインターホンの音が鳴り響く


 この二つの異常の発生はほぼ同時であり、そして部屋の中へと乗り込むタイミングも同時であった

 まずサムターンキーとドアバーが独りでに解除され扉が開き、空いた扉の奥に存在する闇に包まれた廊下には一人、皆月がマンションの外で追われたフードの者が立っていた

 そしてベランダに続く窓が何度も何度も何度も何度も叩かれて粉砕され、侵入を防ぐ機能を失った窓に空いた大きな隙間を押し広げるように、笑みを浮かべた長身の男が室内へと足を踏み入れた


 『………………………………………………』

 

 『ハ ハ、        はは、    はは―――――――――――』

 

 フードの者は無言で陣馬を威嚇するようにその手に持った刃物を構え、笑みを浮かべた長身の男は笑い声を発しながら漆ノ神を睨みつけていた

 そして緊張が奔り重たい空気が支配する室内、その張り詰めた状況を破ったはフードを被った者であった

 フードを被った者は、扉から駆けだすと廊下を一直線に抜けリビングに居る陣馬へと襲い掛かった

 そして時を同じくして笑みを浮かべた長身の男もその長腕を掲げると、目前で仁王立ちする漆ノ神へと振り下ろそうとした

 フードを被った者も笑みを浮かべた長身の男の狙いも、部屋の真ん中でしゃがみ込む皆月であることは確実であり、その障害となる二人を除こうと行動したのだった


 刃渡り12㎝程の鋭いナイフに、重々しい人外と思われる者の拳

 そのどちらも当たれば命を奪うには十分なものであった――――《《もし当たればだが》》


 「そっちは任せるわ」


 「ええ、お任せを」


 漆ノ神から指示を送られた陣馬は今、廊下を駆け抜け自身へと襲い掛かろうとするフードを被った者へと向き合う

 腰を僅かに沈ませ片腕を前に出した陣馬、そこへ捻るように突き出されたナイフの切っ先が迫る――――――が、その切っ先は空を切る

 

 『――――――!』


 殺意の込められた渾身の突きを避けられたフードを被った者は驚きを見せる

 だがフードを被った者はすぐにその状況から立ち直ると、再度陣馬に向けてナイフを振ろうとしたが、その行動を始めるにはもう遅く陣馬はいつの間にかフードを被った者の懐に潜り込んでいた

 そして次の瞬間、フードを被った者は呆気ないほど簡単に背負い投げられて、硬いフローリングの床へと叩きつけられる

 その衝撃は生半可ものではなく、鍛えられた成人男性ですら失神させられるほどであったが、陣馬は油断することなく床にめり込んだフードを被った者に向けて更なる追撃を仕掛けた


 「ふん!」

 

 鉄のような古傷だらけの拳が勢いよくフードを被った者の顔面へと合計4発撃ち込まれる

 これによって背負い投げの衝撃から起き上がろうとしていたフードを被った者は、完全に意識を刈り取られて沈黙する


 「さて、所長は」


 そして脅威の一つの無力化し頭を上げた陣馬、その目に映ったのはいつも通りに怪異を一方的にぶん殴って消滅させる漆ノ神の姿だった


 「あら、よいしょ!」


 よく分からない掛け声と共に振り抜かれた拳により、笑みを浮かべた長身の男の頭は木っ端微塵に吹き飛ばされてリビングの壁一面に散乱する

 そして頭を失った笑みを浮かべた長身の男の胴体は、まるで先程まで居た事が嘘のように吹き飛んだ頭の破片共々煙のように消滅するのだった


 「取り合えず第一陣沈黙ね」


 「ええ」


 第一陣と言える存在を退けた漆ノ神と陣馬は、第二陣が来るまでの僅かな間に情報共有がてら話始めた


 「それでそっちの、人だったでしょ?」


 「ええ、その様です。顔の感じから20代後半くらいの男ですかね」


 陣馬がフードを被った者のフードを外し顔を確認すると、そこには漆ノ神の言う通り怪異などでは無く普通の成人男性の顔があった

 漆ノ神はその顔を見ながら何かを考える素振りを見せた後、すぐに陣馬の指示通り目と耳を塞いで伏せていた皆月の肩を叩き質問を飛ばす

 

 「ねぇ、皆月さん」


 「っ!?」


 突然の接触に驚き、顔を上げた皆月に対しその正面に立った漆ノ神は、視線を誘導するように指を動かす


 「この顔に見覚えあるかしら?」


 漆ノ神が指差す先には、意識を失なったフードの男が一人おり、その顔を確認した皆月は困惑しながら言葉を返す


 「知らない人です」


 「知り合いとかファンだけじゃなく、普段使っているお店の店員とかそういう関係値の無い人達の中にも居ないかしら?」


 「居ないです。私は職業柄一度見た事が有れば忘れないので、断言できます」

 

 「ありがとう。なら可能性は高そうね陣馬さん」


 「ええ、私もそう思います」


 皆月の答えを聞いて何か確信する事が有ったのか、頷き合う漆ノ神超常現象調査所の二人 

 

 「何か分かったのですか?」


 「ん? ああ、さっきのは、こっちの話だから気にしないで頂戴。まぁ、気になるなら今回の件が終わったら話してあげるから」


 「分かりました(誤魔化された?)」 


 その謎の反応に皆月は疑問を呈するが、その疑問に返って来たのは何とも言えない回答だけだった

 そして漆ノ神と皆月が話している後ろで、フードの男を紐とガムテープで完全に拘束し終えて帰って来た陣馬から声が掛かる


 「取り合えずフードの男の拘束は終えました。それとそろそろ次のが来ますかね」


 「ええ、っと。言っているそばから来たわね」


 皆月狙いの一陣を軽々と退け、一息ついていた漆ノ神らに目掛けて今も開けっ放しにされている玄関を抜けて、次々に怪異と思わる存在が現れる。その数4体

 それらは人型であるという点以外に統一性は無く、ただ明確な目標が皆月である事だけは伺えた

 そしてそれら怪異は、邪魔するものを排除せんとまず目前に立つ陣馬に跳びかかった

 

 『『オ ォ  ォォォォォ!』』


 「む!」


 漆ノ神と違い陣馬は怪異に対して知識以外の対抗策を持たない

 だからこそ自身へと怪異の脅威が差し迫った時に行うのは、ただただ単純な他力であった


 「陣馬さん、後退」


 陣馬は背後から投げかけられた指示通り、その場から跳び退く

 そして陣馬とバトンタッチするように前へと出たのは、漆ノ神であった

 漆ノ神は前方に進むのと並行して左腕を振り抜く

 鞭を思わせるように走ったその腕は、跳びかかっていた怪異だけではなくその背後に続いていた別の怪異の胴体ごとを軽々と切断する


 「これで2体、そして――――――」


 僅か一振りで二体の怪異を消滅させた漆ノ神は、勢いそのままに回転蹴りを放つ

 その長脚は先程の左腕の一撃より速く鋭く撃ち出され、一瞬の内に迫って来ていた残りの怪異に到達する

  

 「これで4体」


 凄まじい轟音と風が廊下を駆け抜け、漆ノ神が蹴りを放った右足を地面に着ける頃には、残っていた怪異二体は塵となってこの世から消滅していたのだった

 そしてその様子を皆月は先程とは違い、リビングからしっかりと目撃していた

 彼女は自身を悩ませ恐怖させた存在達に対しての見事な除霊を目撃し、安心した表情を見せる


 「凄い……」


 「安心するのは早いわよ」「まだ安心しては、いけません」


 だが感嘆の声を漏らした皆月に対して漆ノ神と陣馬の両者から、諭すような言葉が漏れる

 そして次の瞬間、「えっ?」と呆気を取られた皆月目掛けて台所から刃物が一本飛来する

 刃物は一般的な家庭で使われる既製品であり、刺されれば普通の人間であれば致命傷になるだろう

 それが今、人知を超えた速度で皆月の顔面へと迫り、そして―――――


 「っと、危ないわね」


 その玉肌に突き刺さる直前で、漆ノ神に受け止められる

 先程まで廊下に居たにも関わらず漆ノ神は、危機を感じ一瞬の内にリビングで伏せる皆月の下に舞い戻っていた

 そして人の身には叶わない様な神業を見せた漆ノ神は、自身の行いを称賛するわけもなくただ冷静に玄関の外を睨みつけていた

 鋭く伸びた視線の先、そこには瞳の無い血だらけの老婆が一人ぽつんと立っていたのだった

 漆ノ神はその老婆を牽制するように睨みを利かせながら、近くに居る陣馬に指示を送る

 

 「陣馬さん、盾」


 たった一言、だがその一言を聞いた陣馬は盾になるように皆月に覆いかぶさった

 そしてそれから数秒も経たず、ほんの瞬きの間に状況が変わる

 

 『――――――ギィ キキキキ キキキ!』

 

 玄関の外、点滅する電灯が照らす廊下に立つ老婆が奇声を上げる

 その瞬間、皆月の部屋に置かれた品々がガタガタと音をたてて動き出す

 まるで意思を得たかのように動き出した刃物や小物、大きなものであれば椅子などの家具達が漆ノ神ら目掛けて襲い掛かった

 数は膨大、物によっては人の命を軽々と奪いかねない

 更に部屋という逃げ場のない閉鎖空間がその一連の攻撃を凶悪にしていた

 まるで嵐の中、もうこの中に入ってしまえば死しか待っていないだろう


 だがその死の中心に漆ノ神一流斎が居たのならば、話は変わる

 

 大きな呼吸音共に漆ノ神は地面を踏み砕く

 震脚にも似たその一手でまず、木っ端のように飛来した破片たちが弾け飛ぶ

 次に引き絞られた丸太の様が腕が空中へと撃ち出されると、鞭のようにしなり飛んできた椅子や机や棚などの大型の家具を弾き返してく

 更に人の目では認識できない速度で稼働するその腕は、飛び交う品々の間から抜けてきた刃物やペンや鉛筆などの先端が尖った物を正確に掴み無力化した

 時間にして5秒程だろう

 たったそれだけの時間で漆ノ神は、陣馬と皆月に一切の傷を付けさせないまま殺意の嵐を超えたのだった

 そして更に漆ノ神は此処から一転攻勢、反撃に出る


 「それじゃあ、お返しするわ!」


 その一言と共に、右手に握られた刃物やペンなどの尖った物体を廊下の先、入口に立つ瞳の無い血だらけの老婆へとぶん投げた

 漆ノ神の手を離れ空中を進む凶器の数々は、衝撃波を放ちながら一瞬の内に廊下を抜ける

 そして――――――


 『ギィ――――――ギ!』


 呆気を取られていた瞳の無い血だらけの老婆の顔面へと無残にも突き刺さり、腐敗した血液を周囲に撒き散らせた

 

 『――――――グ ギ ギ ギ』


 だがこの程度の一手では、瞳の無い血だらけの老婆が消滅する事は無い

 人は違い、怪異には効き辛いのだから

 

 「まっ、だからこうやって追撃を仕掛けるのだけど」

 

 しかしそのような事に怪異との戦闘経験が多い漆ノ神が気づいていない筈もなく

 瞳の無い血だらけの老婆が一手目の攻撃を受けて体勢を崩した次の瞬間には、リビングから瞬きの間に老婆の目前に現れた漆ノ神の二撃目が放たれていた

 

 「ふん!」


 鉄拳制裁

 左手による寸勁が瞳の無い血だらけの老婆の胴体に突き刺さり

 次の瞬間、爆音と共に老婆の胴体が裂き散ったのだった


 「これで終わりね」


 足元で煙のように消滅していく老婆を見下ろしながらそう呟いた漆ノ神は、老婆の完全な消滅を見終えた後、廊下から904号室に居る陣馬と皆月の下へ戻ろうと一歩踏み出した――――――その時だった

 漆ノ神の下に恐怖で震えた声が届いた

 

 「漆ノ神さん、それ何ですか?」


 透き通ったその声の持ち主は、漆ノ神の依頼人である皆月燈華の声であり、彼女は部屋のリビングから声と共に漆ノ神の横を指差していた

 空いた扉越しに見えたその動作を辿るように、横を向いた漆ノ神の視界の先に立っていた居たのは、女の怪異であった

 

 歪、歪、歪 

 バラバラにした無数のマネキンを繫ぎ合わせた様なソレは、数日前にアイドルファンの男、からの依頼で向かった山中で出会った女の怪異と近しいものであった

 

 「――――――!」


 霊感といった対霊用感知能力がないとはいえ、相手になる者が居ない漆ノ神の五感の鋭利さを擦り抜けて現れた女の怪異は、先手必勝というように振り向いた瞬間の漆ノ神の顔面に向けてその歪な腕を振り抜いた

 廊下に鈍い音が響く、ドンと

 まるで肉が潰れた様な、気持ちの悪い音だった

 いや正確に言うと潰れた様な音ではなく、潰れた音であった

 地面に大量の血液らしき液体が流れ落ちる

 人であれば致命的な程に大量の血液を出したのは――――――


 女の霊の方であった


 「久しぶりよ、不意を突かれたのは」


 漆ノ神のは女の霊の初撃が到達する直前に腕を差し込み、逆にその衝撃を返して相手の腕を破壊していたのだった

 そして漆ノ神は女の霊の腕から零れる腐った黒い血を浴びながら、正面をサングラス越しに睨みつける

 女の霊はその睨みに怒るように大声を上げ、殺意を露わにする


 『おおおおォォォォォォ!』


 ボロボロの服の内側からは無数の腕が現れ、その全てが殺意を持って漆ノ神の頭蓋を腕を胴を握り潰さんと襲い掛かった

 だがその腕たちが漆ノ神へと辿り着く前には、勝負は決していた

 決まり手は、何の捻りも無い全力の右ストレート

 ただ力任せに振られた最速の拳が女の霊の顔面へと撃ち込まれ、その頭を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだった


 (これで最後そうね。でもこの数、それとさっきの幽霊の様子。何かあるわね)


 今度こそ、このマンション内に集まった全ての怪異を消滅させた終えた漆の神は、軽く息を吐きながら皆月達の下へ帰還する

 

 「ただいま」


 「お疲れ様です、所長」


 「はい、お疲れ様」


 「あの、終わったんですか?」 

 

 「さっきはありがとう。ええ、今度こそこのマンションの怪異退治は終わったわよ」


 漆ノ神は陣馬、皆月の順に会話を行っていた


 「そうなんですね、良かったです。これで安心して眠れます。漆ノ神さん、陣馬さん、本当にありが――」


 ようやく不安が解消されるかと安心して感謝の言葉を伝えようとした皆月であったが、その言葉をよりにもよって漆ノ神本人に遮られる


 「ノーノーよ皆月さん、終わったのは怪異退治だけ。まだ原因追及が残っているわ」


 「えっ、それはどういう」


 これまで起きておいた事は全てあの恐ろしい怪異達の仕業だと思っていた皆月は、漆ノ神から言われた事の意味が分からず疑問の言葉を漏らす

 逆に漆ノ神はその反応も当然で仕方の無い事だと理解を示し、皆月へと説明を始めた


 「確かに私もここで怪異達と対峙するまでは、この件は全て話に出ていた怪異の仕業であると思っていたわ。でも対峙して違うと確信したわ、だって1体2体ならともかく、出会う怪異全てが交戦的過ぎるのは可笑しいもの。だからこう思った、ああ、これはこの事態を仕掛けた者が居るわって」


 「そんな……」


 怪異という超常現象だけではなく、このような状態に悪意ありで持ち込もうとした存在が居るということに絶句し、皆月は言葉を失う


 「まぁ、向こうさんが此処まで大規模な事態になると思っていたかは……分からないけどね。ということで、もう一度質問するわね」


 漆ノ神は地面に膝を付くと震えを抑え込むように座る皆月の顔を見ながら、ゆっくりと優しい口調で質問を開始した


 「一つ目。最近、幽霊見えたことある? 心霊スポットに行ってたでしょ」


 「変な音は聞きました、でも本当に姿を見たりはしてないです」


 「分かったわ、じゃあ二つ目。最近、奇妙な物を貰ったりした事は? ファンに貰ってないのなら、そうね例えば家族からの仕送りとか…同じアイドルグループのメンバーからとか」

 

 「………家族、えっと先月仕送りで食べ物とかは来ました。でも中身はいつも通りの実家で作っている野菜とかです」


 「今それは? もう食べちゃった?」


 「はい、全部食べました」


 「じゃあ家族以外には? 些細なものでも良いわよ」


 漆ノ神は皆月を焦らせないように穏やかな口調や雰囲気を継続しながら質問を続ける


 「後は、メンバーだとお菓子とか飲み物を貰ったり、プリクラを撮ったりくらいしか…………。あっ、瑠々ちゃんからぬいぐるみ貰いました」


 その人形という言葉に反応して漆ノ神は雰囲気を変える


 「どれ?」


 「え? えーと、その子です」


 そう言って皆月が指し示した先には、可愛らしい何かしらの作品のキャラクターの人形が先程の余波もあってか地面に無造作に落ちていた

 

 「でもそのぬいぐみは、東京星座可憐隊って言ってもわかないですよね…。えーと今、人気のあるアニメのぬいぐるみで、クレーンゲームで取れる既製品なので関係無いとは思いますけど……」


 皆月はぬいぐるみの事を答えてから真面目に質問して貰っているのにも関わらず既製品だし関係無いものを答えてしまった、無駄な手間を掛けさせてしまうと思い、訂正の意味も込めてそのぬいぐるみの説明を挟んだが、その話を無視するように陣馬がぬいぐるみを拾い漆ノ神へと手渡した


 「所長」


 「………………」


 陣馬からぬいぐるみを受け取った漆ノ神は、黙々とぬいぐるみを触り調べていた

 そして調査開始から30秒程経った頃だった、突然ぬいぐるみの胴体付近で漆ノ神の手が止まり、リビング内に僅かに重々しい空気が流れ始める

 何かを見つけたのか、刺々しい気配を漂わせていた漆ノ神が口を開く


 「皆月さん、これ開けて良いかしら?」


 「中をですか? えっと、調査ですもんね……どうぞ」


 「ありがとう、無理に破ったりはしないから安心して」


 漆ノ神も他人の物であるからか無理に引き裂く様な事はせず、ぬいぐるみの胴を近くに落ちていた鋏を使い丁寧に開いていく

 丁寧で洗練された僅かな動作の後、ぱっかりと開いたぬいぐるみの中には、大量の綿と謎の紋様が描かれた小さな塊が入っていたのだった

 摘まみだされた不可思議な紋様の描かれた小さな塊、それ単体では不思議な柄の小物としか思えないだろう

 ただしそこから漏れだすような気持ちの悪い気配さえなければだが

 皆月はその物体から溢れる気配に悪寒を覚え、声を震わせながら疑問を飛ばす


 「それは、なんですか?」


 「……簡単に言うなら呪物ね」

 

 「なんでそんなものが、そこに」


 「それは、これをくれた瑠々さんに聞けば分かる事よ。と、いうことで聞きに行きたいのだけど……、皆月さん彼女の家知ってるかしら?」


 「知ってます、一度だけ他の子と一緒に遊びに行った事が有るので」


 「それは良かった。ああ、でも、行くのは日が昇ってからだから、今は休みなさい。色々あったから疲れているでしょう」


 「は、はい。ありがとうございます」


 「ただ一応、安全を期す為に私たちはこの部屋に居るけど大丈夫よね?」


 「大丈夫です、信頼していますから」


 「ありがとう、その信頼には応えるわ。ではおやすみなさい」


 「はい、おやすみなさい」


 こうして皆月の体験した激動の一夜が終わりを迎えるのだった

 そして日が昇り、時刻は6時45分

 人々が通勤通学を開始し始めるこの時間に、サングラスをかけた大柄アロハを先頭にスーツの老人と美少女という不可思議な一行は、車で15分ほどかけて目的のマンションへと辿り着くのだった


 「ここの7階、707号室です」


 「オートロックは?」


 「ありますけど……」


 「じゃあ、鳴らしてもらえる? 私たちはカメラの死角に行ってるから」


 「は、はい」


 指示を受けた皆月は、大人しくその指示に従ってエントランスのインターホンを鳴らした

   

 (朝早いから、出てくれるかな?)


 現在の時刻は7時、人によってはまだ布団の中に居ても可笑しくない時間であるため、皆月は緊張した面持ちでインターホンの前に立っていた

 

 「燈華ちゃん!? どうしたの、こんな朝から」


 「あ、瑠々ちゃんごめんね、朝早くに。えーと、事務所からは部屋で休みなさいって言われていたんだけど、自分の部屋に居るのがやっぱり怖くて……、それで瑠々ちゃんの部屋に少しだけ居させてもらえないかなって……」


 皆月は事件解決の為に何とか部屋に入れさせてもらおうと、苦しめの言い訳を並べる

 もし瑠々が今回の事件の主犯であれば、皆月の来訪にどのような反応を示すのか、緊張が走る

 

 「………………」


 僅かな静寂の後、インターホンの向こうに居る瑠々が下した決断は……


 「そういうことなら良いよ。怖かったでしょ、早く入って」


 入室許可だった

 多少のごたごたが有っても可笑しくない状況の中であまりにもあっさりと入室許可が出たものだから、この場に居る者全員が大小の差は有れど驚きを見せる


 「あ、ありがとう瑠々ちゃん」


 「ううん、じゃあ部屋で待ってるね」

 

 通話終了と共にオートロックの扉が開錠される

 漆ノ神と陣馬はその事を確認すると皆月と合流を果たし、エレベーターホールへと向かった


 「あの感じ、主犯じゃないかもしれないわね」


 「だとすると面倒ですね」


 会話をしながら漆ノ神達は備え付けのエレベーターで7階に行き、綺麗な廊下を抜けて瑠々が住む707号室の前に辿り着く


 「後は私達に任せて」


 「分かりました、でも、あんまり手荒な真似はしないで下さい」


 「ええ、主犯じゃなければ怪我はさせない。約束するわ」


 最後の確認作業を終えた皆月が、インターホンを鳴らす

 その音に反応してか室内からドタバタと走る音が聞こえた後、707号室の扉が開いて瑠々が顔を見せた


 「いらっしゃい、燈華ちゃ――――!」


 しかし瑠々が歓迎の言葉を言い終える事は無かった

 その前に扉の死角から現れた漆ノ神の左手が、瑠々の口を覆うように塞いでいた


 「んん~!?」


 驚き声を出そうとする瑠々を漆ノ神は凄まじい力で部屋の中に押し込んで行く

 そしてその背後から陣馬と皆月が続き、扉を施錠する

 漆ノ神は背後の動きを確認すると、瑠々の方に向き直して話始めた


 「こんにちは、瑠々さん。まず初めに私達は貴方が大きな声を出さず素直に質問に答えてくれるなら、危害を加えるつもりは無いわ。分かったかしら、分かったのなら首を縦に動かしてもらえる?」


 恐怖からか涙を流し、座り込んだ瑠々はその言葉に従って首を縦に動かした

 

 「ありがとう、じゃあ最初の質問。これに見覚えあるかしら」


 そう言って漆ノ神はポケットから、ぬいぐるみに入っていた呪具を取り出して見せつけた

 瑠々はその奇妙な紋様が描かれた呪具を見て、瞳孔を拡大させる

 

 「知ってるのね。これ本物の呪具なんだけど、貴方がぬいぐるみに入れたの?」


 あんまりにも分かりやすい反応を見せた瑠々から情報を更に引き出すために、漆ノ神は僅かに彼女の顔を握る手に力を込める

 瑠々はその脅しに怯え、恐怖して口を開く


 「知ってます、でも入れようって言ったのは私じゃないです! 本当です、信じてください!」


 「貴方じゃないなら、誰が入れたの?」


 「か、彼氏です」


 「そう彼氏なのね。じゃあ二つ目、どういう経緯で入れようってなったの?」


 「彼に良く愚痴を言っていたんです、燈華ちゃんの。そしたらある日、彼が呪いの石だって言ってそれを持ってきたんです。それでその後、ノリで入れようって話になって入れたんです! 冗談で不幸になれば良いって思って!」 


 「これのせいで貴方達のマネジャーが死に、皆月さんが襲われるはめになったの。それなのにノリで入れたの? 冗談で?」


 「だって本物だなんて、思わない……じゃない、ですか」


 同じ人は思えない漆ノ神の迫力に泣き喚き始めた瑠々は、言い訳をたどたどしく並べていく

 その余りの無様さ、悲惨さに被害者である皆月からさすがにやり過ぎですと漆ノ神の事を嗜めるような声が掛かる


 「漆ノ神さん、それ以上は流石に……。瑠々ちゃんが主犯では無いようですし」


 「そうね、怖がらせてごめんなさい瑠々さん。でも、貴方には最後の仕事をしてもらわないといけないから。それだけはしてもらえるわよね?」


 皆月の言葉を受けて先程までの感情を失ったかのような顔から、いつも通りの微笑みを浮かべた顔へと変化させる

 ただ優しそうな笑みをいきなり浮かべられても、先程までの恐れがこびりついているのか瑠々は漆ノ神の頼みを、首を力強く縦に振って了承した


 「は、はい」


 「ありがとう、瑠々さん。それじゃあ携帯出してもらえる?」


 漆ノ神はそう言ってから、数秒後に携帯を取り出した瑠々に指示を下す

 そしてその背後では、皆月が陣馬へと耳打ちで質問を行っていた


 「あの、陣馬さん。漆ノ神さんていつもあんな感じなんですか? 加害者とはいえ脅すような……怖い感じというか」


 「ああ、あの人なら、昔からあんな感じです。過去に何があったのは知りませんが、人であっても怪異であっても周囲に害をなすなら容赦をする事は無いですね」 


 「そうなんですね」


 「…………でも誤解しては欲しくないですね。あの人は分かりにくいですが、誰よりも人の幸せを願ってるので。だからもし出来るなら良いので怖がらないで上げてください」


 「………………」


 陣馬からその言葉を聞いた皆月は、色々な思いから咄嗟に返答することが出来ず俯き黙っていることしか出来なかった


 そして時間は過ぎ1時間40分後

 静けさで包まれた瑠々の部屋の扉に鍵が差し込まれる響き、続いて鍵が横に倒れて扉が開錠される

 澱みの無い慣れた手つきで扉を開錠し、部屋に入って来たのは瑠々の彼氏である男であった

 男は僅かに赤みがかった髪を無造作に掻きながら、玄関で靴を脱ぐと扉が閉まった部屋の中に居る瑠々に向けて廊下から声を上げた


 「瑠々~。どうしたんだ、急に呼ぶなんて珍しいな。まぁ、俺としては嬉しんだけどさ」

 

 赤髪の男が嬉しそうに鍵を指で回しながら廊下を進み、脱衣所の扉を通り過ぎようとした瞬間だった

 開いた脱衣所の扉の奥から漆ノ神が姿を現した

 満面の笑みを浮かべ闇の中からゆっくりと廊下に出た漆ノ神は、驚き固まった赤髪の男に向けて奇妙な紋様が描かれた呪物を見せつけながら質問を飛ばす


 「これなーんだ? 分かるかしら?」


 「!?」


 最初は知らない人間が現れた事に驚き固まっていた赤髪の男であったが、漆ノ神が奇妙な紋様が描かれた呪物を出した瞬間、まるでスイッチが入ったように表情を消す

 更に質問や返答のようなコミュニケーションを行う素振りすら見せずに殺意を溢れさせると、そのまま躊躇なく握った鍵の先端を漆ノ神の首目掛けて突き出した

 あまりに見事な一撃、人を殺す為に頸動脈を狙ったその動作は称賛に値する洗練さだった

 だが突き出された鍵の先端が漆ノ神の首に達する事は無かった


 「!?」


 「探り合いの手間がかからないのは良いんだけど、躊躇無さすぎじゃないかしら」

 

 変わらない笑みを張り付けたまま赤髪の男の一撃を受け止めていた漆ノ神は、呆れた様な声色で呟く


 「まぁ、呪物を仕掛ける連中のお仲間ならこんなものよね」


「貴様!」


 攻撃を受け止められた事、そしてその余裕そうな態度に声を荒げた赤髪の男は、空いた左腕を漆ノ神へと振った

 威力は十分、ただまたしてもその左腕は受け止められる

 

 「くっ!」


 赤髪の男はこの二撃で実力差を思い知ったのか、今度は逃げようと腕を振りほどこうとしたがその腕から帰って来たたのは激痛だけであった

 

 「逃がさないわよ」


 漆ノ神は赤髪の男が逃げに転じようとした瞬間、その手首を握り潰していた

 そしてそのまま壊れた両手首を離してから、空いた手で口を掴んで声を出せなくした漆ノ神は、激痛で床に着けた赤髪の男の膝を踏み砕き完全に無力化するのだった

 その後、漆ノ神は頃合いを見計らって廊下に出てきた陣馬から受け取った道具袋を手に、赤髪の男と一緒に風呂場へと消えていく



 そして15分後、リビングで待機していた陣馬、皆月、瑠々の下に漆ノ神がスマホを覗きながら戻って来る

 その手や服には返り血か、僅かに血が滲んでいた


 「情報取れたわよ。この呪物を仕掛けさせたのは芽母の会という新興宗教みたいで、その目的は信仰する存在を顕現させる為の生贄を創る事だそうよ」


 「そこが私を……」


 「どうしますか、所長」


 「決まっているでしょ、依頼人である彼女の為に潰すわよ」


 「分かりました、ではいつも通り連絡しておきます」


 皆月の事件の黒幕を特定した漆ノ神超常現象調査所

 彼らは最後の仕上げを行う為に芽母の会の拠点がある都内某所へと向かうのだった


 

        ――――――――――――――――――――――



 時刻は17時50分を過ぎた頃だった

 太陽は傾き、地上をオレンジ色の光が照す都内某所

 そこには芽母の会と呼ばれる宗教団体の拠点のみがひっそりと建っており、あたりまえだが向かうものはその宗教関係者だけであった

 だがそんな他者が向かう事の無い場所に向かって一直線に進む車があり、そしてそそんな珍しい白い外装のバンは長い一本坂を上り切り停車する

 その後、停車した車の扉を開けて降車したのはアロハシャツを着た人物、漆ノ神超常現象調査所の所長である漆ノ神一流斎であった

 漆ノ神は芽母の会の拠点を見ながら、車内の陣馬に声を掛ける

 

 「周囲は固めてる?」


 「はい、管理官の指示の下、逃げ場の無いように警官を配置しています」


 「中には?」


 「公安によると教祖含め主要なメンバーは全員居るようです」


 「ありがと」


 「いえ」


 陣馬と話し終えた漆ノ神は、後部座席に座る皆月に話を振る


 「今、貴方はあの呪物と共鳴している状態なの。だから何となくその呪物似た気配を放つ存在の位置が分かる筈。……指し示せる? その場所を」


 「やってみます。………………」


 僅かな逡巡の後、目を瞑っていた皆月が指を前に伸ばした

 真っ直ぐと伸びたその指が指し示したのは、芽母の会の拠点のがる建物の下、地面がある部分でであった

 漆ノ神はその方向と位置を確認すると、一言「地下ね」断定するように呟いたと

 そして最後の確認を終えた漆ノ神は、車に背を向ける


 「じゃあ、行ってくるわ」


 その言葉と共に車を離れた漆ノ神は、普段通りの足取りで芽母の会の拠点へと向かって歩いて行くのだった

 

 僅かに引かれた砂利の道を抜けて1分、芽母の会の拠点の入口に辿り着いた漆ノ神は、インターホンなどを押すことなく玄関の扉へと手をかけた

 そして次の瞬間、凄まじい轟音と共に玄関の扉が抉じ開けられる


 「何だ!」 「どうしたんだ!」


 交通事故でも起きたのではないかと錯覚する程の轟音に、内部の教団員が騒ぎ慌てて玄関へと集まり始める

 しかし彼らが異常を感知するよりも漆ノ神は早く、拠点内へと踏み込む

 そして早々に接敵した教団員を漆ノ神はその拳で殴打し始めた

 

 「誰だおま―――ギャ!」 「此処がどこだか分かってグヒャッ!」


 一人目は、玄関直ぐで顎を裏拳で砕かれ地面に沈み

 二人目は、廊下に出た所で即座に左膝を折られ、崩れた所に振り下ろされた拳を後頭部に受けて悶絶失神


 「何なんですゴォッへ!?」 「てめえ――ガハッ」


 三人目は、腹を殴られ内臓を損傷して激痛と共に吐血し気絶

 四人目は、包丁で応戦するも、軽々と刃を折られて武器を失い抵抗も出来ずに頭を壁に叩きつけられて崩れ落ちる


 「殺してやギャァァァァ!」 「死ねぇ――――――ォァ!?」


 五人目は、斧を避けられ体勢を崩した所に肘を打ち込まれ、更に地面に倒れこんだ所を蹴り飛ばされて絶叫

 六人目は、漆ノ神の背後からナイフを持って奇襲を掛けるも、その手を掴まれ何度も何度も何度も何度も投げ飛ばされて、ボロ人形のように変えられて捨てられた

 そしてこの後も襲ってきた教団員を返り討ちにしていった漆ノ神は、教団施設のホールの様な部屋に辿り着く

 そこで僅かに吹く風の音を聞き立ち止まった漆ノ神は、その風の音が鳴る場所を聴覚で探り当てる


 (この本棚の後ろ、隙間があるわね)


 壁に幾つも設置された本棚の一つに手をかけた漆ノ神は、そのまま力一杯に引っ張って本棚を無理矢理背後に転がした

 

 「当たりね」


 本棚を無理矢理退かしたせいで舞った大量の埃が晴れた先に現れたのは地下に続く階段であり、そして漆ノ神はその地下から人を気配を感じ取る

 その気配を探るように瞳を細めた漆ノ神は、自身の気配を隠すことなく階段を下りていき地下室の入口に辿り着く

 そして頑丈そうな扉を開いた先に居たのは、装飾品が散りばめられた服を着たやせぎすの男であった

 190㎝を超えた身長を持つ漆ノ神と並ぶ長身を持ったその男こそ、この芽母の会の教祖である男であった

 教祖は漆ノ神の登場に驚く事は無く、その平坦な声で淡々と話し始めた


 「ここは神聖な場所です、貴方のような者が来るような場所ではありませんよ」


 「ふーん、神聖な場所ね」


 「ええ、見なさいこの像を。これは我らが母、芽芽様を模った物なのです。今はまだその姿を見ること叶わずですが、必ずや我らの手で器を創りその身体へと降りて頂くのです。そして淀み切ったこの世界を浄化し、迷える我らに本当の美しき世界を見せて下さるはず!」


 芽芽様と呼ばれた祭壇の上に置かれた達磨ほど大きさの像の前で、身振り手振りの大きい教祖の男はそう声を荒げて力強く叫んだ

 そして更に冷ややかな目で見る漆ノ神に向けて話を続ける


 「………………さて、そんな崇高で尊い教えを胸に活動している我らの下に来た理由を教えて頂きましょうか。上の騒ぎは貴方でしょう」


 「ふふ、理由? そんなの、こういう事をやってる貴方達を潰しに来た以外に有り得ないでしょ」


 漆ノ神は手にした呪具を見せつけるように掲げるながら、そう返答した

 その言葉と掲げられた呪具の姿に、教祖の男は悲しみと怒りが混じった感情を見せる


 「ああ、それこそあの女を芽芽様を下ろす器に変えるのに必要であるというのに、取り出してしまったのですね。なんと愚かな! これで美しき世界の実現が遠のく」


 「ふっ、その儀式すら満足に行えていない者が何を言っているのよ。その呪具に当てられた彼女の気配に寄って来た怪異のせいで器に変えるどころか、私達が居なければその前に彼女は殺されていたのに」


 「なんてことを言うのだ、我らに失敗など無い! あの女は間もなく器になっていたのだ!」


 「自分達の失敗を認められないなんて、……酷く無様ね」


 「き…………貴様には必ず芽芽様からの天罰が落ちる……いえ、芽芽様のお手を煩わせるわけにはいきません、我のこの手で殺して差し上げましょう」


 自分達の不手際を、そして儀式の杜撰さを指摘されて怒り狂う教祖の男は、懐から人形の様な物を取り出す

 五寸釘を打ち込む呪いの人形にも似た動物の骨や皮を使ったその人形は、今も脈を打ち怪しく蠢ていた

 その人形を教祖の男は、目前に立つ漆ノ神を呪殺しようと向けた

 

 「これで貴様を! っな!?」


 だが次の瞬間、漆ノ神が教祖の男の目前からその懐に移動していた

 瞬きの内の移動、まさに人知を超えた神業

 

 「この間合いで出すものじゃないわ」


 そして懐への移動と共に振りかぶられた拳が、教祖の男の驚愕の声を掻き消すように撃ち込まれた


 「まっ、でぇぶふぁ!?」


 飛び散る血潮に歯

 苦悶の声を上げて背後へと吹き飛んだ教祖の男が背中から着地したのは、彼が信仰してやまない芽芽様の像の上であった

 上がる異音、そして建物を揺らす衝撃

 墜落した教祖の男の下敷きとなった像と祭壇は、見事と言わざるを得ない程綺麗に砕け散っていたのだった


 

         ――――――――――――――――――――――



 教祖の男を担いだまま地上へと上がった漆ノ神は、まだ意識を失っている教団員を横に教団施設の入口へと辿り着く

 そして侵入時と変わらず開けっ放しの扉を抜けた漆ノ神を待っていたのは、施設全体を囲むように待ち構える無数の警察官の姿であった

 漆ノ神はその警察官の姿を確認すると、肩に担いでいた教祖の男を地上に降ろしてから警察官達が居る方向へと歩き出す

 警察達も漆ノ神の姿を視認すると急ぐように施設へと駆け出し、そしてそのまま漆ノ神の事の横を素通りして施設内へと雪崩れ込んで行く

 そして始まった警察達の獲り物を背に白いバンに辿り着いた漆ノ神を待っていたのは、陣馬と皆月であった


 「お疲れ様でした、所長」


 「お帰りなさい」


 「二人ともありがとう。それじゃあ、帰りましょうか」


 陣馬と皆月からの労いを受けた漆ノ神は、感謝するように軽く手を振りながら車へと乗り込む

 そして依頼を終えた漆ノ神達一行を乗せた車は、今回の事件の最終地点であった施設を背に走り出したのだった

 



 そして数十分の移動の後、皆月のマンション前へ白いバンが停車した

 初めて皆月がこのバンに乗った時は不安と絶望と恐怖に彩られた顔をしていたが、今の彼女はその時は大きく違い晴れやかな笑顔を浮かべたまま車を降車する

 後部座席から地上へと降り立った皆月は、どうにか溢れそうな程の感謝の気持ちを伝えんとしてか、深々と頭が下げられた


 「漆ノ神さん、陣馬さん。この度は本当にありがとうございました」


 「そこまでしなくていいのよ。私達は依頼をこなしただけなんだから」


 「いえ、それでも感謝の気持ちを伝えたいんです。私の事を助けて下さり、そして美乃梨さんの仇を討ってくださってありがとうござました。この恩は一生忘れません」


「ふふ、分かったわ。その気持ちは有難く受け取っておくわ。……じゃあ、さよならね皆月さん」


「私からもどうかお元気で」


「はい! 漆ノ神さんも、陣馬さんもお二人ともお元気で!」


 漆ノ神と陣馬からの別れの言葉に、アイドルらしい晴れやかな笑顔で答えた皆月は何度か手を振った後、自分が住むマンションへ歩み出したのだった


 そして敷地を抜けマンションへと入った皆月は、いつも通りにオートロックを開けるとエレベーターホールに向かう

 あの日、彼女を襲った怪異は居なくなり平穏になったマンション

 そのエレベーターホールに皆月が足を踏み入れた瞬間だった

 突如背後から足音が鳴り響く


 「ん?」


 その足音に皆月はどこか嫌な感覚を覚え頭を動かす

 そして僅かに背後に向いた彼女の視線が捕らえたのは、帽子を深くかぶった男の姿と彼女に向けて振り上げられた刃物の切っ先の煌めきだった


 「え?」


 完全に油断していた皆月

 彼女はその煌めきを認識しても呆けた声しか上げられず、立ちつくすままだった

 そしてそんな彼女へと振り下ろされた刃の切っ先は、真っ直ぐに首へと向かい


 その柔肌を切り裂―――――――――――くことは無かった


 「ああ、やっぱり狙われていたのね」


 「えっ? う、漆ノ神さん?」


 皆月を襲った凶刃は、男の背後に立つ漆ノ神の手によって完全に停止していたのだった

 






              漆ノ神超常現象調査所 【喚び寄せられた悪意】 完 








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