山道の呼声
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空から降り注ぐオレンジ色の照明が落ち、辺りを暗幕が包む
此処は福島県A市にある鹿鐘山、その山中を上る舗装された車道
規則正しく生えた僅かな外灯のみが道路を照らすこの場所で聞こえるのは、虫の声と回転するタイヤが地面を擦り付ける音だけだった
―――山道の呼声—――
空には月が昇り、星々が煌めくある秋の夜
時計の針が天辺に差し掛かろうとする、そんな時刻に鹿鐘山の人気のない山道を走る一台の車があった
眩しいくらいにヘッドライトを点灯し、慣らされた道路を進むその車の車内では最近頭角を現し人気となったアイドルグループの陽気な曲が響く
そしてその車の運転席では大音量で流れる音楽に合わせて恰幅の良いワイルド系な男が、その強面な顔に似合わずニッコリとした表情で鼻歌を奏でながらハンドルを握っていた
「~~~~~♪」
よっぽどそのアイドルと流れている曲が好きなのか、口角を上げ天にも昇りそうなほど緩まった表情をする男であったが、彼の幸せは数秒後に終わる事になる
「~~~~~♪ ~~~愛しているの♪」
恰幅の良い男がサビの終わりに重ねる様にアイドルの曲の歌詞を口ずさみながらハンドルを捻り、山道の緩やかなカーブを曲がった所であった
突如、彼の視界の先にぼんやりとした影が映り込む
「ん?」
まるで舞台上の演者を照らすスポットライトのように、車のヘッドライトに照らされて道路上に現れたのは、―――ボロボロの洋服を身に着けた女であった
「えっ――、はぁ!?」
驚き固まる恰幅の良い男
だが彼が石像のように固まっていたのは一瞬だけであった
彼はすぐに正気を取り戻すと、ハンドルを切りながらブレーキを踏み込んだ
それも全て車の前方に立ち尽くすボロボロの服を着た女を轢かないようにする為であった
そして彼の思いが成就したのか、車はボロボロの服を着た女に接触寸前まで行くも、ギリギリで横に逸れ、女との衝突を回避する事に成功する
だがその時の勢いによって彼の乗る車体は、ガードレールに衝突し擦れながら止まることになった
「っう………」
ブレーキをかけ速度を緩めていた事が幸いし大きな怪我が無かったものの、恰幅の良い男は衝撃を受けて身体に奔った痛みを我慢しながらシートベルトを外し、車の前に飛び出してきた女に文句を言ってやろうと扉を力強く開け放つ
「てっ、テメエ!! 危ねえだろうが!! 車の前に飛び出してくんじゃねぇ………………、は?」
だが車外に降り立ち怒鳴り声を上げた恰幅の良い男の前には、先程まで確かに居たはずのボロボロの服を着た女の姿など無く、道路端に立った外灯によって浮かび上がる長いブレーキ痕のみが映っていた
そしてその光景を目撃した恰幅の良い男の脳内を駆け巡ったのは、困惑、困惑、困惑、という連続する感情だけだった
「あ、あの女、どこ行った?」
焦るように黒目を動かし、道路一杯に視線を飛ばす恰幅の良い男
だがしかし彼の視界に女の姿が映る事は無く、時間だけが過ぎてゆく
そして先程の一件から数分が経った頃であり、恰幅の良い男が「先程の女は幻覚だったのか」と思い車へと戻ろうと振り向いた―――その時だった
突然、彼の全身を感じた事がない寒気が襲う
「!?」
その寒気に驚き目を見開く恰幅の良い男
彼は震え出した身体を押さえつけるように腕で抱くと、寒気の正体を探るように、いや興味本位で振り返った
だが彼はその行動を後悔する事になる
何故ならば彼の視線の先には、この世のものとは考えられない存在が立っていたからである
それは女だった
ズタズタになった無数を衣服を羽織る女であった
だが身体からは無数の顔や傷だらけの腕と脚が生えており、その異質な姿を見て、アレを人と断じる者はだれ一人として居ないだろう
そしてそんなこの世のものでは無い何かを視界に収めた恰幅の良い男はというと……
「え?」と、開けた口から声を漏らす
それは意思に反して飛び出た一言だった
彼の脳は心を守る為に目前の存在を認識する事を拒否した
だが目前の異形の女が一歩前へと傷だらけのその白い右脚を踏み出したと同時に、まるで非常電源が入ったように彼の脳は動き出し、全ての情報を認識し始める
(な、何なんだ、あれは………………?)
困惑、困惑、困惑、驚愕、驚愕、驚愕、そして最後には《《恐怖》》
そして人生で初めての死を感じさせる恐怖を前に彼がとった行動は、『逃走』であった
「うわぁぁぁぁ!」
プロレスラーのような見た目にそぐわない弱々しい悲鳴と共に女へと背を向けて駆けだした彼は、何度か転びかけ手やズボンに無数の傷を付けながらも何とか自身の車へと辿り着く
そして転がり込むように車内に入ると、開きっぱなしであった扉を閉めてアクセルを踏みしめる
その踏み込みに呼応して動き出した車は、即座に速度を上げていく
数秒後、先程の地点から遠く離れる車、その暗い車内からミラー越しに背後を確認した彼の視界には、追うでもなくただ視線だけを車へと送りその場に立ち尽く女の姿が映り込む
男はその視線に怯えながらも車を走らせるのだった
そして――――――、翌日
山中で不気味な女を目撃した恰幅の良い男は、都内にある年季の入った雑居ビルへと赴いていた
視認できるほどに埃が舞い上がり所々の蛍光灯が切れ、蜘蛛の巣が張ったその薄暗いビルの4階へと階段で上がった恰幅の良い男は、段ボールやビニール紐で結ばれた本の束が障害物となり狭まった廊下を横向きで進み一番奥の部屋の前へと辿り着いた
扉には「漆ノ神超常現象調査所」の文字
100人に聞いて100人が胡散臭いと答えるであろう超常現象調査所という看板を掲げる一団が入った、その部屋の扉へと手をかける恰幅の良い男
彼は一度深呼吸すると覚悟を決め、建付けが悪いのか金具が錆びているのかは分からないが開きの悪い扉を力任せに開けて部屋へと一歩踏み出したのだった
そして緊張で顔を強張らした恰幅の良い男を出迎えたのは、外国人向けに空港や観光地などで販売されるような鮮やかな和柄のシャツを着込み、独特な形状のサングラ
スをかけた胡散臭い男と、素人が見ても高級品であると察せる程に生地の質が良い灰色のスーツを着た60後半から70前半くらいの真面目そうな男性の姿だった
――――――――――――――――――――――
「すんません……、昨日電話させて貰った近藤ですけど……」
弱々しく室内へと放たれたその言葉に最初に反応したのは、事務所入り口近くに置かれた椅子に座っていた年配の男であった
キッチリとしたスーツに身を包んだその男は、近藤と名乗った恰幅の良い男の言葉を聞いてすぐ椅子を引き立ち上がると、綺麗な動作で近藤へと歩み寄る
そして一瞥の後、口を開く
「お待ちしていました、近藤さん。私はこの漆ノ神超常現象調査所で調査員をしています、陣馬穣と申します」
老人は陣馬と名乗り、それから皺と傷の刻まれた分厚い手を近藤へと差し出す
近藤はただ名乗っただけなのにも関わらず漏れ出してきた只者ではない気配に気圧されながらも、その手を取り挨拶を返す
「丁寧にありがとうございます」
「そしてあちらに居ますのが、漆ノ神超常現象調査所の所長である漆ノ神一流斎です」
離した手で陣馬が指した場所には、ソファーに寝転ぶ男が一人
「所長、ご依頼人です」
腕を枕にして寝転び制止する漆ノ神へと催促の言葉をかける陣馬、しかしその言葉からどれだけ待っても返答がなく静かな時間が過ぎていく
「はぁ………………、また寝ているのか。仕方ない」
陣馬は依頼人が来たのにも関わらず寝ている上司の姿に慣れているか、溜息を付き机に置かれた雑誌を手に漆ノ神に近寄ると大きく丸めた雑誌を握った手を振りかぶる、そして間を置かずに躊躇なく漆ノ神の顔面に向けて腕を振り下ろした
鳴り響く快音、もしこれが競技や伝統芸能の舞台での出来事であればお見事と称賛の声が上がる程に、完璧に丸まった雑誌が漆ノ神の顔を捉えた
「おぉ――!?」
突如、顔面に奔った衝撃に驚き、大声と共に夢の中から飛び出した漆ノ神は、ソファーからみっともなく転げ落ちる
「じ、陣馬さん……。何時も言っているでしょう、その起こしかたはやめてって」
「そんな事より所長、依頼人です。昨晩、山中で幽霊を目撃した件の」
陣馬は漆ノ神の地面で倒れ伏す体勢から放たれた苦情を無視しつつ、背後に立つ近藤を紹介する
「あら? あぁ! 貴方が件の」
はたかれた箇所を擦りながら地面から起き上った漆ノ神は、服に着いた埃を叩きつつ楽しそうな声を上げながら依頼人である近藤を対面にあるソファーへと誘導する言葉を投げかけた
「ささっ、どうぞどうぞ近藤さん。お座りくださいな」
「はぁ、すんません。ありがとうございます」
「陣馬さん、彼にお茶を。後、資料もよろしく」
漆ノ神は近藤が対面のソファーに座ったのを確認すると、横に立つ陣馬へと大げさな動きで指示を送る
その後、陣馬が「お茶です」と暖かいお茶と資料を持ってきたところで漆ノ神は、近藤と受け取った手元の資料を交互にサングラス越しに確認してから話始めた
「それで近藤さん貴方は、昨晩の0時頃鹿鐘山で幽霊らしき女を目撃したと……」
「そ、そうなんです! ドライブレコーダーにも映っていなかったので、信じて頂けないと思うんですが――」
「落ち着いて、近藤さん」
不安で焦る近藤の姿を見かねたのか、漆ノ神は近藤の声の上から言葉を被せる
そしてたった一言、それだけで近藤は落ち着きを取り戻し、目前の漆ノ神へと向き直した
「落ち着いたようね。ならまず初めに言っておくけど、私達は依頼を受けた時点で貴方がどれ程荒唐無稽な事を言っていたとしても、それを信じたうえで解決に導くつもりでいるんだけど…………。その事、分かってもらえるかしら?」
「は、はい。わ、分かりました」
「うんうん、それなら良かった。なら今回の依頼の件に戻るけど、昨日の電話での話的に私達は貴方が昨晩目撃した幽霊らしきナニカ……、その正体を明かしてほしいほしいって事で良いのよね?」
「そうです」
「…………なら先にこの事を確認しとくわね、うちは依頼料高いけど大丈夫?」
「覚悟してきました、大丈夫です」
漆ノ神はその言葉を聞くと、サングラス越しの瞳を細める
その後一度両手を合わせて音を鳴らすと、「ならまず契約からね」と言ってから近藤の背後に立っていた陣馬へと指示を送った
そして漆ノ神の指示から数秒後、舞い戻った陣馬の手には何枚かの紙が握られていた
「ではこちらにサインを」
そう言って陣馬の手から机に並べられた紙には、契約書の文字
近藤は内容を熟読してから、ペンを取りサインを書く
こうして漆ノ神超常現象調査所と近藤の間に計画が結ばれた
その後、交わされた契約書を机に仕舞った漆ノ神は、ソファに座り机に置かれたお茶を飲んでいた近藤に向けて口を開く
「それじゃあ、早速出発しましょう」
「えっ、これからですか!?」
「ええ、早い方が良いでしょう。それじゃ陣馬さん、運転宜しく」
「分かりました」
近藤の驚きや声を無視して動き出した漆ノ神達は、焦るようにその背を追う近藤と共に階段を駆け下り1階に到着すると、そのままの脚でビルの裏に止めていた白いバンの前に辿り着く
「シートベルトはちゃんと付けるのよ」 「シートベルトだけお願いします」
「え、はい」
未だ混乱の中に居る近藤を他所に、シートベルトの着用願いだけを伝えた漆ノ神と神馬は、早々に助手席と運転席に乗り込んだ
そして未だ心の準備が出来ずに緊張する近藤を乗せた白いバンが動き出す
その行先は、女の霊が目撃されたあの山であった
――――――――――――――――――――――
4時間後、漆ノ神ら三人は福島県にある件の山中、その現場となった場所へと到着していた
「ここですね」
陣馬の言葉と共に山中の車道の端に白いバンが止められる
ただ車のエンジンはかけられたままであり、それを証明するようにヘッドライトが車道を照らしていた
時刻は11時を過ぎたばかり、暗闇が包み込んだ車道には未だ件の幽霊の姿は見えず、ただ時間が過ぎていくだけに思われた
だが到着から五分ほどが経った頃だろうか、助手席で静かに車外を見つめていた漆ノ神がただ一言呟く、「お出ましね」と
そしてその言葉を合図にしたように僅かな車のヘッドライトと外灯の明かりの交差する地点に気配も無く、闇の中から這い出る様に女が姿を現した
「あれね」
漆ノ神は車内からその幾つもの手足や顔の生えた女の姿を興味深そうに眺めた後、何の躊躇なく車外へと降り立った
「漆ノ神さん!?」
近藤は恐ろしい幽霊らしきナニカへと向かって行く漆ノ神の姿に驚き止めようと名を呼ぶも、それ漆ノ神の後を追って車外へと降りた陣馬に止められる
「大丈夫だ、近藤さん。後は私達に任せて、車の中で待っていてくれ」
近藤はその言葉に反論できず、陣馬の指示通り車内から事の行く末を見守る事しか叶わなかった
そして車内で怯える近藤とは対照的に車外に出た漆ノ神はというと、件の幽霊と思しき女と四メートル程の位置で対峙していた
一般人であれば目視するだけで体の震えが止まらなくなる女の幽霊相手に漆ノ神は、普段通りの飄々とした雰囲気のまま優しい笑顔を添えて話しかけた
「こんばんは、《《お嬢さん方》》。もしよければお話しでもどう?」
返答は―――――――――――
『『『『『ぁぁぁああああああああああ!』』』』』
耳を劈くほどの絶叫、そして明確な殺意であった
空気が凍え引き締まる、明かりが点滅を繰り返す
重なり合った悲鳴にも似たその声だけで、この場所一帯が地獄と化す
その絶叫は車内に居る近藤を恐怖と絶望に染め、更に漆ノ神に比べて距離がある場所に居るかつ今回の様な怪異との対峙経験の多い陣馬すら怯ませる物であった
だが最も至近距離に居る漆ノ神はというと、先程までと変わらず柔らかい表情を浮かべたまま。その絶叫に優しく言葉を返す
「そう、それは辛かったわね。悲しかったでしょうね。でもごめんなさい、私はともかく人に殺意を向けてきた貴方達を放置できないから――――」
まるで内容を理解しているような返答と共に漆ノ神は、一歩踏み出す
「祓わせてもらうわ」
『『『『『ああああああああああああああああああああ!』』』』』
目前の相手を祓う為、目前の相手を殺す為
動き出した両者、その距離が瞬きの間に縮まる
そして衝突するその瞬間――――――、この場にある照明全てが停止する
「な、なにが」
闇に包まれた山道、そして静寂の中に置かれた車内で一連の成り行きを見守っていた近藤が困惑し声を上げた
一体何が起きたのか、漆ノ神は女の霊はどうなったのか、そんな近藤の疑問は暗転から数秒後には明らかになる
僅かな点滅、その後に電灯と車のライトが一斉に光を取り戻す
暗闇から一転、眩しさを感じる程にライトアップされた山道、その中心に立っていた居たのは漆ノ神一人だけであった
そして先程まで居たはずの女の霊は霞のように消え去っており、泥の様な染みが霊の居た場所に残るのみだった
「―――――――――――え」
近藤は車内から見た、信じられない光景に大口を開けて固まった
だがすぐに冷静さを取り戻すと、車内から恐る恐る車道へと降り立った
そして視界の先に立つ、漆ノ神に向けて「さっき女の霊はどうなったんすか?」と言葉を発する
「ん? ああ、祓ったわ。少々強引にだけど」
その漆ノ神の返答に近藤は安心してホッと一息付くも、続くように放たれた漆ノ神の言葉によって再び恐怖に突き落とされることになる
「近藤さん、安心するのはまだ早いわよ」
「え?」
「ほら、貴方の後ろ。まだいるでしょ」
後ろという言葉に反応して振り返る近藤
そして振り返った先、ボケッとした近藤の背後に立っていたのは彼の車の前に現れた女の霊であった
「は? ―――――――――――うわぁぁ!」
目の前に現れた女の霊に驚き叫び声を上げながら背後に倒れた近藤は、みっともなく尻餅をつくも、すぐにその女の霊の顔を見て「やっぱり」と小さく呟いた
まるでその女の事を知っているよう言葉を吐いた近藤であったが、この場でその事に反応する者は誰も居なかった
なぜなら彼の言葉に被せる様に漆ノ神が、近藤の目前に立つ女の霊に向けて質問を放っていたからである
「もし私の言葉に反応できるなら、貴方の場所を教えて頂戴」
内容は違うが先程と同じ様に言葉を送った漆ノ神は、返答を静かに待っていた
時間に数秒、静寂が包んだこの場所で返って来たのは言葉ではなく動作であった
腕を僅か斜めしてただ一点、光の無い瞳で漆ノ神を見つめながら彼女は、ただ一点を指差す
「ありがとう、貴方は強い子ね………………。仇は必ず取ってあげるから、今は安心して眠りなさい」
その動作を見た漆ノ神は優しく微笑むと、風景に同化して消えていく女の霊に感謝の言葉を伝える
そして彼女の消失から間を置かず漆ノ神は女の霊が指さした先、暗黒で染まった底の見えない崖下に向けて躊躇なくガードレールを超えて飛び降りたのだった
――――――――――――――――――――――
漆ノ神が崖下へと消えてから数分が経った頃、車道では陣馬と近藤が崖下を見つめる様に立っていた
「あの、所長さんは大丈夫何ですか?」
運が良くても死から逃れられない高さから飛び降りた漆ノ神、その安否を当たり前に心配する近藤に対して神馬は「この程度の高さから飛び降りて死ぬ方ではありませんよ」といつも通りの声音で返答した
そしてその言葉の回答をするように崖上に立つ陣馬に向けて崖下から声が聞こえてくる
「陣馬さ~ん」
それは崖下に飛び降りた漆ノ神の声であり、その声に反応した神馬は手持ちの懐中電灯を崖下に向けながら言葉を返す
「何かありましたか?」
「ええ、見つけたわ。彼女たちの死体」
死体という言葉に「し、死体!?」と驚きの声を上げる近藤を横に神馬は冷静な口調で疑問を飛ばす
「何人分ですか?」
「うーん、見えるだけで2人分かしら。この様子だと多分下にまだ何人か埋まってるわ」
「そうですか。それで今回の件、例の事件に可能性はありそうですか?」
「掘り起こして見ない事には確定させられないけど、類似点も多いし可能性はあると思うわ。だからそれも一緒に伝えといて頂戴」
「分かりました、ではいつも通り連絡してきます」
簡単な状況確認を交わし終えた神馬はそう言うと携帯を取り出し、白いバンのほうへと歩き始めた
そして白いバンの横で神馬が何処かへと電話をかけ始めた頃、崖上のガードレール付近で座り込んでいた近藤のもとに先程まで崖下に居たはずの漆ノ神が舞い降りた
近藤は突然真横に現れた漆ノ神に驚いて声を上げる
「どうやって戻って来たんすか!?」
「ん? それは、ほらあれよ。勢い付けて下から跳んだのよ」
「ええ……」
その言葉に今日何度目かは分からない絶句を見せた近藤であったが、流石に何度も絶句するような衝撃を経験したおかげかすぐに正常な状態を取り出し、先程まで気になっていた質問を漆ノ神にすることにした
「そういえば神馬さん、何処に電話しに行ったんですか? 警察っすか?」
「ん~。まぁ、そうね。そんなところよ」
近藤は漆ノ神のちょっとばかし濁した返答に一瞬疑問を抱くも、これまでの漆ノ神達の行動を思い出し、触らぬ神に祟りなしとスルーを決め込むことにするのだった
そして彼らの会話から数分とかからずに陣馬から電話を終えて戻って来る
「どうだった?」
「いつも通り、すぐに警官が来るから離れて良いと。それと後日、今回の件の報告書を上げる様にと」
「そう、分かったわ。じゃあ一度帰りましょうか。近藤さん、送っていくわよ」
「ありがとうございます」
山道に現れた二つの女の霊、そして崖下で見つかった複数人の遺体
異常とも言えるそんな一連の出来事を超えた彼ら一行は、一度この場を離れ解散する事にしたのだった
――――――――――――――――――――――
そして10日後、事件現場となった山中の道路、その脇に二台の車が止まっていた
「福島県A市内の山中で切断された複数人の遺体が見つかった事件で、福島県警は医師の参瓦仲彦容疑者35歳を逮捕しました。参瓦容疑者は今月3日―――――――――――」
1つは漆ノ神超常現象調査所が所有する白色のバン、そしてもう一つは近藤の所有する軽自動車であった
漆ノ神超常現象調査所の二人と近藤は車内から流れるラジオの音を背に車から降りると、ガードレール近くまで歩を進めた
そして事件現場は遥か下ではあるが、その上部に位置するガードレールに辿り着いた三人の内、手に花束を持っていた近藤がその花束をガードレールへと立て掛け、続けて祈るように手を合わせたのだった
何秒かの祈りの後、大きく息を吐き立ち上がった近藤は見守るように背後で立っていた漆ノ神達に向き合った
「漆ノ神さん、神馬さん、ありがとうございました」
「別れは言えた? 知り合いだったんでしょあの幽霊の子」
「どうしてそれを!?」
漆ノ神の言葉に驚きの反応を見せる近藤
それに対し漆ノ神は淡々と彼が隠していた内容を当てた理由を話し始めた
「ただ山道で幽霊にあっただけの子がわざわざうちに来る? 普通は来ないでしょ。 配信者とかじゃなく、うちに来るって事はその案件をどうしても解決して欲しい理由があるって事。それなら理由なんて限られてくるんだから、後は依頼の中で貴方の反応を見ていけばすぐに察しは付くわ。それにあの幽霊の子と会った時に分かりやすい反応してたでしょ」
「…………あの、隠しててすんません」
「別にそれくらい良いわよ。色々と理由があるんでしょう」
その言葉に近藤は、彼女との関係から依頼をしに来た理由などをぽつぽつと話し始めた
内容としては同じアイドルを推している仲の良いファン仲間の一人であり、よく現場であっては一緒に推し活をしていたと
だが最近は全く現場に来ることも無く、アイドル関連で取り合っていた連絡も途絶えてしまっていたそんな時、あの山道で幽霊との遭遇があり、最初は無数の手足の生えた幽霊の衝撃で頭に無かったが、後で思い返した時に最初に合った幽霊の姿が酷くそのファン仲間の女性に居ていたことに気付いたという事であった
「俺はその事が気になって彼女のアカウントを見に行ってみたら彼女の家族が行方不明になったから捜索してるって投稿していて、それでもしかしたらと思って警察にも彼女の家族にもアカウントを通して伝えに行ったんです。だけど案の定、どちらからも頭の可笑しな奴扱いされまして………………」
「だからそれを理由にしたらまた警察とかと同じで、調査所さん達にも可笑しな奴扱いされて依頼を断られるかと思って黙っていたんです。本当にすみませんでした」
「だから謝らなくて良いわよ、そんな事しょっちゅうだから。ねぇ、陣馬?」
「ええ、そうですね本当に」
漆ノ神と陣馬はそう言って笑みを浮かべる
「で、さっきの話の続きだけど、別れは言えた?」
「はい、言えました」
「ふふ、それなら良かった。じゃあ、これにて一件落着って事で帰りましょうか」
その言葉を最後に彼らは、この場を後にするのだった
――――――――――――――――――――――
そしてあの山道での事件から数日後
漆ノ神と陣馬の二人は、漆ノ神超常現象調査所の事務所内に設置されたテレビであるアイドルグループのライブ映像を観ていた
そのアイドルグループの名は『I‣SAKI』、近藤が推しているアイドルグループであり、漆ノ神と陣馬は山道での依頼解決後に解決金の他に近藤から『I‣SAKI』のライブ映像の入ったDVDを貰っていたのだった
漆ノ神達はこの日予定されている依頼の依頼人が来るまでの時間を潰すために丁度良いと、その『I‣SAKI』のライブ映像を流していた
そして漆ノ神達は最初は暇つぶしなればと軽い気持ちそのライブ映像を観ていたのだが、想像以上に彼女達の歌や踊りが良く、魅了されるようにその映像を見つめていた
「凄いわね、特にこのセンターの子」
「ああ、確かに嵌る奴が居るのが分かるよ」
依頼人の前ではないからか砕けた話し方で会話する漆ノ神ら二人
そんな彼らが食い入るように映像見ていたその時だった
三度、同じ間隔で漆ノ神超常現象調査所の扉を叩く音が事務所内に響き渡った
その音に反応した漆ノ神が時計を確認すると約束の時間より12分ほど前であった
「あら、もう来たのね」
「出るぞ」
「ええ」
漆ノ神の許可を取った陣馬は、「今向かいます」と声を発しながら事務所の扉へと向かい、そして間髪入れずに事務所の扉を開けて依頼人を事務所内へと引き入れた
「あの、依頼をしました皆月です」
その依頼人は事務所に入るなりすぐに、被って来たベレー帽を取って陣馬とソファーに座る漆ノ神に向けて挨拶を行う
背筋を伸ばし深く下げられた頭、全ての者にとってのお手本になるような丁寧な挨拶を受けた漆ノ神は、早々に挨拶を返すためにまず『I‣SAKI』のライブ映像が流れるテレビの電源を落とそうとリモコンを取った
だが漆ノ神はそのリモコンに付いた真っ赤な電源ボタンを押すことが出来なかった
なぜなら今、テレビ流れる映像のセンターで歌い踊っている少女と、この事務所に入って来た依頼人の顔が同じであったからである
「あら」
「?」
今、人気急上昇中のアイドルグループ『I‣SAKI』、そのセンターを張る少女・皆月燈華と漆ノ神超常現象調査所の出会い、それがどのような結末へと向かっていくのか―――――――――――それはまだ誰にも分からない
漆ノ神超常現象調査所 【山道の呼声】 完




