喚び寄せられた悪意・前編
2025年4月28日、23時20分
アイドルグループ『I‣SAKI』の絶対的センターを務める少女、皆月燈華18歳は、複数の取材やMV撮影などの仕事を終えて帰宅の途に着いていた
自宅マンション近くでマネージャーの運転する送迎車から降りた彼女は、目元を隠すようにベレー帽を深くかぶり後ろで束ねた綺麗な黒髪を揺らしながら一歩ずつその足を進めていく
そして1分ほどの敷地を抜けマンションの入口が見えて来た頃だった、彼女の10m後方にソレが現れたのは
―――喚び寄せられた悪意—――
ソレは黒いコートを身に着け顔が見えない程に深くフードを被り、皆月燈華と同じ歩幅で不自然に身体を小刻みに揺らしながら歩んでいた
背後に迫る脅威、しかし未だ彼女は気が付かないでいた
このままでは待っているのは悲惨な末路である
だがしかし彼女は奇跡的にこの状況を脱する
突如鳴り響くブレーキ音、耳を劈くほどに周囲に響き渡ったそれは皆月燈華の住むマンション前にある大通りから発せられたものであった
その音に驚き背後を振り返った皆月の視界に入ったのは、件の不審人物
綺麗な瞳を通して映り込んだソレを認識した彼女は、恐怖で喉を鳴らす
「――――――!」
そう恐怖でである
彼女もただ背後に人が歩いているだけで警戒はすれども、本来その反応になる事は無い―――それが初めてならば
しかし残念な事にそれが彼女の前に目立つように現れるのは、これで4度目であった
以前までのソレはあくまで遠目に立っていただけであり、その存在に彼女は警戒はしていたが何かの偶然であろうと楽観視し見過ごしていた
だが今回は見過ごすことは出来ない状況であった
(もしかして……ストーカー!?)
彼女の中で背後の人物の今までの行動が結びついていき、逡巡の後に導き出した結論は背後の不審人物は自身のストーカーという予測であった
そして本当に件の不審人物が彼女の予想どうりストーカーであったのならば、この先に待ち受けるのは決して良い未来でない事は確かであろう
(逃げないと――!)
彼女も即座にその事実に気が付き、恐怖で震える身体を抱きながら駆けだした
目的地は当たり前だが自身の住むマンション
何度か躓きかけながらも駆ける彼女は数秒後、何とかマンションのエントランスに入り込みそして運よく一階で止まっていたエレベーターに乗り込んだ
押された9階のボタン、次いで動き出す籠
普段の彼女であれば気にならない、しかし現状においてはあまりにも頼りない速度で上昇していく籠の中で彼女は青ざめ怯えた姿を見せる
「早く……、早く……」
そして震える口でそう唱える彼女を乗せた籠は、彼女の願いに応えるように一度も他の階に止まることなく目的の階層である9階へと到着する
(――着いた!)
到着に合わせ鳴った甲高い音、それと共にゆっくりと開かれる扉を押し抜けるように彼女は隙間を抜けて廊下へと飛び出す
必死さを感じる動きで廊下を駆ける彼女は、焦りを押し込めながら鞄のポケットに仕舞われた鍵を取り出す
そして自室である905の部屋番号の描かれた扉に到着するやいなや、鍵を扉に差し込もうとした
だがその時、廊下全体に反響するように声が響き渡った
耳障りで不快感のある、しわがれたその歪な笑い声の正体は―――瞳の無い血だらけの老婆が発したものであった
本来、瞳が入る場所はくり貫かれたように赤黒い穴が開いており、その眼穴から絶え間なく流れ落ちる血は老婆の身体どころか地面をも赤く染めていた
歪、歪、異形、異形
先程の恐怖とはまた別種の、深い深いドロッとした恐怖が扉から視線を外し廊下の奥に立つ瞳の無い老婆をその綺麗な瞳で捉えた、いや捉えてしまった皆月を襲う
「――――――ぁ」
震える瞳、震える喉、震える細い身体
そして呼応するように止まらぬ寒気に彼女は、これが悪夢なら良いのにと目を瞑って現実逃避しようとするも、現実が彼女を逃がしてくれる訳がない
『――――――ギィキキキキキキキ!』
突如、金切り声を上げた老婆は何度か身体を力強く掻き毟った後、廊下の中腹付近に立つ皆月に向かって人では考えられないような動きで歩き始めた
その動きは決して速くはない、だが着実に彼女との距離を縮めていた
「ぁぁぁぁ……」
徐々に迫る死の気配、恐怖と混乱の中で皆月は焦ったように動き出す
早く部屋に入らないとと、震える手で鍵を回そうとする
だが震える手では簡単には狙いが定まらず鍵が鍵穴に差し込めないでいた
「何で……、早く! 入って!」
上手く動かない身体、迫る奇怪な老婆と死の気配
積もる焦りが更なる負の連鎖を生み出してく――――かに思えた
だが偶然にも震えと鍵の動きが鍵穴の位置と重なり、それまで手こずっていたのが嘘のように彼女はすんなりと鍵を開き部屋へと転がり込んだ
そして部屋に命からがら逃げ込んだ彼女は、すぐに内側から部屋のサムターンキー、ドアバーの順に施錠するのだった
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ようやく訪れた安息の時間
時間にして10分にも満たない出来事、だが彼女にとっては今まで生きてきた中のどんな時間よりも濃厚で最悪な出来事であった
そしてそんな出来事を経験したせいか、皆月の顔はアイドルには似合わない程に青白く崩れ疲労の色を見せていた
だがそれでも彼女はどうにか息を整えると、疲労で重くなった足を引きずりながら自室に逃げ込もうと廊下とリビングを隔てる扉を開ける
「えっ?」
普段通りの変わらぬ木板の扉、なんてことのない彼女にとって毎日開けているその扉の先で待っていたのは――――――ベランダのガラス越しにこちら側を覗く満面の笑みの長身の男の視線であった
『ハ ハ、 はは、 はは―――――――――――』
カーテンの隙間から見える奇怪な笑みと、脳にこびり付いてくるような粘度の高い不快な笑い声
そして笑みを浮かべた大男は、まるで皆月を脅すように力強く窓ガラスを外側から叩き続ける
「――――――ぁぁ」
マンション前の不審人物に廊下で出会った老婆という恐怖、それを何とか超えてようやく安息の地である自宅に帰り安心していた彼女にとって、この目前に見えた笑みを浮かべた男の存在は受け入れがたいものであった
天国から地獄へのジェットコースター、その絶望の落差に普通の少女である皆月燈華は、当たり前のように錯乱する
「ぁ、ぁ、ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
強烈な異音、人が出したとは思えない程に酷い悲鳴を上げた皆月は、リビングから廊下に駆け戻ると、そのまま廊下にあるトイレに駆け込んだ
そして内側から鍵をかけると、床に座り込みながら震える指先でスマホを操作して自身のマネージャーへと電話をかけた
約4秒、数コール後に繋がった通話先から女性の声が響く
「もしもし、どうしたの燈華さん、何かあった?」
車内で電話を取った為か僅かにくぐもったその声は、『I‣SAKI』のマネージャーである高橋美乃梨のものであった
皆月はその声に縋るように泣きながら言葉を紡ぐ
「た、助けて美乃梨さん、人に追われて、廊下でも、ベランダにも居るの、早く来て、助けて助けて助けてよ美乃梨さん……」
しかし彼女の紡ぐ言葉は泣きながらの為かとても聞き取りづらく、内容も理解するには困難な具合であった
だが彼女のマネージャーである高橋はその凄まじく怯えた声を聞くと、いつも冷静沈着な彼女がこんなにも怯えた声を出すのはよっぽどの異常事態であると判断する
「聞いて燈華さん、誰かに追われてるの?」
「は、は……い」
「そこは部屋の中なの? 安全なの?」
「部屋です、でも外に居ます……沢山、沢山いるんです! 助けてください、お願い助けて!」
「分かったから、すぐ行くから安全な場所で待っててね」
錯乱する皆月を相手取り、最低限の情報を手に入れた高橋は仕事用の携帯で皆月との通話を繫ぎながら、自身のプライベート用の携帯で警察へと電話をかけるのだった
そして警察との会話を済ませるや否や車のエンジンをかけ、夜食を買うために停めていたコンビニの駐車場から皆月のマンションへと走り始めるのだった
――――――――――――――――――――――
電話から約6分後、トイレの中で膝を抱え頭を抱えていた皆月の下に救いの報告が届く
「燈華さん今、貴方のマンションに着いたわ。警察が到着し次第、一緒に部屋に向かうからあと少しだけ待ってて」
「分かりました、早くお願いします」
異常との遭遇から僅かに時間が経ったからか、僅かに冷静さを取り戻した皆月が高橋の言葉に返答する
そしてようやく助けが来たと彼女がホッと一息付こうとした時、電話の向こうに居るマネージャーである高橋の様子が可笑しい事に気が付く
「え? なにあレ――――――」
「どうしたんですか、美乃梨さん? 何か―――」
何かを目撃したのか声を上げた高橋へと質問を飛ばした皆月であったが、その疑問に返って来たの不可思議な言葉であった
「ヨバレタミタイ、イマカライカナイト」
「美乃梨さん!?」
直前まで何事もなく会話していた人物の異常に困惑を見せる皆月であったが、とにかくこの状況を何とかしようと電話越しに声をかけ続ける
「美乃梨さん、聞こえてますか! 美乃梨さん!」
だがその必死な声は全く届かず、電話の向こう側の高橋の歩行音のみが返って来るだけだった
何度も続く彼女の呼びかけ
その必死な声を無視して続いていた歩行音が止まり、次に聞こえてきたのは彼女にとっては聞き馴染みのあるエレベーターの到着音であった
「美乃梨さん……?」
不可思議な行動、先程まで話していた内容と矛盾する行動に出た高橋に困惑を見せた皆月
そんな不安だらけの彼女を置き去りにするように電話の向こうに居る高橋は、無言のままそのエレベーターに躊躇なく乗り込んだ――――――
その瞬間、凄まじいノイズ音と共に通話が切断された
「っ――――――! 何っ!?」
突如なったノイズ音に驚き皆月は、電話から耳を離す
「今のは……、……………………っ! もしかして」
想定外の連続に困惑し、通話の切れた携帯を見続けていた皆月であったが、すぐに高橋の身に何かあったのではないかと思い始め、再度携帯を操作し高橋に向けて電話を鳴らす
(もしかしたら下に居た男に襲われたのかも、いや廊下に居たおばあさんかもしれない)
不安でいっぱいの皆月は高橋の身を案じ早くつながってと思いながら電話を鳴らし続けるが、その電話が取られる事は無く留守電に切り替わるだけであった
だが皆月は諦めず何度も何度も何度も、電話を鳴らし続ける
(美乃梨さん出て!)
強く念じるように携帯を握る皆月
その強い思いが通じたのか、最初の電話から数えて8回目の電話が繋がった
「っ! もしもしもしもし! 美乃梨さん大丈夫ですか!」
ようやく繋がった通話が再度切れないうちにと皆月は、捲し立てるように言葉を並べる
その必死な言葉に返って来たのは、警察官と名乗る男の声であった
「もしもし鞍内交番の前田というものなんですが。この携帯の持ち主を知っていますでしょうか? 今、私達は通報を受けてルネッタタワー品川というマンションに来たのですが…………、恐らくこの携帯の持ち主だと思われる女性が亡くなられていて」
そう言葉を紡いだ警察官達の目前には、エレベーター内で血の海に沈む女性の惨殺死体が転がっていたのだった
そしてその事件発生から――――――、2日後
アイドルグループ『I‣SAKI』の絶対的センターを務める少女、皆月燈華は、東京の中心地にある古びたビルの4階に看板を掲げる漆ノ神超常現象調査所へと赴いていた
「で、その女性が貴方のマネージャーである高橋美乃梨さんだったってわけね」
膝を組み顎に手を置いて話を聞いていた漆ノ神は、そう皆月の話に結末をつける
そしてその結末についての回答が正しい事を証明するように皆月は軽く頷いた
「そうなります、ね。…………あのっ、私の前に現れたモノは……それと美乃梨さんが亡くなる原因になったのは、怪異とかそういう類いのものなんでしょうか?」
「う~ん、そうねぇ。貴方の話に出てきた黒いフードのと老婆と長身の男、その全てがそうかは今のところ断言できないし美乃梨さんを殺害した犯人かも断言できないけど……まぁ高い確率で怪異なりなんなりの仕業でしょうね」
そう皆月の質問に回答した漆ノ神は、話の最期に私の経験則だけどねと付け足す
「でしたら、この依頼受けて頂けませんか。お願いします! 私は死にたくないですし、それに美乃梨さんの仇も討ちたいんです」
命と仇、その思いを胸に膝の上で拳を握り声を上げ必死さを見せる皆月に対し、漆ノ神は真面目な顔で返答する
「一応、事前の電話でも聞いてると思うけどもう一度言うわね。私達への依頼料は高いわよ、それでも大丈夫?」
「はい、解決できるなら幾らでも」
澱みの無い覚悟の籠ったその言葉を聞き優しく微笑んだ漆ノ神は、皆月の少し後ろで腕を組み待機していた陣馬へと指を軽く動かして指示を送る
これまで何度も繰り返されてきたのだろうその動作に応えるように陣馬は、無駄のない動きで用意していた契約書を取り出して机の上に並べた
「では此処にサインを」
漆ノ神はそう言いながら契約書に指を滑らし、皆月はその指示に従って名前を記入していく
時間にして5秒の沈黙、その後にキャップの締まる音が響く
「書きました」
「ありがとう、これで契約は成ったわ。――――――それじゃあ、早速だけど現場に行きましょうか」
「はい、お願いします」
契約が締結し、立ち上がった双方は現場に向かうための準備を開始する
そして数分後、準備を完了した漆ノ神は車庫に止めた車へと歩きながら、背後を歩く皆月に質問を飛ばす
「そういえば、うちの事はどこで知ったの? チラシ、それともホームページ?」
「いえ、そのどちらでも無く私のグループのファンの方から聞きました。握手会の短い時間の中で熱く語っていて記憶に残っていたんです。最初は信じていなかったのですか、今回の事で本当なのだと」
「そのファンって、頭の上で髪を結んだ大柄の子?」
「そうです。所長さんからその言葉が出るなら、やっぱり彼が言っていた幽霊が出て所長さんが退治したという話は本当なんですね」
「ええ、本当の事よ。だから安心して任せて頂戴」
その言葉を聞き安心したような表情を浮かべる皆月と捜査員である神馬を連れ、漆ノ神は車へと乗り込み件の現場へと向かうのだった
――――――――――――――――――――――
時刻は15時を僅かに過ぎた頃、まだ太陽は天高く昇り地上を照らしている
時期を考えると暖かくはあるが、まだ上着は離せないこの時期にアロハシャツ一枚という薄着で高層マンション建ち並ぶ地域に降り立つ者がいた
その名は漆ノ神一流斎、怪異などの超常現象の解決を目的に活動する調査所の所長であった
武骨なコートとスーツを身に纏う老人と帽子にマスクに眼鏡で顔死を隠しているものの、その美しさは一切誤魔化しきれてはいない少女を連れてマンションの周辺を練り歩いていた漆ノ神は、観察を終えたのかマンションの入口で立ち止まると顎に手を置いて言葉を呟いた
「ふーん、このマンションがね」
「何か分かったのですか?」
漆ノ神の呟きに怯えからか背後で身体を抱きしめ暗い表情を浮かべていた皆月が反応する
今回の依頼を解決する糸口でも見つかったのかもしれないと思ったのか、期待を込めて聞いたその言葉に帰って来たのは、彼女が期待するものでは無かった
「いえ、何も。ただ怪異が無数に居るって話の割には特徴のない普通の高層マンションだなって思っただけよ」
「そうですか……」
帰って来た返答が期待にそぐわなかった為か俯く皆月に対し、漆ノ神は優しく言葉をかけた
「まぁ私、世の霊媒師のように霊感みたいな感知能力は無いから、貴方が期待するようなものはてんで分からないのよ……ほら。でもそう落ち込まないで頂戴、私の専門は除霊とかそういう方面だから」
「すみません。怖くて焦っていました」
「いえ、大丈夫よ。その気持ちも分かるから」
皆月を落ち着けた漆ノ神は、「取り合えず中に入りましょうか」と言ってマンション内へと歩き出した
マンションのホールには事件から時間が経っていない為か無数の警察官が忙しそうに往来し、当たり前のように関係者以外立ち入り禁止になっていたが住民である皆月の連れであるためか、漆ノ神達は特に見向きもされずにその場を素通りしていく
その後、封鎖されていないエレベーターで9階へと上がった漆ノ神達は、何事もなく904と書かれた部屋の前に辿り着く
「それじゃあ、開けますね」
904、警察署で話を聞かれたが為に皆月にとっても2日ぶりの部屋
その部屋を視界に捉えた彼女は、緊張した面持ちのまま鍵を取り出す
あの日とは違い彼女の手が震える事は無くすんなりと鍵は入り、扉の錠は開かれる
「あの開きましたので……」
開錠後、皆月が来客を中へ招くためにその扉を開けようとドアノブへと手を伸ばす
その動作を背後に居た漆ノ神が制止する
「一応、居ないとは思うけど安全の為に私が最初に入って一通り見て来るから、此処で待っていて」
「分かりました」
「陣馬さん少しの間、宜しく」
「ええ、見ておきます」
漆ノ神はその言葉を最後に皆月の部屋へと扉を開けて消えていく
現状、彼女にとって唯一の希望である漆ノ神超常現象調査所、その所長である漆ノ神が904号室に消えていってから数分が経っており、未だに音沙汰の無い漆ノ神の事を皆月は心配そうな表情を浮かべて待っていた
(大丈夫かな、所長さん)
だがその心配を他所に漆ノ神は、手に着いた僅かな埃を叩きながら先程と変わらないリラックスした雰囲気のまま皆月の部屋である904号室から帰還を果たす
「待たせてごめんなさい、中に異常は無かったからもう入っても良いわよ」
「はい」
そして件の904号室へと入った漆ノ神、陣馬、皆月の三人は、リビングに到着するやいなや会話を始める
「さて、この後は目的の時間になるのを待ってるだけなんだけど……。一応、後で使えるかもしれないから幾つか質問良いかしら?」
「どうぞ」
「じゃあ、一つ目。幽霊見えたことある?」
「幽霊かは分からないですが…、過去に変なのは何度か」
「二つ目、最近奇妙な物を貰ったりした事は? 例えばファンからとか」
「他の子は色々貰っていると思いますが、私がファンの方達から受け取っているのは手紙だけなので、……それも、無いですね」
「そう。なら最後に貴方は恨まれてる? その覚えがあるでも良いわよ」
「覚え…ですか?」
「例えば誰かをイジメていたとか、そういう他者を人生を滅茶苦茶にしたエピソードとか。……ああ一応これは言っておこうかしら、私達は別に貴方が過去何していようが、糾弾したり依頼を途中で切り上げる事は無いから安心して答えて良いわよ。あくまで依頼を完遂するための質問だから」
「……私は、昔からアイドルに成りたかったんです。だから弱みを作らない為にも人との関わりを極力持たないように生きてきました。なのでそういった事をした事は無い筈です。…………でも、恨まれてはいると思います。頻繁にSNSとかに暴言とか殺害予告とかが来るので」
「分かったわ、ありがとう。じゃあ、これで質問は終わりだし、夜になるのを待ちましょうか」
「はい」
――――――――――――――――――――――
そして時刻は23時を過ぎた所、テレビからは皆月が所属するアイドルグループ『I‣SAKI』が出演する心霊番組の音がリビング全体に響いており、更にその番組内の企画の一つで皆月たち『I‣SAKI』は心霊スポットで肝出しを行っていた
その番組はスペシャル特番なのか開始時刻の21時から始まり、23時を過ぎてもまだ続いていた
肝試しの内容も心霊スポットで鳴るちょっとした音にアイドルたちが驚き、同行する霊媒師に怖い話をされて騒ぐといった、ありきたりなものであった
そして20分ほど続いたその企画も終わり、時刻が23時半に差し迫った頃だった
「そろそろね」
静かに壁際にもたれかかるように立っていた漆ノ神の口から、目的の時刻が近づいて来たという旨の言葉が零れる
その内容に残りの二人が異なる反応を示す
陣馬は慣れたように床から立ち上がり、周囲に視線を散らして警戒をし始める
逆に皆月は不安の色を強くし、落ち着きなく漆ノ神と陣馬の顔を交互に伺った
「あ、あの私はどうすれば」
動揺と恐怖で上擦るその皆月の声に返答したのは、漆ノ神ではなく陣馬であった
「皆月さん。まず落ち着いて、その場で座っていて下さい。もし怖ければ目を瞑って耳を塞いでいても構いませんから。分かりましたか?」
「は、はい!」
陣馬はそれだけ言うと、腕時計を確認しながらリビングの扉を開けて待機する
そして漆ノ神と陣馬の二人が警戒を始めて2、3分後経った頃であった
突然、部屋に僅かな振動が奔る
地震にも似た、だが明確に地震の振動ではないと分かる不自然な揺れ
カタカタと家具を揺らすその振動に、皆月が驚き固まっていた時だった
それまで窓の外、一般的な広さのベランダへとカーテン越しに視線を送っていた漆ノ神がぐるりと一周、その場で視線を散らしながら回る
その動きはまるで船舶用のレーダーの様であり、そしてもしその動きが周囲の細かな音に敏感な漆ノ神にとってレーダーと同じ様に周囲の音、その位置を確認するためのものであった場合、マンション全体へと視線を配った漆ノ神の動作が証明するのは――――――
「これは、ちょっと想定外ね」
このマンション中に無数の超常的存在が蠢ているという事実であった
そして時を同じくして床に伏せていた皆月も、自身へ向けられた無数の悪意の視線を感じ取ってしまうのだった




